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オーケストラ・アンサンブル金沢第239回定期公演F
2008/04/20 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調,K.595(カデンツァ:小曽根真)
2)ショスタコーヴィチ/ステージ・オーケストラのための組曲(ジャズ組曲第2番)〜第1曲,第5曲,第4曲,第7曲,第2曲
3)ガーシュウィン(グローフェ編曲)/ラプソディー・イン・ブルー
4)小曽根真/ショスタコーヴィチの名前による即興演奏
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3
小曽根真(ピアノ*1,3,4)
Review by 管理人hs  
この日の立て看板です。

この時期恒例の武者人形が入口に飾られていました。

3年前から春の大型連休中に東京で行われている「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の常連と言っても良いアーティストが,井上道義さんであり,ジャズ・ピアニストの小曽根真さんです。小曽根さんは,2年前の「ラ・フォル・ジュルネ」ではモーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノム」を演奏し,昨年は井上さんとの共演でガーシュインのラプソディ・イン・ブルーを演奏しましたが,今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタジー定期公演は,それらの再現ということになります。

今年は,ご存知のとおり「ラ・フォル・ジュルネ金沢」が行われますので,そのプレ・イベント的な公演と言うこともできます。小曽根さんの登場するこれらの公演は,数ある「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の公演の中でも特に話題を集めた人気の公演でしたので,「OEKの定期公演の企画力はやはりすごい。ラ・フォル・ジュルネを誘致しただけのことはある」ということも言えそうです。この日の会場もほぼ満席でした。

今回のファンタジー定期ですが,いつものファンタジー・シリーズとは雰囲気が違いました。これまでは日本のポップス系の歌手とOEKとの共演というパターンが多かったのですが,今回はモーツァルトのピアノ協奏曲の全曲が演奏されたこともあり,フィルハーモニーシリーズやマイスターシリーズとほぼ同じスタンスの演奏会となっていました。少なくともショスタコーヴィチの曲が演奏されたファンタジー公演というのは今回が初めてだったと思います。

小曽根真さんのピアノ独奏を交えたモーツァルトとガーシュインの間にショスタコーヴィチを挟むという,いかにも井上道義さんらしいプログラミングでしたが,これも大成功でした。というようなわけで,過去のファンタジー公演の中でも特に印象に残る,素晴らしい演奏会となりました。

まず,1曲目のモーツァルトのピアノ協奏曲第27番です。この曲は,個人的に大好きな作品なのですが,あまりにも天国的な雰囲気があるので,もったいなくて(?),滅多なことでは聞かないようにしている作品です。OEKも意外に演奏していないのではないかと思います。今回は,ジャズが専門の小曽根真さんの独奏ということで,一体どういう演奏になるのだろうと期待半分,不安半分で聞いたのですが,大変センスの良い演奏で,この曲のファンとしてホッとしました。当然,カデンツァはジャズ風なのですが,それがモーツァルトの音楽とよくマッチしており,モーツァルトと競い合うというよりは,気負いがなく,戯れあうような雰囲気になっていたのが素晴らしい点でした。

井上さん指揮のOEKは,第1楽章から大変明瞭な演奏で,この曲独特の澄みきった空気を自然に伝えてくれました。全般に早目のテンポで,弦楽器の邪気の無い音と木管楽器の明確なアクセントが心地良く絡んでいました。小曽根さんは,真っ白のスーツで登場しましたが,演奏の方もとてもプレーンで,ひねくれたようなところが全くありませんでした。楽章の後半になるにつれて,少しずつジャズ風のアドリブが増えてくるのですが,OEKの方が,少し翳りのある音色でそれを優しく引き留めるような雰囲気があり,大変エレガントでした。

第2楽章はさらにシンプルな楽章ですが,第1楽章とは反対にしっかりと念を押すような感じのゆっくりとしたテンポで演奏されました。次第にアドリブが増えていきましたが,もともとの音数が少ないので,即興演奏にぴったりの楽章とも言えます。小曽根さんのアドリブは,饒舌になり過ぎず,モーツァルトの曲のムードを全く壊していない点が大変センスが良いと思いました。OEKの作る古典派音楽の世界と小曽根さんの作るジャズの世界とが品良く交錯していました。

