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いしかわミュージックアカデミーフェスティバルコンサート2008
IMAライジングスターコンサート2008
2008/08/24日 石川県立音楽堂交流ホール
1)サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲第3番〜第2,3楽章
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲二長調〜第1楽章(抜粋)
3)ヴィエニャフスキ/「ファウスト」による華麗なる幻想曲op.20
4)ドビュッシー/12の練習曲〜第11番アルペジオのために
5)ドビュッシー/喜びの島
6)ヴァイン/ピアノ・ソナタ第1番
7)ショパン/ノクターン第19番ホ短調,op.72-1
8)シューマン/蝶々op.2
9)イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番op.27
10)サン=サーンス/序奏とロンドカプリチオーソop.28
11)パガニーニ/24のカプリースop.1〜第17番
12)サラサーテ/バスク奇想曲op.24
13)サン=サーンス(イザイ編曲)/6つのエチュードop.52〜第6番「カプリス」
14)ヘンデル/歌劇「リナルド」〜私を泣かせて下さい
15)モーツァルト/歌劇「イドメネオ」〜「やさしいそよ風よ」「お父様お兄様さようなら」
16)バルトーク/弦楽四重奏曲第3番
●演奏
松本紘佳(ヴァイオリン*1),城戸かれん(ヴァイオリン*2),ユア・オク(ヴァイオリン*3),ユジン・ジャン(ヴァイオリン9,10),二瓶真悠(ヴァイオリン*11,12),ジエ・イ(ヴァイオリン*13)
篠永紗矢子(ピアノ*4,5),ヒュンジュン・キム(ピアノ*6),竹田理琴乃(ピアノ*7,8)
鶫真衣(ソプラノ*14,15)
ウェールズ弦楽四重奏団(崎谷直人,水谷晃(ヴァイオリン),横溝耕一(ヴィオラ),富岡廉太郎(チェロ))*16
福島有理江(ピアノ*1),鈴木深喜(ピアノ*2-3,9-13),大城治(ピアノ*14,15)
Review by 管理人hs  
交流ホールに向かう階段前にあった,IMAののぼりです。

終演後,すっかり辺りは暗くなっていました。日も短くなりました。

この1週間はいしかわミュージック・アカデミー(IMA)関連の演奏会に浸っていますが,「ここまで来たら全部聞いてやれ」ということで,IMAフェスティバルコンサート4日目の「ライジングスターコンサート」にも出かけてきました。「のだめカンタービレ」に出てくる「R☆Sオーケストラ(ライジング・スター・オーケストラ)」の名前を意識してのネーミングだと思いますが,その名のとおり,未来のプロ・アーティストを目指す若い奏者10人と1団体が登場しました。

これだけの人数が登場するとなると,演奏会の時間も非常に長く,2回の休憩を含め約3時間30分のマラソン・コンサートとなりました。形式的には,「音楽教室の発表会」と同じなのですが,そのレベルの高さには驚きました。中学生から高校生ぐらいの奏者が大半でしたが,技術的に問題のある奏者は皆無でした。しかも,それぞれが自信のある難曲ばかりを演奏しましたので,高難易度演技の続く体操競技を見るような(オリンピックの見すぎか?),面白さがありました。演奏会の前半の方は,日本と韓国の奏者が交互に登場してくるような形になっていましたので,その技術水準の高さとあわせ,フィギュア・スケートの浅田真央対キム・ヨナの対決を見るような趣きがありました。いずれにしても,凄いコンサートでした。

交流ホールという,ステージと客席が非常に近いホールで行われたことも良かったと思います。演奏の迫力がダイレクトに伝わってきました。お客さんがよく見えるホールということで,奏者の皆さんも演奏しやすかったのではないかと思います。

それでは,順にご紹介していきましょう。演奏者は,年齢の若い順に登場されていたようで,それぞれの持ち時間は20分程度でした。

1.松本紘佳(ヴァイオリン)
松本さんは,2007年の全日本学生音楽コンクール小学校の部の第1位受賞者ということで,今年中学1年ということになります。まず,演奏した曲がサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番(後半の2つの楽章)というのが驚きでしたが,演奏の落ち着きと完成度の高さを聞いてにさらに驚きました。全体として大変線の太い演奏で,どっしりとした安定感がありました。楽器が大変良く鳴っており,本当にのびのびと演奏されていました。2楽章後半のフラジオレットや第3楽章の力強い響きなど,言うことなしでした。

