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オーケストラの日:オーケストラの祭典!ウェルカム・スプリング・コンサート
2008/03/30 石川県立音楽堂コンサートホール
第1部
1)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調op.92〜第1楽章
2)チャイコフスキー/バレエ組曲「くるみ割り人形」〜花のワルツ

第2部
3)ベートーヴェン/序曲「コリオラン」op.62
4)ロータ/映画「ゴッドファーザー」〜愛のテーマ
5)ロジャース/ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の音楽

第3部
6)ヴィヴァルディ/ピッコロ協奏曲〜第1楽章
7)ピアソラ/ブエノスアイレスの春
8)ヴィエニャフスキ/ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調〜第2楽章
9)モーリス/プロヴァンスの風景
10)指揮者体験コーナー「君の運命を聴かせろ」
11)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調op.67〜第1楽章
12)(アンコール)宮川彬良/栄光の道
●演奏
井上道義*3-9,11-12;鈴木織衛*1-2指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)*6-12;石川県ジュニア・オーケストラ*1-2;金沢交響楽団*3-5
岡本えり子(ピッコロ*6),竹中のりこ(ヴァイオリン*7),上島淳子(ヴァイオリン*8),作田聖美(アルト・サクソフォン*9)
Review by 管理人hs  
この日のポスターです。

昨年から3月31日は「ミミにイチバン,「オーケストラの日」」に制定され(日本オーケストラ連盟が決めたものです),全国各地のオーケストラでこの時期一斉にオーケストラをPRするような演奏会を行っています。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)もこの企画に加わっており,従来から行ってきた「ウェルカム・スプリング・コンサート」と兼ねて「オーケストラの日」の演奏会が行われました。

この演奏会ですが,定期会員はご招待ということで,「年に一度のお客さま感謝デー」的な趣向が凝らされたプログラムが毎年組まれています。今年の特徴は3部構成だった点です。石川県ジュニアオーケストラ,金沢交響楽団,OEKの順に登場し,演奏会の副題の「オーケストラの祭典」に相応しい内容になっていました。指揮者も2人登場しました。1つの演奏会に指揮者が2人登場するのは,意外に珍しいことだと思います。

第1部には,石川県ジュニア・オーケストラが登場しました。ジュニア・オーケストラは,一年の総まとめとして前日に定期演奏会を行ったばかりです。この日は,その際演奏された曲の中から2曲が演奏されました。最初に演奏されたベートーヴェンの交響曲第7番は,「オーケストラの日」のチラシにもキャラクターが大々的に使われている「のだめカンタービレ」にちなんでの選曲だったのかもしれません。テレビ実写ドラマ版のテーマ曲に使われているお馴染みの部分を含む第1楽章全部が演奏されました。鈴木織衛さんのテンポは,子供だからといって特に遅くするわけではなく,「普通」のテンポで堂々たる演奏を聞かせてくれました。オーケストラの編成の方は,弦楽器はほとんどヴァイオリンばかりという変則的なもので(ヴィオラ以下の低音の弦楽器は,OEKメンバーをはじめ指導されている”大人”が,かなり加わっていました。),ちょっと不自然でしたが,展開部の後半などは一丸となっての熱演で,心の中で「がんばれ」と応援しながら聞いてしまいました。

続くチャイコフスキーの「花のワルツ」のテンポは,とってもすっきりしており,大変爽快でした。私自身,クラシック音楽を聞き始めたのがこの曲でしたので,きっとジュニア・オーケストラの子供たちにとっても一生記憶に残る曲になるのだろうな,と思って聞いていました。なお,序奏部のハープの独奏ですが,(はっきりと確認はできなかったのですが)おなじみの上田智子さんが演奏されていたようでした。「たっぷりと!」「お見事!」という掛け声を掛けたくなるような素晴らしい演奏でした。

続いて,第2部の金沢交響楽団のステージになりましたが,その間に場面転換の時間がありましたので,指揮者の鈴木さんが,「オーケストラの日」の由来などについて説明をされました。そして,井上道義さんが登場しました。地元のアマチュアオーケストラを井上さんが指揮をするというのは,色々な面で興味深いものでした。恐らく,金沢交響楽団の皆さんには大変大きな刺激になったと思います。

こちらもジュニアと同じベートーヴェンのコリオラン序曲で始まりましたが,「ラ・フォル・ジュルネ」にちなんでの選曲だったのかもしれません。井上さんの指揮ぶりは,オーケストラを鞭打つ(叱咤激励する?)ような力強いもので,冒頭部の「ジャーーーーン,ジャン」の音など非常に緊張感に溢れていました。井上さんがOEKを指揮するときは,ある程度,オーケストラの作る音楽の流れに乗って指揮するようなところがあると思うのですが,今回のぐいぐいと引っ張っていくような指揮を見て,アマチュア・オーケストラを指揮する場合,かえって井上さんらしさがストレートに出ているようなところがあると思いました。演奏が終わった時の指揮棒をガクッと下に降ろす動作など,相変わらず見せて(魅せて)くれる指揮でした。