第3楽章も大変穏やかな演奏でした。比較的落ち着いたテンポで演奏されていましたので,演奏全体に余裕が生まれ,随所にいたずらっぽいアドリブが盛りこむための余地が生まれていました。カデンツァ以外のアインガンクの部分でもかなり自由にアドリブが入っていました。この何とも言えない愉悦感と爽やかさが音楽を魅力的にしていました。楽章の最後の方で,静かに演奏する弦楽器とピアノとが対話する部分が大好きなのですが,この辺になるとジャズとかクラシックとか言った区分を超越したような気分になります。モーツァルトの演奏にもいろいろなアプローチがありますが,今回の小曽根さんと井上指揮OEKによる演奏は,正真正銘「モーツァルトを聞いた」と感じさせてくれる,素晴らしく音楽的な演奏だったと思います。

休憩後は,20世紀の音楽となります。まず演奏されたのは,ショスタコーヴィチのステージ・オーケストラのための組曲の抜粋でした(この曲は,一般にジャズ組曲第2番と呼ばれている曲ですが,プログラムノートを読んで,これが間違いだと初めて知りました。)。この曲は,大変親しみやすい作品なのですが,実演で演奏される機会は非常に少ない作品です。その理由は,やはりその独特の編成にあります。サクソフォーンが入っているのは知っていたのですが,4本も入っているとは知りませんでした。それとアコーディオンが入っていました。オーケストラの編成の中にアコーディオンが入る曲というのはほとんどないのではないかと思います(武満徹さんの「系図」ぐらいでしょうか?)。この辺が,「ステージ・オーケストラのための...」と呼ばれる所以なのかもしれません。その他,打楽器各種,ピアノ,チェレスタ,ハープ,トロンボーン,チューバなどが加わっていましたので,通常のOEKの編成とはかなり違った編成となっていました。中では,やはりサクソフォンの音色に特徴があり,独特の厚みを作っていました。

曲順はオリジナルから変更されていましたが,これは恐らく井上道義さんの意図によるものだと思います。数曲カットし,盛り上がる曲を最後に持ってくることで,組曲全体としてのまとまりも良くなっていました。

最初の行進曲は,井上さんの真骨頂を発揮したような爽快な演奏でした。井上さんは,行進曲の時,吹奏楽のパレードの先頭に立つ指揮者のような動作をされることがよくありますが,それが様になるスーザの行進曲風の曲で,会場が一気に盛り上がりました(そのこともあり,1曲ごとに拍手が入ってしまいましたが,それでも問題のない曲だったと思います。今ひらめいたのですが,一度,井上さん指揮の吹奏楽団の演奏というのも聞いてみたい気がします)。

その後の曲も生き生きとした曲ばかりでした。3曲目の「小さなポルカ」は,今年1月のニューイヤー・コンサートのアンコールで演奏された曲です。冒頭の木琴の音で思い出しました。緩急自在の大変ユーモラスな作品です。

4曲目のワルツは,この組曲の中のいちばんの聞かせ所・見せ所だったかもしれません。スタンリー・キューブリック監督の遺作映画「アイズ・ワイド・シャット」の中でこの曲が使われていましたが(やはりこの監督の音楽のセンスは見事です),サクソフォン4人がこれ見よがしに立ち上がって,メロディをたーーっぷりと聞かせてくれる曲です。どこか「ドナウ河のさざなみ」などを連想させるような,人懐っこくて,田舎臭いワルツで,個人的に,こういうメロディは大好きなのですが,そう公言するのも,ちょっと恥ずかしいかな,と思わせるのようなメロディです。

サクソフォンのメロディを引き継いで,続いてトロンボーン奏者がおもむろに立ち上がりました。ここでも大きくヴィブラートをかけて,甘く演奏していましたので,昔懐かしのビッグバンドといったムードを感じさせてくれました(譜面台の前にビッグバンドが使っているようなバンドのロゴの入った覆いでもあるとさらに気分が出たかもしれません)。ショスタコーヴィチ自身,本気で作ったのかパロディで作ったのか分かりませんが,この臭い音楽を,目でも耳でもたっぷりと堪能させてくれました。

最後の曲は,この4曲目と対照的にピアノの速いパッセージをはじめとした,スピード感たっぷりのスマートさを味わうことができました。ショスタコーヴィチの作品ということで,素直に楽しめば良いのか?裏を読まないといけないのか?と深読みをしたくなる作品ですが,お客さんの多くは,水を得た魚といった感じの井上&OEKの生き生きとした演奏を純粋に堪能していたのではないかと思います。

