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オーケストラ・アンサンブル金沢第241回定期公演PH
2008/05/10 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ロッシーニ/歌劇「絹のはしご」序曲
2)サン=サーンス/ピアノ協奏曲第2番ト短調op.22
3)(アンコール)プーランク/15の即興曲〜第15番「エディット・ピアフへのオマージュ」
4)ラヴェル/組曲「クープランの墓」
5)ラヴェル/組曲「マ・メール・ロワ」
6)(アンコール)ラヴェル/組曲「クープランの墓」
●演奏
ジャン=ルイ・フォレスティエ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,4-6,鶴見彩(ピアノ*3-4), プレトーク:響敏也
Review by 管理人hs  
公演のポスターです。

こちらの方は,指揮者交代を示す案内です。

音楽堂周辺は平常に戻っていました。
「ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)」明け初めてのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出かけてきました。石川県立音楽堂は1週間前の混雑が嘘のように平静に戻っていました(1週間どころか,最終日からまだ4日ほどしかたっていません)。あの3日間は何だったのだろう?とちょっと不思議な気分になりました。

今回のプログラムは,フランス音楽が中心でしたが,ベートーヴェン漬けの後には,ぴったりだったかもしれません。あらゆる面で反対の音楽という感じでした。ベートーヴェンが”□”ならば,今回は”○”,ベートーヴェンが”重”ならば,今回は”軽”...という具合です。演奏会全体の長さも休憩20分を含めても2時間以内に収まっており,軽めでした。

今回のプログラムですが,イタリア人であるロッシーニも含め,パリで生活していた作曲家の音楽が集められました。当初の予定では,ウンベルト・ベネディッティ・ミケランジェリさんがOEKを初めて指揮される予定でしたが,病気の療養のため来日することができず,お馴染みのジャン=ルイ・フォレスティエさんに交代になりました。

ウンベルト・ベネディッティ・ミケランジェリさんの方は,この長〜いお名前を見れば一目瞭然のとおり,世紀の名ピアニスト,アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリの息子さんです。完璧主義の磨き上げられた演奏で知られた芸術家中の芸術家の血を引くウンベルトさんがどういう音楽を聞かせてくれるのか,大変楽しみだったのですが,別の機会に期待したいと思います。それにしても,「キャンセル魔」としても知られた父上と同様,こちらもキャンセルになるとは...ちょっと皮肉な結果になりました。

前半まず, ロッシーニの「絹のはしご」序曲が演奏されました。いかにもロッシーニ的,イタリア的な目の覚めるような序曲です(ロッシーニの場合,ロッシーニ的でない曲はないのですが)。序奏のさわやかな弦楽合奏の後,加納さんのオーボエ・ソロがくっきりと出て来て,別世界に連れて行ってくました。絶好の導入部でした。その後も勢いのある音楽を鼻歌まじりで気楽に楽しむことができました。

続く,サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番は,OEKの演奏する機会の比較的多い曲です。編成的にOEKに丁度良い作品で,3つの楽章それぞれにピアノの技巧のエッセンスがコンパクトに凝縮されたような分かりやすい作品です。OEK十八番に加えても良い作品だと思います。

今回の注目は,その十八番を金沢出身のピアニスト,鶴見彩さんがどう演奏するか?という点でした。第1楽章の冒頭の和音から,「ちょっと大げさかな」という作りものっぽいところのある曲ですが,鶴見さんの音はとても充実しており,軽薄な感じがしませんでした。速いパッセージもキレが良いだけではなく,ボリューム感もあり,とても聞き応えがありました。

第2楽章はスケルツォ風の楽章で,OEKとの軽妙な掛け合いが楽しめました。今回のティンパニは,LFJKの時同様,菅原淳さん(読売日本交響楽団の首席奏者の方のようです)が担当されていましたが,軽妙さと同時に存在感を感じさせてくれる見事なものでした。OEKの軽やかなで爽やかな甘さのある弦楽器もとても印象的でした。鶴見さんのピアノは,OEKの一員になったように,軽やかに戯れていました。

第3楽章は,輝きに満ちた音楽を楽しむことができました。タランテラ風のリズムに乗って,音楽が一気に流れて行きます。鶴見さんのピアノは,非常にパワフルでした。パワフルといっても,乱暴な感じはなく,シェイプアップされており,とてもよくまとまっていました。

