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いしかわミュージックアカデミーフェスティバルコンサート2008
IMAチェンバーオーケストラ plays四季
2008/08/23 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューベルト/漁師の娘,D.957
2)シューベルト/漁師の歌,D.881
3)シューベルト/ます,D.550
4)シューベルト/川のほとりの若者,D.638
5)シューベルト/変貌自在な恋する男,D.558
6)シューベルト/水の上で歌う,D.774
7)(アンコール)シュトラウス,R./明日こそは(Morgen)
8)バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第1番ニ短調BWV.1052
9)ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲「四季」〜「春」Op.8-1
10)ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲「四季」〜「夏」Op.8-2
11)ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲「四季」〜「秋」Op.8-3
12)ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲「四季」〜「冬」Op.8-4
13)(アンコール)モーツァルト/ディヴェルティメント二長調.136〜第1楽章
●演奏
ウーヴェ・ハイルマン(テノール*1-7),大城治(ピアノ*1-7),チュンモ・カン(ピアノ*8),正戸里佳(ヴァイオリン*8),ヒュンス・シン(ヴァイオリン*9),南紫音(ヴァイオリン*10),アラ・シン(ヴァイオリン*11)
原田幸一郎指揮IMAチェンバーオーケストラ*8-13
Review by 管理人hs  
前半のハイルマンさんの演奏曲目は,プログラムに印刷されていたものとガラリと違った内容になっていました。この写真は変更についての案内です。

私は「ます」が歌われたところで変更に気づいたのですが,今回は半分以上の曲が別の曲になっていましたので,プログラムに別紙を挟み込んでもらった方が有難かったです。

終演後,音楽堂の隣にIMA受講生用?のバスが来ていました。
いしかわミュージック・アカデミー(IMA)フェスティバルコンサートの3日目はIMAチェンバーオーケストラを中心とした演奏会でした。このオーケストラはIMAの精鋭からなる,エリート集団といっても良いオーケストラです。昨年のIMAでは庄司紗矢香さんやホァン・モンラさんと共演し,その後,ショスタコーヴィチの室内交響曲の凄い演奏を聞かせてくれました。今年は,「IMAチェンバーオーケストラ plays四季」という演奏会のタイトルどり,ヴィヴァルディの「四季」がメインプログラムでした。その”売り”ですが,IMAチェンバー・オーケストラのヴァイオリン奏者たちが入れ替わり立ち替わりソリストになる,というものです。これは,大変面白い趣向でした。

登場したのは,春:正戸里佳,夏:ヒュンス・シン,秋:南紫音,冬:アラ・シンの皆さんです。いずれも国際的なコンクールで入賞実績のあるIMAのマスター・クラスの受講生ということです。プログラムに載っていたプロフィールをまとめると次のとおりです。

  • 正戸里佳(2006年パガニーニ国際コンクール第3位)
  • ヒュンス・シン(2004年パガニーニ国際コンクール第3位,2005年ティボール・ヴァルガ国際コンクール第3位,2007年チャイコフスキー国際コンクール第5位)
  • 南紫音(2005年ロン=ティボー国際コンクール第2位)
  • アラ・シン(2007年仙台国際コンクール第3位,2006年ティボール・ヴァルガ国際コンクール第3位,ハノーファー国際ヴァイオリンコンクール第4位)

コンクールの結果だけが全てではありませんが,若き実力者たちが集まっていることは確かです。”切磋琢磨”という言葉どおり,4人のソリストたちが競い合うように迫力のある音楽を聞かせてくれました。こういう形で,順番に聞くとソリストの個性がかなり違うことがよく分かりました。IMAならではの素晴らしい企画だったと思います。

今回,4人のソリストがどのような形で登場するのかも気になったのですが,椅子取りゲームのような感じになっていました。一人が演奏し終わり,拍手が入り,一礼をした後,別の奏者が第1ヴァイオリンの席から立ち上がり,弾き終わった奏者が空いた席に座るということを繰り返していました。この日のIMAチェンバー・オーケストラの編成は,第1ヴァイオリン:5,第2ヴァイオリン:4,ヴィオラ:4,チェロ4,コントラバス:1という編成(不正確かもしれません)でしたので,第1ヴァイオリンがソリスト集団だったことになります。

さて,演奏ですが,正戸里佳さんのソロによる「春」で始まりました。冒頭から,IMAオーケストラの生き生きした演奏が鮮やかでしたが,その中から正戸さんのヴァイオリンがさらに鮮やかに大きく浮き上がって来ました。とてもよく通る音で春らしい華やかさがありました。

