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金沢歌劇座館名改称記念 ビゼー:歌劇「カルメン」
2008/03/07 金沢歌劇座

ビゼー/歌劇「カルメン」(全4幕,フランス語上演,字幕付)

●演奏
本名徹次指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
音楽監督:直野資,演出:直井研二
カルメン:小泉詠子(メゾ・ソプラノ),ドン・ホセ:志田雄啓(テノール),エスカミーリオ:安藤常光(バリトン),ミカエラ:岩田志貴子(ソプラノ),フラスキータ:竹多倫子(ソプラノ),メルセデス:武部薫(メゾ・ソプラノ),モラレス:駒田敏章(バリトン),スニガ:山田大智(バリトン),ダンカイロ:小林大祐(バリトン),レメンダード:新海康仁(テノール)
合唱:金沢カペラ合唱団(合唱指揮:山瀬泰吾),児童合唱:OEKエンジェルコーラス(指導:山崎陽子,清水志津)
フラメンコ:金沢美術工芸大学フラメンコ部(指導:忠縄美貴子)

舞台監督:黒柳和夫(金沢舞台),美術:金沢美術工芸大学,衣装:下斗米雪子(潟Gフ・ジー・ジー),衣装(カルメン):金沢美術工芸大学,メイク:金沢ビューティーアカデミー,特殊照明:北陸先端科学技術大学院大学,字幕:金沢美術工芸大学 その他
Review by 管理人hs  
開演前から長蛇の列でした
パンフレット,チケット,チラシです。
石川県立音楽堂ができるまでオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の本拠地ホールだった金沢市観光会館が,2007年「金沢歌劇座」という名称に変更されました。それを記念する公演は「もちろん歌劇で」と誰もが思うでしょう。今回その改称記念事業として,全歌劇中でももっとも親しまれている作品の一つであるビゼーの歌劇「カルメン」全曲が上演されました。

今回の上演の特徴は,”地元”にこだわっている点です。まず,管弦楽の担当がOEK,上演全体の監督が野々市町出身の直野資さん,そして,タイトルロールを歌うのが津幡町出身のメゾ・ソプラノ歌手の小泉詠子さんです。小泉さんは2007年の日本音楽コンクールの声楽部門で3位を受賞された方で,今回の公演が本格的な”地元デビュー”ということになります。

その他,合唱が金沢カペラ合唱団とOEKエンジェルコーラス,フラメンコが金沢美術工芸大学フラメンコ部,舞台制作・衣装・字幕が金沢美術工芸大学,特殊照明が北陸先端科学技術大学院大学,メイクが金沢ビューティーアカデミーと地元の大学・学校のノウハウが総結集して作られました。そうなると,金沢大学はどうした?ということになりますが,エスカミーリオ役の安藤常光さんが金沢大学教育学部の准教授ということで,ちゃんと参加しています。

このように地元が大結集して作られた「カルメン」公演ですが,金沢の音楽史上に残る公演になったと思います。若手歌手主体のキャスティング,OEKの演奏,大道具,衣装,セット,照明,合唱,フラメンコ...どの部分を取っても完成度が高く,これを地元主導で実現したということは大変意義のあることだったと思います。何よりも「カルメン」という名作歌劇の素晴らしさを全く歪めることなく,伝えてくれた点が素晴らしい点でした。入場料の最高金額が5000円だったことを考えると,どれだけ絶賛しても足りないぐらいの企画だったと思います(ちなみに私は4000円の席だったのですが)。

まず,今回のステージですが,次のような感じでした。


今回は,いつもの緞帳ではなく,「カルメン」仕様の緞帳でしたが,これがまず雰囲気を盛り上げていました。緞帳が上がると,簡潔だけれども効果的な舞台が現れました。全幕を通じて,舞台の中央に「く」の字型の花道のようなものがあったのですが,これが特に効果的でした。奥から登場するまでに,少し時間がかかるので,全体の雰囲気がゆったりとした感じになり,衣装の豪華さとマッチしていました。

各幕ごとに照明の色合いを変えていましたが,この使い方もオーソドックスで,大きな舞台の移動なしに,場面の転換を鮮やかに表現していました。金沢美術工芸大学といえば,型破りの卒業式衣装で有名ですが,同じ金沢市立ということで,今後も金沢歌劇座オペラの美術担当を伝統にしていって欲しいと思います。

