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オーケストラ・アンサンブル金沢第246回定期公演M:岩城宏之メモリアル・コンサート
2008/09/09 石川県立音楽堂コンサートホール
1)三枝成彰/ピアノ協奏曲「イカの哲学」(2008年度新曲委嘱作品・世界初演)
2)ハイドン/チェロ協奏曲第2番ニ長調Hob.VII-2
3)ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調op.21
4)(アンコール)吉俣良/NHK大河ドラマ「篤姫」〜テーマ
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
荒井結子(チェロ*2,3),木村かをり(ピアノ*1),薮内俊弥(朗読*1)
三枝成彰,池辺晋一郎(プレトーク) 
Review by 管理人hs  
この公演の立看です。
2008〜2009年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演シリーズの開幕は,今年度の岩城宏之音楽賞受賞者の荒井結子さんをソリストに迎えての「岩城宏之メモリアル・コンサート」でした。昨年,この公演は定期公演とは別に特別公演として行っていたのですが,今後はこの形で定着させていくのかもしれません。毎年,定期公演シリーズの開幕と岩城さんの記憶とを重ね合わせるというのも良いアイデアだと思います(9月6日は岩城さんの誕生日ですので,そういう面でも最適です。)。

本公演のもう一つの注目は,三枝成彰さんの「イカの哲学」という作品です。岩城メモリアル・コンサートで,コンポーザー・イン・レジデンスの作品を世界初演するというのも「岩城さんが喜びそうな」良い企画ですが,何よりも今回の作品の独創性に拍手を送りたいと思います。

1曲目にこの曲が演奏されたのですが,何ともインパクトのあるタイトルです(本のタイトルとしても相当なものですが)。ナレーション付きのピアノ協奏曲という編成も独創的ですが,その語られている内容が,中沢新一さんによる「哲学的」なシナリオだというのも面白いところです。

曲はいきなり「イカ!」というセリフで始まります。その後,速く強烈なピアノの打鍵が延々と続きます。ピアノ協奏曲の演奏で,譜めくりの助手が付くことは滅多にありませんが(初めてみるような気がします),それだけ音符が多く,どんどん楽譜のページが進んでいく曲なのだと思います。

この日のピアノはお馴染みの木村かをりさんでしたが,大変な重労働だったと思います。トロンボーン3本,トランペット3本というOEKとしては大きな編成による演奏も強烈でした。ナレーションもピアノも少々押され気味の部分もありましたが,「さすが三枝さん」という曲でした。

この「イカの哲学」というタイトルですが,故波多野一郎氏が書いた「烏賊の哲学」という小論文に感銘を受けた中沢新一さんがそれについて解説を付けた本(集英社新書から今年発売されたものです)によるものです。今回の曲のナレーションのシナリオも,この波多野さんの文章を中沢さんが要約したものでした。

当初は,中沢さん自身がナレーションを担当することになっていましたが,これだけテンポの速い作品だと,やはり本職に任せる方が良いと判断されたのだと思います。この日はバス歌手の薮内俊弥さんがナレーションを担当していました。音楽とナレーションがうまく交錯しており,特に前半はスリリングな雰囲気がありました。

中間部では,打楽器奏者が歌舞伎の時に使われる「ツケ打ち」のようなことをやったり(OEK公式ホームページの情報によると,お隣の邦楽ホールから借用してきたものようです。),OEKの奏者たちが足音を踏み鳴らしたり,曲想に変化が付けられていました。足音の方は次第に音量を増していくような感じで,自分の本来の楽器の演奏に加え,かなり練習が必要だったのではないかと思います。講談師がセンスで時々合いの手を入れるようでもあり,タップダンスのような感じでもありました。

藪野さんのナレーションは最後のパラグラフになると(プログラムには,全シナリオが掲載されていました),ちょっと雰囲気が変わり,少し音楽的になります。どこか念仏を聞くような感じもしました。エンディングの部分で音楽は不思議な色彩感と高揚感に満ちた感じになります。このどこか恍惚としたサウンドも印象的で,見事な終結感がありました。

通常,音楽に付けられるシナリオとしては「詩的」なものが多いのですが,このような「哲学的」で「説明的」なシナリオに音楽を付けるというのは,大きな冒険だったと思います。「イカは信じられないほどに複雑な眼球を持ち...」という言葉で始まったので,「何だ何だ」という感じだったのですが,その違和感が段々と大きな世界にスーッと取り込まれていくような感じがありました。演奏後,盛大な拍手が続きましたが,オリジナリティに溢れる傑作だったと思います。

続いて,曲想ががらりと変わり,この日の主役である今年の岩城宏之音楽賞受賞者のチェロ奏者の荒井結子さんが登場しました。荒井さんは,2006年の北陸新人登竜門コンサートに出演されていますので,OEKとの共演は2年と数ヶ月ぶりということになります。その時から大変完成度の高い音楽を聞かせてくれる方でしたが,今回もまた,ハイドンのチェロ協奏曲第2番という難曲を見事に聞かせてくれました。この曲は,高音部が続出するのですが,密度の高い音色でじっくりと聞かせてくれました。カデンツァでのがっちりとした演奏も大変迫力がありました。

井上道義指揮OEKの演奏も,新人をサポートする気分に満ちており,第1楽章の冒頭からゆったりとした暖かな雰囲気を作っていました。井上道義さんは天衣無縫で「永遠の少年」的なキャラクターを持った指揮者ですが,近年,こういう若い演奏家と共演をするときには父親的な優しさがにじみ出て来るようになって来た気がします。荒井さんも大変演奏しやすかったのではないかと思います。