「夏」のヒュンス・シンさんは,いきなり激しい音を聞かせてくれました。この「春夏秋冬」の分担をどうやって決めたのかは分かりませんが,若いエネルギーが炸裂するようなキレの良さは,ヒュンス・シンさんにぴったりだったと思います。音色はくすんだような感じで,憂いを感じさせてくれる部分もありました。

「秋」では先日プロコフィエフのソナタを聞いたばかりの南紫音さんが今回もまた大変力強いソロを聞かせてくれました。冒頭の部分をはじめ,鋼のような強さがありました。その一方で,テンポの揺れも大きく演奏全体としての表情も豊かでした。

「冬」のアラ・シンさんの音には,どこかヒュンス・シンさんと共通するようなところがありました。有名な第2楽章は非常に息の長い歌をしっかりと聞かせてくれました。どこか気高さのあるような音楽だったと思います。

というようなわけで,4人4様だったのですが,これに加え,前述のとおりIMAチェンバーオーケストラ自体の演奏も迫力たっぷりでした。音の強弱の付け方が非常にくっきりしており,各パートがメロディを歌う部分では,それぞれが競い合うように艶のある音が浮かび上がってきます。随所に出てくるチェロのソロは新倉瞳さんだったと思いますが,ヴァイオリンのソリストと絡みながら,存在感をしっかりアピールしていました。

基本的なテンポ設定は小気味の良いもので,特にトゥッティの音の純度の高さにはほれぼれとしました。「夏」「冬」の最後の部分など,一気に駆け抜けるように速い動きが続く部分の爽快さもお見事でした。「全員すごいから合奏になってもすごいのだ」と納得した次第です。

アンコールでは,モーツァルトのディヴェルティメントK.136の第1楽章が演奏されました。こちらの方は無駄な力が全く入っていない余裕たっぷりの演奏でした。

両曲とも,指揮をされた原田幸一郎さんにとっては,大満足の演奏だったのではないかと思います。

IMAの講師であるテノールのウーヴェ・ハイルマンさんとピアノのチュンモ・カンさんが登場した演奏会の前半も素晴らしい内容でした。ハイルマンさんは,まさに”理想の王子様”のような声でした。私は,今回,3階席の上の方で聞いていたのですが,コンサートホール全体が気持ちよい響きで支配されていました。

歌われた曲はシューベルトの歌曲6曲でしたが,高音の品の良い輝きと柔らかさが特に魅力的でした。「ます」以外は,あまり有名ではない曲が多かったのですが,どの曲も形を壊さない程度に,しかし,しっかりとニュアンスの変化が付けられており,飽きることがありませんでした。今回,「白鳥の歌」から1曲歌われていましたが,是非将来,「白鳥の歌」または「美しい水車屋の娘」の全曲をハイルマンさんの歌で聞いてみたいものです。

拍手に応え,アンコールが1曲歌われました。シューベルトと少し空気が違うかな?と思い,演奏会後に入口の掲示を見たらR.シュトラウスの「Morgen」という曲とのことでした。金沢でシュトラウスの歌曲を聞く機会は少ないのですが,素晴らしい歌曲を沢山作った作曲家ですので,機会があれば,IMA関連の演奏会で特集で取り上げて欲しいものです。

チュンモ・カンさんの方は,IMAチェンバーオーケストラとバッハのピアノ協奏曲を共演しました。もともとチェンバロ用の曲をピアノで演奏するということで,もっと重苦しいものになるかと思ったのですが,オーケストラともども非常に軽快な演奏で,モダンな感じがしました。今回のようなコンサートホールでチェンバロを演奏したとしても,正直なところ音の細かいニュアンスまでは伝わって来ませんので,今回のようなピアノによるバッハというのは,再度注目されても良いと個人的には思っています。

演奏の方は,ピアノだけが突出することなく,IMAチェンバーオーケストラの一部になったような演奏でした。「四季」の場合同様,シンプルな部分になる程,音の純度の高さが際立っていました。カンさんのピアノには,玉を転がすような軽快さがあり,若いオーケストラとぴったり合っていました。芯のある輝きのある音は,磨かれた弦楽オーケストラの音にさらに光を加えていました。

以上のように,今年もまたIMAオーケストラと講師たちによる素晴らしい演奏を楽しむことができました。特にIMAマスタークラスの受講生をソリストとした「四季」には,これから活動の場を世界に広げようとする新人を新しく見出す喜びを感じました。IMAの関連公演にぴったりの内容と言えると思います。この企画には,来年以降にも是非期待したいと思います。(2008/08/24)