2.城戸かれん(ヴァイオリン)
城戸さんの方も,松本さんと同じ2007年全日本学生音楽コンクールの中学校の部の第1位受賞者で,今年中学2年生のようです。また,2007年のIMA奨励賞も受賞されています。こちらもまた演奏曲がベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第1楽章(オーケストラの演奏部分は,序奏をはじめかなりカットしていました)ということで,「すごい!」という選曲でした。そして,こちらの方もまた,しなやかで力強い演奏を聞かせてくれました。演奏のテンションも高く,一気に聞かせてくれました。カデンツァは,おなじみのクライスラーのものでした。

3.ユア・オク Yu-Ah Ok(ヴァイオリン)
ここからしばらくは,韓国と日本の奏者が交互に登場しました。ユア・オクさんも中学3年または高校1年ぐらいの方ですが,2004〜2007年の3年連続でIMA奨励賞を受賞されている方です。演奏したヴィエニャフスキの曲は初めて聞く曲でしたが,グノーの歌劇「ファウスト」の中のアリアなどを繋げた作品のようで,その名のとおり「華麗」な作品でした。音の引き出しが多く,とにかく聞かせるヴァイオリンでした。音の透明感,演奏のダイナミックス...とどこを取っても完成されたヴァイオリニストという気がしました。,

4.篠永紗矢子(ピアノ)
篠永さんは,地元金沢の中学3年生で,2007年のIMA奨励賞を受賞されています。演奏された曲は,ドビュッシーの2曲でした。両曲とも大変な難曲だと思いますが,弾きこなすだけでなく,色が見えるような鮮やかさを感じました。速いパッセージでのきらめくような音も見事でした。「喜びの島」の方は,「のだめカンタービレ」にも出てくる曲ということで,「ライジング・スター」に相応しい選曲でした。

(休憩)

5.ヒュンジュン・キム Hyun-Jung Kim(ピアノ)
ヒュンジュン・キムさんも,2007年のIMA奨励賞を受賞されている方です。演奏曲はヴァイスという初めて聞く名前の作曲家のピアノ・ソナタ第1番でしたが,これが凄い曲の凄い演奏でした。調べてみると,現代のオーストラリアの作曲家の1990年の作品のようです。圧倒的なパワーに満ちたダイナミックな演奏で,鬼気迫るような迫力を持っていました。個人的には,今回のピアノ奏者の中でいちばん印象に残った方でした。

6.竹田理琴乃(ピアノ)
竹田さんは,2004年の全日本学生音楽コンクール小学生の部で1位,2007年のIMA音楽賞を受賞されています。今年になってからは,新人登竜門コンサートでオーケストラ・アンサンブル金沢と共演し,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」でも演奏しているということで,金沢ではすっかりお馴染みの中学3年生です。竹田さんの演奏目当てのお客さんも大勢いらっしゃったようで,演奏後,席を立つお客さんもかなりいました。竹田さんは,ロマン派の曲を得意にしているようで,今回もショパンとシューマンの作品を取り上げました。どちらも大変落ち着きのある演奏で,自然な息づかいが感じられました。シューマンの蝶々には,「社交界(?)にデビューする少女」といった瑞々しさや初々しさもあり,竹田さんの雰囲気にぴったりの選曲だったと思います。

7.ユジン・ジャン Yoo-Jin Jang(ヴァイオリン)
ユジン・ジャンさんは,2005年のIMA音楽賞を受賞されている方です。大変スマートな方でしたが,演奏の方も大変スマートでした。演奏全体にメリハリの効いた気風の良さがあり,胸のすく演奏でした。楽器を鳴らし切ったダイナミックさと同時に品の良さも兼ね備えており,惚れ惚れとするような演奏でした。個人的には,今回のヴァイオリン奏者の中でいちばん印象に残った方でした。

8.二瓶真悠(ヴァイオリン)
二瓶さんは,2007年のIMA音楽賞を受賞されている方です。パガニーニとサラサーテのヴァイオリンの難技巧を見せる曲2曲ということで,これもまた大変聞き応えがありました。音に常に緊張感があり,これ見よがしの曲芸のようになっていないのが素晴らしいと思いました。艶のある音と勢いのある音楽の流れも,曲想にぴったりでした。