第2楽章は,素朴な歌に満ちた楽章で,飾りの少ない自然さが魅力的でした。この曲でのOEKの編成はコントラバスを1名に減らし,他の弦楽器も少なくしていましたが,そのこともあり,特に親密な雰囲気が出ていたと思います。

第3楽章もまた,OEKの演奏ともども暖かな雰囲気に満ちた演奏でした。荒井さんの演奏には,ちょっと詰めが甘いかな,というような部分もあったのですが,慌てることなく余裕たっぷりに聞かせる演奏で,安心して曲に浸ることができました。

荒井さんは今年の夏,オーストリアのペルチャッハ(ブラームスが交響曲第2番を書いた場所ですね)で行われたコンクールで2位を取られたそうですが(演奏後の”ヒーローインタビュー”で井上道義さんから紹介がありました),今回の岩城宏之音楽賞受賞をきっかけにさらに活躍の場を広げて欲しいと思います。

演奏会の最後はベートーヴェン交響曲第1番でした。この曲がメインに来るのは珍しいことですが,さすがベートーヴェンの曲です。大変爽快に締めてくれました。実演で聞くのは久しぶりのことでしたが,改めて良い曲だと実感しました。考えてみると,今月は井上さん指揮OEKで第九交響曲も聞きますので,「最初と最後」を意識しての選曲だったのかもしれません。

曲は第1楽章の冒頭からエネルギーに満ちていました。最初の「ポン」という音の充実感が素晴らしく,その後に続く,長く伸ばした音も強く引き締まっていました。緊張と弛緩の絶妙に組み合わさった序奏部でした。主部は比較的遅めのテンポで,がっちりとゴツゴツとした雰囲気がありました。随所でアクセントが強く付けられており,「ラ・フォル・ジュルネ金沢」での井上さんの”スフォルツァンドの落書き”などを思い出してしまいました。それでも,細部での表情がとても豊かで,どこかユーモアが漂うのは井上さんならではです。なお,呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章は,まずノン・ヴィブラート気味にスーッと流れるように主題が演奏されました。緻密でクールな音の絡み合いも印象的でした。第3楽章以降は,対照的に勢いのある音楽となりました。ほとんどスケルツォと言っても良いメヌエット楽章は,ワクワクさせるような流れの良さがありました。トリオの部分の木管楽器の合奏も絶妙でした。私は,この部分の幸福感に満ちた気分が大好きなのですが,主部とのコントラストが鮮やかに付けられており,バランス良く,抑制の効いた演奏になっていました。

第4楽章は,出だしの部分の独特のユーモアに満ちた始まり方が井上さんのキャラクターにぴったりでした。弱音が続く辺りで,会場のノイズが入ったのは残念でしたが,ハイドンの交響曲に通じるような上機嫌な雰囲気が出ていました。ここでも第1楽章同様,スフォルツァンドの魅力が出ており,このまま第2交響曲につながって行くんだな,と感じさせてくれるような演奏でした。この演奏では,ティンパニは,バロック・ティンパニを使っていましたが,これも大変効果的でした。

拍手に応えてアンコールが1曲演奏されましたが,この曲がまた,井上道義さんからのプレゼントのようで気がきいていました。今年ならではの曲です。今年になってから毎週日曜日にテレビで流れている曲,と言えばもう分かると思いますが,NHK大河ドラマ「篤姫」のテーマです。

毎週流れているものは井上道義さん指揮のNHK交響楽団によるものですが,今回は,これをOEK用に少しアレンジしたもので演奏されました。毎週毎週楽しみに見ている番組ですので,最初の音を聞いた瞬間,「これだこれだ」と聞いていて嬉しくなりました。テレビで聞くより,さらに流動感のある演奏で,爽やかで甘〜い演奏でした。宮崎あおいさんがクリムト風に変身したようなタイトルバックの映像も艶やかですが,実演で聞くとクラリネットやオーボエの音の艶やかさ,トランペットの華やかが素晴らしく,会場は大いに盛り上がりました。恐らく,今年,この曲を演奏すれば,どこでも大受けだと思いますので,9月の演奏旅行のアンコール曲はこの曲で決まりかもしれません。

というようなわけで,OEKの新シーズンの開幕公演は,幸福感と華やかさに満ちたとても良い雰囲気の演奏会になりました。

PS.演奏会に先立ち,岩城音楽賞の記念式典が行われました。谷本石川県知事とこの演奏会のスポンサーでもある北陸銀行の高木頭取から賞状や目録の贈呈がありました。この日の演奏はいつもどおりCD録音をしていましたが,荒井さんへの副賞として,「この日のライブ録音CD100枚」というものがありました。第1回目の昨年は無かったと思いますが,なかなか面白いアイデアだと思いました。

考えてみると荒井さんは福井県出身,スポンサーが富山県に本社のある北陸銀行,そして会場が石川県立音楽堂ということで,北陸3県がうまく分担していた公演でした(それぞれの県の県民性を反映しているかもしれません。石川県はどちらかというと消費するだけ(?)のようなところがあります。)。(2008/09/12)

会場の光景&
今日のサイン会
音楽堂開館以来の写真がずらりと並んでいました。


左側の赤いものが北陸銀行の立看です。右側にあるのは,北陸銀行からの花です。


岩城宏之メモリアルということで,岩城さんの写真が入口付近に飾られていました。






チェロの荒井結子さんと井上道義さんのサインです。


木村かをりさんと薮内俊弥さんのサインです。


三枝成彰さんのサインです。


中沢新一さんのサインです。「イカの哲学」の表題紙に頂きました。