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もっとカンタービレ第9回 Special 江尻南美&OEK
オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ
2008/09/09 石川県立音楽堂 邦楽ホール
1)スメタナ/3つのサロン用ポルカ〜嬰ヘ長調op.7-1
2)ショパン/幻想ポロネーズop.61
3)チャイコフスキー/ドゥムカop.59
4)バラキレフ/東洋的幻想曲「イスラメイ」 
5)(アンコール)ショパン/ノクターン第20番嬰ハ短調遺作
6)ドヴォルジャーク/ピアノ五重奏曲
7)マルティヌー/調理場のレビュー
●演奏
江尻南美(ピアノ)
松井直,江原千絵,上島淳子(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ),藤井幹人(トランペット),遠藤文江(クラリネット),柳浦慎史(ファゴット)) 

Review by 管理人hs  

この公演のポスターです。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2008〜2009年の定期公演シリーズは9月10日の岩城宏之メモリアル・コンサートで始まりますが,その前夜祭のような感じで「もっとカンタービレ:OEK室内楽シリーズ」の第9回が行われました。今回は” Special”ということで,ピアニストの江尻南美さんをゲストに招き,東欧の音楽を中心としたプログラムの演奏会が行われました。会場も"Special"ということで,いつの交流ホールではなく,提灯がしっかりと点灯された邦楽ホールでした。

前半は江尻さんの独奏,後半はOEKメンバーと江尻さんの共演という構成でしたがまず,選曲が見事でした。ドヴォルザークのピアノ五重奏曲がいちばんボリュームのある曲でしたが,その2楽章と呼応するように,チャイコフスキーのドゥムカが前半に演奏されたり,ドヴォルザークと同郷のスメタナやマルティヌーの曲が演奏されたり,演奏会全体としてストーリー性と統一感が感じられました。

前半はまず,スメタナの軽妙なポルカで始まりました。どこか可愛らしいところのある曲で,演奏会全体の絶好の前菜になっていました。続くショパンの幻想ポロネーズは,すっきりとまとまった演奏で,特に弱音での透明感が印象的でした。

その後,OEKの柳浦さんと江尻さんによるトークとなりました。江尻さんのご家族は金沢に住んでいたことがあること,現在はフランクフルト在住でドイツを中心に活躍されていることなどが披露されました。

前半最後に演奏された2曲は,大変鮮やかな演奏でした。チャイコフスキーのドゥムカは,東欧の音楽によく見られるように,緩急のコントラストがくっきりと付けられている曲です。最初の緩やかな部分でのしっとりとした落ち着きと中間の速い部分のきらめくような音の動きのコントラストが鮮やかで大変聞き映えがしました。

バラキレフのイスラメイの方は,さらに豪華絢爛たる作品です。以前にどこかで聞いたことのある作品ですが,前半の急速な部分の音型などは,一度聞けば強く耳にインプットされるような魅力を持っています。この曲でも,江尻さんのクリアでキレの良い打鍵が見事でした。この曲も緩急の差が多い曲ですが,それだけでなく,音の色合いの変化も楽しむことができました。

その後,アンコールでショパンのノクターンが演奏されました。以前はノクターンと言えば,作品9−2(映画「愛情物語」で有名になった曲)が定番でしたが,最近ではこの日演奏された嬰ハ短調の遺作が演奏されることの方が多いと思います(こちらは映画「戦場のピアニスト」で使われていました)。とてもゆっくりと丁寧に演奏された演奏で,時々作られるタメが文字通り溜息のように感じられました。大変情感豊かな演奏でした。

