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弦楽四重奏曲でめぐるモーツァルトの旅 その11:プロシア王第2番&晩年のフーガの名曲
2008/07/17 金沢蓄音器館
モーツァルト/アダージョとフーガハ短調K.546(1788年)
モーツァルト/弦楽四重奏曲第22番変ロ長調,K.589「プロシア王第2番」(1790年)
(アンコール)モーツァルト/弦楽四重奏曲第22番変ロ長調,K.589「プロシア王第2番」〜第2楽章
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介(ヴァイオリン),大村一恵(ヴァイオリン),大隈容子(ヴィオラ),福野桂子(チェロ))
Review by 管理人hs  
クワルテット・ローディによる,モーツァルトの弦楽四重奏曲の全曲演奏シリーズの第11回目に出かけてきました。今回,第22番が演奏されましたので,残りは第23番だけということになります。

まず,最初に「これはバッハか?」という感じのアダージョとフーガハ短調が演奏されました。前回は,バッハの曲をモーツァルトが編曲したものが演奏されましたが,このフーガは,晩年近くなってバッハを知ったモーツァルトによる「隠れた名曲」と言っても良い作品です。

■アダージョとフーガハ短調,K.546
この曲の元々の形は1783年に作曲された2台のピアノのためのフーガ,k.426です。それを1788年に,モーツァルトが弦楽合奏用に編曲し,新たに52小節からなるアダージョの序奏を付け加えたものです。モーツァルトの作曲した,対位法技法を使った作品の中でも特に力強さを持った作品となっています。タイトルどおり次の2つの部分からなっています。

  • アダージョ ハ短調,3/4 付点音符と複付点音符の連続する荘重な前奏です。
  • フーガ ハ短調,4/4,アレグロ バッハの主題に由来すると言われる4声のフーガ。最後には主題の転回形が現れ,主要主題との二重フーガが展開されます。

曲は,福野さんのチェロによるグッと力のこもった響きで始まりました。その後もどっしりとした構えの大きな演奏が続きました。フーガの部分では,音をきっぱりと切るような感じで演奏され,厳しさを感じさせてくれました。

この曲は,弦楽四重奏編成で演奏することが想定されていますが,弦楽オーケストラでも演奏可能ということですので,是非,オーケストラ・アンサンブル金沢による演奏でも取り上げて欲しいと思います。

その後,恒例の大村俊介さんによるトーク・コーナーになりましたが,いつもにも増して充実した内容で,「晩年のモーツァルト」についてのエピソードが沢山紹介されました。ちなみに,最初に演奏されたアダージョとフーガは,ケッヘル番号からも分かるとおり,後期3大交響曲とほぼ同じ時期に作られています(特に39番とは同日に作られたとのことです)。作品の充実とは裏腹に,すっかり売れなくなった「困窮時代」の作品です。

この点について大村さんは,「モーツァルトには収入がなかったわけではない」という説も紹介されていました。グルックの死後,宮廷作曲家に就任していており,モーツァルトにもそれなりの収入はあったはずです。恐らく,浪費癖,高価な衣装収集癖,ギャンブル癖などにより,収入を上回る支出を行っていたのが困窮の主因ではないかということです。映画「アマデウス」の中で自宅のビリヤード台の上で作曲をするシーンが出てきていましたが(本当の貧乏ならば自宅にビリヤード台はない?),そのイメージを思い浮かべながら,この説は有力ではないか,と感じました。その他,トルコの侵入によって,当時のウィーンは演奏会どころではなかった,とようです。この頃,作品数が少なかったのは,この影響も大きかったのだと思います。

「「レクイエム」の作曲についての手紙(偽物説もあるそうです)」も紹介されていましたが,モーツァルト自身,死を意識し始めていたことは確実で,そのことがやはり曲の雰囲気にも反映してるようです。晩年になり,作品数は急激に少なくなりましたが,そのどれもが傑作と言えます。そういう中の1曲として,後半,弦楽四重奏曲第22番が演奏されました。

■弦楽四重奏曲第22番変ロ長調,K.589「プロシア王第2番」
「プロシア王セット」の2曲目に当たるこの曲は,1790年,モーツァルトの死の前年に作曲されています。21番は,1789年に作曲されていますので,「セット」にも関わらず,かなり間が空いていることが分かります。この辺に当時のモーツァルトの状況が反映されているのかもしれません。結局この22番についても「二束三文」でアルタリア社に売り渡すことになりました。

ただし曲想には,そういう生活の困窮感など全く現れていません。ハイドン・セットよりは,シンプルに書かれている点,依頼者のプロシア王がチェロの名手だったことを意識して,チェロパートが活躍する点など,第21番と共通する「シンプルさと深さ」の共存した作品となっています。

  • 第1楽章 アレグロ,変ロ長調,3/4,ソナタ形式
  • 第2楽章 ラルゲット,変ホ長調,2/2,展開部を欠くソナタ形式
  • 第3楽章 メヌエット,モデラート,変ロ長調,3/4−トリオ 変ホ長調,3/4
  • 第4楽章 アレグロ・アッサイ,変ロ長調,6/8,ロンド風のソナタ形式

クワルテット・ローディの演奏は,冒頭から1音もおろそかにしないようなじっくりとした雰囲気の演奏でした。リーダーの大村俊介さんをはじめ,皆さんとても落ち着いた雰囲気の方々ですが,このシリーズも終盤を迎え,その演奏にますます渋みと味わい深さが加わってきた気がします。

第2楽章もじっくりとしたテンポでしっかりと歌われた演奏でした。第21番の2楽章同様,「モーツァルトにチェロ協奏曲があったとすれば,こういう感じかな?」というムードを持つ楽章です。第3楽章は,普通のメヌエットとは少し違った雰囲気を持っています。規模が大きく,クワルテット・ローディの落ち着いたムードの演奏によくマッチしていました。

第4楽章はロンド風で,軽やかな気分はあるのですが,ここでもローディの皆さんは大人っぽい雰囲気を味わわせてくれました。元気良く終わるのではなく,フッという感じで音楽がいつの間にか消えてしまうのもとても粋でした。

アンコールでは,前回と同じパターンで,福野さんのチェロが活躍する第2楽章が演奏されました。

この日は,「シリーズもあと1回」ということでメンバーの皆さんから「モーツァルトシリーズに参加して...」というお題で感想を聞くことができました。演奏者の皆さんにとっても有意義なシリーズだったことがよく伝わってくるようなお話でした。最終回は9月3日(水)ということで,夏休みが終わった後の少し涼しくなった時期に(まだまだ暑い?)に是非聞きに行きたいと思います。(2008/07/19)