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オーケストラ・アンサンブル金沢第238回定期公演PH
2008/03/22 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ビゼー/小組曲「子供の遊び」
2)サン=サーンス/序奏とロンドカプリチオーソop.28
3)ドビュッシー/小組曲第4曲「バレエ」
4)サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
5)(アンコール)マスネ/歌劇「タイス」〜瞑想曲
6)ドビュッシー(カプレ編曲)/子供のためのバレエ音楽「おもちゃ箱」
7)ルグラン(編曲者不明)/映画「シェルブールの雨傘」〜テーマ
●演奏
井上道義(1-4,6-7)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)
ネマニャ・ラドゥロヴィッチ(ヴァイオリン*2,4-5),井上道義(お話*6)
Review by 管理人hs  
この日の立て看板です。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の3月の公演は,本当に多彩です。今回は,先日,春分の日に行われたばかりのイースター・キッズ・ファミリー・コンサートの内容を大人向けにしたような”楽しい定期公演”が行われました。私自身,この2つの公演で共通して演奏された「おもちゃ箱」を聞き比べ(見比べ)ることになったのですが,客層に応じてサービスを分けることのできる,井上さんは真のエンターテイナーだと感じました。

前半のフランス音楽を中心としたプログラムでは,何といってもネマニャ・ラドゥロヴィッチさんのヴァイオリン独奏に圧倒されたのですが,この前半/後半ともに,従来のクラシック音楽ファンとは違ったファン層にもアピールできる内容だったと思いました。

まず,前半のラテン系のプログラムですが,「ラ・フォル・ジュルネ」のアーティスティック・ディレクターのルネ・マルタンさんが聞いても満足という内容だったのではないかと思います。例えば,来年の「ラ・フォル・ジュルネ金沢」のテーマが「民族のハーモニー」になったとしてもそのまま行けそうです(気が早い?)。

ちなみに昨年のサイトを見てみると,次のような情報がありました。この中の5月4日の公演などは,今回の定期公演の前半と非常によく似ています。
http://www.t-i-forum.co.jp/lfj_2007/artist/e_detail/violin_08.php

最初に演奏された,ビゼーの「子供の遊び」ですが,OEKにぴったりの雰囲気の作品です。トランペットのパリっとした音で始まる第1曲の行進曲から余裕たっぷりでした。第5曲のギャロップは,アンコール・ピースとしてもよく聞く曲ですが,それほど慌てていないのに,強弱の変化がくっきり付けられており,沸き立つような気分が出ていました。そのひとつ前の「小さな夫と妻」という”ままごと”をイメージした曲のしっとりとしたムードとの対比,第3曲のコマ回しの軽妙さ...この曲は是非,OEKの十八番にしていって欲しい作品です(この日もライブ収録をしていたようなので,CD化される可能性は高いと思います)。

続く「序奏とロンドカプリチオーソ」では,前述のネマニャ・ラドゥロヴィッチさんが登場しました。かなり大柄な方でクラシック音楽の演奏家というよりは,ジャズやロック系のアーティストのような,雰囲気があります。1985年ユーゴスラビア生まれで現在はパリ在住ということで,若くして国際的に活躍されている方です。黒づくめの衣装に黒い長髪ということで,どこかパガニーニ以来の”ヴァイオリニスト=悪魔的で神秘的”といった雰囲気も感じさせてくれます。いずれにしても,全身からスター的な雰囲気と規格外の魅力が漂ってくるような方でした。一言でいうと「クール」な方でした。

見た瞬間そう感じたのですが,音楽を聞いてさらにその印象が強まりました。今回演奏されたサン=サーンスの曲は,文字どおり気まぐれな曲ですが,自由に演奏しているようでいて,とてもしっかりとした演奏となっていました。音自体がまず素晴らしく,甘さよりは芯の強さを感じさせてくれました。音も華やかというよりは聞いていて充実感を感じさせてくれました。見た目の雰囲気とは別にとても正統的な演奏をする奏者だと思いました。それでいて,洒落っ気や軽妙さも感じさせてくれました。

