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オーケストラ・アンサンブル金沢第244回定期公演F
2008/07/12 石川県立音楽堂コンサートホール
1)パッヘルベル/カノン
2)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/レット・イット・ビー
3)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/イエスタディ
4)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/イエロー・サブマリン
5)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/ヘイ・ジュード
6)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
7)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/ミッシェル
8)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/涙の乗車券
9)ヴェルディ/歌劇「シモン・ボッカネグラ」〜わが心に炎が燃える
10)小林秀雄(野上彰作詞)/落葉松
11)ララ/グラナダ
12)新井満(作詞者不詳,日本語詞:新井満)/千の風になって
13)池辺晋一郎/映画「独立少年合唱団」の音楽
14)池辺晋一郎/映画「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」の音楽
15)池辺晋一郎/映画「影武者」の音楽
16)レノン(池辺晋一郎編曲)/イマジン
17)(アンコール)レノン&マッカートニー(編曲者不明)/イエスタディ
18)(アンコール)レノン&マッカートニー(池辺晋一郎編曲)/オブラディ・オブラダ
●演奏
池辺晋一郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲール・ヤング)
秋川雅史(テノール*9-12,18),檀ふみ(ゲスト)
Review by 管理人hs  
公演の看板です。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK),2008年7月の定期公演ファンタジーシリーズは,石川県立音楽堂の洋楽監督でもある池辺晋一郎さんを中心とした公演でした。池辺さんは,交流ホールでの「音楽堂アワー」や定期公演のプレトークなどでOEKファンにはすっかりお馴染みの方ですが,考えてみると定期公演そのものに登場されるのは初めてのことかもしれません。今回は,池辺さんが作曲・編曲された作品をご自身の指揮と解説で楽しむ内容ということで池辺さんのマルチ・タレントぶりを堪能する内容でした。

演奏会は,30年ほど前に池辺さんがLPレコード「ビートルズ・オン・バロック」用に編曲したビートルズ曲集が中心だったのですが,それ以外にも,NHK教育テレビで放送中の「N響アワー」で,かつて池辺さんと名コンビを組んでいた女優の檀ふみさん,そして,「千の風になって」ですっかり国民的テノールとなった秋川雅史さんという2人の大物ゲストも登場し,変化に富んだ,豪華な内容となりました。特に「生の秋川さんを見られる!」ということもあり,会場は満席でした。

前半のビートルズ曲集ですが,単純な編曲ではなく,バロック音楽風に編曲している点がポイントです。池辺さんのお得意分野に引きつけて言えば「音による駄洒落」といったところです。しかし,これは「駄洒落」についても言えることですが,パロディというのは,大変知的な分野でもあります。気楽に楽しめるように見えて,非常に凝った曲の数々を楽しむことができました。

今回演奏された曲は,いずれも特定のバロック音楽とビートルズの作品とを合体させるような形で作られていました。「駄洒落」というものも,2つの似た言葉を合体させるような作業ですので,こういうタイプの編曲は池辺さんの専門(?)と言えそうです。日本の和歌の「本歌取り」にも似た作業ですが,檀ふみさんが聞き手となって,各曲の種を明かしながらの知的で楽しいステージとなりました。

まず,純粋なバロック音楽の見本としてパッヘルベルのカノンが演奏された後,以下の8曲のビートルズ・ナンバーが演奏されました。楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置で,パッヘルベルのカノンでは,ノンビブラートでさらりと演奏されていましたが(この曲はヴィオラの出番がないんですねぇ),その後の曲では現代的な奏法でたっぷりと演奏されていました。