プログラム最後のラプソディ・イン・ブルーは,OEKメンバーによる”これぞシンフォニック・ジャズ”という気分と小曽根さんのセンスの良いピアノとががっぷりと四つに組んだ見事な演奏でした。過去,OEKが実演で演奏したラプソディ・イン・ブルーでは,山下洋輔さんとの共演を思い出しますが,同じジャズでも随分違った雰囲気だと感じました。山下さんの時は,オーケストラとピアノのバトルという感じで,山下さんの激しすぎる演奏にちょっと付いていけない部分もあったのですが,今回の小曽根さんの演奏の方は,OEKとのコラボレーションになっていました。

曲の冒頭では,クラリネットの遠藤さんが立ち上がって演奏し,表情たっぷりのグリッサンドを聞かせてくれました。とても強い音で演奏しており,存在感をしっかりアピールしていました。その後の部分でも低弦がバン,バン,バン,バンという感じでビートをしっかり聞かせたり,トランペットが音が割れるぐらいに咆哮したり,とても大柄で少々荒っぽい音楽を聞かせてくれました。非常に高カロリーの演奏だったと思います。

ピアノの小曽根さんの方は,途中のカデンツァ風の部分で求心力を見せてくれました。初めは小曽根さんのピアノ独奏だったのですが,いつの間にかコントラバスのボカニーさんが,ボン,ボン,ボン,ボンとアドリブ風に絡み始め,さらに例のサックス4人組も絡んできて,ガーシュインの音楽が完全に小曽根さんのペースに乗っ取られてしまいました。延々と続く,スウィング感が大変快適で,誰かが口火を切る手拍子を入れれば,会場全体に手拍子が沸き起こるのでは?と思わせるようなムードになりました。ずっと浸っていたいところもありましたが,「これではいかん!」と,井上さんがスパッと音楽を断ち切り,シンフォニック・ジャズの世界に引き戻されました。

中間部の有名なメロディは,鉄琴のチーンという音の後,サックスで甘く演奏されるのですが,この部分も最高でした。金沢では滅多に生で聞けない曲なので,しっかりと堪能させて頂きました。ちなみにこの日のサックス奏者ですが,大森義基さん,筒井裕朗さん,作田聖美さん,塩安真衣子さんの4人でした。筒井さんは金沢ではすっかりお馴染みの方ですが,作田さんも先月30日のウェルカム・スプリングコンサートでOEKと共演をしたばかりです。石川県のサクソフォン奏者の層も厚いんだなぁと実感しました。いずれにしても,この4人組は,この日,小曽根さんのピアノに次ぐ影の主役だったと思いました。最後の部分では,シンフォニック・ジャズに再度戻り,大きく大きく盛り上がって終わりました。

小曽根さんのピアノとOEKとは,対立するわけでも,べったりとくっつくわけでもなく,絶妙の間合いを持った演奏でした。さすがクラシックのオーケストラとの共演の経験の豊かな方だなぁと実感しました。

演奏後,盛大な拍手に応えて,小曽根さんのピアノ独奏で1曲演奏されました。この曲なのですが,ショスタコーヴィチが自分の署名のように自作でよく使っているD(レ)ーS(ミ♭)?C(ド)ーH(シ)の4つの音をテーマに即興演奏をするというものでした。井上さんからの難題だったのですが,小曽根さんはそれに見事に応えていました。最初神秘的に始まり,途中盛り上がり,再度静かになって終わるという構成でしたが,ジャズなのかクラシックなのか判別できないような独特の世界が広がっていました。

井上道義さんがOEKの音楽監督に就任した2007年以降,前述のとおり,ファンタジー定期と他シリーズとの区別が小さくなって来ている気がします。やはり,ファンタジー公演とはいえ,オーケストラの定期公演と名乗るからには,ゲストが主役のポップス系の公演よりは,オーケストラが主役のクラシック系の公演の方が本来の姿かな,と感じています。そのことを再認識した,素晴らしい内容を持ったファンタジー定期公演でした。

PS.今回の演奏会は5月24日に北陸朝日放送で放送されるということです。今回の演奏会に来られなかった方も是非お楽しみ下さい。(2008/04/23)

もうすぐ
ラ・フォル・ジュルネ
金沢

ラフォル・ジュルネ金沢の準備も着々と進んでいるようです。金沢駅周辺にも「黄色いベートーヴェン」が増えてきました。

やはりここに垂れ幕が掛けられました。


音楽堂に向かう天井にもベートーヴェン


音楽堂の前もベートーヴェン


徐々に黄色の面積が増えてきているようです。


ずっとベートーヴェンです。


なぜか先ほどの場所にベートーヴェンがいなくなっていました。



この日のサイン会

小曽根さんのサインです。


井上道義さんのサインです。


遠藤文江さんのサインです。