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ベーゼンドルファーを弾くVol.10 高橋悠治ピアノ・ソロ
2008/06/15日(日) 14:00開演 金沢21世紀美術館シアター21
バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第1巻〜前奏曲とフーガ変ホ短調,前奏曲とフーガヘ短調,前奏曲とフーガニ短調
ブゾーニ/ソナティナ2番(1912)
ブゾーニ/「インディアン日記」第1巻全4曲(1915)
ブゾーニ/子守歌(1909)
高橋悠治/「花筺2」高田和子を偲んで(2008)
モンポウ/「沈黙の音楽」1-4冊の抜粋(1959-1967)
(アンコール)ジョビン/黒いオルフェの音楽から2曲
(アンコール)カタルーニア民謡(戸島美喜夫編曲)/鳥の歌
●演奏
高橋悠治(ピアノ)
Review by 管理人hs  
公演のポスター

金沢21世紀美術館内のシアター21で定期的に行っている「ベーゼンドルファーを弾く」シリーズの第10回に出かけてきました。今回は,作曲家としても有名な高橋悠治さんの登場ということで,6月14日(土)と15日(日)の2日連続で行われ,私はそのうちの15日に参加してきました。

高橋さんと言えば,故岩城宏之さんなどとともに(そういえば,6月13日が岩城さんの命日でした),現代音楽の旗手的な活躍をされていましたので,「ちょっと怖そう」な先入観を持っていたのですが,この日の演奏は,本当に穏やかなものでした。

演奏されたプログラムを見ると,バッハ,ブゾーニ,自身の曲,モンポウということで,多彩なのですが,どの曲に対するアプローチも非常に自然で,どこか諦観を感じさせる静けさがありました。特に気に入ったのは,これまであまり馴染みのなかったブゾーニの作品でしたが,ブゾーニの作風自体多彩なので,高橋さん自身の作曲活動と通じるものがあるのではないかと感じました。

最初にまず,バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻の中から前奏曲とフーガのセットが3組演奏されました。この3セットですが,いずれも短調作品であることが特徴です。上述のとおり,高橋さんは,飄々とした雰囲気でピアノの前にやってきて全く神経質になることなく,すっと演奏を始めました。どの曲も華やかさや力強さとは無縁で,ピアノを使って,聴衆に語り掛けるような感じの演奏となっていました。このホールの雰囲気にぴったりの演奏でした。

前奏曲の方は,それでも三者三様に気分が違い,最初の曲からは朴訥さ,2曲目からは情緒的な気分,3曲目からは運動性を感じました。一方,それらを受けるフーガの方は,どの曲もバリバリと弾きまくるようなところはなく,非ドラマ的な独特の感触を持ったバッハとなっていました。

続いて,ブゾーニの作品のコーナーになりました。ブゾーニと言えば,金沢を中心に活躍している金澤攝さんの演奏で何曲か聞いたことがあります。金澤さんも,高橋さんも,そしてブゾーニ自身も作曲家兼ピアニストということで,不思議な連鎖を感じました。

今回演奏されたブゾーニの作品は,3曲(正確には3セット)でした。高橋悠治さん自身によるプログラム・ノートによると,ブゾーニの音楽の特徴は,「絶えず変化する点にある」とのことでした。確かに少々捉えどころのないような部分もありましたが,聞いているうちにその捉えどころのなさが魅力に感じられてきました。

最初に演奏された,ソナティナ第2番は,ブゾーニ自身が,無調・無主題にもっとも接近した,オカルト指向のある曲とのことです。高橋さんのボソボソっとしたトークの後で聞くと,本当にゾクゾクとしました。このシアター21というホールは,床も壁も真っ黒な密室ですので,オカルト風味にはぴったりの場所です。ただし,予想したよりは聞きにくい作品ではなく,バッハの演奏の時には無かったような豊かなピアノの響きも楽しむことができました。

続く「インディアン日記」(全4曲)は,タイトルどおり,アメリカ原住民のインディアンのメロディに基づく作品です。ただし,上述のキーワードどおり,かなり「変形」されていますので,ドヴォルザークの「新世界から」のようなストレートな親しみやすさはありません。それでもリズミカルな動きが出てきたり,たっぷりとした歌が出てきたり,讃歌のような前向きな曲があったり,前の曲よりは親しみやすい内容でした。

前半最後に演奏された「子守歌」は,特に印象的な曲でした。ゆりかご風の音の動きが低音で繰り返し演奏される冒頭部分から幻想的な雰囲気がありました。高橋さんの,甘くもなく,冷たくもない演奏からは,虚無的な気分と同時に,ずっと浸っていたくなるような安らぎを感じました。

