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弦楽四重奏曲でめぐるモーツァルトの旅 その10:プロシア王第1番&もうひとつのキーワード・バッハ
2008/05/26 金沢蓄音器館
1)バッハ,J.S.(モーツァルト編曲)/5つのフーガK.405(1782年)
2)モーツァルト/弦楽四重奏曲第21番ニ長調,K.575「プロシア王第1番」(1789年)
3)(アンコール)モーツァルト/弦楽四重奏曲第21番ニ長調,K.575「プロシア王第1番」〜第2楽章
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介(ヴァイオリン),大村一恵(ヴァイオリン),大隈容子(ヴィオラ),福野桂子(チェロ))
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢のヴァイオリン奏者,大村俊介さんを中心とするクワルテット・ローディによる金沢蓄音器館での「弦楽四重奏でめぐるモーツアルトの旅」シリーズも10回目となりました。今回は弦楽四重奏曲第21番を中心としたプログラムでした。この21番から最後の23番までは,「プロシア王四重奏曲」と呼ばれていますが,いよいよこのシリーズも大詰めに近づいてきたことになります。予定ではあと2回とのことです。

今回のテーマの「プロシア王」ですが,この3曲のセットの依頼者を指しています。モーツァルトは1789年にベルリンに旅行し,その後,プロシア王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世から弦楽四重奏曲とピアノ・ソナタの作曲の注文を受けています。当時のプロシアという国は,音楽の振興に熱心だったようで,経済的に困窮していたモーツァルトは,その状況を打開するためにベルリンに向かいました。

プロシアで思い出すもう一人の作曲家が,J.S.バッハです。バッハは,プロシアのフリードリヒ2世(フリードリヒ大王)のために「音楽の捧げもの」などの曲を書いています。この時期,モーツァルトは,奥さんのコンスタンツェともども,バッハのフーガにのめり込んでいたとのことです。「ジュピター」交響曲をはじめ,モーツァルトの晩年の作品にはフーガが使われた立派な曲が多いのですが,この少々意外な「モーツァルトのバッハ好き」が晩年のモーツァルトの作品のベースになっています。

というような流れを受け,プログラム前半では,弦楽四重奏の演奏に先立って,バッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻の中の1曲,7曲,9曲,8曲,5曲のフーガをモーツァルトが弦楽四重奏曲用に編曲したものが演奏されました。こういった珍しい作品を聞けるのもこのシリーズならではです。さらに今回,グレン・グールドがピアノで演奏した平均律クラヴィーア曲集のCDとの聞き比べ(3曲のみでしたが)も行われました。生とCDの違いはありますが,弦楽四重奏で聞く方が音が大きく広がるようなところがあると感じました。ただし,バッハのフーガというのは,個人的には苦手です。コンスタンツェのように熱中するという境地にはなかなか至りませんねぇ。

その他,前半では,モーツァルトがバッハの音楽を知るきっかけとなった経緯についてのお話もありました。モーツァルトがバッハの音楽を聞いたのは意外に遅く,スヴィーテン男爵のサロンで聞いて,初めてその偉大さを知ったとのことです。このスヴィーテン男爵という人は,音楽に非常に理解のあった貴族で,フリードリヒ大王からも一目置かれていた人です。ハイドンのオラトリオ「四季」「天地創造」の台本を書き,人気の落ちたモーツァルトを最後まで支援した人ということで,古典派の名作の完成に重要な影響力のあったキーパーソンです。クラシック音楽の世界では,いつの時代でもこういうパトロンが重要なのだなぁと「ラ・フォル・ジュルネ金沢」での加賀藩前田家の子孫の方のサポートの大きさなどを思い出したりしました。

