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ブルーノ・レオナルド・ゲルバー ピアノ・リサイタル2008
2008/06/02日 石川県立音楽堂コンサートホール
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調,op.27-2「月光」
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第21番ハ長調,op.53「ワルトシュタイン」
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調,op.13「悲愴」
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調,op.57「熱情」
●演奏
ブルーノ・レオナルド・ゲルバー(ピアノ)
Review by 管理人hs  
公演のポスターです。

5月前半,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」で,あれだけ沢山ベートーヴェンを聞いておきながら,「また,ベートーヴェン?」と言われそうですが,この日は,ピアノの巨匠,ブルーノ・レオナルド・ゲルバーさんによる「オール・ベートーヴェン」のリサイタルを聞いてきました。この名ピアニストが金沢に来るとなると行かないわけには行きません。

演奏はまさに「ゲルバーのベートーヴェン」でした。常に余裕たっぷり。要所で聞かせる重みのある音。輝きに満ちた壮麗さ。透明感のある響き。そして,しっかりと歌いこまれたカンタービレ...と千変万化の巨匠の芸を堪能させてくれました。ちょっとミスタッチがあったり,崩しすぎかな?と感じる部分もあったのですが,どの曲もゲルバーさんのオーラに包まれており,聞き応えのある演奏の連続でした。

今回のプログラムは,前半が「月光」「ワルトシュタイン」,後半が「悲愴」「熱情」ということで,ベートーヴェンの「4大ソナタ」を一晩で聞けるという豪華な内容でした。ピアノのレパートリーの王道をピアノの王者の演奏で聞くという非常に贅沢な演奏会と言えます。

会場全体が暗くなり,ステージ上の照明が,ピアノの周辺だけにスポットライト的に残された後,ゲルバーさんがゆっくりと登場しました。この一連の流れが儀式を思わせるところがあり,一気にゲルバーさんの世界に引き込まれました。

最初の「月光」の演奏ですが,まず,その音の美しさに惹かれました。今回,私は3階席で聞いていたのですが,弱音にも関わらず音がしっかりとホール全体に響いていました。ホールに染み込んで行くような感じのしっとりとした音でした。この曲については,「月夜のルツェルン湖の情景」のようだ,という詩的なイメージで捉えられることがありますが,そのイメージどおりの滑らかな湖面を思わせるような静かで透明な演奏でした。かなりゆっくりと演奏されていたので,この時間が永久に続くような気分になりました。

第2楽章は,軽やかさよりは芯のある強さを感じました。第1楽章の雰囲気とは対照的な輝きのある音が非常に新鮮でした。時折,ぐっと聞かせる低音にも迫力がありました。第3楽章は,巨匠風の音楽でした。一気に駆け抜けるのではなく,少々粘り気味にタメを作りながらスケールの大きな音楽を聞かせてくれました。これ以上やると崩しすぎかな,という爛熟した感じの音楽でゲルバーさんならではの音楽を堪能できました。

続いて,「ワルトシュタイン」が演奏されました。実は,個人的にベートーヴェンのピアノ・ソナタの中でいちばん好きなのがこの曲です(今現在の順位ですが)。金沢でこの曲が実演で演奏される機会は少ないので,この日,一番期待していたのがこの曲の演奏でした。

まず,冒頭の8分音符の連打の部分ですが,安定感抜群でした。「うーん,ベートーヴェンだ」と思わせる曲であり,演奏でした。その後も堂々たる輝きのある音楽を聞かせてくれました。最初は折り目正しい演奏だったのが,展開部になると次第に緩急自在の幻想曲のような感じになってくるのは,「月光」と共通した感じだと思いました。

第2楽章は,第3楽章への序奏となる緩徐楽章ですが,非常に聞き応えがありました。人間の声を思わせるようなたっぷりとした歌を堪能できました。そして,第3楽章へと静かに移行して行きます。個人的には,この部分が特に好きです。ゲルバーさんの演奏は,まるで高級自動車がゆったりと走り出すような滑らかさで,鳥肌が立ちました。楽章の後半は,テンポが一気に速くなりますが,それでもストレートに速度を上げるのではなく,気まぐれなぐらいにテンポを動かしながら,速度を速めていく感じでした。「さすが」という貫禄と華麗さでスケールの大きな曲を,堂々と締めてくれました。

後半最初の「悲愴」は,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」では,エル=バシャさんの演奏で聞いた曲ですが,あらゆる面で対照的な演奏だったと思います。ゲルバーさんの音は,冒頭の和音から堂々とたっぷりと響かせており,一般的な「ベートーヴェン=重厚」というイメージどおりでした。ただし,その後は,意外にミスタッチが目立ったこともあり,前半の2曲よりは大味な感じに聞こえました。なお,第1楽章の呈示部の繰り返しは,「ワルトシュタイン」の時同様,行っていませんでした。

第2楽章は,淡々と始まった後,次第に深く音楽に沈潜していくような構成になっていました。この日の4曲の演奏を聞いて,ゲルバーさんの演奏する,緩徐楽章にはロマン派の曲を思わせるような香りが漂っていると思いました。その点で,好みが分かれる面もあったかもしれませんが,その安定感には有無を言わさぬ自信が満ちていました。第3楽章も同様の安定感のある演奏でした。

この日のトリの曲は,「熱情」でした。「4大ソナタの中でどれをトリにするか?」を考えてみると,やはり,必然的に「熱情」になります。ロマン派的な身振りの大きさがよく似合う曲ということで,ゲルバーさんの雰囲気にぴったりの作品でした。

第1楽章は,冒頭から暗い「ベートーヴェンらしい」音を聞かせてくれた後,次第に壮麗な音楽へと発展して行きました。特に楽章の後半辺りで出てくる,「ダダダ,ダン!」と「!」マークが付いているような感じの迫力のある運命のモチーフにはしびれました。千両役者の演奏でした。

第2楽章の変奏曲は,比較的淡々と進み,第3楽章への序奏のような感じになっていました。第3楽章もまた重々しい音楽で,すっかりゲルバーさんのペースに巻き込まれました。細かい音までクリアに聞かせるというよりは,何か煙に巻かれてしまったような感じもありましたが,慌てることなく,たっぷりと迫力のある音の奔流を堪能させてくれました。やはり,これは大家の演奏だなぁ,と実感しました。

演奏後,ゲルバーさんが1回袖に引っ込んだ後,すぐに会場の照明が明るくなったので(やはり,何回もステージを往復するのが大変だったのかもしれません),アンコールが演奏されないことはすぐに分かりましたが,この日のプログラムの場合,4曲だけで十分満腹という内容でした。実は,今回,OEKの定期会員割引でチケットを購入したので,ラ・フォル・ジュルネ2回分(すっかり演奏会の長さ・金額の単位のようですが)よりも安い価格で聞いてしまいました。前半45分,後半45分,アンコールなしということで,そういう意味でも,「ラ・フォル・ジュルネ」の延長戦のようなところがありました。巨匠ゲルバーさんの演奏を格安価格で聞けた,大変コストパフォーマンスの高い演奏会でした。次の機会があれば,ロマン派の曲などを聞いてみたいと思います。

PS.ゲルバーさんの実演を聞くのは,私自身2回目のことです。調べてみると...何と24年も前のことでした。金沢市文化ホールが開館したばかりの時代でした。(2008/06/04)

この日のサイン会



この日はロビーでサイン会は行われなかったのですが,楽屋口に行ってみたところ,テーブルが用意されており,ミニ・サイン会が始まりました。

サインを頂いたのは,ブラームスのピアノ・ソナタ第3番のCDです。DENONから出ている,1000円のCDです。