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石川フィルハーモニー交響楽団第25回定期演奏会
2008/04/05 石川厚生年金会館
1)リムスキー=コルサコフ/スペイン奇想曲,op.34
2)マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」(花の章付)
2)マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」(花の章付)〜第2楽章「花の章」
●演奏
花本康二指揮石川フィルハーモニー交響楽団

Review by 管理人hs  
演奏会の立て看板です。

金沢市を中心に活動しているアマチュア・オーケストラ,石川フィルハーモニー交響楽団の第25回定期演奏会に出かけてきました。指揮は花本康二さんでした。今回は石川厚生年金会館で行われたのですが,考えてみるとこのホールでオーケストラの演奏を聞くのは本当に久しぶりのことです。相変わらず残響は少なかったのですが,ちょっと懐かしくなりました

懐かしさの理由はもう一つあります。今回,メインで演奏されたマーラーの交響曲第1番「巨人」です。私が最初にこの曲の生演奏を聞いたのが,このホールで演奏された金沢大学フィルの演奏でした。もう20年以上前になりますが,フル編成のオーケストラを生で聞くのは良いものだなぁと感激した記憶があります。その時の思い出が,かすかに甦った演奏会でした。

今回は,この「巨人」に先立ち,前半にリムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲が演奏されました。この曲を生で聞くのも初めてのことです。金沢初演かどうかは定かでありませんが,少なくともオーケストラ・アンサンブル金沢が演奏したことはないと思います。

この曲について,私の”デフォルト”となっているのは,シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団による非常にスマートな演奏です。コンサート・マスターのヴァイオリン独奏をはじめ,各楽器のソロが次々と出てくる曲で,オーケストラのデモンストレーションに最適の曲ですが,その分,大変難易度の高い曲です。今回の演奏を聞いて,やはり生だと面白い曲だと実感しました(2007年のシーズンの女子フィギュア・スケート中野友加里選手のフリープログラムの曲としても有名ですね)。

冒頭からテンポは,抑え気味であまりお祭り騒ぎにならず,各ソロをくっきりと聞かせてくれる演奏でした。要所要所でのコンサート・マスターの方の独奏も見事でしたが,こちらも大変技巧的なフレーズの出てくるクラリネットの演奏も鮮やかでした。このホールだと,各楽器の音がバラバラに聞こえてくるところがありますが,これが妙に生々しく,この曲を楽しむには意外に良かったかもしれません。粗が見えてしまう怖さはあったのですが,第4部などは,ソロを演奏している奏者を次々と目で探す,大カデンツァ大会のような感じになっていました。ちなみにこの部分に出てくるハープの見事な演奏は,先日,石川県立音楽堂での石川県ジュニア・オーケストラの演奏会にも登場されていた上田智子さんが担当されていました。

曲の最後の部分はパンチの聞いた音で締めてくれましたが,この部分を含め,全体的にもう少し羽目を外した感じがあっても良かったかもしれません。もっとうるさい曲(?)を予想していたので,まとまりが良すぎる気がしました。

後半は,前述のマーラーの「巨人」が演奏されました。今回の演奏の特徴というか”売り”は,第2楽章に「花の章」という通常演奏されない楽章が挿入され,5楽章で演奏されていた点です。この楽章は,初演時には入っていたけれども,その後,マーラー自身の手で外されてしまった,いわば幻の楽章です。私自身,実演・CDを通じて,今回が聞くのが初めてのことでした。この楽章が第一のお目当てだったのですが,他のお客さんの中にもそういう方は幾らかは,いたかもしれません。

このことに現れているように,指揮者の花本さんの意図としては,マーラーの書いた音符をできるだけ忠実に再現しようということがあったように思えました。第1楽章の繰り返しを行い,第3楽章(通常の2楽章)や最終楽章での管楽器のベルアップなども行っていました(最終楽章は立ち上げるケースもありますが,さすがにそこまではやっていませんでした)。その他,この日のプログラムの解説によると4楽章(通常の3楽章)前に長いインターバルを入れる,ということが楽譜の指示として書かれているということでしたが,今回もこの部分でチューニングを行い,長目のインターバルを入れていました。

そして,何よりも演奏自体が純音楽的という感じで,熱狂的になるよりは部分部分を非常にじっくりと聞かせて積み上げていくような演奏になっていたと思いました。そのことによって,全曲を通じて聞いた後にどっしりとした聞きごたえが残りました。

