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あまんじゃくとうりこひめ
2008/05/31, 06/01 石川県立音楽堂邦楽ホール
第1部 語りと音楽による民話の世界
石川県の民話「鹿島のつなひき」
石川県の民話「人形のこごと」
●演奏
高輪眞知子(朗読),宮嶋秀郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)

第2部 オペラ「あまんじゃくとうりこひめ」
「あまんじゃくとうりこひめ」プレトーク
トーク:林光,安藤常光

林光/オペラ「あまんじゃくとうりこひめ」(日本語上演,1幕)
●演奏
宮嶋秀郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
監督・演出:安藤常光,台本:若林一郎
うりこひめ:稲垣絢子*,仲谷響子**(ソプラノ),あまんじゃく:長澤幸乃*,朝倉あづさ**(ソプラノ),ばっさ:安藤明根*,直江学美**(メゾソプラノ),じっさ:西村朝夫(バリトン),けらい:与儀巧(テノール),とのさん:北山吉明(バリトン)  *5月31日の歌手,**6月1日の歌手
Review by 管理人hs  
公演のポスターです。

5月31日と6月1日の2日連続で,林光作曲「あまんじゃくとうりこひめ」の上演が石川県立音楽堂邦楽ホールで行われました。私はこのうち,6月1日に行われた昼間の公演の方を見てきました(出演者は上記のとおり,一部の役柄がダブルキャストになっていました。)。

この作品は,民話を題材とした30分ほどのオペラで,故岩城宏之さんが初演の指揮をしたという作品ということです。もうすぐ命日となる岩城さんを追悼するには絶好の作品です。また,邦楽ホールの施設を生かしたような小規模編成のオペラを上演することは,「金沢オリジナル」の意義のある企画です。今回は,追悼半分,応援半分という気持ちで聞きに行ってきました,

この日は,作曲者の林光さん自身も会場に来られており,演奏に先立って,作品の作曲方法など,安藤常光さんが聞き手となってとても興味深いお話を聞かせてくれました。ピアノで曲の一節を弾いたり歌ったりしながらの熱のこもったトークで,これを聞くだけでも来た甲斐がありました。特に面白かったのは,外国語だと歌詞によってメロディが限定されることは少ないが,日本語だと歌詞よって自然にメロディが決まってしまうという話でした。「愛している/I love you」を例に説明されていましたが,「なるほど」と思うと同時に,日本語によるオペラ作曲の難しさを感じました。

作品の方は,難解な部分は全くなく,プレトークでサワリを聞いたこともあり,すんなりと民話オペラの世界に入っていくことができました。まず素晴らしかったのが舞台です。前回の「オルフェオ」の時のようにセリ,回り舞台などは使っていませんでしたが,花道は通路として使っており,特に「とのさん」の登場シーンなどで大変効果的でした。やはり,文字通り「邦楽ホール」ということで,日本のドラマにはしっくり来るステージだと思いました。ちなみにステージは次のような感じでした。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーは,特設のピットに入っていました。



ストーリーの方は,次のような感じでした。詳細な部分は間違っているかもしれませんが,オリジナルの「あまんじゃく」と「とのさん」のキャラクター設定が違っているのではないかと思います。

  • うりこひめが家の中で機を織っています。
  • じっさとばっさが,それを見ながら,最愛のうりこひめがこの家に来た由来を歌います。
  • じっさとばっさが外出することになり,「あまんじゃくが来ても決して戸をあけるな」と言い残して出かけます。あまんじゃくはこの様子を聞いています。
  • 一方,とのさんもまたうりこひめを自分のものにしようと,うりこひめの家に向かいます。
  • あまんじゃくはこの様子も見ており,うりこひめを守るために先回りして,うりこひめを部屋の奥に隠して,自分がその代わりに機織りをします。
  • とのさんがやって来ると,そこに居たのはあまんじゃく。とのさんはやっつけられ,退散します。
  • じっさとばっさが戻ってきて,あまんじゃくが家の中にいるのを見て驚くが,うりこひめが無事で安心します。
  • その後,うりこひめから,あまんじゃくのお陰で助かったことを聞かされます。

こういうシンプルなお話ですが,打楽器の使い方などに,懐かしのラジオ・ドラマなどに出て来そうな効果音的な雰囲気があり,聞いていてほのぼのとしました。機織りのシーンのたびに,打楽器が同じリズムを刻むのですが,木をカランコロンと叩く音がドラマ全体の心地よさの基調を作っていたように思えました。このリズムが,機織りの上手なうりこひめの場合と,あまんじゃくが乱暴に織る時とで変えられていたのもユーモラスでした。