その後に演奏された2つの映画音楽は反対に大変のびやかなものでした。逆にいうと,ベートーヴェンの曲はやっぱりすごいと思いました。別の言い方をすると,ちょっとしたミスも許さないような怖さがあります。

最初に演奏された「ゴッドファーザー」の「愛のテーマ」は,冒頭部分で波をイメージさせるような音が入ったり,熱い雰囲気たっぷりの演奏でした。演奏後,井上さんが「悪人も熱い心を持っている」「私も指揮者になっていなければ,どうなっていたかわからない。舞台の上ならばなんでもできる。」といった味わい深く,実感(?)のこもった話をされていましたが,そのせいか,この曲は,井上さんにぴったりの曲なのではないかと思ってしまいました。イタリアの名指揮者リッカルド・ムーティがニーノ・ロータ作品集のCDを録音していますが,井上さんにも一度トライして欲しいものだと思いました。

続く「サウンド・オブ・ミュージック」の方は,全曲の抜粋&メドレーのようなアレンジでした。冒頭の鐘の音から始まり,最後の「すべての山に登れ」まで,ストーリーに沿って一気に全編を見てしまったような気分になりました。特に良かったのは,最後のクライマックスの部分でした。井上さんの指揮ぶりは,終わりに近づくにつれて大きく大きく上に手あげていき,パントマイムでアルプスの山々を表現しているようでした。金沢交響楽団の皆さんもそれに応える素晴らしい”サウンド”を出していました。「ウェルカム・スプリング・コンサート」に地元のアマチュア・オーケストラが登場するのは,今回が初めてのことでしたが,機会があれば是非また登場して欲しいと思います。

ここで30分ほどの長い休憩があり,ロビーでOEK団員とお客さんとが交流する時間が設けられました。缶ビールなどの飲み物も用意されており,あちこちで交流を行っていたようでした。

第3部はOEKのステージでしたが,今年もまた通常の定期公演とは一味違った内容でした。まず,OEKの団員3名がソリストとして登場し,OEKとの共演で協奏曲的な作品が3曲演奏されました。

フルートの岡本えり子さんが演奏した曲はヴィヴァルディのピッコロ協奏曲の第1楽章でした。ピッコロ協奏曲という名付けられた曲を聞くのは,もしかしたら初めてのことかもしれません。さすが,協奏曲を作りまくったヴィヴァルディだと納得しました。ピッコロのイメージどおりのとても可愛らしい曲で,こういう曲を聞けるのも,この演奏会ならではだと思いました。

ヴァイオリンの竹中のりこさんが演奏した曲は,ピアソラの「ブエノスアイレスの春」でした。ヴィヴァルディとは全く時代の違う曲ですが,OEKの伴奏がヴィヴァルディの時とほぼ同じ編成(ヴィヴァルディの時はチェンバロが入っていました。第1部で指揮をされた鈴木織衛さんがさりげなくチェンバロを弾いていました)というのが面白かったのですね。この曲は,1年ほど前の定期公演で,マイケル・ダウスさんの弾き振りで聞いた曲ですが(ワーナーからライブ録音CDも出ています),その時の取り合わせの面白さを思い出しました。竹中さんの演奏は,とても気っ風の良い演奏で,「春」の気分に相応しい演奏だったと思います。ピアソラ独特の「ギギギギ」という楽器に悪そう(?)なノイズも入ったり,とても楽しめる演奏でした。

曲の最後の部分で,ヴィヴァルディの「春」の冒頭部分が引用されて終わるのですが,ダウスさんの時は,チェンバロが演奏していたと思います。今回は,第2ヴァイオリンが演奏していたようでしたが,この終わり方は,とても洒落ています。演奏後の井上さんと竹中さんとのトークの中で(井上さんは”ヒーローインタビュー”と呼んでいました),「南半球のブエノスアイレスとイタリアとでは季節は反対になる。それで,「ブエノスアイレスの春」の中に「ヴィヴァルディの秋」が組み込まれている」という話をされていました。今度じっくり(ダウスさんのCDで),どこに隠れているか聞いてみようと思います。

3人目として登場したのは,同じくヴァイオリンの上島淳子さんでした。岡本さんと竹中さんについては,過去,何回かソロの演奏を聞いたことはあったのですが,上島さんのソロを聞くのはもしかしたら今回が初めてのことかもしれません。ヴィエニャフスキの協奏曲第2番の第2楽章が演奏されましたが,とても丹念にしっとりと歌い込まれており,上島さんの落ち着いた雰囲気にぴったりだと思いました。3人の演奏が終わった後,井上さんは「演奏には演奏者の人柄がしっかり出ますね」と言うようなことを語っていましたが,そのとおりだと実感しました。

ちなみに,この曲から後,OEKの楽器の配置が,いつもとかなり違った感じになっていました。コントラバスとチェロが後方に並び,その代わりにフルート,オーボエが指揮者のすぐ前に並ぶ,という独特の配列でした。井上さんは「OEKは日本でいちばん冒険心のあるオーケストラです」と語っていましたが,このような「なんでもやってみよう」という身軽さは,やはり室内オーケストラ編成だということと,初代音楽監督の岩城さん以来の伝統だと思います。