さて,オペラの本筋の方ですが,まさに見所の連続です。音楽評論家の黒田恭一さんは,「オペラへの招待」という本の中で「カルメン」について,「「カルメン」には特別な見所はない。全編が見所だからである」といったことを書いていますが,そのとおりだと実感しました。このことは,CDで音楽だけを聞いていてもなかなか実感できません。本物を見ないと分からないということも分かりました。もともと演劇的な作品ですなので,恐らく,誰もが退屈せずにストーリーに入り込むことが出来たのではないかと思います。

最初の前奏曲の音が始まった直後,「残響が少ない」と感じたのですが,オペラの場合,言葉を聞かせるという面もありますので(意味が分かるかは別として),悪くない響きだと思いました。それと今回は,客席が満席でした。これだけお客さんが入ると,いつもよりもかなり音が吸収されていたのではないかと思います。オーケストラの響きは,その分,リアルでしたが,これもまた「カルメン」という作品の性格に合っていました。本名徹次さんの指揮には,力んだところはなく,全曲を通じてパリっとしたラテン的な音を聞かせてくれました。オーケストラ・ピットは,数年前に拡張工事を行ったこともあり,以前よりは余裕があったように見えました。ただし,長時間地下(?)にこもっていたOEKの皆様,大変ご苦労さまでした。

第1幕の前半は,合唱中心に進んでいきます。「カルメン」では,どの幕にも合唱の出番がありますが,これだけ合唱が活躍する曲も少ないと思います。男声合唱,女声合唱,児童合唱,それぞれに見せ場がありました。どの曲もとても声がよく出ており,歌劇の気分を大きく盛り上げていました(本当は,合唱曲の後にも拍手を入れたかったのですが,入らなくて残念でした)。

しばらくして,タバコ工場の女性従業員同士が喧嘩をはじめ,”一色触発,暴動直前”という感じになります。この辺のリアルな演技にも感心しました。今回は,本格的な衣装をつけての演技ということで,合唱団の皆さんの歌には,音楽堂で宗教曲などを歌う時とはまた違った,入れ込み方があったようです。とてものびのびと歌っているように見えました。きっと本番では,歌っていて楽しかったのではないかと思います。「カルメン」の場合,ドラマの背景を盛り上げる”群集”がとても重要です。時々,地声のような荒々しい声が入ったり,ちょっと音がバラついたりといったところがありましたが,かえってそれが群集らしさを巧く表現していました。舞台上での立ち位置もとても自然で,やはり,群集の登場するオペラについては,音楽堂よりは歌劇座の広いステージで上演する方が良いなぁと実感しました。

今回さらにすごいと思ったのは,合唱の皆さんが各幕ごとに違った衣装で登場していた点です。舞台裏の衣裳部屋などは,大変な騒ぎになっているのではないかと思いました。

この合唱の後に,主役の小泉さんが演じるカルメンが登場しました。カルメンといえば「赤と黒の衣装」という印象があったので(フィギュア・スケート女子の影響?),最初,白い衣装で登場した時はちょっと意外でしたが(それでも部分的に黒と赤が入っていました。また,その後の幕では次々と衣装を変えていました),この雰囲気は小泉さんのカルメンによく合っていたと思います。登場した後に歌う「ハバネラ」は,情感たっぷりという感じではなく,どちらかというと小唄風の親しみやすさがあり,現代の女性に通じるクールさを感じました。小泉さんの声はとてもよく通るすっきりとした美しさを持っていますので,”等身大のカルメン”という感じだったと思います。その後に出て来る「セギディーリア」の方にも,軽やかさがあり,”自由に生きる女性”という現代性を感じました。

その後,このカルメンと対照的な女性としてミカエラが登場し,ホセと二重唱を歌います。今回のミカエラ役は,金沢市在住のソプラノ,岩田志貴子さんで,オペラ全体を通じて,控えめな初々しさと芯の強さを感じさせる歌を聞かせてくれました。ホセ役の志田さんは,前半では,とても素朴な感じの雰囲気を出していましたので,ニ重唱は見るからに”お似合いの二人”という感じでした。

