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OEK赤羽ホール室内楽シリーズ第1回公演 クレメラータ・ムージカ&ギドン・クレーメル
2008/09/20日 北國新聞赤羽ホール
1)グリエール/弦楽八重奏曲ニ長調op.5
2)ショスタコーヴィチ/弦楽八重奏のための2つの小品op.11
3)プロコフィエフ/ストラヴィンスキー(プシカレフ編曲)/ヴァイオリンとヴィブラフォンのための5つの小品
4)チャイコフスキー/弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」ニ短調op.70〜第1楽章
●演奏
ギドン・クレーメル,*1,ジェラルダス・ビドヴァ*1,4,アンドレイス・ゴルゴフス*1,4,ミグレ・セラピナイテ*1,サンディス・スタインベルクス*2,ラサ・ヴォシリウテ*2,アンドレイ・ヴァリグラ*2,サニタ・ザリナ*2,ヤナ・オゾリナ*3(以上ヴァイオリン)
ダニイル・グリシン*1,2,4,ウーラ・ウリジョナ*4,ヴィダス・ヴェケロタス*1,2(以上ヴィオラ)
エリクス・キルスフェルズ*1,2,4,ギエドレ・ディルヴァノスカイテ*1,2,マルタ・スドラバ*4(チェロ)
アンドレイ・プシカレフ(ヴィブラフォン*3)
Review by 管理人hs  
公演チラシ,プログラム,チケットの3点セット
赤羽ホールの公演予定とホール案内リーフレットです。現在のところ演劇が中心のようです。

9月15日以来,金沢は”クレーメル・ウィーク”という感じで,ギドン・クレーメルさんの出演する公演が続いています。この日は,今年8月に金沢市の中心部にオープンしたばかりの北國新聞赤羽ホールでクレメラータ・ムージカ&ギドン・クレーメルの室内楽公演が行われたので,またまた出かけてきました。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の方は,20,21日と静岡県,愛知県に演奏旅行に行っていますので,その留守をクレメラータ・バルティカ(KB)の皆さんが守ってくれている感じにいなります。

さすがに1週間に3回も演奏会に行くのも気が引ける部分はあったのですが,OEKfan管理人としては,赤羽ホールを一度見ておく必要があるだろう,ということで「6000円は少し高いけれどもクレーメルさんは出るし,赤羽ホールのクラシック音楽関係では今回が柿落公演のようなものだし...まぁご祝儀ということで...」と自問自答し,
当日券で聞いてきました。もちろん,クレーメルさんとKBのメンバーを間近で見てみたい,聞いてみたいというのが今回聞きに行った一番の理由です。

この演奏会ですが,最初,チラシを見た時,"クレメラータ・バルティカ"の書き間違いかな?と思ったのですが,推測すると,KBのメンバーが室内楽の演奏をする場合に,この名称を使うということのようです。ただし,Webを検索してもこの公演以外の情報は出てきませんので,今回限りの名称なのかもしれません。いずれにしても,KBとは別にクレメラータ・ムージカという団体があるわけではありません。この辺の説明がプログラムにもチラシにも何もなかったのですが,これは不親切でした。

言ってみれば,OEKの「もっとカンタービレ:室内楽シリーズ」のKB版という感じです。合計4曲が演奏されましたが,KBのメンバーがいろいろな組み合わせで,ロシア,ソヴィエトの音楽を演奏するもので,OEKの室内楽シリーズと雰囲気は大変に良く似ていました。

演奏された曲は,最後に演奏された「フィレンツェの思い出」(第1楽章だけでしたが)以外は初めて聞く曲ばかりでしたが,小規模ホールで聞いたこともあり,どの曲も大変聞き応えのある演奏でした。先日のOEK定期公演PHでKBによるホルベルク組曲を聞いたばかりですが,その時の力強い充実した演奏をそのまま室内楽にしたような雰囲気がありました。

今回は,マイナーな曲が並んでいたにも関わらず,プログラムには,曲名が書いてあるだけで曲の楽章数や編成などが明記されていませんでしたので(6000円にしては,かなり物足りないプログラムでしたねぇ...),その辺を補記しながら,以下,曲ごとにレビューしたいと思います。

■グリエール/弦楽八重奏曲ニ長調op.5
この日演奏された曲の中ではいちばん長い作品で,全体で30分ほどはあったと思います。グリエールという作曲家自身よく知らなかったので調べてみたのですが,1875年生まれで1956年に没しているソヴィエトの作曲家です。この曲も大変オーソドックスな構成の作品でしたが,伝統的なロシア的な様式の曲を沢山作った方のようです。

