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いしかわミュージックアカデミーフェスティバルコンサート2008
神尾真由子 ヴァイオリン・リサイタル
2008/08/18 石川県立音楽堂コンサートホール
モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調,K.304
プーランク/ヴァイオリン・ソナタ
チャイコフスキー/なつかしい土地の思い出〜瞑想曲op.42-1
チャイコフスキー/ワルツ・スケルツォop.34
ショーソン/詩曲,op.25
ワックスマン/カルメン幻想曲
(アンコール)チャイコフスキー/なつかしい土地の思い出〜メロディop.42-3
●演奏
神尾真由子(ヴァイオリン),ヤンヒー・リー(ピアノ)
Review by 管理人hs  
音楽堂前に出ていた「いしかわミュージックアカデミー」の立看板です。

夏休み恒例のいしかわミュージックアカデミー(IMA)が開幕しました。毎年このアカデミーでは,国際的に著名なアーティストたちによる講習会が行われるだけではなく,受講生・講師を交えた演奏会が集中的に行われます。そういう意味では,「音楽祭」としての側面も持っています。今年から,このIMAの演奏会の構成が変更になったようで,「IMAフェスティバルコンサート」と題して,1週間ほどの間に4つの有料コンサートが行われます(その他,IMA学生オーケストラや受講生による無料のコンサートも行われます)。従来よりも「若手弦楽器奏者を中心とした金沢発の音楽祭」としての側面がより鮮明になったと思います。この日は,今年のIMAのオープニングコンサート,神尾真由子ヴァイオリン・リサイタルに出かけてきました。

神尾さんは,IMAの”卒業生”で,昨年のチャイコフスキー・コンクールで優勝し,一気に注目を集めた若手ヴァイオリニストです。今回のプログラムは,モーツァルト,プーランク,チャイコフスキー,ショーソン,ワックスマンということで,神尾さんのヴァイオリンを多面的に味わうのにぴったりの内容でした。

どの曲も意志の強さを感じさせる演奏で,自信に満ちていました。現在,北京オリンピックの真っ最中ですが,チャイコフスキー国際コンクールで優勝することは,競争に勝ち抜いた人だけが栄誉を得られるという点で,オリンピックで金メダルを取るのと似た部分があります。神尾さんの演奏からも,プレッシャーに打ち勝ったアスリートと共通するしたたかさのようなものを感じました。プログラムに書いてあった,プロフィールによると,神尾さんは10代前半から国際的な活躍を続けている方ということで,既に堂々とした風格さえ感じさせてくれる演奏でした。同じチャイコフスキー国際コンクールの優勝者といっても諏訪内晶子さんとは,全く違ったキャラクターを持った奏者だと思います。

演奏会はまず,モーツァルトの短調のソナタから始まりました。第1楽章は,そっけなく始まり,どこか他人事のようなよそよそしさを感じたのですが,それが段々と哀しみを秘めたものに変わってきます。第2楽章のメヌエットは,ゆったりとしたテンポで十分に間を取って演奏されました。これは神尾さんの特徴ですが,訴求力の非常に強い瑞々しい高音から,哀しみが美しくあふれ出てきました。ヤンヒー・リーさんのピアノの音も非常に純度が高く,第2楽章の出だしなど,ハッとさせる部分が随所にありました。

次のプーランクのソナタは,一転して,非常に激しい音楽となりました。神尾さんのヴァイオリンは非常にアグレッシブで,意志の強さが前面に出ていました。少々音が汚くなっても気にせずに,鋭く曲に切り込んでいくような思い切りの良さがありました。その結果,途中で出てくる親しみやすいメロディとのコントラストが大変鮮明になっていました。

第2楽章は,静かな間奏曲的な部分で,ほのかにロマンとラテンの香りが漂っていました。現代的なクールさが心地よく感じられました。第3楽章は,再度,激しい気分に戻ります。神尾さんの演奏自体はバランスがとても良いのですが,そのバランスを壊さない範囲で,堂々と表現を押し出してきます。大変聞き応えのある演奏でした。

後半はチャイコフスキーの小品2曲で始まりました。チャイコフスキー国際コンクール入賞記念のエキシビションといった感じの見事な演奏でした。前半の曲でもそうだったのですが,神尾さんが聞かせてくれるヴィブラートがしっかり掛かった高音は非常に魅力的です。チャイコフスキーの曲には特にぴったりで,むせぶような情感の豊かさがあります。「そそられる音」を持った方だと思います。それでいて,甘えたところがなく,力強く引き締まっています。

ショーソンの詩曲でもこの強靭さは同様で,大変堂々とした演奏でした。この名曲を実演で聴くのは,実は今回が初めてのことだったのですが,聞き応えのある曲だと実感しました。ただし,フランス系のヴァイオリニストの演奏から伝わって来るような,少々怪しげではかなげな気分は不足していたかもしれません。この辺の両立は難しいので,これは聞き手の好みの問題とも言えそうです。

最後は,ワックスマンのカルメン幻想曲が演奏されました。ヴァイオリン独奏によるカルメン幻想曲といえば,サラサーテの曲も知られていますが,このワックスマンの曲も有名です。我が家には,往年のヴァイオリンの巨匠,ヤッシャ・ハイフェッツが演奏したCDがありますが,恐らく,このCDによって有名になった曲だと思います。この曲は,「聞けば分かる!」という感じのエンターテインメントに満ちた作品で,神尾さんの技巧を満喫しました。どの部分を取っても不安定な部分がなく,楽器も大変よく鳴っていました。この日は3階席で聞いたのですが,音量的なバランスも丁度良かったと思います。

全体に大変引き締まった演奏でしたが,特にすごかったのが,エンディングの部分です。一般に「ジプシーの踊り」と呼ばれている,第2幕に前半に出てくる曲ですが,この部分では,恐ろしく速い右手の動きを見せてくれました。曲はアッチェレランドして行くのですが,乗りに乗っているのに全く乱れることがありません。体操の鉄棒で,難易度の高い回転技を行った後,見事着地を決めたような爽快感がありました。お見事という演奏でした。

アンコールでは,チャイコフスキーのメロディが演奏されました。この曲は,後半最初に演奏された瞑想曲と同じセットの中の1曲ですので,アンコールにはぴったりの作品です。さらりと,しかしたっぷりとメロディを聞かせてくれる演奏で,演奏会全体をクールダウンしてくれました。

今年のIMAのコンサートは,今回の神尾真由子さん以外にも,若手ヴァイオリニストが次々登場します。金沢近辺の弦楽器の愛好者にとっては目の離せない1週間になりそうですが,恐らく,登場するアーティストやIMAの受講生にとっても大きな刺激となることでしょう。文字通り”切磋琢磨”の1週間になりそうです。私の方もできるだけ多くのIMAコンサートを聞きにいきたいと思います。

PS.24 日に行われる「ライジング・スターコンサート」(500円!「のだめ」を意識したネーミングがナイスです)にも注目です。既にキャリアを持った演奏者の演奏を聞くのも楽しみですが,自分の耳で新しいスターを探すのはもっとスリリングなここだと思います。(2008/08/19)