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オーケストラ・アンサンブル金沢第242回定期公演PH
2008/06/20 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ウェーバー/クラリネット協奏曲第2番変ホ長調op.74,J.118
2)モーツァルト/クラリネット協奏曲イ長調,K.622
3)ベートーヴェン/交響曲第2番ニ長調op.36
4)(アンコール)モールァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
沼尻竜典指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:川崎洋介),ヴェンツェル・フックス(クラリネット*1-2), プレトーク:沼尻竜典
Review by 管理人hs  
公演の看板です。

5月10日以来,約1ヶ月半ぶりにオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出かけてきました。この間,室内楽の公演ばかり聞いていましたが,コンサートホールで聞くオーケストラというのはやはり良いものです。梅雨入りしたばかりの週末ということで,体力的に妙に疲れた一週間でしたが,そのリハビリにはオーケストラを聞くのが最適です。

今回のOEKの定期公演は,前半はベルリン・フィルの首席クラリネット奏者のヴェンツェル・フックスさんの独奏によるクラリネット協奏曲2曲,後半はベートーヴェンの交響曲第2番というプログラムでした。協奏曲2曲というソリスト重視の内容でしたが,後半の交響曲を含めどの曲も完成度の高い演奏で,OEKのレパートリーの核である古典派音楽の面白さを堪能できました。この日も,全曲CD収録を行っていましたが,恐らく,前半の協奏曲2曲でそのまま1枚となるのではないかと思います。

前半に登場した,ヴェンツェル・フックスさんとOEKは既にCDを2枚作っています(1枚がR.シュトラウスの珍しい二重協奏曲,もう1枚が,OEKの弦楽メンバーと共演したモーツァルトとブラームスのクラリネット五重奏曲です)。ここ数年はあまり定期公演には登場していませんでしたが,OEKの中に紛れ込んで一奏者として演奏していたり,団員にとっても定期会員にとっても,もっとも馴染み深い管楽器奏者の一人です。

最初に演奏されたウェーバーの協奏曲第2番は,丁度1年前の定期公演でOEKの遠藤文江さんのソロで演奏されたクラリネット協奏曲第1番に呼応するような選曲です。古典的な雰囲気とウェーバーらしいオペラ的な気分が混ざったような作品でとても楽しめる曲でした。冒頭のオーケストラだけによる部分は思ったよりテンポが遅く,ちょっと腰が重い気がしたのですが(私は,演奏会前にオルフェウス室内管弦楽団によるスマートな演奏のCDで予習をしたのでそう感じたのかもしれません),その分,フックスさんの音色をじっくりと味わうことができました。

フックスさんの音はとてもまろやかで素朴な親しみやすさがあるのですが,その一方,「これがベルリン・フィルの音だ!」という感じの押しの強さがあります。表現が磨きあげられており,隙がありません。食べ物に例えて言うと,極上のアンコの入った柔かい餅を濃いお茶と一緒に味わった感じです(説明と例とがうまく繋がらなかった気もしますが...あくまで印象です。どうも素晴らしいクラリネットを聞くと餅の感触を思い出すのです。)。クラリネット・ソロが入ってくる部分のフレーズは,かなり高い音なのですが,楽々と演奏しており,安定感も抜群でした。2楽章は,オペラの一部のような雰囲気になるのですが,この部分では弱音の表現の幅の広さが聞き物でした。第3楽章は,ポロネーズ風のロンドですが,ここでは終結部での鮮やかな技巧が印象的でした。すんなりと速い動きを聞かせるのではなく,「これでどうだ」という感じのプレゼンテーションで「ブリリアント!」という感じの輝きとグルーブ感を堪能できました。

その後,通常ならば休憩になりそうなものですが,数回の出入りの後,そのままモーツァルトのクラリネット協奏曲の演奏になりました。ウェーバーの曲も20分以上ありましたので,合計50分以上の大協奏曲を弾いたことになります。管楽器の奏者にとってこれは大変なことではないかと思います。この体力にも驚きました。

モーツァルトの曲は,過去カール・ライスターさんの演奏でも聞いたことがありますが,名曲の割に意外と定期公演で演奏される機会の少ない曲です。2002年2月の定期公演で,同じフックスさんがこの曲を演奏して以来のことだと思います。

第1楽章はまず,オーケストラのみで,非常に手慣れた感じの全く力みのない音楽が始まりました。安心して身を任すことのできる音楽でした。その後,フックスさんのクラリネットが入ると,音楽に立体感が加わってきます。特に第2主題になって演奏の表情ががらりと変わる辺りの演奏の奥の深さが見事でした。弱音になるほど,表情の変化が大きく,音色のニュアンスの豊かさ・繊細さを堪能できました。演奏する側の集中力の高まりとシンクロして,聴衆の集中力も高まってくるような演奏でした。室内オーケストラの場合,大音量で勝負するのにも限界がありますので,フックスさんの演奏の弱音の音色のパレットの多さというのは,まさに室内オーケストラ向けだと思いました。

