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オーケストラ・アンサンブル金沢第248回定期公演PH
2008/10/09 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ヴィラ=ロボス/ブラジル風バッハ第9番
2)グリーグ/ピアノ協奏曲イ短調op.16
3)(アンコール)スクリャービン/左手のためのノクターン op.9-2
4)ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調op.68「田園」
5)(アンコール)シベリウス/悲しいワルツ
●演奏
ドミトリ・キタエンコ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)*1-2,4-5
小山実稚恵(ピアノ*2,3)
谷口昭弘(プレトーク)

Review by 管理人hs  
この公演の立看です。

10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演PHには,プリンシパル・ゲスト・コンダクターのドミトリ・キタエンコさんが久しぶりに登場しました。恐らく,聴衆にとっても,そして,恐らくOEK団員の皆さんにとっても,待望の再登場だったと思います。キタエンコさんの指揮ぶりは,相変わらず余裕たっぷりで,とても品が良いのですが,どこかミステリアスな部分があり,時に大胆です。見事な白髪を見ているうちに,音楽に引き込まれてしまうような,不思議な吸引力のある,とても魅力的な指揮者だと思います。

今年のOEKの公演は,「ラ・フォル・ジュルネ金沢2008(LFJK)」のテーマに合わせるように,ベートーヴェンの交響曲が核となっていることが多いのですが,この日のメイン・プログラムも,ベートーヴェンの「田園」交響曲でした。この曲にはトロンボーン2本が入りますので,それを生かすように,2曲目にグリーグのピアノ協奏曲が演奏されました。こちらの方は,OEKが演奏するのが非常に珍しい曲です。ソリストの小山実稚恵さんの演奏ともども,この曲を目当てに来られた方も多かったのではないかと思います。

1曲目にまず,ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハ第9番が演奏されました。OEKの定期公演でヴィラ=ロボスの曲が演奏されるのは,初めてのことかもしれません。「ブラジル風バッハ」シリーズの中ではソプラノ独唱の入る第5番が大変有名ですが,第9番となると,実演の機会は非常に少ないのではないかと思います。

私自身,聞くのは初めてでしたが,演奏会の第1曲には丁度良い曲でした。バッハのオルガン曲には,「前奏曲とフーガ」というものがよくありますが,その構成を模した曲で,緩やかな前奏曲と速い動きのフーガの2部分から成っています。

前奏曲は,まず,キーンという独特の高音の持続音に続いて,ヴィオラのソロが出てきます。この日,首席奏者だったザザ・ゴグァさんの艶のある美しい音が非常に印象的でした。フーガの部分は,解説によると11/8拍子という聞いたこともないリズムなのですが,どこか的なラテンの気分があります。各楽器が順にフーガのメロディを演奏し,徐々に盛り上がっていくのですが,キタエンコさんの指揮には,熱狂的にはしゃぐ部分はなく,じっくりと聞かせてくれました。この曲の時のOEKの楽器の配置は,次のようにシンメトリカルなものでしたが,演奏の方も,同様に安定感がありました。

       Cb
    Va    Vc
Vn1   指揮者   Vn2

2曲目は,グリーグのピアノ協奏曲でした。この曲は,2005年の4月の定期公演で一度演奏していますが,OEKの定期公演で演奏されるのは,それ以来,2回目のことだと思います。ソリストは,おなじみの小山実稚恵さんでした。小山さんといえば,LFJK最終日の「皇帝」の演奏を思い出します。石川県立音楽堂史上に残る「熱狂の大観衆」の中での演奏で,LFJKの大成功を象徴する内容でした。その余韻を未だに体内に感じながら聞きに来られたお客さんも多かったのではないかと思います。

そして,冒頭の緊迫感と輝きに満ちたフレーズを聞いて,その熱狂が甦ったのではないかと思います。すべての音が立ち上がっているような強さがありました。LFJKでの「皇帝」の時も感じましたが,小山さんの演奏は,大曲になればなるほど冴え渡ります。そして,ここが聞き所だ!という曲のツボのような部分をビシビシっと決めてくれます。石川県立音楽堂にとっては幸運の女神(?)といった感じの相性の良さを持った方だと思います。

