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オーケストラ・アンサンブル金沢第247回定期公演PH
2008/09/18 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シベリウス/組曲「カレリア」op.11
2)シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調op.47
3)(アンコール)スヴェンセン/ロマンス
4)グリーグ/ホルベルク組曲(ホルベアの時代から)op.40
5)グリーグ/劇音楽「ペール・ギュント」(抜粋)
6)(アンコール)スーザ/行進曲「海を越える握手」(一部)
●演奏
井上道義*1-3,5-6指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)*1-3,5-6;クレメラータ・バルティカ*2-6
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン*2,3)
池辺晋一郎(プレトーク)
Review by 管理人hs  
この公演の立看です。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2008〜2009年の定期公演フィルハーモニー・シリーズが,マイスター・シリーズに続いて開幕しました。こちらの方は,先日行われた設立20周年記念第九公演同様,ギドン・クレーメルさんとクレメラータ・バルティカ(KB)とOEKとの共演となりました。クレメラータ・バルティカは,その名のとおり,ギドン・クレーメルさんの下,バルト海沿岸を本拠地として活動している団体です。今回はそのことを意識してか,北欧の作品のみによるプログラムとなりました。

前回の第九公演の時は全曲がOEK+KBの合同演奏だったのですが,この日は,OEK単独で1曲,OEK+KB+クレーメルさんで協奏曲,KB単独で1曲,最後にOEK+KBという変化に富んだ構成となっていました。前回の群馬交響楽団との共演もこういう形でしたが,こういう公演を毎年のように楽しめるのもOEKの定期公演の大きな特徴と言えます。

この日のプログラムの中では何と言っても,やはり,ギドン・クレーメルさんが独奏者として登場したシベリウスのヴァイオリン協奏曲が注目だったのですが,それに先立ち,クレーメルさんを歓迎するかのようにシベリウスの「カレリア」組曲が演奏されました。

OEKがこの曲を演奏するのは恐らく今回が初めてのことだと思うのですが,実は私自身,たまらなく好きな曲です。今回のOEKの編成は,トロンボーン3本,テューバを加え,ホルンやトランペットも増強されていたのですが,こういう形でレパートリーを拡大していくのも一つの方法ではないかという気がしました。

この組曲「カレリア」ですが,井上道義さんが一礼して,オーケストラの方に振り返ると,無造作なくらいスッと始まりました。冒頭のざわざわとした弦の音を聞くだけで「最高!」と思いました。このざわめきの上にトランペットなどがマイルドな音で楽しいけれどもどこか翳のあるメロディを演奏します。そして,タンブリンがポップスのような感じで「ンチャ,ンチャ,ンチャ...」と後打ちでリズムを刻みます。最初の曲なのに「間奏曲」というのは人を食っているのですが,この快適なリズムが近づいてきて盛り上がって遠ざかるというこの雰囲気が昔から大好きです。井上/OEKの演奏の脱力感も絶妙でした。

次のバラードには,暖かな厳粛さと言っても良い雰囲気がありました。最後の部分では,この気分をさらに盛り上げるかのように水谷さんのイングリッシュ・ホルン独奏が加わり,北欧の空気をいっぱいに吸い込んだ気分になりました。

そして,最後は有名な「行進曲風に」です。井上さんのテンポ設定はかなりゆったりしたもので,しかもレガートで大変滑らかに演奏していました。第1曲同様,力んだところがないので,明るいのに切ない気分が漂っていました。途中からは目の覚めるようなシンバルの鋭い音が加わり,段々と華やかになります。この辺の「フィンランディア」を思わせるようなトランペットの合いの手が,「いかにもシベリウス」で最高でした。愛すべき作品をしっかり堪能できた演奏でした。

その後,KBのメンバーがステージに登場し,OEKと合体しました。ここではKBメンバーが表側,OEKが裏側に座っており,コンサート・マスターもKBのコンサート・マスター(プログラムのメンバー表によると,サンディス・スタインベルクスさんか?)が務めていました。

続いて,白いシャツに黒いベストを着たクレーメルさんが登場しました。これまで,OEKとクレーメルさんは,ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲などを共演したことがありますが,クレーメルさんのクールでキレ味の良い演奏は,シベリウスのこの曲の持つ雰囲気にぴったりです。OEK単独でこの曲を演奏する機会も滅多にありませんので,その意味でも注目の演奏でした。

その演奏ですが,クレーメルさんの面目躍如たる演奏となりました。クレーメルさんは,言うまでも無く,かなり不思議なヴァイオリニストです。「巨匠」という言葉がこれほど似合わない巨匠はいないのではないかと思います。演奏中の姿勢は絶えず中腰で,足元はちょっと爪先立つような感じで,かなり上下に動きます。全般に音は大変スリムで,シンフォニックな曲想とは全く反対を向いているようなところがあります。それでいてこの曲を完全に自分のペースで聞かせてくれました。