第1楽章は原始的な霧を思わせるような印象的な弱音で始まります。弦楽器の音は非常に繊細だったのですが,管楽器の方は前述のとおり,非常に音が生々しく聞こえることもあり,デリカシーが少し不足する部分があると感じました。この辺は,いちばん難しい部分かもしれません。舞台裏のトランペット別動部隊の音のバランスはとても良かったと思います。この楽章では,終結部付近で,ホルンが力強く印象的なメロディを演奏する”春爛漫”という感じの見せ場が大好きなのですが,非常に力強く格好良く決まっていました。

第2楽章は,初めて聞く「花の章」です。この楽章ですが,その名前のとおり,とてもキャッチーなメロディを持つ,親しみやすい曲でした。そのまま,朝の連続ドラマのテーマ曲に使っても行けるかな?と一瞬思ってしまいました。オペラのアリアが始まるような序奏の後,トランペット独奏で主題が始まるのですが,とても甘い音で曲の雰囲気にぴったりでした。この日の金沢は,非常に好天だったこともあり一気に桜が満開に近付いたのですが,その点でもぴったりの選曲でした。機会があれば,是非,CDで聞いてみたいと思います(確か小澤征爾指揮ボストン交響楽団の録音があったはずです)。

ただし,こうやって聞いてみると,やはりこの楽章だけ浮いているかな,というところもあります。その点では,最終的にこの楽章を外したマーラーの判断は正しかったのかもしれません。

第3楽章のスケルツォは,とても律義に克明に演奏されていました。花本さんの指揮を見ているときちんと△で振っており,それがそのまま音楽になって現れているようでした。上述のとおり管楽器のベルアップが視覚的な効果を上げていましたが,ホルンとその他の木管楽器群のベルアップの応酬のような感じになるので,見ていて大変楽しめました。「のだめカンタービレ」のR☆Sオーケストラの演奏の元祖はここにある?と思わせる部分でした。

第4楽章は,コントラバスのソロで始まる,いかにもマーラー的な聖俗が入り交じったような楽章です。コントラバスの独奏は,たどたどしい感じでしたが,それが「森の葬式」の雰囲気には合っていたと思いました。途中,村の楽隊が突如入ってくるような部分がありますが,打楽器奏者を見ていると通常より一回り小さなシンバルを叩いており,それでこういうちょっと安っぽい効果が出ているのかと納得しました。中間部のヴァイオリンを中心とした弱音の柔らかな雰囲気もとても聞きごたえがありました。ただし,この楽章についてはもう少しケレン味というか音楽の振幅の大きさがあっても良いかなと思いました。

最終楽章は,前楽章からインターバルを置かず,いきなり豪快に始まりました。楽章を通じて,非常に輝かしく緊張感に満ちた音が聞こえてきました。その一方,ヴァイオリンを中心とした第2主題のはかなげな甘さも印象的でした。ずっとこの雰囲気を続けていたい...けれども...中断されてしまう,ずっと演奏を続けていたい...けれども...もうすぐこの曲の演奏が終わってしまう,という切なさのようなものを感じました。

そして,曲の最後の部分では,慌てないテンポによる堂々たるクライマックスが築かれました。トランペットの颯爽とした響き,ベルアップして演奏していたホルンの雄壮な響きも印象的でしたが,やはり,大太鼓の連打をはじめとする打楽器群の迫力が生演奏だと大変インパクトがあります。最後の「チャン,チャン」もビシっという感じで決まっていました。

マーラーの交響曲の後にアンコールが演奏されることは少ないのですが(指揮者の花本さんが語られていたとおり,マーラーの場合「アンコールどころではない」ということもありそうですね),今回は第2楽章の「花の章」がもう一度演奏されました。あまり馴染でない曲(だけどとても良い曲)だったこともあり,アンコールで再演するというのは,とても良いアイデアだったと思います。

石川フィルの演奏では,以前,マーラーの交響曲第2番「復活」の演奏を聞いたことがありますが,こういった大曲・難曲の場合,団員の皆さんは,大変さと同時に演奏のし甲斐を感じられたのではないかと思います。難曲2曲に挑戦した石川フィルの皆さんに大きな拍手を送りたいと思います。是非,今後も新しいレパートリーに挑戦していって欲しいと思います。

PS.石川厚生年金会館ホールは,座席に関してはとても良いと思います。久しぶりに来てそう感じました。ゆったりとしているし,ステージも見やすいし,ワンフロアなので,各種イベントには良いホールだと思います。花見シーズンのこの時期,兼六園のすぐそばという立地条件も好都合だと思いました。
(2008/04/06)