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オーケストラ・アンサンブル金沢第240回定期公演M
2008/04/26 石川県立音楽堂コンサートホール
1)エルガー/弦楽セレナードホ短調,op.20
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第14番変ホ長調,K.449
3)シュニトケ/ピアノと弦楽のための協奏曲
4)(アンコール)ゴトーニ/イスラエルのメロディによる即興演奏
5)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調,K.385「ハフナー」
6)(アンコール)マルムスティン/フェアウェル・レター
●演奏
ラルフ・ゴトーニ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-3,5-6
ラルフ・ゴトーニ(ピアノ*2-4)
プレトーク:響敏也

Review by 管理人hs  
今回の立て看板
「ラ・フォル・ジュルネ金沢」前夜,段々と黄色の度合いが増えつつある石川県立音楽堂で,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の第240回定期公演が行われました。今回は,ラルフ・ゴトーニさんのピアノと指揮で,エルガー,モーツァルト,シュニトケの作品が演奏されました。現代曲と古典をOEKの標準編成で演奏するという内容で,非常にOEKらしい内容の公演でした。

ラルフ・ゴトーニさんは,フィンランド出身の方でイギリス室内管弦楽団の指揮者としてだけでなく,ピアニストとしても活躍されている方です。日本ではそれほど知られていませんが,CD録音も非常に積極的に行われています。OEKとは,2006年のオーストラリア公演で客演指揮をされたことがありますが,金沢に来られるのは今回が初めてかもしれません。

”北欧出身”という先入観もあるせいか,この日のOEKの音色は,寒色系で,とても引き締まって聞こえました。コンサート・ミストレスのアビゲイル・ヤングさんとゴトーニさんとは,恐らく,イギリス室内管弦楽団つながりで,旧知の方だと思います。弾き振りとなる2曲の協奏曲では,部分的にはヤングさんがしっかりリードされていましたが,今回は,このお二人の連携によって,非常に充実した音楽を聞かせてくれたような気がしました。

演奏会は,エルガーの弦楽セレナードで始まりました,チャイコフスキーやドヴォルザークの弦楽セレナードほど長い作品ではなく,「エルガーが奥さんにプレゼントした曲」というエピソードに相応しい,コンパクトさのある作品でした。ただし,とても聞き応えがありました。

まず冒頭のヴィオラにしっかりとした存在感がありました。全体に漂うほの暗い雰囲気が,やはり北欧的だなと思いました(イギリスと北欧の音楽は感性が似たところがある気がします)。第2楽章も非常にじっくりと演奏されていました。その中から,今度はほのかな暖かさが湧き上がって来ました。大きなコントラストがあるわけではないのですが,微妙なニュアンスのしっかりと描き分かれており,耳を澄まして聞けば聞くほど味わいの増す音楽,という気がしました。

続くモーツァルトの協奏曲第14番もそのとおりの音楽でした。この曲は弾き振りとなりました。OEKの定期公演ではヴァイオリンの弾き振りは多いのですが,ピアノの弾き振りというのは久しぶりの気がします。グランド・ピアノの蓋を取り払い,ゴトーニさんは,お客さんに背を向けて指揮者の位置に座り,ピアノを弾きながら指揮を取るという形になっていました。最近,N響アワーでアンドレ・プレヴィンがモーツァルトの協奏曲を弾き振りするのを見ましたが,それと同じスタイルです。

弦楽器の配置は,下手から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバスという配置となっていました。古典派の曲でこの配置というのも久しぶりかもしれません。

序奏部分からとても折り目正しく,しっかりとした音で演奏されていました。ゴトーニさんのピアノの音は大変クリアで,オーケストラの緻密な音とコントラストを作るように開放的な気分がありました。エルガー同様,ニュアンスがしっかりと描き分けられており,音楽の流れの良さがあると同時に,とても構築的な感じのする演奏となっていました。

第2楽章は,外見的には明るいのにどこか思索的な気分のある演奏でした。古典派の曲ということで弦楽器のヴィブラートは基本的に控え目でしたが,ところどころ曲想に応じてヴィブラートをかけている部分があり,とても雄弁な演奏でした。第3楽章のロンドにも落ち着きがありました。ピアノもオーケストラも基本的にはすっきりと軽快に演奏しているのですが,常に余裕が漂ってました。「大人のモーツァルト」という演奏だったと思います。

4月の定期公演では,一週間前に,小曽根真さんと井上道義さんの組み合わせでモーツァルトの別のピアノ協奏曲を聞いたばかりでしたが,ある意味では対照的な演奏だったと思います。小曽根さんの演奏の方がソリストは目立っており,気ままな天衣無縫さが魅力でしたが,今回のゴトーニさんの演奏は,ピアノとオーケストラが一体となって,構築的な音楽を聞かせてくれました。こういった聞き比べをできるのが,OEKファンにとっては何よりも嬉しいことです。

