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オーケストラ・アンサンブル金沢設立20周年記念公演
2008/09/15 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第3番ハ長調op.72b
2)カンチェーリ/ロンサム(孤軍):偉大なスラヴァ2(に),2人のGKから(日本初演)
3)ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調op.125「合唱付き」
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢;クレメラータ・バルティカ(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス),ギドン・クレーメル(ヴァイオリン*2)
澤畑恵美(ソプラノ*3),菅有実子(アルト*3),中鉢聡(テノール*3),直野資(バス*3),オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団&20周年記念合唱団(合唱指揮:佐々木正利)*3
Review by 管理人hs  
おめでとう20周年!
この日の公演ポスターです。
こちらは館内に貼ってあったポスターです。

左側が演奏会のパンフレットで,右側が「オーケストラ・アンサンブル金沢:20年のあゆみ」というタイトルの冊子です。

冊子を開くと,OEK団員の寄せ書きのページがありました。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK) が創設されたのが1988年の秋,昭和の最後の年でした。つまりOEKの”年齢”は平成の年数と一致しています。今年は平成20年ということで,OEKも20歳,晴れて成人を迎えたことになります。

これを記念して,「県内縦断ありがとうコンサート」が石川県内各地で行われるようですが,その金沢公演として行われたのが今回の「設立20周年記念公演」でした。言ってみれば,「成人式公演」ということになります。

そのお祝いに駆けつけてくれた団体が,ギドン・クレーメル率いる室内オーケストラ,クレメラータ・バルティカ(KB)です。今回は,全プログラム,OEK+KBの合同演奏となりました。過去,KBは石川県立音楽堂で公演を行っており,OEKとは団員レベルでも交流を行っています。KBの奏者の中には,OEKのエキストラとしてお名前を見たことがある方が何人もいらっしゃいます。今回のような「お祭り公演」には最もふさわしい「友人」と言っても良い団体と言えます。

さらに嬉しかったのは,”親分”である,ギドン・クレーメルさん自身も急遽,参加されることになったことです。今回は,ベートーヴェンの第九交響曲がメインプログラムでしたが,クレーメルさんの参加により,公演内容にさらに厚みが加わることになりました。

前半は,まずベートーヴェンの序曲「レオノーレ」第3番が演奏されました。OEKがこの曲を演奏するのは,第九並みに珍しいことですが,KBが加わることで,全体として余裕のある響きを堪能できました。今回の編成で,丁度,通常のフル編成オーケストラの大きさかもしれません(ちなみに今回の配列は,OEKの奏者が客席側,KBの奏者が内側という形でした。)

渡邉さんのティンパニの一撃とともに,序奏が始まり,その後,ゆったりとしたペースで曲は進みました。全体に緊張感に溢れ,ゴツゴツとした重みを感じさせてくれました。主部に入ると音楽が流れ始まるのですが,通常のOEK単独演奏の時同様,引き締まった音楽を聞かせてくれました。中盤の聞き所は,ステージ裏から聞こえてくるトランペットのファンファーレですが,これが面白い効果を出していました。1回目は「一体どこから聞こえてくるのだろう?」と思わせるほど遠くから聞こえ,2回目は「少し近づいてきたなぁ」と感じさせてくれました。よく見ると,2回目の時は,パイプオルガンのステージの後方の扉があけられていましたので,恐らく,この周辺でトランペット奏者は演奏されていたのだと思います。実演ならではの立体感溢れるパフォーマンスでした。

再現部では,まず岡本さんのフルートの涼しげな音が印象的でした。闇の中から光明が見えてくるような雰囲気が出ていました。その後も木管楽器群の音がとてもしっかり聞こえてきて,前半とは違った色合いを出していました。そして,弦楽合奏の妙技を堪能できるコーダとなります。第1ヴァイオリンからはじまり,段々と低い音の弦楽器が加わってくるステレオ効果の面白さもまた実演ならではです。そして,最後もまた,渡邉さんのティンパニが格好良く締めてくれました。

次の曲は,最初の予定では含まれていなかったのですが,急遽ギドン・クレーメルさんが出演することになり,演奏されることになったものです。当初は,同じカンチェーリのV&Vという曲が演奏される予定でしたが,それが変更になり,「ロンサム(孤軍)」という曲が演奏されることになりました。今回が日本初演とのことです。

この曲ですが,クレーメルさんのヴァイオリン独奏と3管編成の大オーケストラが真正面からぶつかりあうような大変インパクトの強い作品でした。とにかくダイナミックレンジの広い曲で,クレーメルさんの繊細な音とオーケストラのffffぐらいの暴力的な音とが突如交替するような緊張感に満ちた曲でした。

