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オーケストラ・アンサンブル金沢第243回定期公演M
2008/06/29 石川県立音楽堂コンサートホール
1)チャイコフスキー/ゆううつなセレナードop.26
2)チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調op.23
3)チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調op.36
4)(アンコール)井上道義/メモリー・コンクリート〜乾杯の音楽
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,3,4;群馬交響楽団(コンサート・マスター:長田新太郎)*2-4, プレトーク:三枝成彰
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1),リリア・ジルベルシュタイン(ピアノ*2)
Review by 管理人hs  
公演の看板です。

今回はもう一つ別のポスターもありました。

6月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のマイスター定期公演は,年に一度のお楽しみ,OEK名物の合同公演でした。今回のお相手は,群馬交響楽団(群響)でした。群響と言えば,「ここに泉あり」という50年ぐらい前の映画で有名になったオーケストラですが,国内の大都市圏以外で初めて作られたプロ・オーケストラということで,OEKにとっては,偉大なる大先輩と言えます。

今回演奏された曲目は,大編成を生かしてのオール・チャイコフスキー・プログラムでした。かなり以前(調べてみると1995年のことでした),同じ井上道義さん指揮でオール・チャイコフスキー・プログラムが取り上げられたことがありますが,今回はその続編的な内容の演奏会と言えます(ちなみに,このときは合同演奏ではなく,OEKの定期公演にも関わらず,OEKの代わりに京都市交響楽団が登場するという変則的なもので,序曲「1812年」,ロココ変奏曲,交響曲第5番の3曲が演奏されました。)。

前半にOEKの単独演奏,群響の単独演奏があった後,後半に合同演奏が行われるという構成は従来どおりでしたが,今回は後半の方にさらに一ひねりありました。これについては後で触れましょう。大編成によるオール・チャイコフスキープログラムでしかも指揮が井上道義さんと来れば,楽しめないはずはありません。いつもの定期公演にはない,たっぷりとした響きとお祭り的な盛り上がりを満喫できました。

まず,最初にOEKのコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏をフィーチャーしたゆううつなセレナードが演奏されました。ヤングさんの演奏は,いつもどおり安定感たっぷりで,安心してチャイコフスキーの名旋律に身を任すことができました。特に曲の最後の部分での非常に繊細な高音のトリルが印象的でした。過度にロマンティックになり過ぎることなく,演奏全体がくっきりと引き締まっていました。管楽器メンバーとの室内楽的な音のやりとりも聞きごたえがありました。そして,演奏後のお客さんからの暖かい拍手を聞きながら「ヤングさんは,皆に愛されているんだなぁ」と実感しました。幸福感に満ちた演奏でした。

続いて,オーケストラが群響に交代し(だけど,よく見るとOEKメンバーも,一部”エキストラ”として参加していました),リリア・ジルベルシュタインさんの独奏でピアノ協奏曲第1番が演奏されました。ジルベルシュタインさんは,モスクワ出身の名ピアニストということで,全曲に渡り「十八番!」と言ってよいような貫禄たっぷりのチャイコフスキーを聞かせてくれました。思ったよりも小柄な方でしたが,無理のないタッチから,安定感と力感に満ちた線の太い音楽が広がりました。その一方,要所要所では,オーケストラに挑みかかり,がっぷり四つ,ややジルベルシュタインさん優勢か?という感じの攻撃的な音楽を聞かせてくれました。

井上道義さん指揮群響の方も第1楽章冒頭のホルンのユニゾンから大変たくましく,キレの良い音楽を作っていました。この部分では,ジルベルシュタインさんの方からはテンポを上げたそう,オーケストラの方からはテンポを落としたそう,という攻めぎ合いを感じました。充実した音がぶつかり合う,なかなかスリリングな立ち上りでした。

主部では,たっぷりとしたうねりのある音楽となりましたが,オーケストラ全体としての音圧は,少々軽量級かなと感じました。第1楽章のコーダではまだまだ余力を残しながらも,がっちりとした密度の高い音楽で締めてくれました。

