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オーケストラ・アンサンブル金沢第245回定期公演PH
2008/07/26 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第96番ニ長調 Hob.I-96「奇跡」
2)堀内貴晃/小編成管弦楽のためのカプリッチョ「あばれ祭りによせて」
3)アウエルバッハ/憂鬱な海のためのセレナーデ:武満徹へのオマージュ
4)ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調 op.60
5)(アンコール)武満徹/映画「他人の顔」〜ワルツ
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*3),ルドヴィート・カンタ(チェロ*3),松井晃子(ピアノ*3)
プレトーク:三枝成彰
Review by 管理人hs  
公演の看板です。どこか阿修羅像風の雰囲気を感じるのは私だけでしょうか?

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2007〜2008年の定期公演シリーズの締めくくりとなる公演を聞いてきました。この公演の後,7月末から8月前半にかけて,OEKは,フランスのラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭とドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭に参加するためにヨーロッパに向かいますので,”ヨーロッパ公演壮行演奏会”ということになります。

今回のプログラムは,そのことを反映し,これらの夏の音楽祭で演奏される作品ばかりで構成されており,ハイドンとベートーヴェンの古典的な交響曲の間に現代曲を2曲挟むという「OEKらしさ」をしっかりアピールする内容でした。一見地味に思われるプログラムでしたが,”我らがミッキー”の手にかかると盛り上がるんですねぇ。前回の合同演奏のようなプログラムも大歓迎ですが,エキストラ無しの通常編成による限定された素材をじっくりと,そして工夫を凝らして聞かせるという今回のような形がやはりOEKの基本だと再確認しました。

最初のハイドンの交響曲第96番「奇跡」は,私自身生で聞くのが初めての作品です。ハイドンの交響曲のフォーマットにきっちりと納まったまとまりの良い作品なのですが,その中に井上/OEKならではのしなやかで快適な響きが詰め込まれていました。プレトークの時,三枝さんは「ハイドンには影がないのがイマイチ」と結論づけていましたが(「今からハイドンを聞くというのにそれはないだろう...」という結論でした。),個々の曲にはしっかりと工夫がされており,それを探すのがハイドンを聞く楽しみなのだと思います。実際,ハイドンの交響曲には,後から個々の作品の内容を思い出しにくいところはあり,他の曲とも区別がつきにくいのですが,その演奏を聞いている間は至福の時間を与えてくれます。そういう意味で山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズと非常に似ている気がします(序奏部は「寅さんの夢」のまくらに相当,毎回パターンが同じ,ユーモアがある,安心して聞ける,最後はハッピーエンド...)。この分析はなかなか面白そうなので,別の機会に考えてみようと思います。

さて,今回の「奇跡」ですが,まず「正装の格好良さ」を聞かせてくれました。この日のOEKメンバーは,全員黒の正装で,皆さんとてもビシっとした髪型をされていました(ヨーロッパ旅行前に全員揃って散髪に行ってこられたのかも?)。序奏から高級感溢れる音色をしっとりと聞かせてくれました。その後の主部も上品に聞かせてくれましたが,コーダの短調になる部分で,ちょっと間を置いて,強烈に爆発させていました。井上さんは,このクライマックスに向けて音楽を作っていたのだなと実感しました(こういう部分を聞くと,ハイドンは十分「影」のある音楽だと思うんですが...)。

第2楽章も大変じっくりと聞かせてくれました。楽章後半は室内楽風になり,ヤングさんのヴァイオリン・ソロや木管楽器のソロなど透明感のある音楽を楽しむことができました。第3楽章もゆっくりとしたテンポのメヌエットでしたが,ここでは特に中間部に出てくる加納さんのオーボエのソロが絶品でした。品良くスッと浮き上がってくる水も滴るような美音を聞かせてくれました。

第4楽章はひっそりと抑制された弱音で始まるのですが,次第に爆発的なアクセント出てきます。こういった所に何とも言えないユーモアが漂っていました。井上さんの作る音楽の背景には,お客さんを喜ばせようというユーモアとアイデアが常にあります。この感性はハイドンの音楽にぴったりです。曲の最後の部分では,井上さんは,手を大きく上げて指揮をされていましたが,これを見ながら,「今回の(阿修羅像のような)ポスターと同じだ!」と思いました。これからも井上さんのハイドンの交響曲シリーズには期待したいと思います。

次の堀内さんの曲は,OEK設立10周年記念の時に行われた「作曲家登竜門オーディション」で最優秀に選ばれた作品です。その後,”演奏至難”ということで,10年間ほとんど演奏されてこなかったのですが,今回のヨーロッパ公演用として再演されることになったものです。

オーディションの条件は,「OEKの基本編成によるアンコール・ピース」ということだったと思いますが,その条件どおり,短い時間内で鮮やかな印象を残してくれる作品です。井上さんのコメントでは,「日本的で元気のある曲なので選んだ」ということでしたが,能登の「あばれ祭り」の印象を変拍子の連続で鮮烈に表現しています。民族的でありながらスマートというとても良い作品です(そして,演奏するのも大変です)。井上さんの指揮の動作には,どこか盆踊りを踊っているような雰囲気があり,汗をかきながらも小粋さの漂う演奏になっていました。この日の打楽器奏者はエキストラの大久保さんという方でしたが,短い曲の間で複数の楽器の間を動き回って演奏しており,見ているだけで「お祭り」という感じが伝わってきました。

続くアウエルバッハさんの作品は,2002年の石川県立音楽堂開館1周年の際に初演された作品です。その時以来の再演ということになります。堀内さんの作品についてもそうですが,再演されることによって,どこか客観性を増し,演奏に落ち着いた気分が出てくるような気がします。現代作品といいつつ両作品とも大変こなれた演奏になっていたと思います。