後半は,OEKメンバーと江尻さんの共演で室内楽曲が2曲演奏されました。

最初に演奏されたドヴォルザークの五重奏曲は,大変贅沢な雰囲気のある曲です。このピアノ五重奏というジャンルには,もともと室内楽にしては華やかな曲が多いのですが(シューマン,ブラームスなどが特にそうです。シューベルトの「ます」は少し編成が違いますが,これも華やかさがありますね),その中でも特に親しみやすいのがこのドヴォルザークの曲です。演奏前,OEKのヴァイオリンの上島さんがこの曲の紹介をされた時,「ケーキ・バイキングのような曲」とおっしゃられていましたが,まさにそのとおりで,楽章ごとに味の違ったケーキが出てくるようなお得感(?)がありました。演奏の方も次々と音楽が湧き出てくるような楽しさを伝えてくれました。

第1楽章の冒頭ではピアノの伴奏に乗って,チェロが美しいメロディをいきなり歌い始めます。大澤さんの演奏には大変濃い味わいがありました。このムードが楽章全体の基調を作っており,ゆったりとした重みのある演奏となっていました。松井さんのヴァイオリンも大澤さんに負けない熱いものがあり,クライマックスに向けて大きく盛り上がるような柄の大きな演奏を聞かせてくれました。

第2楽章は,ドゥムカということで,前半のチャイコフスキーの曲が再現してくるような気分がありました。江尻さんのピアノの透明感がここでも絶妙でした。この楽章では,石黒さんのヴィオラがかもし出す「わびしさ」も印象的でした。一気に駆け抜けるような第3楽章フリアントに続く,第4楽章は,余裕たっぷりにアンサンブルを楽しんでいるような演奏でした。しっかりとした歩みと軽妙さを同時に感じさせてくれるような「熟練の演奏」でした。

通常の室内楽の公演ならば,このドヴォルザークでおしまい,というところですが,その後に,マルティヌーの「調理場のレビュー」という珍品が出てくる辺りが,「OEK楽団員オール・プロデュース」企画ならではです。

この曲は,ヴァイオリン,チェロ,トランペット,ファゴット,クラリネット,ピアノという不思議な編成で(他にはない?),ストラヴィンスキーの「兵士の物語」を意識したような,ちょっとグロテスクで軽妙な曲です。この室内楽シリーズにトランペットが加わることは少ないのですが,まず,演奏前にOEKのトランペット奏者の藤井さんによる曲目紹介がありました。

この曲は「聖なるポットの誘惑」というバレエ音楽の中から4曲を抜粋したもので,皿拭き,泡だて器,鍋...といった調理器具が繰り広げる恋愛(?)ドラマとのことです。私が勝手に想像するイメージとしては,ディズニー映画「美女と野獣」の途中に出てくる,食器たちによる晩餐会シーンのようなムードなのではないかと思います。「美女と野獣」自体,ミュージカル仕立てですので,この曲のタイトルの「レビュー」と通じる部分もあると思います。

ただし曲の雰囲気は,ミュージカル風というよりは,オールド・ファッションなジャズ風という感じです。変拍子が出てきたり,心地よいシンプルなリズムが出てきたり,どこかショスタコーヴィチのジャズ組曲辺りと通じる部分もありました。楽器の編成的に言うと,リヒャルト・シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(または,「町人貴族」)にも似ていると感じました。ピアノを核とした少ない編成で不思議な色彩感を感じさせてくれるような曲であり演奏でした。第2楽章の「タンゴ」などは,どこかブラック・ユーモア風のグロテスクさもありました。いずれにしても,「どうみても20世紀前半の音楽」という面白い曲でした。

マイナーだけれども面白い曲を「お客さん,こういう曲を見つけましたぜ。一つ試してみます?」という感じで次々紹介してくれるのがこのシリーズならではの楽しみです。そしてまた,こういう曲を和風のホールで聞くというのも考えてみると,相当怪しい雰囲気があります。この路線は是非続けていって欲しいと思います。今シーズンも,定期公演だけでなく,室内楽シリーズの方も聞き逃せない公演が続きそうです。(2008/09/12)

関連写真集
この日の公演のリーフレットです。


入口の案内を良く見ると,LFJ実行委員会と書いてありました。この委員会で,「来年はモーツァルト」といことが発表されました。