この曲は,プログラム・ノートによると,グルジア出身の作曲家カンチェーリが,昨年亡くなったチェロの巨匠,ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(愛称スラヴァ)の75歳の誕生日の記念に書いた作品で,2002年にクレーメルさんの独奏,マリス・ヤンソンスの指揮によってロンドンで初演されています。チューバ,トロンボーンなども含む編成ですので,OEKがこの曲を演奏することはまずないのですが,今回の合同演奏によって図らずも実現することになりました。OEKにとっても記念すべき共演になったと思います。

曲は,クレーメルさんのヴァイオリンを中心とした非常にデリケートな弱音から始まります。ほとんどヴィブラートのないような独特の弱音を中心に,クレーメルさんの演奏は,ほとんどが弱音で貫かれていましたが,その中から多彩なニュアンスや色合いが伝わってきました。この「孤軍」という標題の意図はよく分からないのですが,クレーメルさんのヴァイオリンが大編成オーケストラが孤軍奮闘していような雰囲気がありました。

オーケストラの方は,時々,非常に硬質で強烈な音を爆発させるのですが,それが戦争や紛争を反映しているような気がしました。この暴力的な音は,長続きすることはなく,急に沈黙が訪れたりします。この突如訪れる”間”が緊張感をさらに強めていました。

クレーメルさんのヴァイオリンは,音は弱くてもしっかりと存在を主張しています。暴力的な音よりも,この繊細だけれども一途な音の方に一貫した強さを感じました。また,曲の要所要所で感じられるクールで気持ちのよい叙情性も魅力的でした。カンチェーリという作曲家については,これまでほとんど聞いたことはなかったのですが,KBとの交流を通じて,また聞いてみたいと感じました。

演奏会の最後の部分で,井上道義さんは,クレーメルさんがこの曲を取り上げた意図について,「”音楽は平和をのぞんでいる”というメッセージを込めた」と説明されました。グルジアとロシアの関係については,私自身よく分かっていないのですが,紛争の終始への祈りを込めた曲なのでしょう。アニバーサリー・コンサートにピリッとした重みを加えてくれる1曲でした。

なおこの曲のタイトルですが,原題は「Lonsome "2 great Slava from 2 GK's"」というものです。最初の"2"を"To"に変えると「偉大なスラヴァに,2人のGKから」ということになります。この"2人のGK"というのは,Gidon KremerとGiya Kancheliの二人を指します。こういった点も含め,今回の響敏也さんのプログラムの解説は大変参考になりました。

そして,後半では,メイン・プログラムのベートーヴェンの第9が演奏されました。

恐らく,OEKは全国で最も第9を演奏していないプロ・オーケストラなのではないかと思います。これについては,OEKが室内オーケストラであることも理由の一つですが,故岩城宏之音楽監督さんが第9を演奏し過ぎる風潮に批判的でしたので,その方針が反映していたとも言えます。OEKが演奏した第9で思い出すのは,何といっても石川県立音楽堂が開館した2001年9月の柿落公演ですが,こういう「本当におめでたい時」のみに演奏するというのが,第9の本来の形なのかもしれませんね(私自身,第九を実演で聞くのは,その時以来なのですが,7年間ぶりというのは自分でも意外です。)。

この7年前の公演には,バンベルク交響楽団合唱団が登場しましたが,今回の合唱団は,「オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団&20周年記念合唱団」です。こちらも少々意外ですが,OEK合唱団が第9を歌うのは初めてではないかと思います。これに「20周年記念」のエキストラ・メンバーの「20周年記念合唱団」が加わり,100人ぐらいの人数による合唱となりました。KB+OEKと丁度良いバランスだったと思います。

第1楽章は,非常に堂々とした演奏でした。「OEKも立派に成人しました」という感じの,ビシっとスーツを着た紳士のような小細工の全くない演奏でした。演奏には落ち着きがあり,全曲の土台となるようなスケール感豊かな演奏でした。

第2楽章は,渡邉さんのティンパニが大活躍でした。この楽章でも,俊敏な運動性と大胆さはあるのですが,どこか落ち着きと品の良さを感じました。中間部はさらに流れの良い演奏で,次第に熱を帯びていくような気分がありました。