この作品は,サブタイトルにあるとおり,武満徹を意識したものです。武満さんの好んだ「海(=Sea)」という言葉をEs(ミb)-E(ミ)-A(ラ)」という音列に置き換え,それをモチーフとしてピアノ・トリオ+弦楽合奏という編成用に作られた作品です。この曲の特徴はまずその楽器の配置です。以下のとおりでした。

          Cb
      Va     Vc
 vn1               Vn2
        Pf  指揮
         Vn Vc


その他の曲についても,弦楽器は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれる対向配置とでしたが,室内オーケストラ編成でスケール感を出すためか,弦楽合奏の方は,ステージの奥の方に立って演奏する形になっていました。指揮者は少し上手側にずれた位置に立っていました。特に弦楽器奏者がずらりと立って演奏する姿が壮観でした。独奏者群と合奏群との区別が視覚的にもはっきりと付けられていたのが面白かったのですが,音の動き自体にも遠近感があるような気がしました。

この曲のサウンドもまた独特でした。メロディははっきりしないのですが,武満さんの晩年の曲と共通するように,聞いているうちに段々と快適な気分に入っていくよう作品です。弦楽合奏の中にピアノの音が入ることで,音が引き締まり,それが良いアクセントになっていました。時折,弦楽器の特殊な奏法を使っていたのも印象的でした。最後は,カンタさんのチェロの「ギギギギ」という何とも言えないチェロの音で締めくくられたのですが,この部分で,井上さんとカンタさんのにらみ合いがあり,不思議なユーモアをかもし出していました。お二人とも本当に「役者じゃのぅ」という感じです。

ここまでが前半で,後半はベートーヴェンの交響曲第4番が演奏されました。この曲をOEKが取り上げるのは比較的少ない印象を持っていたのですが,調べてみると2006年にロルフ・ベックさん指揮で演奏していました。それ以来の演奏ということになります。

この曲の演奏も,最初のハイドンと同様,堂々とした聞き応えと躍動感とを感じさせてくれる演奏でした。OEKがベートーヴェンを演奏するときはいつもそうなのですが,コントラバスを3人に増強しており,第1楽章の序奏部から,深みのある音を聞かせてくれました。この嵐の前の静けさのような序奏部は非常に滑らかで高級感がありました。ここから一気にテンポアップする部分が,この曲の第1の聞き所です。主部の方は,ちょっと音が粗っぽい気はしましたが,井上さんならではの,一気呵成の音楽を聞かせてくれました。

第2楽章は,すっきりした感触とたっぷりした感触とを同時に感じさせてくれる演奏でした。この楽章では管楽器も活躍しますが,遠藤さんのクラリネットの存在感とホルンの高音の美しさが大変印象的でした。演奏後,井上さんはまずホルンのお二人を立たせていましたが,会心の演奏だったのではないかと思います。

第3楽章もまた,直球一本という感じの演奏でした。その勢いを受けて,第4楽章はさらにキレの良い音楽を聞かせてくれました。楽章の冒頭からリズムが弾んでおり,井上さんの大好きな爆発的なスフォルツァンドが要所要所で炸裂していました。奏者の皆さんは(特にファゴットの柳浦さんは)大変だったと思いますが,大変爽快なテンポによる演奏でした。この日のティンパニはバロック・ティンパニでしたが,その音とトランペットの音とが一体となって,全曲を通じて強いアクセントを作っていましたが,この最終楽章での演奏が特に良かったと思いました。

曲の最後の部分では,一瞬テンポが遅くなった後,一気にダッシュするようにテンポが上がって終わるのですが,この部分でのコントラバスの音の目の覚めるようなキレの良さ迫力も印象的でした。

アンコールとして,今回のヨーロッパ公演用のアンコールとして用意している武満さんのワルツ(今年のニューイヤーコンサートでも演奏された「他人の顔」のワルツです)が優雅に演奏され演奏会はお開きとなりました。

古典的な雰囲気のある2つの交響曲はもちろんとして,躍動的な堀内さんの作品,詩的な雰囲気を持ったアウエルバッハさんの作品の両者とも大変個性的な作品ですので,恐らく,今回のヨーロッパでも受け入れられるのではないかと思います。OEKは今年の5月ラ・フォルジュルネ金沢で大活躍しましたが,今回のヨーロッパ公演を通じて国際的な活躍の場を広げるための基盤を作ってきて欲しいと思います。

PS.アンコールの前に井上さんから「OEKをそろそろ日本一のオーケストラにしませんか?」というスピーチがあり,会場は大いに盛り上がりました。現在のOEKの定期会員数は2600人ということで(PH,M,Fに重複して入っている人を除いているのか延べ人数なのかは不明です),かなり多いのですが(金沢市の人口45万人との比率で言うと,かなりのものだと思います。200人中1人ぐらいの割合?),NHK交響楽団には負けるとのことです。ラ・フォルジュルネ金沢の盛況,高崎市,松本市との交流,海外公演の活発化といった動きを見ていると,井上さんの存在感の高まりと連動するようにOEKの活動がさらに盛り上がることが期待できそうです。井上さんは「決して損はさせません」と政治家の公約のようなことをおっしゃられていましたが,9月以降の新シリーズにさらに期待したいと思います。

ちなみに,新しい定期会員募集の看板の写真は次のとおりです。これまでのものと違い,クールに決まっています。


PS.この日の公演で,石川県立音楽堂が設立されて以来座っていた「マイ・シート」ともお別れです。私の場合,それほど大きな移動はないのですが,近隣の方も大きな移動はないようで,「私はここ」「私はそこ」といった会話があちこちでされていました。(2008/07/27)

今回のサイン会&
ダルマ

少々読みにくいですが,井上道義さんのサインです。



この日のソリストのヤングさん,カンタさん,松井さんのサインです。