その後,OEKのメンバーではないのですが,金沢出身のサクソフォーン奏者で2007年に第3回ルーマニア国際音楽コンクールで第1位を獲得した作田聖美さんとの共演で,モーリスというフランスの女流作曲家による「プロバンスの風景」という曲が演奏されました。今回初めて聞く曲でしたが,とても聞きやすい曲でした。サクソフォーンが入る南フランス風の曲といえば,ビゼーの「アルルの女」などを連想してしまうのですが,もう少しモダンな気分がありました。4曲から成る組曲風の曲で,「急-緩-急-もっと速く」という感じの構成でした。作田さんの演奏はとても落ち着いた演奏だったと思います。聞いていて気持ち良さの伝わってくる演奏でした。毎年4月恒例の新人登竜門コンサートの先取りのような新鮮な雰囲気でしたが,これからの作田さんの活躍を見守りたいと思います。作田さんのゴージャスなワインレッドのドレスも目を楽しませてくれました。この衣装を見た井上さんの”取ってつけたような”大げさな反応も楽しいものでした。

そして,本日のお楽しみ企画である「指揮者体験コーナー:君の「運命」を聴かせろ!」のコーナーになりました。この企画は数年前のウェルカム・スプリング・コーナーでも行われたことがありますが,音楽堂で行われるのは初めてのことだと思います。今回は,かなり年齢の幅のある3人の方が登場し,ベートーヴェンの「運命」の冒頭部の指揮に挑戦しました。「ママの代わりに」というお嬢さんもいましたが,自ら応募されて覚悟を決めて(?)来られた方々ということで,皆さんなかなか堂々とした指揮ぶりでした。

ただし,やはり棒一本でプロの奏者を動かすというのはなかなか大変なものだ,と実感されたのではないかと思います。これは一般的な傾向ですが,アマチュアの方が指揮をすると,テンポが重くなってしまうようです。室内オーケストラとはいえ,40人ぐらいの音楽家が作り出す音の流れを動かすとなると目に見えない圧力がかかり,どうしても手かせ足かせが掛かったようになるのかもしれません。今回,井上さんは,指揮のレッスンをするような感じで,「では,もう一回やってみよう」と再挑戦させていましたが,なかなかオーケストラの方は手強いようで,テンポは変わらなかったですね。

3人の挑戦の後,お手本として翌日の福井公演で指揮されることになっている松井慶太さんが登場し,見事な指揮を見せてくれました。まず,音量からして違う点が面白いところです。自信を持って振ると奏者も思い切って演奏できるということかもしれません。それと,井上さんが「(演奏前にコンサートマスターに耳打ちをしていた松井さんを指して)ここが違う」と言っていましたが,事前にコンサートマスターにお願い(?)をしておく,というのが成功のいちばんの秘訣かもしれません。

最後に井上さんの指揮で,第1楽章全曲が演奏されました。やはり全体の勢いが違います。タメる部分や見得を切るような部分を入れたり,やはり井上さんの顔が見えてくるような個性的な演奏だと思いました。

最後にアンコールが1曲演奏されましたが,これにも遊び心が入っていました。石川県内ではお馴染みの,ニューヨーク・ヤンキースの松井選手の公式応援歌「栄光の道」が演奏されたのですが,今回は「松井選手結婚おめでとうバージョン」ということで,途中からメンデルスゾーンの結婚行進曲に脱線してしまうという,粋なユーモアが入っていました。大阪公演ではお馴染みの「六甲おろし」同様,OEKのアンコールも毎回目が離せません。

今回の演奏会は,井上道義さんがアマチュア・オーケストラを指揮したり,OEK団員がソリストになったり,とOEKならではの冒険心に満ちた内容でした。自分で言うのも変なのですが「定期会員あってのOEK」ということで,これからもこの「ウェルカム・スプリング・コンサート」では,遊び好きの定期会員を楽しませるための冒険的な試みを続けていって欲しいと思います。

PS.鈴木さんが,「3月31日は”ミミニイチバン”,3月30日は”ミミニマル”と覚えてください。”ミミニマルイ”だと”ミミニワルイ”と聞き間違えるので注意してください。」とおっしゃっていましたが,オーケストラ連盟の皆さんの発想もなかなか面白いですね。

PS. その後,金沢交響楽団の方から,「ゴッドファーザー」の中で使われていた「波の音」について,ご連絡を頂きました。この音ですが,井上道義さんとの初めてのリハーサルのときに井上さんの提案で急遽入れることになったものとのことです。演奏していたのは,後ろの方だったので,打楽器奏者の方かと思って聞いていたのですが,「下り番のホルン奏者の女性」とのことでした。ご連絡頂きありがとうございました。(2008/04/01)

この日のサイン会

この日のプログラムです。こちらにも「のだめ」が使われています。



井上さんは,2部と3部の間の休憩時に「今日は半分だけでなく全部顔を出します」と言っていましたが,なかなか面白いジョークだと思いました(もっと受けて欲しかったのですが)。