第2楽章はフルートのソロで始まります。群響の首席フルート奏者はパヴェル・フォルティンさんという方ですが,前日の「もっとカンタービレ」での演奏同様,まさに大人の音という感じの高級感溢れる響きを聞かせてくれました。この静かな部分でのジルベルシュタインさんの落ち着きのある音も良かったのですが,中間部での軽妙さも見事でした。平然と名人技を見せつけてくれました。

そして,力感溢れる第3楽章となります。井上道義さんの指揮は,リズミカルな部分では,ほとんど乗馬をしているような感じの動きで,全身を使ってオーケストラを鼓舞していました。コーダ付近で,ティンパニとピアノがガツンという感じでぶつかる部分では,ちょっとタイミングがズレてしまいましたが(ライブ録音を聞いていてもなかなか合いにくい部分ですね),その後,一気にピアノが音階を掛け上がって行く部分にはシビれました。ものすごくメカニカルで速い動きなのですが,余裕たっぷりでせせこましい感じが全くしません。エンディングの部分ではさらにタッチが強烈になり,動きが速くなるのですが,うるさい感じはせず,まだまだ余裕を感じました。すべてが計算された,これぞヴィルトゥオーゾという感じの演奏でした。ジルベルシュタインさんとOEKは,今年の夏のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭で共演しますが,是非また音楽堂にも登場して欲しいと思います。

後半は,群響とOEKの合同演奏で交響曲第4番が演奏されました。どちらのオーケストラも通常は2管編成ということで,2+2=4管編成になっていました(ホルンは4+2=6,トロンボーンは3+0=3,チューバは1+0=1でした)。この「年に一度の大編成」をたっぷりと鳴らし切った爽快な演奏でした。やはり,井上道義さんは,お祭り男です。乗せるのが巧いです。

冒頭の「運命の主題」から6人のホルンのユニゾンが炸裂し,その後4本のトランペットに移って行くのですが,出し惜しみすることなく,鋭く緊張感に満ちた音楽が全開となっていました。その後も井上さんの指揮の動作に合わせ,音楽がうねるのですが,それほど大げさにテンポを動かすことなく,堂々としたカロリーの高い音楽が続きました。対照的に第2主題は大変柔らかく,しっかりとコントラストがつけられていました。コーダでは少しテンポを速めていましたが,楽章全体としては,小細工のない,率直な演奏となっていました。

第2楽章も遅めのテンポで,どこか引きずるような感じの重さがありました。この楽章までは,群響のメンバーがトップ奏者だったのですが,その中では,やはりフルートのパヴェルさんの存在感がすごいと思いました。

そして,この楽章後のインターバルで,井上さんから「後半は群響とOEK奏者の座席を交替します」というアナウンスがあり,コンサートマスターをはじめ,弦楽器の各プルトの表裏が全部反対になりました。管楽器奏者も座席を換えていましたので,フォークダンスで一斉にポジションを変えるのを眺めるような趣きがありました。敢えてアナウンスなしで交替しても面白かった気もしますが,このことで,会場の空気もオーケストラの演奏の方も一気にリラックス・ムードになり,演奏自体にしなやかさが出てきたような気がしました。第3楽章の弦のピツィカートにも暖かみとノリの良さがありました。中間部は対照的に管楽器のみのアンサンブルになりますが,こちらの方も大変闊達で軽快でした。

第4楽章は,「あっ」と驚くような強烈な一撃で開始しました。OEKがこの曲の演奏をする機会は本当に少ないのですが(定期公演で演奏されるのは初めてだと思います。それ以外を含めても,多分2回目だと思います),チャイコフスキーを演奏できることが嬉しくてたまらないような演奏でした。特にOEKの渡邉さんが担当していたシンバルの思い切りの良さが素晴らしく,楽章全体の鮮烈さを増していました。ものすごく速いテンポという訳ではないのですが,そこら中にエネルギーが充満しているような演奏で,フィナーレに向けて大きな盛り上がりを見せてくれました。曲の最後の部分では非常に強烈な音を聞かせてくれましたが,それでもオーケストラの音に余裕があり,スケールの大きさを実感させてくれました。