第2幕になると照明の色がオレンジ色っぽくなり,夜のラテン系の酒場の気分に変わります。最初の「ロマの踊り」の部分では,金沢美術工芸大学フラメンコ部のメンバーが加わって,雰囲気を盛り上げていました。大きな影が背景に映り,揺れ動くというのはスペイン情緒たっぷりです。OEKの演奏も,最初は怪しげな雰囲気でじっくりと始め,途中からアクセルを踏み込むようにテンポアップします。大変キレの良い音楽になっていました。

続いて,花形闘牛士のエスカミーリオが登場します。この部分自体,「待ってました!」という感じの音楽ですが,今回の「く」の字形の花道だと,1回ターンする分,タメが作られ,その登場の仕方がさらに華やかになります。安藤常光さんの歌は,ちょっとパンチ力に不足する部分はあったのですが,全体の雰囲気は,スターの気分たっぷりでビシっと決まっていました。

密輸人ダンカイロ一味による,早口言葉のようなアンサンブルは,オーケストラのテンポと微妙にズレそうになりましたが,それがまたスリリングでした。若手歌手の生きのよさがステージから飛び込んでくるような歌でした。

この第2幕は,本当に見所の連続ですが,カルメンがカスタネットを叩きながら鼻歌風に歌う部分も見事でした。楽器を鳴らしながら歌うのは大変難しいと思うのですが,そのことによって,静かさの中から緊張感がにじみ出ていました。そして,ホセによる「花の歌」につながります。

この歌は,今回の公演の中盤のクライマックスだったと思います。志田さんの声は,強さと熱さがまっすぐに伝わってくる素晴らしい声で,この曲にぴったりでした。聞くだけで涙腺が刺激されるような歌でした。この曲は,「ジュテーム」で熱く終わるのですが,それを受けるカルメンのセリフが「愛していない」という冷たい言葉になります。志田さんの歌の熱さと小泉さんのクールさが対照的で,カルメンの悪女ぶりがリアルに伝わってきました。その後,予想外に上官のスニガが出てきて,その結果,思わぬ成り行きでホセは密輸団に加わってしまうことになるのですが,今回,この部分を通して見てみて,なるほどこういう形で引き込まれたのか,と納得しました。

第1幕と第2幕の後には休憩が入ったのですが,その後の第3幕と第4幕は続けて演奏されました。

第3幕への間奏曲ですが,間奏曲の時点で緞帳が上がっていました。ステージ上は,夜の岩山の場になっていましたが,冷たい月明かりに照らされている雰囲気とフルートとハープによる間奏曲のムードとがぴったり合っていました。

CDで聞いていると他の幕より地味な印象のある第3幕ですが,実際のステージだと,とても濃いドラマを含んでいることが実感できました。岩山の冷たい気分や占いの不吉な気分がしっかり描かれていたので,その後に出てくるミカエラのアリアが心を打つものになっていました。広い舞台の中で心細げにただ一人で立ちつくす,紫色の清潔な衣装のミカエラの姿は強い印象を残してくれました。

第4幕への前奏曲は,アラゴネーズと呼ばれている華やかな曲ですが,ここでこの曲に合わせて再度フラメンコが披露されました。これはオリジナルにはないものですが,とても良いアイデアだったと思います。第4幕の前半は,第1幕への前奏曲の再現のような形になります。そこに合唱が重層的に加わることで,華やかなお祭り気分が見事に表現されていました。特に児童合唱の高い声が加わると,浮き立つ気分がさらに増強されます。OEKエンジェルコーラスの子供たちは遅い時間までよく頑張っていたと思います。

この場での注目は何といっても衣装でした。闘牛士たちが次々とファッションショーのように登場してきました。最後に出てきたエスカミーリオのピンクっぽい紫の衣装は,特に強烈でした。どの衣装も華やかだけれども,品の良さがあるのが素晴らしいと思いました。というようなわけで,音楽面,視覚面の両方から華やかさを堪能できました。

その華やかさの中で,下手の袖に”地味〜な”ホセがポツっと立っていました。このコントラストは本当に不気味でした。第4幕の後半は,単純に言ってしまえば「ストーカー殺人」なのですが,この地味なホセの姿を見て,現代社会に通じる平凡さの中に潜む危険のようなものを感じました。