この演奏では,ギドン・クレーメルさんがリーダーの席に座っていましたが,特にクレーメルさんだけが目立つ所はありませんでした。今回は,かなり前方に座っていたこともあり,メンバー間のアイコンタクトが分かったのですが,むしろ,クレーメルさんのお隣に座っていた,ジェラルダス・ビドヴァさんの方がキューを出しているような感じもしました。

曲自体,大変落ち着きのある曲でしたが,演奏の方も和やかさの中に緊張感が漂うといった感じでした。KBという団体自体,ギドン・クレーメルさんによる教育プログラムの一環として位置づけられると思うのですが,そのこともあるのか音色等に統一感が感じられました(反面,彼らの外観は大変個性的なのですが)。八重奏という”大きな室内楽”ということもあり,シンフォニックな立派さを感じました。第1楽章はチェロのソロで始まっていましたが(エリクス・キルスフェルズさんだと思います),特に中低音楽器の音の充実感が聞きものでした。

クレーメルさん自身,近年は,オーケストラと共演するよりは,室内楽に力を入れているようですが,どこか楽しげな雰囲気で演奏されていました。4つの楽章の中では,第3楽章の最初の方で,しっかりとした密度の高い音のソロを聞かせてくれました。最終楽章は,民族舞曲風の気分があり,一気にテンポアップして終わりました。

■ショスタコーヴィチ/弦楽八重奏のための2つの小品op.11
前の曲と全く同じ編成だったのですが,響きがガラリと変わったのが面白いと思いました。前の曲が求心的だったのに対し,何か音が大きく広がるような雰囲気がありました。これは奏者の違いによるのかもしれませんが,やはり,作曲者の違いによるところが大きいと思います。

リーダーのサンディス・スタインベルクスさんの音には,透き通るような怜悧さがあり,20世紀のソヴィエト時代の音楽に相応しい,ひんやりとした感触を感じました。2曲セットの曲でしたが,2曲目の方は特に力感のみなぎる,すごい曲でした。調べてみると,1925年,ショスタコーヴィチ19歳の時の作品ということで,改めてショスタコーヴィチの天才ぶりを実感しました。

KBメンバーの演奏は,弓を弦に強く押し当てている演奏していましたが,彼らの強靭な響きの秘密が分かった気がしました。曲想に合わせて,体を左右に揺らし,音楽もうねる様は迫力十分でした。

■プロコフィエフ/ストラヴィンスキー(プシカレフ編曲)/ヴァイオリンとヴィブラフォンのための5つの小品
この作品こそ,解説が欲しかったですね。調べてもよくわからない曲でした。プログラムには,「プロコフィエフ/ストラヴィンスキー」となっていたのです,二人の合作ということではなく,プロコフィエフとストラヴィンスキーの曲の中から5つの小品を選んでセットにしたということではないかと思います。編曲者がヴィブラフォンの演奏をされていたプシカレフさんですので,恐らく,選曲の方もプシカレフさんが行ったのかもしれません。ただし,オリジナルの編成についても不明です。

いずれにしても,ヴァイオリンとヴィブラフォンが共演する曲というのは,あまり聞いたことはありません。ヤナ・オゾリナさんのヴァイオリンは,渋い雰囲気のある落ち着いたものでしたが,両手に2本ずつマレットを持って多彩な表現を聞かせるプシカレフさんのヴィブラフォンの音色と不思議にマッチしていました。この曲の英文タイトルは「5 miniatures」というものですが,"1 minute"ぐらいの小粋な曲が並んでおり,まさに「ミニチュア」という感じでした。KBの中唯一のパーカッション奏者のプシカレフさんは,編曲者としてのセンスと才能も豊かな方だと感じました。

■チャイコフスキー/弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」ニ短調op.70〜第1楽章
演奏会の最後のこの曲だけは聞いたことがありました。以前,CDなどで聞いた曲ではもっとたっぷりとした印象を持っていたのですが(恐らく,弦楽合奏版の印象だと思います),この日の演奏は,キリリと引き締まったものでした。

KBの皆さんの演奏ですが,上述のとおり,音色の統一感はあるのですが,リーダーが誰になるかによっても,かなり雰囲気が変わります。ここでは,ジェラルダス・ビドヴァさんがリーダーとなり,非常に密度の高い演奏を聞かせてくれました。最後の部分などは,うなりを上げるような力強さがありました。

