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いしかわミュージックアカデミーフェスティバルコンサート2008
オイストラフ生誕100周年記念コンサート
2008/08/21 金沢市アートホール
1)プロコフィエフ/ヴァイオリン・ソナタ第1番へ短調op.80
2)プロコフィエフ/2本のヴァイオリンのためのソナタハ長調op.56
3)プロコフィエフ/ヴァイオリンとピアノのための5つのメロディop.315bis(クリサ)
4)プロコフィエフ/ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ長調op.94bis(クリサ)
5)ショスタコーヴィチ(編曲者不明)/24の前奏曲Op.34〜4曲
●演奏
オレグ・クリサ(ヴァイオリン*2-5),南紫音(ヴァイオリン*1),クシシトフ・ヴェグジン(ヴァイオリン*2),タチアーナ・チェーキナ(ピアノ*1,)
Review by 管理人hs  
アートホールのエレベータ前に出ていた「いしかわミュージックアカデミー・フェスティバル・コンサート」のポスターです。

いしかわミュージック・アカデミー(IMA)フェスティバルコンサートの2日目は,「オイストラフ生誕100周年記念コンサート」と題して,プロコフィエフのヴァイオリン曲ばかりを集めた室内楽の演奏会が行われました。今年はヘルベルト・フォン・カラヤンや朝比奈隆といった往年の名指揮者の生誕100年ということで,CDの再発売などが行われていますが,オイストラフについてはほとんど話題になっていませんでしたので,少々意外な面もあります。

演奏会に登場したのは,オイストラフの弟子でIMAの講師のオレグ・クリサさん,IMAのマスターコースの受講生,南紫音さん,やはりIMAの講師であるヴァイオリンのクシシトフ・ヴェグジンさん,そして,ピアノはクリサさんの夫人のタチアーナ・チェーキナさんでした。この中で南さんは,今年CDデビューをされた,注目の新人演奏家ということで,石川県内でのお披露目コンサートということになります。

プロコフィエフは,ヴァイオリン・ソナタを2曲作っていますが,今回はその2曲に加え,2台のヴァイオリンのためのソナタとヴァイオリンとピアノのための5つのメロディも演奏されましたので,「プロコフィエフ・ヴァイオリン音楽全集」といった感じのプログラムでした(ちなみに,プロコフィエフには,その他,無伴奏ヴァイオリン・ソナタという曲もあります。これが加われば”完全な全集”と言えます)。金沢市でこういった曲がまとめて演奏される機会は滅多にありませんが,金沢市アートホールのような小規模なホールで聞くと,その迫力がダイレクトに伝わってきますので,どの曲も大変聞き応えがありました。

まず,南紫音さんが登場しました。南さんは2005年にロン・ティボー国際音楽コンクール第2位を受賞されている方で,UCJ ジャパンという今年設立されたレーベルの第1弾アーティストとしてCDデビューしました。南さんの演奏は,真正面からシリアスな大曲に挑んだ演奏で,ピリっとした緊迫感に満ちていました。この日の南さんのドレスは鮮やかな赤でしたが,切れば血が出てくるような生々しい切実感のある演奏でした。やや堅い表情で演奏されていましたが,思いつめたような曲の気分には,むしろピッタリだったと思います。

曲は,緩―急―緩―急という構造で,バロック音楽の教会ソナタを意識している曲です。冒頭から重苦しくかなり歯ごたえのある曲ですが,楽章ごとに表情が多彩に変化し,充実感がありました。第1楽章では,プロコフィエフ自身が「墓場を抜ける風」と語った部分も鮮やかでした。独特の不気味さを持った弱音で音階を上下するのですが,夏の夜に聞くのにぴったりでした。その後に出てくるピツィカートの強い音の生々しさも印象的でした。

重厚な迫力を持った第2楽章,柔らかさのある第3楽章,緻密な第4楽章とその他の楽章も大変鮮やかな演奏でした。南さんの音はとても瑞々しく,手垢がついていない新鮮さを持っています。演奏全体に甘い部分がなく,全体としてクールに引き締まっているのが,プロコフィエフの曲にはぴったりでした。