志田さんの思い詰めたような真面目さのある声は見事で,思い詰めた結果としての殺人というリアリティを感じました。遠くから聞こえる闘牛場の音と強烈に鳴り響く運命のテーマとが交錯する中,舞台の雰囲気は真昼のスペインの陽光に満ちています。こういう状況で,ステージ中央でカルメンを刺してしまうシーンは,絵のように決まっており,歌舞伎の幕切れの様式美のようなものを感じさせてくれるほどでした。お見事!というエンディングでした。

今回は,一晩限りの公演でしたが,その一晩のためにどれだけの練習や準備が積み重ねられたのだろうか?かと思うと,とてつもなく贅沢なものを見たという実感が沸いてきました。地元の大学等が協力して準備を行った点も良かったし,小泉さん,志田さんをはじめとしたレベルの高い若手歌手が集結していた点が良かったと思います。特に津幡町出身の小泉さんが立派にタイトル・ロールを歌ったことは,県内の音楽界にとっても大きな収穫になったのではないかと思います。

OEKは2001年に一度「カルメン」を取り上げていますが,これは石川県立音楽堂コンサートホールでの演奏会形式によるハイライト版による演奏でした。この公演も工夫に満ちた印象的な公演でしたが,今回のフル・セットが揃った総合芸術としての「カルメン」は,地域への波及効果という点で次元が違うものとなっていました。歌劇というのは,総合芸術の代表ですが,この公演をきっかけに”歌劇座”を中心に地元の各種芸術活動が相互交流を持つようになることを期待したいと思います。

OEKでは,新人登竜門コンサートを毎年行い北陸地区の新人の発掘を行っていますが,その発展形として全国からオーディションで選んだ若手歌手と金沢歌劇座でOEKの伴奏によるオペラ公演を行うのを恒例化していくのも面白いと思いました(「金沢歌劇座新人登竜門オペラ」といったネーミングで売り出せないですかねぇ?)

次回は,12月に「ボエーム」が予定されているようですが,着実にレパートリーを増やし,金沢版オペラを根付かせていって欲しいと思います。そして,機が熟して,金沢オペラを県外に輸出するような時代になることを期待したいと思います。金沢歌劇座については,今回,建物の設備が変わったわけではないので,単に名称変更記念の公演だったのですが,その内容は,未来に向けて大きな第1歩を踏み出した公演だったと思います。

これまで,「金沢歌劇座」という名称については,「まだ歌劇を上演していないのに...」とちょっと疑問符付きで見ていた部分があったのですが,今後,この空間を使った公演への期待が大きく広がりました。「歌劇座」の第1歩に相応しい公演ということで,この公演に携わった多くの人と満員の聴衆の記憶に残るような,「あのカルメンはよかった」と後から言われるような伝説的な公演になったのではないかと思います。

PS.今回の上演の問題点ですが,聴衆の方にあったと思います(その他,「やっぱりクロークが欲しいなぁ」といった問題はありますが...)。これだけ地元関係者が大勢出演するとなると,親子親類縁者友人...等,今回初めて歌劇を見るという人が多かった感じでした。ホール内で菓子パンを食べている人,カメラを手にしていたことを係員に注意されて逆に怒っている人など,OEKの定期公演の聴衆とはかなり違う感じでした。そのせいか,曲中の拍手が少なかった気もします。終幕の後の拍手は本当に盛大でしたが,第2幕の後などにも,カーテンコールがあっても良かった気がしました。ただし,逆に言うと,今回の公演によって客層が広がったたとも言えそうです。(2008/03/09)

金沢歌劇座写真集
開演前には,ロビーで金沢美大の皆さんによってフラメンコが披露されていました。


舞台美術については2案があったようです。模型が展示されていました。


各幕ごとのイメージ写真です。こういう展示も大変興味深いものでした。


出演者へのプレゼント類の山のようになっていました。


終演直後です。暗くてよく分かりませんが,闘牛をイメージした緞帳です。


チラシは赤いものしか見たことはなかったのですが,黒っぽいポスターが掲示されていました。


金沢歌劇座前の大型の看板です。