  • レット・イット・ビー:直前に演奏された,パッヘルベルのカノン風の編曲。レット・イット・ビーのコードの進行自身,とてもオーソドックスな感じがしますので,ぴたりとはまった編曲となっていました。
  • イエスタディ:クイズ形式でお客さんに問いかける形になっていましたが,バッハの「G線上のアリア」風の編曲でした。この曲独特のバスの音の動きをそのまま使っていたので,お客さんの多くもすぐに分かったのではないかと思います。
  • イエロー・サブマリン:これは前2曲よりも高度な編曲でした。基本的にバッハのブランデンブルク第4番の第1楽章を演奏し,その中の一部をイエロー・サブマリンにすり替えるという方法を取っていましたので,「パロディです」と言われなければそのまますんなりバロック音楽として聞いてしまう人も居たかもしれません。バッハの顔のジグソー・パズルの中の数ピースだけをさりげなくビートルズの顔に替えたという感じかもしれません。もともとはブロックフレーテが独奏楽器として活躍する曲ですが,今回はそのパートがヴァイオリンに置き換えられていました。編曲も高度でしたが,ヤングさんと江原さんの独奏もまた大変技巧的で,見事な演奏でした。
  • ヘイ・ジュード:バッハのヴァイオリン協奏曲第1番イ短調の第2楽章風の編曲でした。もともと威厳のある雰囲気の曲ですが,よくこの曲と組み合わせることを思いついたなぁと感心しました。曲の最後の方で独奏ヴァイオリンが高音を聞かせるクライマックスがあるのですが,「ヘイ・ジュード」にもそういう感じの所があるので,これは凄いと感動しました。
  • ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード:ヴィヴァルディの「四季」の中の「春」の2楽章風の編曲の後,私もはっきりと覚えていないのですが,「冬」も引用されていたようです。
  • ミッシェル:バッハの管弦楽組曲第1番の中のフォルラーヌ風の編曲がされていました。この曲については,私自身,よく知らない曲でした。
  • 涙の乗車券:コーナーの締めくくりは,ヴィヴァルディの「夏」の第3楽章風の編曲でした。

このコーナーでは,池辺さんと檀さんのトークだけでなく,ビートルズのオリジナル音源の一部を聞きながら進められていきました。やはりオリジナルの方が良いかな...というところはありましたが,池辺さんの発想の豊かさには改めて感服しました。

それにしても,檀さんが,池辺さんの隣に座って「先生?」と呼びかけると数年前までの「N響アワー」の雰囲気が甦ってきます。この番組では,檀さんの後,数人の方が池辺さんのお相手として登場していますが,やはり檀さんの域まで達している人はまだ居ないような気がします。恐らく,世の中で,池辺さんの駄洒落を受けたりフォローしたりするのがいちばん巧いのが檀ふみさんではないか,と個人的には思っています。

後半は,秋川雅史さんを交えてのステージで始まりました。「いよいよ秋川さんを生で見られる!」ということで,3階のバルコニー席のお客さんなどは,心なしか身を乗り出して聞く人が増えたような気がしました。今回は例の「あの曲」に先立って,恐らく秋川さんの選曲による3曲が歌われました。

最初に歌われたのは,ヴェルディの歌劇「シモン・ボッカネグラ」の中のアリアでした。秋川さんの「生声」を聞いた瞬間,「イタリアン!」と思いました。テレビで見るのとは違う,「普通の」クラシック音楽の歌手としての秋川さんの一面を知ることができました。ただし,声量的にはやや不足気味で(今回3階席で聞いたせいもあると思います),ヴェルディの音楽が大きく盛り上がる部分では,オーケストラにかき消されている感じでした。この点が少々残念でした。

次の「落葉松」は,よりリリカルな曲ということで,秋川さんの誠実な歌にぴったりでした。その後の「グラナダ」は,スペインの曲で,再度ラテン系の気分となりました。この日の秋川さんは,赤いシャツに黒のジャケットという衣装でしたが,この曲のイメージに合わせたものだったのかもしれません。演奏の方は,OEKの演奏も含め,全体のテンポ感が少々重い感じでした。その分,丁寧さを感じました。ステージ上の檀さんの方に時々目をやりながらの歌には,まさに色男という感じの魅力がありました。

そして「千の風になって」が歌われました。2006年末の紅白歌合戦でこの曲が秋川さんの声で歌われて以来,日本中でこの曲を知らない人がいないぐらいのブームになりましたが,その曲を「本家の声」で聞けたことが嬉しかったですねぇ。これまでこの曲を秋川さんの歌うCDやテレビでの放送で聞いてきたのですが,その「濃い歌」に比べると,実演だと思ったよりさらりとした感じに聞こえました。マイクを使わずに歌っていたことと関係があると思いますが,飾り気の少ない自然な発声は,より歌の趣旨にふさわしいと思いました。