もう1曲演奏された,おなじみの「ツィゴイネルワイゼン」の方も自在な演奏でした。冒頭部分の乱れたような音の揺らし方からして堂に入っており,演奏を楽しんでいる様子が伝わってきました。技のデパートのような曲ですが,どの部分も十分にコントロールされており,大変キレ味の良い演奏でした。本当にまっすぐな音を出したかと思うと,ヴィブラートのしっかりかかった音を出したり,こういうケレン味のある作品にぴったりの演奏でした。最後の急速な部分でのキレの良さも大変印象的でした。

その一方,オーケストラの演奏ときっちりと揃っているのも見事でした。独りよがりに崩すことはなく,あくまでもアンサンブルの一員のように振る舞っているところがありました(これは井上&OEKならではかもしれません)。この点が特に素晴らしいと思いました。

ラドゥロヴィッチさんが今後どのようなアーティストになっていくか非常に楽しみですが,オーケストラときっちりと合わせながらも自在な表現を聞かせてくれる現時点の演奏も,非常に完成度が高いものだと思います。クラシック音楽にだけ没頭するというよりは,とてもクールでクレバーな感じのする方ですので,これから大ブレイクするような予感がします。

当然アンコールが演奏され,「タイスの瞑想曲」が演奏されました。この曲は,ハープの伴奏の上にソロが乗って進んで行く曲ということで,井上さんの指揮なしで演奏されました。そうなるとラドゥロヴィッチさんの弾き振りのように見えます。技巧的な曲ではなく,メロディラインや音の美しさを耽美的に聞かせる曲なのですが,ラドゥロヴィッチさんの音だけが浮いて聞こえるのではなく,OEKの一員のような感じで聞こえました。演奏の後,OEKの奏者の間に座る真似をするなど,ユーモラスな動作を見せてくれましたが,もしかしたらアンサンブルの中で演奏するのが好きな方なのかな,とも思いました。

前半は,このラドゥロヴィッチさんの独奏の間に,ドビュッシーの小組曲の中の1曲が演奏されました。プログラム構成的には,この曲が扇の要のような存在ということになります。タンブリンが入る,ラテン的なムードたっぷりの曲ですが,途中のしっとりとした部分での大柄な表現も含め,井上さんらしさをしっかりとアピールしていました。

そして,後半の「おもちゃ箱」です。前述のとおり,つい2日前に聞いた同じ曲ですので,今回はどのように演奏するのだろう,という点に注目をしました。

奏者の服装ですが,井上さん以外は普通でした。井上さんだけは上着なしで,白いシャツ姿でした。井上さんが定期公演に登場する時は,「指揮台なし,指揮棒なし」というのが通例になりつつありますが,この曲も当然そうで,ときどき譜面(もしかしたらシナリオ?)を見ながら,自在のパフォーマンスを見せてくれました。

2日前の演奏とは,シナリオの内容は少し違いましたが(子供向けの方が説明が多かったかもしれません),「おもちゃ箱」を開けて,人形たちの活躍が続いた後,朝になって現実に戻る,という基本的な流れは同じでした。違ったのは,私自身の方です。前回は子供と一緒にバルコニー席から見ていたのですが,今回は正面から見ました。