もちろんお客さんも大喜びでした。OEKの主要レパートリーである古典派の交響曲も良いのですが,たまにこういう風にハメを外すのも良いですねぇ。井上さんの「してやったり」という表情が目に見えるような爽快な演奏でした。

その後,アンコールの演奏の前にちょっとした趣向がありました。今回の演奏会とは全く関係なく話が進んでいたようなのですが,今年の2月に高崎市と金沢市とが友好都市協定を締結することになりました。今回の演奏会は,その記念公演ということで,高崎名物のダルマに目を入れるセレモニーが行われました。そのダルマなのですが,良く見ると燕尾服を着ている特製ダルマでした。このダルマに群響の代表の方と井上さんがその場で指名したお客さん代表の方が目を入れました。お客さん代表として,前の方に座っていたお子さんが指名されましたが,井上さんは常に若い聴衆を意識しているんだなぁと感心しました。「ラ・フォル・ジュルネ金沢」の時もそう感じたのですが,OEKの未来は若い聴衆に掛かっているという意識が徹底しています。素晴らしいことです。

アンコール曲も,あっと驚く作品でした。井上さんは「メモリー・コンクリート」という自叙伝的な内容を音楽にしたオーケストラ曲を作曲されているのですが,その中から「乾杯の場面の音楽」というのが演奏されました。最初は少々しかめっ面をしたような音楽でしたが,段々と「黒田節」に変わっていきました。やはり和風の乾杯と来れば,この曲か?と思いながら聞いているうちに,後方の管楽器のメンバーが缶ビールを取り出し,「カンパーイ!」とやり始めました。こういうアイデアは,ミッキーさんならではです。その後,曲が盛り上がり,何と何と,マーラーの交響曲第6番で出てくる「ハンマーで床をドスン」というパフォーマンスまで登場しました。演奏会後のサイン会で,井上さんに「あれには驚きました」と尋ねてみたところ,「ショスタコーヴィチの前にはマーラーに凝っていたので...」というようなことをおっしゃられていました。というわけで,井上さんらしさに溢れた,”とんでもない”アンコール・ピースでした。是非,全曲を聞いてみたいものです。

他オーケストラとの合同演奏会というのは,岩城さんの時代からのOEKの伝統のようなものですが,井上さんの時代になって,さらにパワーアップし,祝祭性が増して来ている気がします。9月にはクレメラータ・バルティカとの合同演奏が行われますが,こちらにも大いに期待したいと思います。それにしても本当にミッキーさんのコンサートは何が出てくるかわかりませんね。

PS.今回,2つのオーケストラの聞き比べになったのですが,OEKの方のマナーの丁寧さを改めて感じました。OEKの方は,演奏前,団員が全員入り終わるまで立ったままで待ち,コンサート・マスターが入ってきて,「一同礼」となります。これは少人数編成だからできることかもしれませんが,このマナーは気持ち良いですね。群響に限らず,他のオーケストラでは,こういう「一同礼」というのはあまりないかもしれません。

(参考)友好交流都市「高崎市」
(2008/07/01)

今回のサイン会&
ダルマ

井上道義さんのサインです。


リリア・ジルベルシュタインさんのサインです。




この日は会場で特製「オーケストラ・ダルマ」を販売していました。その他,CD購入者にもダルマ・プレゼントがあったようです。



アンコール曲の前に目が入れられた大型のオーケストラ・ダルマです。高崎市から寄贈されたものです。


このダルマがサイン会の時にはロビーに出てきていました。


高崎市の観光ポスターです。

新幹線が開通すれば,OEKと群響きをハシゴする企画なども出てくるかもしれないですね。