第1楽章,第2楽章は,かなり遅めのテンポでしたが(これは,キタエンコさんのペースだったような気もします),このことによって,室内オーケストラとの共演とは思えないほどのスケール感が出ていました。細かいはミスタッチは幾らかあったかもしれませんが,キタエンコさんとガップリ四つに組んでの大陸的な演奏は,聞き応え十分でした。楽章後半のカデンツァでも大変豪快にピアノが鳴っていました。

その一方,OEKの室内オーケストラとして叙情的な爽やかも生きていました。ファゴットやホルンが美しい対旋律を演奏するような部分が何箇所がありますが,そういう部分での室内楽的な雰囲気がグリーグのこの曲にはぴったりだと思いました。

第2楽章は,この室内楽的な雰囲気がさらに前面に出ていました。コントラバスが2本しかいないのに,非常に深々とした音楽を作っているのはさすがというか効率的(?)だと感じました。金星さんのホルンも大活躍していました。小山さんの方は,もう少し速いテンポで演奏したそうなところもありましたが,硬質のタッチによるひんやりとしたムードが北欧の気分にぴったりでした。この楽章でも,また違った絢爛さを感じさせてくれました。

第3楽章では,小山さんのピアノの強く躍動感のあるリズムが大変印象的でした。楽章の中間部でいかにも北欧的な気分を持ったフルート独奏が登場する印象的な部分がありますが,いつもどおり,岡本さんの音色は大変爽やかで,曲のイメージにぴったりでした。その後に続く最後の大きな盛り上がりも見事でした。たっぷり,堂々と全曲を締めてくれました。小山さんは,本当に大曲の似合う方です。

演奏後,盛大な拍手が鳴り止まず,キタエンコさんの「どうぞ,どうぞ」という感じのユーモラスな動作に促されて,小山さんの独奏で,スクリャービンの左手のためのノクターンがアンコールとして演奏されました。この曲は,以前,別のピアニストのアンコールでも聞いたことがありますが,ショパンの曲のようにしっとりとした気分を持つ曲でありながら,実演だと大変演奏効果の上がる作品です。

タイトルどおり左手だけで演奏する曲で,視覚的にも楽しめます。左手といえば,低音部を弾くのが普通ですが,曲の最後の方になると右手でないと弾けないような高音が出てきます。この部分を含め,音だけ聞いていると,左手だけで弾いているとは思えません。豪華なグリーグの後にぴったりの爽やかな甘みのあるデザートという感じの演奏でした。とても得した気分になった演奏でした。

OEKは,非常にCD録音に積極的なオーケストラですが,機会があれば,小山さんとも何かレコーディングを残して欲しいな,と思いました。今回のように,OEKはトロンボーンを加えれば,結構,幅広いレパートリーに対応できますので,これからも,小山さんと共演して,新たなレパートリーに挑戦していって欲しいと思います。

後半に演奏された「田園」については,OEKは,過去,岩城宏之さん,ギュンター・ピヒラーさん,金聖響さんとCD録音を残していますが,今回のキタエンコさんとの演奏は,それらとはまた一味違うものでした。第1楽章などは,軽く流しているような雰囲気だったのですが,そのことによってかえって弦楽器の美しさが際立っていました。弱音中心で,時々スーッと爽やかなフレーズが入るのも印象的でした。呈示部の繰り返しも行っていなかったので,全曲の序奏という感じの演奏だったと思います。

第2楽章も上品で滑らかな音楽でしたが,バスがしっかりと効いており,心地よいゆらぎの気分がありました。弦楽器を中心としたのどかな演奏の上に木管楽器群がソリストのように自在に活躍し,いつの間にか立体的で聞き応えのある音楽になっていたのが面白いと思いました。ちなみにこの曲での木管楽器のトップ奏者は,フルートが上石さん,オーボエが加納さん,クラリネットが遠藤さん,ファゴットが柳浦さんでした。楽章後半の鳥の声の部分などは,大変ニュアンス豊かでした。