この曲については,サン=サーンスの曲の持つ「作りもの」っぽいところを強調してケレン味たっぷりに演奏する方向もあると思うのですが,今回の演奏は,3楽章を通じて古典的なピアノ協奏曲を聞くような過不足のないバランスの良さを感じさせてくれました。

鶴見彩さんは,第1回新人登竜門コンサートの入賞者として,OEKの定期会員にとっては,特に馴染みの深いピアニストですが,演奏後の拍手には,地元の演奏家の成長ぶりを暖かく見守るような気分がありました。こういう雰囲気はOEKの定期公演ならではだと思います。拍手に応えて演奏されたアンコール曲は,プーランクの15の即興曲〜エディット・ピアフへのオマージュという曲でした。プーランクもまた,パリに関係した作曲家ということで,とても良い選曲でした。エキゾティックな気分と洗練された雰囲気とが合わさったような作品で,鶴見さんの演奏の脱力した感じがとても良いと思いました。

後半は,ラヴェルの組曲2曲が演奏されました。OEKがラヴェルのオーケストラ作品を演奏しようとする場合,編成上の制限がありますので,トロンボーンの入らない「クープランの墓」「マ・メール・ロア」ということになります。どちらの曲も管楽器,特にオーボエが大活躍でした。

組曲「クープランの墓」の方は,すべての曲にオーボエのソロによるメロディが出てきます。オーボエ奏者が主役といっても良い曲です。今回ソロのを担当した水谷さんは,軽やかな動きを持つ第1曲,優雅なメヌエットである第3曲をはじめ,瑞々しく鮮やかさのある演奏を聞かせてくれました。LFJKで演奏されたベートーヴェンの「英雄」の第2楽章もオーボエが活躍する曲でしたが,この1週間は本当にお疲れだったと思います。

曲全体のテンポですが,最初の3つの曲はかなりゆっくりとした感じでした。OEKの音もとても柔らかく,オーボエのソロがくっきりと浮き立っていました。それが,第4曲のリゴードンになると気分が一転し,輝きに満ちた音楽になりました。トランペット,ホルンをはじめとした管楽器群が点描的に明るいパッセージを演奏し,沸き立つ気分を出していました。このコントラストが印象的な演奏でした。

最後に演奏された「マ・メール・ロワ」は,いちばん最近では,オリバー・ナッセンさん指揮OEKで演奏されたことがあります。その時同様,5曲からなる組曲版で演奏されていました。ナッセンさんの時に比べると(これは視覚的な面もあるかもしれませんが),かなりコンパクトにまとまった演奏だったと思います。最後に演奏された「妖精の園」は,サイモン・ブレンディスさんとドナタ・ベッキングさんによるヴァイオリンとヴィオラによる重奏をはじめ,じわじわと盛り上がる幸福感を感じさせてくれましたが,演奏会全体の最後としては,ちょっと盛り上がりが薄いかなという気はしました。

その分,2曲目の「親指小僧」に登場する鳥の声の描写,3曲目の「パゴダの女王レドロネット」での可愛らしいおもちゃの人形風の音の動き(この曲の,とって付けたような中国風もおかしいのですが)など,室内オーケストラならではの繊細な表現が特に印象的でした。4曲目の「美女と野獣」では,柳浦さんの演奏する,コントラ・ファゴットのグロテスクな音がとてもユーモラスでした。その他,チェレスタ,ジュ・ドゥ・タンブル(どういう楽器かよく分からないのですが),ハープ,シロフォンといった,硬質の音を出す楽器が要所要所で活躍しており,夢の世界を鮮やかに伝えていました。

アンコールで,「クープランの墓」の最後の曲がもう一度演奏された後,お開きとなりました。上述のとおり,演奏会全体の印象としては少々軽量級で,通常ならば,「ちょっと物足りないかな」と感じるぐらいでしたが,LFJK明けということで,連日,音楽堂に通ったお客さんにとっても適度な長さだった気がします。

3月の定期公演もそうでしたが,このところOEKは,フランス音楽に力を入れているようです。今年の夏にはフランスの音楽祭にも出演予定ということですが,来年のLFJKをはじめ,今後のレパートリーの拡大に期待したいと思います。定期会員の方もフランス語を勉強し始める必要があるかもしれませんね。(2008/05/11)

この日のサイン会


鶴見彩さんのサインです。


ジャン=ルイ・フォレスティエさんのサインです。


今回,大活躍したオーボエの水谷さんと加納さんのサインです。加納さんの方はイングリッシュ・ホルンも吹かれていました。