この楽章の後,声楽のソリスト4人が入場しました。

第3楽章は,非常にゆったりとしたテンポで始まりました。ほとんど夢見心地のような気分でした。この楽章を聞きながら,20年を回想した方もあったかもしれません。KBとOEKとの友情の反映のような,厚みのある弦のカンタービレが特に印象的でした。ただし,楽章全体としてみると,OEKの20年間歴史の中の局面の変化を示すように部分ごとにメリハリが付けられていました。ホルンのソロのあと,音楽の流れがスーッと速くなる辺りは大変爽やかでした。ちなみにこの楽章のホルンのソロは,山田さんが担当されていました。山田さんは設立当初からのメンバーですので,感慨も大きかったのではないかと思います。見事な演奏でした。

第4楽章は,第3楽章の後,ほとんどアタッカのような形で間を置かずに始まりました。トランペットの輝かしい音に先導された序奏部は,大変雄渾で雄弁な音楽となっていました。その後の叙情的な部分の気品と見事なコントラストを作っていました。

独唱はまず,石川県出身の直野資さんのベテランらしい落ち着きのあるバリトンで始まりました。テノール独唱の中鉢聡さんの方は対照的に非常に若々しい歌でした。かなり癖のある独特の歌い方をされていたのですが,それが音楽全体に積極性を加えていました。その後に続く,男声合唱を鼓舞しているように思えました。

そして,OEK合唱団+20周年記念合唱団の歌ですが,本当に見事でした。第九の日本語の訳詞には,「晴れたる青空...」というのがありますが,まさにそういう感じの歌でした。今回はいつもよりもかなり人数が多かったのですが,透明感を残したまま力強さが加わっていました。

井上道義さんの指揮は,ここでも小細工なしに,無理なく華やかさを感じさせてくれるものでした。そして,要所要所では,しっかりとエネルギーを発散させ,たっぷりと音楽を聞かせてくれました。オーケストラの方は,一部,揃わない部分があったりしましたが,最後の盛り上がりに向けて,たくましい音楽を聞かせてくれました。

ソプラノの澤畑恵美さんとアルトの菅有実子さんは,重唱での歌が中心でしたが,コーダの直前の四重唱では,存在感のある歌を聞かせてくれました。特に澤畑さんの気品のある声が印象的でした。

この四重唱の後,携帯電話の呼び出し音が入ったのが残念でしたが,それを吹っ切るようなエネルギッシュなコーダが続きました。合唱団,オーケストラともにテンションが高く,全員が一丸となったマッシブな響きと,颯爽と駆け抜けていくような疾走感に会場全体が包まれました。かなり速いテンポでしたが,無理やり煽るような感じはなく,まさにビシっと締めてくれました。

演奏直後から「ブラボー」が飛び交い,盛大な拍手が続きましたが,今回の第九の演奏を聞きながら,OEKのたくましい成長ぶりに誰もが納得したのではないかと思います。

この日は,「アニバーサリー・コンサート」ということで,プログラムとは別に写真を豊富に使った,かなりの厚さの冊子が配られました。私はOEKお設立当初からの定期会員ですので(当時は「友の会」という名前でした),これは大変良い記念になりました。考えてみると,私の人生の半分近くをOEKと共に過ごして来たわけですので,自分の子供(?)が成人したような感慨があります。ここまで来たら,親のような気分で,死ぬまでOEKを応援し続けようと考えています。果たして何周年まで聞けるのでしょうか?

PS.演奏に先立って,この日も谷本石川県知事の直々の挨拶がありました。9月10日の公演に続いての登場ということで,石川県として,OEKの振興に非常に力を入れていることがよく分かり,OEKファンとしては大変頼もしく感じました。その後,井上道義さんも登場し,挨拶をされましたが,このお二人が並ぶと,”見るからに(?)”意気投合という雰囲気になります。こちらの方も頼もしい限りです。 (2008/09/16)

祝・20周年
会場&近辺の光景
入口付近の光景


こちらも入口です。


どこを見ても「20」の文字が目立ちます。


この色のセンスはとても良いですね。


プレコンサートの光景です。大変よくお客さんが入っていました。シャルパンティエの「おめでたい」ファンファーレの後,弦楽四重奏で数曲演奏されました。


この日は休憩時間が25分あり,各種飲み物のサービスがありました。ロビーでの飲食は可能になっていました。


初代と2代目です。



終演後,設立20周年記念パーティが音楽堂のお隣の「ANAクラウンプラザホテル」で行われました(私は参加しなかったのですが)。


長野県松本市からハーモニーメイトの皆さんが聞きに来られていたようです。これからますます交流が進むことを期待したいと思います。


テレビ金沢の中継車が来ていました。テレビ用の収録を行っていたので,そのうち特別番組があるのかもしれません。


音楽堂内では,「いしかわ芸術文化祭」というイベントも開催中だったようです。


JR金沢駅のもてなしドームです。すっかり「熱狂」が金沢のキーワードになってしまったようです。