第1楽章は,全般にかなりゆっくりとしたテンポで演奏されました。冒頭から大変デリケートな雰囲気はあるのですが,フェイントを掛けるようにテンポや音量が変化し,どこかスリリングでしなやかな軽やかさがあります。演奏全体に漂う緊張感や集中力は凄いのですが,それでも神経質過ぎる感じはなく,気まぐれで即興的な自在さが伝わってきます。そして,すっきりしているけれども耳にしっかり絡み付いてくるような粘り気のある音が迫ってきます。特に随所に出てくる超高音には,不思議な吸引力がありました。

オーケストラの方は,このクレーメルさんの演奏にしっかり付けていました。KBの方が表だったこともあるせいか,いつもの井上道義さんの指揮ぶりよりは,大人しい感じはしましたが,それでも,暗めの響きを持った合同演奏による弦楽器の響きなどはシベリウスにぴったりでした。

第2楽章は,クラリネットとオーボエのしっとりしたソロに続いて,素朴で暖かみのある響きをじっくりと堪能できました。クレーメルさんの演奏は,甘くはないのですが,”味”があると思いました。若い頃のクレーメルさんの実演を聞いたわけではないのですが,恐らく,クレーメルさんの演奏も,いわゆる「円熟味」を増してきているのではないかと思います。大変じっくりと聞かせる渋い演奏でした。

第3楽章は,推進力はあるけれども,バリバリ弾くという感じではなく,どこか怪しいムードを漂わせていました。重音が続くややこしいメロディラインなども,非常に敏捷にクリアに聞かせるのですが,それでもクライマックスに向かってどんどん盛り上がるという感じではなく,平然としています。その辺が何とも不敵です。

このシベリウスの曲については,ロマン派音楽の流れで演奏しても効果の上がる曲ですが,今回の演奏は,現代的な感性で捉えられた,非ロマン的な演奏だったのではないかと思います。それでも,クールなだけではなく,どこか人懐っこい表情がありました。それがまた演奏の不思議な魅力になっていた演奏でした。

演奏後,盛大な拍手に応え,スヴェンセンのロマンスがオーケストラの伴奏付きで演奏されました。通常,協奏曲後のアンコールでは,無伴奏の曲が演奏されますので,今回のアンコールは,あらかじめ井上さんと共謀しいたことが見え見えでしたが,素晴らしいプレゼントとなりました。今回の演奏会は全曲をCD収録していたのですが,このアンコールなどは,シベリウスのヴァイオリン協奏曲の埋め草には最適です。実演で聞くのは初めての曲でしたが,ヴィブラートをしっかりと掛けて歌い込まれた演奏からは,クレーメルさんの魂の歌といった熱い気分が伝わってきました。

後半はまず,指揮者なしのKB単独でホルベルク組曲が演奏されました。OEKの単独演奏でも聞いたことのある曲ですが,KBの演奏は非常に強靭でした。OEKも人数の割にダイナミックを演奏をするのですが,冒頭からそれとは一味違う,重みのようなものを感じました。第1曲の出だしなどは,”バルティック艦隊参上”(少々意味不明な比喩ですが),という雰囲気でした。KBのメンバーは,皆さん体格が良いので,視覚的な影響もあるのかもしれませんが,演奏全体に備わる国民性のようなものを感じました。叙情的な曲でも高級感が漂い,常に芯の強さがあります。終曲もメリハリの効いたダイナミックさでビシっと締めてくれました。

演奏会の結びでは,OEKが再度加わり,グリーグのペール・ギュントの音楽が演奏されました。この演奏では,前半とは反対にOEKが表側に座り,コンサートマスターもOEKのサイモン・ブレンディスさんが務めていましたが,そのこともあり,”ミッキー節炸裂”という演奏になっていました。

今回演奏されたのは,通常の第1組曲,第2組曲という並びではなく,2つの組曲を一旦分解し,戯曲の筋に並べなおした次のような形になっていました。一般的には,「朝」で始まり「山の魔王...」で終わる,という印象がありますが,静かな「ソルヴェイグの歌」で締めるとすれば,やはり,ストーリー順の方が自然なのかもしれません。
  1. 花嫁の略奪と嘆き(第2組曲1曲目)
  2. 山の魔王の宮殿にて(第1組曲4曲目)
  3. オーゼの死(第1組曲2曲目)
  4. 朝の気分(第1組曲1曲目)
  5. アラビアの踊り(第2組曲2曲目)
  6. アニトラの踊り(第1組曲3曲目)
  7. ソルヴェイグの歌(第2組曲4曲目)
第1組曲と第2組曲はそれぞれ4曲セットですので,第2組曲3曲目の「ペール・ギュントの帰郷」だけは演奏されなかったことになります。この辺の理由は分かりません。

井上さんの指揮は最初に演奏された「花嫁の略奪」の部分から緊迫感に満ちており,非常にドラマティクでした。クレーメルさんの伴奏の時に抑制していたエネルギーを一気にここで解き放ったような感じでした。次の「山の魔王...」は,特に人気のある曲ですが,最初の部分で,ホラー映画を思わせるような効果音を入れていたのが独特でした。演奏をいっそう盛り上げる効果があったとも言えますが,OEK+KBによる強力な演奏だけで十分不気味で,特に後半では圧倒的な盛り上がりを作っていましたので,個人的には「無くもがな」と思いました。