後半は,お待ちかねの「プロシア王第1番」が演奏されました。

■弦楽四重奏曲第21番ニ長調,K.575
第20番「ホフマイスター」の作曲から3年が経過し,モーツァルトは33歳になっていました。死まであと3年の”晩年”ということになります。この時期,モーツァルトは,知人の死,カナリアの死,かかりつけの医者の死,子供の死,そして何より父レーオポルトの死と身の回りに「死」が重なりました。フリーメイソンの影響もあるのか,自分自身の人生についても死を強く意識するようになった時期です。そして,音楽にも孤独感や透明感が増し,これまでと違った空気が漂い始めるようになります。作曲数が減った分,1曲ごとの密度が高くなっています。このことが「プロシア王セット」にも言えます。

もう一つのポイントは,依頼者のプロシア王自身がチェロの名手だったという点です。そのことを意識して,チェロのパートが主役のような活躍を見せる曲となっています。

こういったことを含め,いつもどおり,演奏前に大村さんからとても分かりやすい「聞き所」の説明があったので,「なるほど,なるほど」という感じで曲を楽しむことができました。

  • 第1楽章 アレグレット,ニ長調,2/2,ソナタ形式
  • 第2楽章 アンダンテ,イ長調,3/4
  • 第3楽章 メヌエット,アレグレット,ニ長調,3/4
  • 第4楽章 アレグレット,ニ長調,2/2,ロンド形式

この曲のもう一つの特徴は,ハイドン・セットなどと比べると,非常にシンプルな雰囲気がある点です。第1楽章は,「ドーミーソー」と率直に始まりますが,全体的な響きや音の動き方などは,10代の頃の名作,K.136のディベルティメントととてもよく似ています。この部分も実演で聞き比べが行われましたが,どちらも二長調ということで,違和感なく繋がってしまう感じでした。

クワルテット・ローディは,冒頭から,じっくりとした演奏を聞かせてくれましたが,しばらくして,チェロが待ってましたという感じで主役のように入ってきます。チェロ・パートの福野桂子さんの演奏を聞きながら,「プロシア王」というよりは「プロシア妃」と呼ぶ方が相応しいかな,と思ってしまいました。とても優雅な演奏でした。

第2楽章の方は,歌曲の「すみれ」と似た音型が出てきます。こちらの方はCDとの聞き比べを行いましたが,大変よく似ていることがすぐに分かりました。良い曲であることには変わりなく,じっくり,しみじみと聞かせてくれました。

3楽章は,さらりとしたメヌエットかなと思って聞いていたら,トリオの部分で気分が変わり,チェロのソロが鮮やかに登場してきました。この辺についても大村さんから「モーツァルトがチェロ協奏曲を書いていたとしたら,こんな感じだったかも。聞き所です」という予告があったのですが,まさにそのとおりで,大輪の花がぱっと広がるような艶やかさがありました。

第4楽章は,第1楽章と似た雰囲気のモチーフが印象的で,それが繰り返し演奏されるような楽章でした。後半に行くほど,音の緻密さが増してくるような聞き応えのある楽章でした。

アンコールでは第2楽章がもう一度演奏されました。本当に愛すべき楽章です。

このシリーズは毎回そうなのですが,こういう狭い室内で聞くと,緻密な音の絡み合いがすぐ目の前で行われていることが実感できます。私自身,シリーズ後半になるにつれて,その魅力にどんどん引き込まれて来ています。ラ・フォル・ジュルネの影響もある気がしますが,最近,古典派の室内楽を聞いてると妙に気分が落ち着きます。

この公演の前日は,OEKメンバーによって「ふだん着ティータイムコンサート」が行われました。2日続けて,ドリンク付きの室内楽公演を聞きまくっている感じですが(総額500円!),これだけいろいろな室内楽を気軽に集中的に聞けるようになるとは,金沢市の音楽環境も随分成熟してきたなぁと実感しています。ラ・フォル・ジュルネ金沢の成功の理由もこの辺にあったのかもしれません。

PS.今回は,金沢美大の上田先生が撮影して来られたイタリアのローディの街の写真の展示がありました。この弦楽四重奏の企画にちなんでローディに出かけたのではなく,ミラノの近くにあった街に偶然出かけたところ,それがローディだったとのことです。嬉しくなるような偶然ですね。(2008/05/28)