高橋さんの解説によると,この曲は,次のような順に,後世,「変形」されています。
  • 1909年にブゾーニが作曲
  • 母を亡くしたブゾーニが38人のオーケストラ用の「悲劇的子守歌」に編曲
  • この曲をマーラーがニューヨークで初演
  • マーラーはこれが最後の舞台になった
  • その後,シェーンベルクが編曲
  • ベルクのヴァイオリン協奏曲の冒頭部の音の動きとゆりかごの音の動きが共通
  • この曲はマーラーの未亡人の子供であるマノンのためのレクイエムとなった。
まさに悲しみの連鎖のような因縁です。

後半は,高橋さん自身が作曲した「花筺(はながたみ)二」という曲で始まりました。この曲は,高橋さんと16年に渡り親交のあった高田和子さんという三味線奏者を偲んで作られたもので,今回のツァーでの演奏が初演とのことです。高田和子さんといえば,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演した,高橋さん作曲の「鳥も使いか」での三味線演奏でお馴染みの方です。岩城さんとOEKが録音した「21世紀へのメッセージ」というCDシリーズの第1巻の最初の曲がこの曲でしたので,OEKファンならば曲名ぐらいは聞いたことのある作品だと思います。

「鳥も使いか」は,高田さんの演奏する邦楽演奏そのものとオーケストラ演奏が絡み合うような曲でしたが,この「花筺」という作品は,「鳥も使いか」の中の「カケリ」という部分を含む,三味線ソロための曲集です。これをピアノのために書き直したのが,今回演奏された「花筺二」という曲です。聞いた感じ,三味線的な気分はほとんど感じられず,トツトツと点描的に演奏される前衛的な作品という感じでした。この曲については,やはり三味線演奏を聞いてからでないと,面白味は分からないような気がしました。

最後に演奏されたのは,モンポウ作曲の「沈黙の音楽」という28曲からなるピアノ曲集の抜粋です。一部の曲については,曲名や内容の紹介はあったのですが,そのうちに,高橋さんが楽譜をペラペラとめくってみて,気に入った曲を演奏する,という感じになってきました。というわけで,今回,一体何曲が演奏されたのか,はっきり覚えていません。各曲はそれほど長くはありませんので,10曲ぐらいは演奏されていたかもしれません。

演奏された曲の中には,スペインの放送局のコールサインになっている曲があったり,カタルニア民謡的な曲があったり,かなり多様な曲が含まれていました。基本的にはシンプルで聞きやすい曲が多かったのですが,所々に一ひねりがあったり,スパイスを効かせたような部分があったり,たっぷりとした静かな気分の中に翳りのようなものを感じることができました。こういった曲が何曲も続くうちに,会場は,いつ果てるか分からないような不思議な幻想的な心地良さに包まれました。

アンコールは3曲演奏されました。曲目はきちんと聞き取れなかったのですが,最初の2曲は映画「黒いオルフェ」の中で使われていた,アントニオ・カルロス・ジョビンの作品だったようです。特に2曲目のボサノヴァの方は,聞いたことのある曲でした。演奏前,高橋さんは,この曲の詩の内容について紹介されていましたが,その中に繰り返し出てきた「幸せはすぐに消える」といった言葉が印象的でした。カーニバルが終わった後のちょっと寂しさのある雰囲気を伝える曲でした。

アンコールの3曲目は,カタルーニア民謡の「鳥の歌」のピアノ独奏版でした。カザルスの演奏のような情感たっぷりの演奏ではなく,乾いた感性でさらりと聞かせてくれるような編曲・演奏でした。

というようなわけで,終わってみると,高橋さんのピアノと共に世界一周旅行をしたような感じのプログラムとなっていました。モンポウの「沈黙の音楽」の演奏で特に感じたのですが,高橋さんの演奏には,詩や文学と音楽とのコラボレーションといった雰囲気があります。この21世紀美術館のホールは大変狭いホールですが,そういうホールでこそ生きる演奏会だったと思います。間近な場所から,お客さんに詩や文章を語りかけるような感じのピアノ演奏でした。(2008/06/18)

金沢21世紀美術館写真集



美術館では,ロン・ミュエック展を行っていました。


展覧会の大型看板です。ちょっとびっくりする看板ですが,展示物の方は,もっとびっくりです。超特大かつリアルな頭が展示されていました。


もう一つ別のポスターです。こちらもまた,一度見ると忘れられないポスターです。見ているうちに,E.Tなどを思い出してしまいます。


タレルの部屋です。この日も好天でした。



演奏会の後,サイン会が行われました。当日のプログラムに頂きました。名前の下にある,グニャっと曲がった線は,当日の日付にチェックをしたものです。

左にあるのは,ブゾーニの曲を集めた最新のCDです。記念に購入しました。


このCDのイラストはこの日のプログラムにも書かれていました。とても愛嬌のある似顔絵です。