今回は,歌以外にも秋川さんと池辺さん檀さんとのトークも楽しむことができましたが,あまり芸人っぽくない爽やかな雰囲気にも好感を持ちました。このステージで,ますます秋川さんの人気は高まったことでしょう。

続いて,池辺さんの作曲による映画音楽コーナーとなりました。池辺さんは沢山の映画音楽を作曲していますが,その中から,それぞれ全く違った雰囲気を持った3曲が演奏されました。前半のビートルズ・オン・バロックもそうだったのですが,どの曲も,パロディ音楽のように聞こえたのが面白い点でした。映画音楽や劇音楽については,自分の好みだけで作曲するのではなく,監督の要望などを取り入れるなど,いろいろな制約条件が加わります。そういったことにきっちり応えた上で,聞きごたえのある曲を作るという点で,池辺さんの職人技を楽しむことができました。

まず,映画「独立少年合唱団」(緒方明監督,2000年)の音楽です。どこか新古典派風の弦楽セレナードといった雰囲気のある作品でした。この映画を見たことはないのですが,映像と組み合わさるとどのような雰囲気になるのか見てみたいと思いました。

映画「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」は,篠田正浩監督による1997年の作品で,篠田さんとの打ち合わせでラフマニノフのピアノ協奏曲風の雰囲気を出すことにしたとのことです。ラフマニノフの曲はよく「映画音楽的」と呼ばれることがありますが,まさにそのとおりの音楽でした。なお,この日のピアノは,お馴染みの松井晃子さんでした。松井さんは,ビートルズ曲集ではチェンバロを担当されていましたので,前半・後半とも大活躍でした。

コーナーの最後に演奏されたのは映画「影武者」(黒澤明監督,1980年)の音楽でした。今回演奏された3曲中でいちばん聞き応えのある曲だったと思います。黒澤明監督による大作時代劇用の音楽ということで,全体に緊張感とエネルギーに満ちていました。演奏前,池辺さんは,この曲の作曲の裏話を語っていましたが,試写用の映像には,「参考として」スッペの「軽騎兵」序曲が付けられていたとのことです。「意識しなくても良い」と言われても意識せざるを得ない状況なのですが,最終的には,トランペットが活躍する曲という意図を汲み取って作曲したとのことです。今回の演奏でもOEKの谷津さんのトランペットが大活躍でしたが,「軽騎兵」序曲のような明るい雰囲気はなく,どちらかというと,ベートーヴェンの「英雄」の第2楽章の葬送行進曲風の作品で,戦いが終わった後の雰囲気がありました。冒頭に出てきた,加納さんのイングリッシュホルンの音も印象的でした。

演奏会の最後は,前半のビートルズ集に対応するような形で,ジョン・レノンの「イマジン」が演奏されました。池辺さんの話によると,「演奏会全体を曲の構造に対応させれば,再現部に当たる」とのことでした。この曲の編曲は,今回の公演のために池辺さんが新たに編曲したものとのことでした。どこか,ジャズ風・ビッグバンド風の雰囲気があり,各楽器の聞かせ所の多い編曲となっていました。

アンコールでは,前半に一度演奏された「イエスタディ」が再度演奏されました。檀さんが,秋川さんのステージの最後の方で,「後で何か良いことがあるかも...」と思わせぶりのことを言っていましたが,その予想どおり,秋川さんが再度登場し,この曲を歌ってくれました。クラシック音楽の歌手によるビートルズというのは,ミス・マッチ的なところはありますが,さすが名曲中の名曲ということで,たっぷりと聞かせてくれました。

アンコール2曲目は,池辺さんの編曲による「オブラディ・オブラダ」でした。こちらの方は,それほど素直な編曲ではなく,ちょっとひねりのある転調があったり,現代音楽の風味が少し漂っていました。ここでもトランペットの演奏や打楽器が大活躍していました。

というようなわけで,檀ふみさん,秋川雅史さんという強力ゲストとの共演とともに,池辺さんの才人ぶりを堪能できた公演でした。(2008/07/01)