第2楽章では,この「弱音の豊かさ」の魅力がさらに強く発揮されていました。それほど遅いテンポではありませんでしたが,楽章後半にはミステリアスな空気も流れていました。フックスさんのクラリネットと呼応するOEKの繊細な演奏も見事でした。

第3楽章のロンドは一転して動きのある音楽となりますが,天衣無縫という感じはなく,一つ一つのフレーズが緻密に組み合わさったような密度の高さを感じました。アドリブ的な装飾音も少し入れていましたが,気分の赴くままの自然な演奏というよりは,すべて計算した上での演奏だったと思います。ここでも明るい表情と翳りのある表情のコントラストが素晴らしく,晩年のモーツァルトの作品を聞く醍醐味を感じることができました。

後半は,ベートーヴェンの交響曲第2番が演奏されました。この曲で思い出すのは,何といっても4月29日に行われた「ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)」のオープニング公演での井上道義さん指揮による演奏です。満席の中でのエネルギッシュな演奏は,「祭りのはじまり」にぴったりでしたが,今回の演奏もそれに劣らない充実感のある演奏でした。

沼尻さんの指揮ぶりも大変エネルギッシュでしたが,常にオーケストラをしっかりコントロールし,音楽の折り目正しさを失うことがありません。第1楽章も音楽に清新な勢いはあるけれども,暴走することはなく,音楽の美しさをしっかりと伝えてくれる演奏でした。

第2楽章は早目の演奏でしたが,性急なところはなく,しっかりとした豊かな内容を実感させてくれました。この日のオーケストラの配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける配置でしたが,特に古楽器奏法を採り入れてはおらず,しっかりと歌い込まれていました。そういう意味では,岩城さんのベートーヴェンに近い演奏なのではないか,と思いました。

第3楽章以降は音楽の身振りが大きくなりますが,演奏の密度が薄くなることはなく,軽さよりはたくましさを感じさせてくれました。要所で出てくる渡邉さんのティンパニの音も効果的で,LFJKの時,井上道義さんがホワイトボードに書いていたような「スフォルツァンド」の魅力をしっかりと楽しむことができました。

第4楽章もこの延長で筋肉質の音楽が続きました。テンポ自体は,ものすごく速いというわけではないのですが,音楽に勢いがありました。もしかしたら,OEK団員の遺伝子の中に「熱狂のベートーヴェン」のDNAがしっかりと組み込まれてしまっているのかもしれません。さらに凄かったのは,終結部付近の音楽の盛り上がりです。細かい音が非常に明晰に演奏されており,目から鱗(?)が落ちて,視界が鮮やかに広がったような感覚を味わうことができました。

こういった演奏を,全体的に見ると全く力むことなく,一見スマートにバランス良く表現しているところが素晴らしいところです。沼尻さんと言えば,若手指揮者という印象があったのですが,今回の余裕たっぷりの音楽を聞いて,すっかり円熟した指揮者になったなぁと感じました。沼尻さんは,近年,びわ湖ホール等でのオペラの指揮を含め幅広く活躍されていますが,そういった経験がしっかりと生きている演奏だと感じました。

アンコールでは,「フィガロの結婚」の序曲が演奏されました。この選曲がまた見事でした。これまで何回も何回も聞いてきた曲ですが,音楽が爆発的になる辺り,ベートーヴェンの交響曲第2番の最終楽章ととても雰囲気が似ているのです(調べてみた所,どちらの曲もニ長調でした。雰囲気が似ているわけです)。前の曲の記憶が甦ってくるという点で,これぞアンコールという演奏でした。細かい音型を鮮やかに聞かせ,OEKを自在にドライブし,オペラが今にも始まりそうなワクワク感をしっかり聞かせてくれました。

今回の演奏会は,モーツァルト,ベートーヴェン,ウェーバーというOEKの基本的なレパートリーを,しっかりと余裕たっぷりに聞かせてくれる内容でした。フックスさんのクラリネットの名技性と沼尻さんの作る音楽の正統性のどちらも楽しむことができましたが,個人的には,ベートーヴェンの交響曲の最後の部分での凄さが特に印象的でした。沼尻さんは,長い交響曲やオペラを得意とされていますが,その理由が分かる気がしました。一見,とても冷静な指揮者に見えますが,実は,クライマックスに向かって徐々に自然に燃え上がっていくような指揮者だと思いました。機会があれば(これはOEKでなくても良いのですが),マーラーの交響曲であるとか,シュトラウスのオペラであるとか,そういう大曲の演奏を金沢でも聞いてみたいものです。(2008/06/21)

今回のサイン会

今回は沼尻竜典さんとフックスさんのサイン会が行われました。

沼尻さんからは,持参したNAXOSのCDに頂きました。現代日本の作曲家による名曲を集めたお気に入りの1枚です。


フックスさんには,OEKメンバーと共演した,モーツァルトとブラームスのクラリネット五重奏曲集のCDの表紙に頂きました。


ロビーには,ラ・フォル・ジュルネ金沢の写真が展示されていました。


このコンサートの翌日,金沢駅で「エキコン」が行われるようで,その看板が用意してありました。

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この日収録し録音ですが,次のような感じで発売されるようです。