後半はシュニトケで始まりました。今回,演奏された曲の中では,この曲が特に強い印象を与えてくれました。ピアノの静かな独奏で始まった後,激しく多彩に盛り上がり,最後はまた静かな世界に戻る20分ほどの曲でした。途中,バルトークなどを思わせる激しい打鍵があったかと思うと,古典的な雰囲気になったり,ベートーヴェンを思わせるようなヒロイックな感じになったり,「多様式主義」と言われているシュニトケの作風のエッセンスが感じられました。

ゴトーニさんの硬質でクリアなピアノはここでも冴えており,ただならぬ音楽という感じを伝えていました。ただし,ここではジャズ・ピアノに通じるような即興的なダイナミックさもありました。叩きつけるような不協和音が続く部分など,むしろ爽快感を感じてしまいました。

演奏する方にとっても聞く方にとっても一筋縄では行かないような作品ですが,お客さんの方は,非常に集中して聞いており,演奏後は盛大な拍手が続きました。ゴトーニさんは,シュニトケを非常に熱心に取り上げている方ということですが,クールさの中にその情熱が感じられる演奏だったと思います。

その後,アンコールが1曲演奏されました。ピアニストとしてのゴトーニさんの演奏だったのですが,これがまた不思議なムードの曲でした。どこかで聞いたことのあるようなエキゾティックなメロディが続く曲で「一体誰の曲?サン=サーンスにエジプト風という曲があったけれどもその辺の曲?」などと思いながら聞いていました。後で入口で確認すると,ゴトーニさんの即興演奏ということで,「なるほど」と思いました。「イスラエルの主題による...」ということで,もしかしたらシュニトケの世界との関連があったのかもしれませんが,大変鮮やかで色彩的なピアノを楽しませてくれました。

演奏会の結びは,モーツァルトの「ハフナー」交響曲でした。OEKフル編成による十八番の曲で,演奏会の最初で演奏されることもよくありますが,最後の曲としても使えるなかなか便利(?)な曲です。基本的には,これまでの他の曲同様,すっきりとしたスマートさと充実した重さとが共存した音楽となっていました。各主題がくっきりと描かれて,それがしっかり組み合わされているのが素晴らしいと思いました。

第2楽章はかなり速いテンポで演奏されていましたが,その中に充足感がありました。楽章が進むにつれて,ほのかに名残惜しさのあるニュアンスが漂ってくるのが良いと思いました。第3楽章もすっきりした演奏でしたが,中間部ではじっくりと聞かせるなど,メリハリもしっかりと付けられていました。

第4楽章もニュアンスの豊かな演奏でした。ゴトーニさんの作る音楽には曲全体を貫くようなしっかりとした芯が感じられ,そこに安心感があるのですが,この楽章などは,どこかほのかにユーモアが漂っていました。核がしっかりしているからこそ生きてくるユーモアだと思いました。

アンコールは,先ほどのピアノ独奏に劣らないほどユニークな曲でした。弦楽器と打楽器による曲で,北欧風ピツィカート・ポルカといったユニークな作品でした。弦楽器は全編ピツィカートで気持ちの良い演奏を続けるのですが,その合間合間に打楽器の渡邊さんが叩く金属片(?)の「カーン」という音が入ります。この「カーン」のニュアンスが実に多彩で,妙に集中して聞いてしまいました。これもまた,作曲者が気になったのですが,ゲオルグ・マルムスティンという人の「フェアウェル・レター」という作品とのことでした。名前からすると,北欧の方のようですが,ユーモアと”よく考えるとちょっと不気味”という感覚とが交錯するようなとても面白い曲でした。ゴトーニさんは,一見とてもまじめそうな方ですが,この曲を聞きながら,実は非常にユーモア感覚が豊かな方だということを確信しました。是非また客演して欲しい方です。

ゴトーニさんは,演奏会全体を通じて,”大人の音楽”をしっかり伝えてくれました。今回の公演は,OEKの定期公演のスタンダードとなるような内容だったと思いました。(2008/04/27)

この日のサイン会
ラルフ・ゴトーニさんのCDをホールで購入し,サインを頂きました。今回演奏されたシュニトケの協奏曲が入っています。


OEKメンバーのサインです。左からヴィオラ客演のドナタ・ベッキングさん,ルドヴィート・カンタさん,江原千絵さん,アビゲイル・ヤングさんのサインです。この4人はプレコンサートでも演奏されていました。


この日の広坂通り
この日は市内中心部の広坂通でもイベントを行っていました。帰り道に通りかかったので写真で紹介しましょう。
   *  *  *
石川近代文学館がリニューアル・オープンしていました。入口にガラスの看板が出来ていました。


中央公園側にはエレベータも付いていました。そのうちにこの建物付近で室内楽の演奏が行われる機会も出てくるかもしれませんね。


兼六園前のスペースでは,「春の舞ひろさか」というイベントをやっていました。


いろいろな団体が次々とステージ上に登場し,踊りを披露するという内容だったようです。

この付近は元は,金沢中警察署や県庁の一部のあった場所ですが,現在はただの公園になっています。ただの空き地にするのはもったいないと思っていたこともありますが,こうやって見ると,公園にして大正解だった気がします。都心の中の広い空というのが何よりも贅沢です。