第3楽章もまたおっとりとした,のどかな音楽でした。アッチェレランドする部分も,それほど躍起になることはなく,堂々たる田舎風の音楽を作っていました。第4楽章は,何と言ってもティンパニの引き締まった強打が印象的でした。この日は客演の菅原淳さんが担当されていましたが(そういえば,LFJKの時もこの方でした),非常にリアルな雷を聞かせてくれました。聞きながら,岩城さんが「ウィーンの雷は本当に突然やって来るんです」と語っていたのを思い出しました。まさにそういう感じの立ち上がりの鋭いティンパニでした。コントラバスの不気味さもリアルで,古典的な作りの中に強烈さがあるような演奏でした。

第5楽章は,室内オーケストラらしい透明感と温かみを持った気分で始まりました。そんなに速くもなく,遅くもなく,ガツガツ,セカセカしたところもなく,かといって,モッタリしたところもなく,やはりこれは牧歌的な気分かな,という丁度良い雰囲気でした。その気分が,終盤に近づくにつれて,大きく盛り上がり,全曲のクライマックスを築いていました。反対に,その後に続くコーダでは,一気にテンポを落とし,静かで深い余韻を感じさせてくれました。

全曲を通してみると,前半は要所要所でOEKの音色の美しさをアピールしながらも,かなり抑え気味に始まり,第5楽章後半に向けて,感情が盛り上がっていくような構成になっていたと思います。第5楽章最後の静かなドラマを秘めたエンディングをはじめ,すべてが計算されているのですが,恣意的なところがなく,常に自然な息遣いを持っているのが素晴らしいと思いました。「さすが,キタエンコ」という演奏でした。

アンコールでは,シベリウスの「悲しいワルツ」が演奏されました。大変,ゆったりとしたテンポでリラックスしたムードで始まったのですが,曲が進むにつれて,外に広がるのではなく,内側にどんどん入っていくように,弱音の凄みが増していきました。OEKの暖かく柔らかな音色も素晴らしく,大変味わい深い演奏を聞かせてくれました。この曲の演奏を聞きながら,OEKによるシベリウスも,これからはもっと聞いてみたいものだ,と感じました。

今回の公演は,キタエンコさんが,OEKのプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任して以来,久しぶりの登場だったのですが,改めて,その存在感の大きさを実感しました。音楽監督の井上道義さんとは,キャラクター的にも髪型(?)的にも見事に対照的な方ですが,考えてみると,非常に良いバランスが取れています。何よりも,お二人ともショスタコーヴィチの全交響曲を演奏したことがあるという共通点を持っているのが面白いところです。

今回の公演は,気づいてみるといつの間にかキタエンコさんのマジックに掛けられてしまっていたような演奏会でした。キタエンコさんは,次回は来年1月の定期公演に登場し,「シェエラザード」を指揮されますが,これもまた楽しみな公演です。ステージ上のOEK団員の歓迎ぶりを見ても,キタエンコさんは,OEKととても相性の良い指揮者だと思います。今後,さらに多くの公演に登場することを期待したいと思います。 (2008/10/11)

今日のサイン会
恒例のサイン会で,小山さんとキタエンコさんのサインを頂いてきました。いつもにも増して長い列が出来ていました。

キタエンコさんには,前回登場時のライブ録音CDの表紙に頂きました。

小山さんにはプログラムに頂きました。達筆です。

お馴染みのOEKの皆さんのサインです。

左からヴァイオリンのトロイ・グーキンズさんとコンサート・マスターの松井直さんのサインです。


アンコールで演奏されたスクリャービンの曲が収録されている小山さんのCDです。



OEKとキタエンコさんが共演したCDです(上記の色紙になっているものです)

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11月に行われるアジア音楽祭かなざわの立看板も出ていました。↓