音楽の展開は,次のような感じで,2日前とほぼ同じでした。こうやって,ナレーション付きの音楽ドラマとして聞いてみると,ドビュッシーの音楽の雰囲気と武満さんの晩年の「系図」とはどこか似たところがある気がしました。
  • まずフルートの上石さんが立ち上がって主要テーマを演奏しました。
  • その後,他の楽器も重要なソロがあると立ち上がっていましたが,主題の持つキャラクターをアピールしていたようでした。特に金星さんのホルンの音が,とても柔らかでフランス音楽にぴったりだと思いました。
  • 井上さんが,「コンサートホールに幕はないけど,幕開きです」と語った後,オーケストラをおもちゃ箱に見立てた,夢の中の世界が始まります。
  • 井上さんとピアノの松井さんのやりとりがあり,ミッキーさんの方がからかわれます。この曲には,ピアノが加わることで音に締まりが出ているようなところがあります。
  • 井上さんがティンパニ奏者のウゲッティさんにライフルで撃たれてしまい,倒れ込んでピアノの下に寝込んでしまいます。
  • オーボエの水谷さんが,その傍まで演奏しながら近づいてきて様子を見にきます。
  • 井上さんが起き上がると,何故か不思議な”かぶりもの”をしています。
  • その後,いろいろな人形の踊りがコラージュ風に続きます。グノーの「兵士の行進」,メンデルスゾーンの「結婚行進曲」,ドビュッシー自身の「小さな黒人」の断片など聞いたことのあるメロディが出てきます。
  • 途中,コントラバス奏者がおもちゃの兵隊のような黒い帽子をかぶっていました。フェレンツ・ボカニーさんには,立派なヒゲがあるので”イメージどおり(ブラーボ)”でした。
  • サングラスを掛けていたお巡りさんがステージ上のラジコン・カーを追って客席から乱入し,ミッキーさんに「駐車違反の張り紙」を渡して行きます(どなたが演じたのでしょうか?ちょっと難解なギャグ風でした)
  • 音楽堂のレセプショニストの女性が3人組で人形風の動きで上手から下手へと通り過ぎます。それにミッキーさんが付いていこうとします(何となく気持ちは分かる)。前回は4人組でしたが,今回は3人だったと思います。
  • それをコンサートマスターのブレンディスさんが引き留めます。ここでかなりもめます。このお二人なのですが...実はとても良く似ています。遠くからだと,一瞬どちらがどちらか分からなくなるぐらいです。何となく自分の中の2つの人格の葛藤という風にも見えてしまいました(深読みしすぎ?)。コンサートマスターが現実的で,指揮者が子供っぽい...という設定もありそうな気がします。
  • オーケストラで演奏の出番のない皆さんが,様々な動作で居眠りを開始。加納さんの演奏する,コールアングレの見せ場,聞かせ所になります。この日は,ここで「不可能ではなくて,加納です」という(親父)ギャグを盛りこんでいました。
  • ステージの照明を落として,しっとりとした夜の気分にさせてくれましたが,大変印象的な部分でした。
  • 教会の朝の鐘の音で,現実に戻り,最後は「ドン」という音でおしまい。最後に井上さんが「おしまい」と言っていましたが,これはプーランクの「ぞうのババール」も同じです。やはり,子供向けのお話の最後は「おしまい」と言ってもらうと雰囲気が出ますね。

今回の演奏を聞いて,オーケストラの各奏者キャラクターがより強く浮き彫りにされているような気がしました。

それと,最後のエピローグの部分で,井上さんが語った「おもちゃ箱の内と外のどちらが好きですか?」という問いが大変印象的でした。「おもちゃ箱」の内側の世界は子供時代の象徴だったのかもしれません。この内側の世界は自分本来が持っている感性とも言えそうです。それはもちろん大切なのですが,大人になるとそれだけでは生きていけません。井上さんは,そのことを受けて「子供は終わりにして,大人を演じましょう」という言葉で締められました。これは多くの大人が共感する感覚でしょう。連休最後の日の夕暮れの気分とも似ているかもしれません。

「おもちゃ箱を閉める」という言葉に少しせつない気分を感じてしまいましたが,この曲の解釈としては本当にぴったりだと思いました。井上さんのイマジネーションの豊かさと同時に,”大人の哀愁(?)”を感じることのできた演奏でした。

アンコールでは,フランス映画の名作「シェルブールの雨傘」のテーマが演奏されました。演奏会のチラシには,当初「フランス映画音楽集」と書いてありましたのでそれを意識しての選曲だったのかもしれません。最初,室内楽のような雰囲気ではじまり,段々とシンフォニックに盛り上がっていくような演奏でした。

今回の定期公演は,フランス音楽中心のプログラムでしたが,井上さんならではの遊び心と粋が満ちあふれた演奏会になりました。今年,OEKはルネ・マルタンさん主催の「ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノフェスティバル」に招聘され,フランスに演奏旅行に行くということですが(音楽堂情報誌「CADENZA」最新号の情報による),これを機会にさらに積極的にフランス音楽にアプローチしてもらいたいと思います。そして,その成果を今後の公演でも聞かせて欲しいと思います。(2008/03/23)

この日のサイン会

この日のサイン会は,ラドゥロヴィッチさんの格好良さもあり,長蛇の列になっていました。一気に金沢でファンが増えたのではないでしょうか?

これは,珍しくメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が2曲入っているライブ録音のCDです。通常聞かれるホ短調の方は第2番と書かれていました。


おなじみ井上道義さんの豪快なサインです。



コンサートマスターのサイモン・ブレンディスさんと第2ヴァイオリンの首席奏者の江原千絵さんのサインです。