その一方,ストーリーが進むに連れて,作品全体にちょっと切なくなるような情緒が漂ってきます。その切なさというのは,何でも人と反対のことをしたがる「あまんじゃく」という存在そのもののもつ切なさです。他人の歌をオウム返しに歌う場面がありましたが,その遠くから聞こえるエコーのような響きにはどこか哀愁がありました。

この日は,朝倉あづささんがあまんじゃく役を歌われていましたが,とても愛嬌のある雰囲気で演じており,それが民話的な雰囲気にぴったりでした。衣装の方はバサラ!という感じで,「メサイア」公演の時の朝倉さんとは大違いでしたが,とても似合っていました。

うりこひめ役の仲谷響子さんも世間知らずの姫の初々しい雰囲気にぴったりでした。仲谷さんは昨年のOEKの新人登竜門コンサート出演以来,順調に地元での活躍の場を広げていますが,こういう,地元の歌手による公演積み重ねることは有意義なことだと思います。

それと,今回の作品中では悪役だった(見る前はあまんじゃくが悪役かと予想していたのですが..),北山吉明さんの演じた「とのさん」も,ほのぼのとした感じで,とても良い味を出していました。リアルな悪役ではなく,憎めない「バカ殿」風が民話の雰囲気にもよく合っていました。

この3つの役が特に目立っていましたが,その他の皆さんも温かみとユーモアを感じさせる歌と演技で,作品の持つ民話的なトーンをうまく伝えてくれていました。

OEKは,ピットの大きさの制約もあり通常の半分ぐらいの人数で,1管編成という感じでした。プログラムには「作曲者林光オリジナル編成版」と書かれていましたが,オーケストラの部分については,わざわざ,今回のために編成を小さくしたものに書き直されたのかもしれません。さすが,元OEKのコンポーザー・イン・レジデンスです。

邦楽ホールは,それほど大きなホールではないので,この編成で,十分ダイナミックな効果を上げていました。歌手の方も声を張り上げなくても,2階席まで声が通りますので,オペラ的というよりは演劇的な歌唱だったと思います。この辺にこのホールを使ったオペラ上演のメリットがあると思います。スケールの大きな曲には向きませんが,今回のような作品にはぴったりと言えます。

ただし,いくら狭いホールでの日本語台本だったとはいえ,やはり,どうしても一部聞き取れない部分がありました。字幕の必要はないと思いますが,この辺はプログラムの解説でもう少し補って欲しいと思いました。おなじみの話ではあるのですが,あらすじぐらいはあっても良かったかなと思いました。

今回の指揮は,石川県出身の宮嶋秀郎さんでしたが,とても堅実で分かりやすい音楽を作っていたと思います。プロフィールによると,オペラの専門家ということですので,これからも石川県内でのオペラ公演への登場にも期待したいと思います。

この日の前半は,金沢市内にある朗読小屋・浅野川倶楽部で活躍されている高輪真知子さんが石川県の民話をOEKの伴奏で朗読するというものでした。後半の民話オペラとのバランスはとても良いと思いました。多分,演奏されていたのはバッハの曲だったと思うのですが,全く朗読の邪魔になりませんでした。バッハの曲には,具体的な事象を描写した曲は少なく,抽象的なものが多いのですが,そのことが「何にでも合う」理由だと思います。また,全編に音楽を入れるのではなく,要所でだけ控え目に使っていました。これも良かったと思いました。

通常の「伴奏なし」の朗読だと,ちょっと緊迫した感じになることもありますが,今回はBGM的に音楽が入ることで,よりリラックスした雰囲気が出ていました。民話の朗読の場合には,こういう雰囲気も良いかなぁと感じました。高輪さんの声は,ベテランらしい落ち着きと温かみがあり,聞いていてほっとしました。味のある話芸を堪能できました。

今回の企画は,流れとしては,2006年末に行われた「オルフェオ」の上演に続くものだと思います。「邦楽用のホールを使った小規模なオペラ」という企画は,他にないオリジナリティあふれるものですので,今後の企画にも大いに期待したいと思います。林光さんの「森は生きている」をはじめとして沢山の舞台作品を書かれていますので,「邦楽ホールで聞く日本語オペラ・シリーズ」というのも面白いかもしれないですね。

PS.この邦楽ホールですが,雰囲気的には,怪談の朗読も似合いそうです。夏休み納涼企画にも期待したい思います。

(参考)朗読小屋・浅野川倶楽部
(2008/06/04)