チャイコフスキーの曲は,第1楽章の最後の部分で全曲が終わるように大きく盛り上がる曲が多いのですが(ピアノ協奏曲第1番,ヴァイオリン協奏曲などがそうですね),この曲もそういう曲の一つだと思います。第1楽章だけの演奏というのは,少々不思議でしたが,十分なヴォリューム感と高揚感がありましたので,演奏会全体をすっきと締めるには丁度良かった気がしました。アンコール曲もありませんでした。

今回クレーメルさん自身は,いちばん最初のグリエールの曲に登場しただけでしたが,むしろクレーメルさん抜きの曲の演奏の方がのびのびとした感触があると感じました。このことは,KBの各メンバーの持つ,ソリスト的な自発性の表れでもあるのかな,と感じました。それと,やはりグリエールという作曲家の地味さが関係あるのかもしれません。

その一方で,クレーメルさんの指導者としての偉大さを感じました。これだけのメンバーを束ねられるのは,やはり,クレーメルさんの存在感によるものだと思います。演奏時間自体は,休憩も入れて1時間30分程度でしたが,小規模ホールの前方で聞いたこともあり,室内楽の響きの多彩さをしっかりと実感できた演奏会でした。

それにしても,KBの皆さんもよく働きます。この演奏会の後は,翌21日に金沢21世紀美術館でも室内楽の公演があります。時間の都合がつけば,これにも行って,「クレーメル・ウィーク」をオール・クリアしたいと思います。

PS.赤羽ホールは予想通り大変良いホールでした。今回はあまりにも前で聞いたので,ホール全体の響きについては何とも言えないのですが,500席程度の座席数ですので,恐らく,どの席で聞いてもよく聞こえると思います。演劇用のホールということもあり,座席の高低差もあるので,どの座席からもステージはよく見えると思います。

以下,周辺の風景も含め,写真をいくつか撮ってきましたので,それと併せてホールの様子について紹介しましょう。
北國新聞会館ビルを中央公園方面から見たものです.。この隣に赤羽ホールはあります。

このビルは,香林坊のランドマークとなっています。 これが赤羽ホールです。
3階建ての建物のうちの2階と3階がホールです(ただし,ホール自体はワンフロア)。すべてガラス張りで,円形になっている点で21世紀美術館と似たところもあります。

入口です。 入口のすぐそばに交流ホールというのがあります。音楽堂の交流ホール同様,多目的空間です。この時は「お気に入りの一枚」という写真の展示を行っていました。
外側から入る以外に北國新聞会館1階の喫茶コーナーからの連絡通路もあります。 連絡通路を抜けると,北国新聞読者プラザという,北國新聞に関する常設展示コーナーがあります。 このコーナーの入口付近に,北國新聞社の初代社長の赤羽萬次郎氏のCG映像がありました。このホールの名前はこの方にちなんでものもです。
チケットのもぎりは,2階へ向かう階段の手前付近で行っていました。

階段を上りながら天井を見ると,鏡になっていました。 2階ホワイエです。右側がバーコーナーで,左側がクロークです。赤いのはテーブルです。黒い壁面がモダンな雰囲気を出しています。
窓から外を見ると...ライバルの新聞社のビルが見えました。その隣はニューグランド・ホテルです。

ホワイエの天井も鏡になっていました。結構,リッチな気分にさせてくれます。
ホールの中です。シューボックス型で,504人収容です。傾斜がかなりあるので,後ろの座席でもステージはよく見えます。全体の雰囲気は明るく,軽快な感じがあります。ステージについては,演劇用(プロセニアム形式というそうです)に変更することも可能です。

休憩時間中に2階と1階を同時に写してみました。このエレベータの雰囲気も21世紀美術館とよく似ていますね。

終演後,KBの皆さんもお客さんと一緒になって出てきていました。ホール前でタクシーを待っていたようです。
ホール前にスペースがあり,公園のようになっているのも良いですね。晴れていれば多目的に使えるスペースになると思います。


香林坊付近には,金沢市文化ホールや石川県文教会館など,赤羽ホールと似た規模のホールが従来からあったのですが,演劇用と音楽用とでステージの形を変更できるということなので,これらの中では特に優れたホールだと思います(後発施設の方が良くなるのは当然ですが)。恐らく,これぐらいのサイズだと,演劇を上演するのにも最適だし,落語にもぴったりですね。これからは,このハードをどう活用するかに期待したいと思います。

(参考)北國新聞赤羽ホール

(2008/09/21)