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弦楽四重奏曲でめぐるモーツァルトの旅 その12:旅の終わり,そして
2008/09/03 金沢蓄音器館
モーツァルト/弦楽四重奏曲第23番ヘ長調,K.590「プロシア王第3番」
モーツァルト/弦楽四重奏曲第1番ト長調,K.80(73f)「ローディ」
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介(ヴァイオリン),大村一恵(ヴァイオリン),大隈容子(ヴィオラ),福野桂子(チェロ))
Review by 管理人hs  
モーツァルトの生誕250年を記念して2006年に始まったクワルテット・ローディによるモーツァルトの弦楽四重奏曲の全曲演奏シリーズも,12回目の今回でついに完結しました。2年4ヶ月に渡る,まさにマラソンのような”持久聴”でした。

このシリーズは,当初は,もっと短い期間で終わるはずだったと思うのですが,次第にペースが遅くなり,「ハイドン・セット」辺りからは,ますますゆったりとした雰囲気になってきました。シリーズのはじめに,リーダーの大村さんは,「長い時間をかけてゆっくりとおいしい食事を味わうようなシリーズにしたい」と語られていましたが,まさにそのようなシリーズになりました。その総集編的な演奏会となった今回は,モーツァルト最後の弦楽四重奏曲である第23番がまず演奏されました。

■弦楽四重奏曲第23番へ長調,K.590「プロシア王第3番」

「プロシア王セット」の3曲目に当たるこの曲は,第22番と同じ,1790年(モーツァルトの死の前年)に作曲されています。大村さんは,この曲について「よくこんな曲が書けたなぁ」と語っていましたが,ほぼ同時期に書かれた,クラリネット五重奏などと同様,モーツァルトの晩年の作品ならではの,半分天国に足を入れたような作品となっています。

この曲もまた,チェロが大好きだったプロシア王を意識して書かれた作品ですが,他の2曲ほどチェロは活躍しません。そのこともあって,チェロの福野さんにとっては,「ちょっと物足りない曲」とのことです(演奏後のトークコーナーでのコメントです。)。

  • 第1楽章 アレグロ・モデラート,へ長調,4/4,ソナタ形式
  • 第2楽章 アンダンテ,ハ長調,6/8,単一主題のソナタ形式
  • 第3楽章 メヌエット,アレグレット,へ長調,3/4−トリオ へ長調,3/4
  • 第4楽章 アレグロ,へ長調,2/4,ソナタ形式

曲は,いつもどおりじっくりとした雰囲気で始まりました。シリーズを通じて,”室内で聞く室内楽”の魅力を味わってきたのですが,今回も「軽いけれども重い,透明だけど渋い音楽」を楽しむことができました。声高でないけれども音圧がダイレクトに伝わって来る蓄音器館ならではの演奏でした。

第1楽章からは,優しさがしみじみと伝わって来ました。天国的な第2楽章には,じっくりとした重厚感もありました。第3楽章でもペースは変わらず,落ち着きのあるメヌエットとなっていました。そして,最後の最後の第4楽章は,音の緊密な絡み合いが見事でした。大団円にしては,あっさり,さりげなく終わるのも,このシリーズの雰囲気にぴったりでした。

演奏後,「全曲を弾き終わった!」「全曲を聞き終わった!」という感慨がじわじわと広がりました。考えてみると贅沢なシリーズでした。

さすがに23番だけだと演奏時間が短いので,「何かと組み合わされるはず。演奏されるなら,あの曲しかないだろう」と演奏会前から予想していたのですが,やはり最後はこの曲でした。映画のエンド・クレジットのように,クワルテット・ローディの名前の由来である第1番「ローディ」が演奏されました。第23番の後に懐かしの第1番が続くという何とも痛快な構成となりました。

ただし,我ながら情けないのですが,第1番についてはほとんど記憶に残っておらず,「初めて聞くように」大変新鮮に感じました。それでも,聞いているうちに,「そういえばこういう曲だった...」と思い出す部分もありました。この日の公演は,「旅の終わり,そして」というタイトルでしたが,そのとおり,新たな旅立ちをさり気なく暗示するような曲だったと思います。

「このシリーズを振り返って」というテーマで,大村さんを始めとする,4人の方から最後にコメントがあったのですが,次のような言葉が特に印象に残りました。
  • 各曲を演奏するに当たり,CDを20種類ぐらい聞き比べた。関連する本も沢山たまった。
  • モーツァルトの曲には,練習すればするほど沸き出てくるものがある。
  • 全曲演奏の場合,嫌な曲や難しい曲があっても,演奏しないわけにはいかない。

私自身は次のようなことを感じました。
  • (私自身も含め)何でも集めるのが好きなクラシック音楽愛好家のコレクター感覚をくすぐる企画だった。
  • CDの「全集」の場合,「つん読」になってしまうが,実演だと全部聞けてしまう。例えて言うならば,通信教育(大体教材がたまってしまいます)ではなく,「大村塾」に12回通ったような感覚に近い。
  • しかし,実際には各曲をしっかりと覚えているわけではない。「その時間にモーツァルトをじっくり聞いた」ということに意味があった。
  • 全曲演奏の場合,演奏者同様,どんな曲でも聞かない訳にはいかないという強制力がある。この強制力が「辛いもの」ではなく,大村さんのトークの力によって,「楽しいもの」に変貌していた。これがこのシリーズ最大の面白さだった。
入口前の案内の掲示です。

「もう皆さんは,ここまで来たら弦楽四重奏なしでは生きていけません」という大村さんの言葉どおり,もう一巡できるかも...と思ったりもしましたが,今後は管楽器を含む五重奏,四重奏,弦楽五重奏,ピアノの入る曲...とさらにモーツァルトの室内楽の旅は続くようです。今回のシリーズでしっかりと固定客が出来ましたので,今後も,アットホームな雰囲気と楽しい解説付きによる演奏会シリーズをじっくりと続けていって欲しいと思います。

今回のシリーズは,いろいろな意味で金沢蓄音器館という場所なしには実現しなかった企画でした。ローディの皆さんに「お疲れ様でした」と感謝すると同時に,蓄音器館の皆様にも「ありがとうございました」とお礼を言いたいと思います。

PS.演奏会の後,私を含め,12回皆出席した8名の方に記念品プレゼントがありました。「こちらこそ...」とお礼を言いたいところでしたが,良い記念になりました。

PS.この日のローディの皆さんはピシッとドレスアップした黒の正装でした。恒例の「演奏前のワイン」も,スパークリング・ワインということで,ちょっと贅沢な感じがありました。とりわけおいしいお酒でした。 (2008/09/04)

祝・完聴

”完聴”記念品を蓄音器館から頂きました。


開けてみると,蓄音器館のオリジナルの器が入っていました。


裏側には,”金沢蓄音器館”のロゴが入っています。


我が家に残っている12回分のリーフレットです。


クワルテット・ローディが名古屋でも演奏会を行うことになりました。10月13日宗次ホールで行われます。

このホールは,おなじみのカレーチェーン店”COCO壱番屋の創始者の宗次(むねつぐ)さんが作られた室内楽向きのホールです。一度行ってみたいホールです。クワルテット・ローディにぴったりだと思います。

そして,10月26日(日)14:00〜 クワルテット・ローディによる新シリーズ「ホリディ・クラシック・コンサート」が始まります。

乞うご期待といったとことです。