(休憩)

9.ジエ・イ Ji-Ye Lee(ヴァイオリン)
ヴァイオリンの”トリ”のジェ・イさんもまた,2007年のIMA音楽賞を受賞された方です。この辺になってくると,ステージ上の姿や表情にも余裕があり,すっかり大人の演奏という感じになってきます。ここまで「これでもか,これでもか」という感じで熱く尖った感じの音楽が続いていましたので,十分に音を鳴らしながらも,角が取れたバランスの良さを持ったイさんの音楽を聞いて,正直なところ,ホッとしました。やはり,音楽には適度が遊びのようなものが必要だなと思いました。

10.鶫真衣(ソプラノ)
鶫という字は大変難しい字ですが,「つぐみ」と読みます(歌手にぴったりのお名前ですね)。鶫さんは,石川県出身の大学生で,2004年のIMA奨励賞を受賞されています。ここまで器楽曲が続いていましたので,鶫さんの声を聞いて「久しぶりに人に出会った!」という懐かしさ(?)を感じました。交流ホールだと,声がビンビン響いてきますので,すっかり魅せられてしまいました。鶫さんの声域は,ソプラノですが,どこか少年の声を思わすような純真さがあります。今回,モーツァルトの歌劇「イドメネオ」の中のアリアを歌われていましたが,「フィガロの結婚」のケルビーノなどを歌ってもぴったり来るのではないかと思いました。

11.ウェールズ弦楽四重奏団
演奏会の最後には,崎谷直人さん,水谷晃さん(以上ヴァイオリン),横溝耕一さん(ヴィオラ),富岡廉太郎さん(チェロ)から成るウェールズ弦楽四重奏団が登場しました。この団体は,2007年のIMA音楽賞を受賞されています。弦楽四重奏と言えば,IMAの音楽監督の原田幸一郎さんが以前所属していた東京カルテットを思い出しますが,その直伝のバルトークの弦楽四重奏曲第3番が演奏されました。この曲は,かなり前衛的な曲で特殊奏法も沢山出てきます。ロック・ミュージックを思わせる激しさを持った演奏で,若いエネルギーが伝わって来たのですが...さすがに最後の最後に聞くにはしんどい作品でした。それほど長い作品ではなかったのですが,もう少し元気のある時に聞いてみたかった曲でした。

というようなわけで,長い長い演奏会を全部聞き通しました。それぞれが集中力のある力演ばかりということで,奏者の方だけではなく,聞き手の方にもエネルギーが必要な演奏会だったと思います。入場料が500円だったことを考えると,恐ろしく,コストパフォーマンスの高い演奏会でした。

そして,今回,この演奏会を聞き終えて感じたのは,「プロの演奏家とは?」ということです。今回登場した若い奏者たちは,技術的な面では,プロの演奏家と同等(それ以上?)のレベルに既に達していたと思います。しかし,そのままプロとしてやっていけるか?というとそれほど単純ではありません。やはり,現代社会ではクラシック音楽という一種の伝統芸能の受け皿には限界があります。飽和した水溶液の入ったビーカーのような状況とも言えます。

正直なところ,技術面ではなかなか甲乙を付けられません。そのアーティストが発散している,本当に紙一重の「何か特別なもの」を聴衆が直感的に感じ取れるかどうかに掛かっているのではないかと思います。それかまたは,たまたまマスコミが大きく取り上げたり,予期せぬハプニングがあったり...といった演奏以外の運に左右されることになります。現在プロとして活躍している音楽家たちも,実力に加えて,多かれ少なかれ運が良かったので活躍できているような気がします。若い奏者たちの見事な演奏の数々を聞きながら,ついつい現実的なことを考えてしまいました。

いずれにしても,クラシック音楽ファンである私たちが支援できることは,若い演奏家たちを受け入れる皿を大きくし,演奏の機会を増やすことでしょう。そう意味で,IMAの受講生たちが,今回ホール内に留まるだけでなく,石川県内各地で室内楽の演奏会などのアウトリーチ活動を行ったということは非常に大切なことだと感じました。同じ金沢という場所のつながりで考えると,今年,成功を収めた「ラ・フォル・ジュルネ金沢」とIMAの間にも接点を作れる気がしました。この「ライジング・コンサート」というアイデアは大ヒットだったと思いますので,来年以降にもまた期待したいと思います。(2008/08/26)