その後も「オーゼの死」「朝の気分」と,懐かしの小学校の音楽の時間に鑑賞したような名曲が続きます。「オーゼの死」では,井上さんの指揮によって,非常に起伏のあるドラマ音楽が作られ,「朝」の方は,OEKのフルートの岡本さんの演奏が大変爽やかでした。

終盤では「アラビアの踊り」「アニトラの踊り」とエキゾティックなムードの曲が続き,”ペールの世界旅行”の気分を味わうことができました。それにしても,この辺の「〜の踊り」系の曲になると俄然井上さんの本領が発揮されますね。「アニトラの踊り」は,非常にゆっくりと演奏され,絵に描いたような「誘惑の踊り」になっていました。「カルメン」のハバネラなどと似た音楽に思えました。そして,最後の「ソルヴェイグの歌」は,大変繊細で透明感に満ちた音楽でした。

「ペール・ギュント」については,昨年,青島広志さん指揮OEKでも,似たような選曲で聞いたことがあるのですが,やはり,こういう曲の場合,井上さんの思う存分音楽を盛り上げてくれるようなダイナミックな演奏がぴったり来ると思います(青島さんの「しゃべり」も,誰も真似できない素晴らしさでしたが,少々せわしないですね)。井上道義さんの面目躍如という演奏でした。

アンコールでは,今回もまた意表を突く曲が演奏されました。井上さんは「今回は静かに締める...かも」と言った後,指揮を始めたのですが「何か違うなぁ」といったことをブツブツと言って演奏を一旦やめます。この時点で「この曲は一体何だったかなぁ?」と頭をよぎりました。確かに聞いたことはあるのに思い出せないのです。

その後,再度演奏を始めたのですが,今度はどんどん音楽が盛り上がり,景気の良い行進曲に一気に変貌しました。KBのメンバーは途中から立ち上がっていましたねぇ。会場からの手拍子も加わったところで,スーザの「海を越えた握手」だと曲名が分かりました。

最初は「なんじゃこりゃ?」という感じだったのですが,よくよく考えると,2つのオーケストラの合同演奏ということで,友情の証として「日本海を越えた握手」という感じでこの曲を演奏したのではないかと思います。クレーメルさん自身,こういうジョークのような音楽は好きそうなので,今後また合同演奏をする機会があれば,OEK+KBのテーマ(?)として聞いてみたいものです。

今回の演奏会は,上述のとおり,北欧の音楽特集という統一感のある選曲ながら,各曲ごとに編成が違うというOEKの合同演奏会ならではの構成となっていました。KBとOEKの合同公演は,今回が2回目(第九も入れると3回目)ということで,今後も定期的に合同公演を行って欲しいと思います。OEKには,ショスタコーヴィチ好きの井上さん,そして全集録音を行っているキタエンコさんもいますので,OEK+KBの合同公演によるショスタコーヴィチの交響曲特集などに是非期待したいところです。KBには管楽器奏者は居ないので,エキストラがかなり必要かと思いますが,「OEK+KBのショスタコ祭り」という感じのイベントでも行えば,大いに注目されるのではないかと思います。

というわけで,勝手にあれこれ夢のようなイベントの企画などを考えたてしまいたくなるような,素晴らしい合同公演でした。

PS.数年前,「OEKもクレーメルさんもワーナーからCDを出しているので,もしかしたら共演のデコーディングもあるかも...」とどこかで書いたことがある気がするのですが,今回のクレーメルさんと井上/OEK+KBによるレコーディングは,OEKファンにとっては,”夢”の一つだったのではないかと思います。どういうCDになるのか大いに期待したいと思います。(2008/09/20)

会場の光景&
今日のサイン会
クレメラータ・バルティカの皆さんのサインです(実は,どれが誰のサインか分からないのですが)。「何の楽器ですか?」と尋ねてみたら,プログラムの顔写真に↓をつけてくれました。


こちらはお馴染みのOEKの皆さんのサインです。上がヴィオラの石黒さん,右下がヴァイオリンの上島さん。左下はご覧のとおりチェロの大澤さんです。


今回,クレーメルさんは,サイン会には来られなかったのですが...何と何と,ラッキーなことに,音楽堂の入口でクレーメルさんとすれ違ってしまいましたので,とっさにサインを頂きました。やはり,OEKの演奏会では,サインペンを常備携帯しておくのがいちばんのようです。色紙になっているのは,やはりこういう時(?)に備えて持ち歩いていた「ピアソラへのオマージュ」のCDの解説書です。




以下は音楽堂周辺の光景です。

ビアガーデンではありません。19日の夜,邦楽ホールの前を通りかかったら,金沢おどりの準備をしていました。ちょっと雰囲気を味わってみたい気もします。


来年のラ・フォル・ジュルネ金沢の予告編のようなイベントが金沢駅で行われるようです。例の「レッド・カーペット」も出てくるのでしょうか?