タチアーナ・チェーキナさんの演奏も見事でした。第1楽章冒頭の深々とした音からスケール感たっぷりで,南さんをしっかりサポートしていました。演奏後,南さんの表情はようやく柔らかくなりましたが,母親的な包容力のある演奏でした。チェーキナさんの伴奏の上で南さんは安心して演奏することができたのではないかと思います。

続いて,オレグ・クリサさんとクシシトフ・ヴェグジンさんの講師2人による二重奏となりました。「2つのヴァイオリンのためのソナタ」というのは,ありそうでなかなかない編成です。長身のクリサさんと小柄なヴェグジンさんが2人並んで(向かい合ってではなく並んでいました)演奏する様子を見ながら,「ちょっと面白い構図だな。見ようによっては,ベテラン漫才コンビ?」と嬉しくなりました。

曲は,ソナタ第1番と同様の緩―急―緩―急という構造で,一つ前に聞いた曲をミニチュア版に圧縮したような感じがあるのが面白いと思いました。ヴァイオリン2本だけで,ピアノが入りませんので,音の雰囲気としては,ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を聞いているようなところがありました。お二人の演奏は,とても緻密なのですが,南さんの演奏に比べると全体に余裕というか遊びがあり,明るくはないけれども,聞いていて「ほっ」とさせてくれるようなところがありました。

後半の2曲は,オレグ・クリサさんとピアノのタチアーナ・チェーキナさんによる演奏でした。最初に演奏された5つのメロディには,フランスの音楽を思わせるようなすっきりと洗練された気分がありました。クリサさんの音には,大げさなところは皆無で,すっと曲が耳に入ってきます。聞いていて全く疲れない,ベテランの味がありました。こういう小品集にぴったりの演奏だったと思います。

最後のソナタ第2番は,オリジナルがフルート・ソナタということもあるのか,旋律線がくっきりとしており,第1番より,シンプルでなじみやすい作品です。クリサさんのヴァイオリンは第1楽章からとても丁寧にじっくりと聞かせてくれる演奏でした。高音部などは,ぞくぞくさせてくれるほど美しいのですが,それが甘くなりすぎず,扇情的な感じが全然しないのは,前曲と同様でした。

この曲の構造もまた,緩―急―緩―急なのですが,急速なテンポの部分でも慌てたような部分は全くありません。特にフィナーレは,大げさではないけれども堂々とした貫禄が伝わって来るような見事な演奏でした。ダヴィッド・オイストラフ直伝のヴァイオリンをしっかりと鳴らしきったような演奏に浸ることができました。安心して聞ける見事な演奏でした。

アンコールに応え,ショスタコーヴィチの前奏曲の中から4曲が演奏されました。英語で曲目の紹介をされたので,はっきりと聞き取れなかったのですが,恐らく,op.34の24の前奏曲をヴァイオリンとピアノ用に編曲したものだと思います。プロコフィエフと並んでオイストラフにとって特に重要な作曲家がショスタコーヴィチだった,ということをおっしゃられていました。4曲といっても非常に短い曲ばかりで,気軽に聞くことができました。後半最初に演奏された「5つのメロディ」と呼応するようなところがあり,プログラム構成的にも見事な選曲でした。柔らかさの中にどこかエキゾティックな雰囲気のある,とても魅力的な作品かつ演奏でした。

この日は,プロコフィエフの室内楽中心の渋いプログラムということで,会場には空席がかなりあったのですが,こういうテーマ性のあるプログラムは大変聞き応えがあります。IMA関連の演奏会では,オムニバス形式のガラ・コンサートも華やかで楽しくて良いのですが,今回のようなアニバーサリー・イヤーの作曲家や演奏家にちなんだ演奏会には今後も期待したいと思います。(2008/08/23)