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オーケストラ・アンサンブル金沢第249回定期公演F
2008/10/25 石川県立音楽堂コンサートホール
1)千住明/ヴァイオリンとストリングオーケストラの為の「彩霧」(1994)
2)千住明/ヴァイオリンとストリングオーケストラの為の「四季」(2004)
3)千住明/Prayer(交響曲第1番〜第3楽章)(2005)
4)千住明/「風林火山」組曲(NHK大河ドラマ「風林火山」から)(2007)
5)(アンコール)千住明/NHK連続テレビ小説「ほんまもん」〜テーマ「君を信じて」(2001)
6)(アンコール)千住明/NHKアニメーション「雪の女王」〜テーマ「スノーダイヤモンド」(2005)
●演奏
千住明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),千住真理子(ヴァイオリン*1,2,5,6)
Review by 管理人hs  
この公演の立看です。よく見ると...アンコール曲が既に書かれていました。

このところ,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演ファンタジー・シリーズには,渡辺俊幸,宮川彬良といった,テレビ番組や映画音楽等のための音楽の作曲で活躍されている”旬の作曲家”が登場する機会が増えています。現代のクラシック音楽を音楽史の観点から眺めてみると,現代は,映像メディアのための音楽の時代と言えるのかもしれません。今回のファンタジー定期公演の主役の千住明さんも,その代表と言っても良い作曲家です。公演チラシに書かれた「千住明の世界」というタイトルどおり,アンコールで演奏された曲を含めて千住さんの作品ばかり6曲が演奏されました。

この日は,千住明さんのトークを交えて進められましたが,そのお話によると,今回のような形で演奏会全体を千住さんのいろいろなタイプの作品で覆い尽くすことは珍しいとのことです。これはいつの時代も同じことかもしれませんが,自分の作りたい曲を作るというよりは,現実的には,注文を受けて”自分の本心を隠して”曲を作ることが大半なのだそうです(「90%は本心を出せない」とのことでした。)。

この話は大変興味深いものでした。世の中の多くのことがそうであるように,自分の好みだけで作るよりは,”注文”という形で制限を設けられた方が個性が出るケースも多いのも事実です。「楽しめればどちらでも良い」と私は思っていますが,それでもテレビや映画のための音楽とは一味違う千住さんの”本心”を見てみたい,聞いてみたいという気持ちもあります。

今回のプログラムの前半では,この”千住さんの本心”に接することができました。前半演奏された2曲は,どちらも妹のヴァイオリニスト千住真理子さんとの共演で演奏された弦楽合奏とヴァイオリンのための協奏曲的作品でした。

最初に演奏された「彩霧」は,1994年にNHKハイビジョンの「山河憧憬〜彩霧」という番組」のために作られた作品です。プロローグとエピローグの間にヒストリーとストーリーという部分がそれぞれ2つずつ入る合計6部から成る構成です。全体は20分ほどだったと思います。

冒頭から透明感のある響きに溢れていました。楽器編成は,後半の「風林火山」との関係か,低弦がかなり増強されており,たっぷりとした気分で音楽を味わうことができました。千住真理子さんのヴァイオリンを聞くのは本当に久しぶりのことですが,すっかり成熟した大人の演奏家になったなぁと実感しました。人肌の温もりを感じさせる存在感のある音色をじっくりを聞かせてくれました。

いわゆるBGM的な聞きやすさがあるのですが,通常の弦五部に加え,ハープも加わっているのが良い味付けになっており,高級感溢れる甘美さに満ちたBGMになっていました。どこかバーバーのヴァイオリン協奏曲などを思わせる部分もあると思いました。

続く「四季」は,2004年に羽田空港第2ターミナルが完成した時に明さんの兄の日本画家・千住博さんに委嘱された吊りアート「滝のオーロラ」と天井画「銀河」にインスパイアされて作られた曲です。博さんの作品は吹き抜けに展示されており,そのスペースに常時流されているのが,明さん作曲,真理子さん独奏による「四季」とのことです。つまり,千住家の三兄妹のコラボレーション作品ということになります。この日,客席には,明さんと真理子さんの母上も来られていたそうですが,こういうコラボは,普通の家庭では想像もできないことだと思います。

演奏前の博さんのお話では,「千年の寿命を持つ和紙に描かれた日本画を意識して,後世に残る作品を作りたかった。そのために,誰が聞いても美しい曲にしたいと思った」と語っていました。お話を聞いてから聞いたこともありますが,その意図どおりの作品だと感じました。

「彩霧」同様,静かで耽美的で映像を喚起するような力が基調としてあるのですが,「四季」ということで,しっかりと楽章ごとに変化が付けられていました。「春」は「彩霧」同様の気分だと思ったのですが,「夏」になると,シチリア舞曲を思わせるようなたっぷりとした動きが出てきます。「秋」には後期ロマン派の曲のようなたっぷりとした重厚さがありました。「冬」では,ミニマル・ミュージックのような繰り返しが印象的でした。この辺は,やはり雪が降るイメージなのでしょうか?あれこれ勝手に想像しながら聞いてしまいました。羽田空港では,一体どのように響いているのか,機会があれば聞いてみたいものです。

曲中,OEKの方は,透明感のある和音をしっとりと長く伸ばしているだけのような部分が多かったのですが,そのシンプルな美しさが明さんの”本心”なのだと思います。どちらの曲も,同じ音型が繰り返されているうちに心地良さが出てくる作品で,美しさに浸りながら癒された人も多かったと思います。真理子さんのヴァイオリンも,時に技巧的な華やかさを見せながらも,基本的には情感豊かでしっとりとした音を聞かせてくれました。やはり,兄妹ということで,感性に共通するものがあるのだと思います。音による日本画の世界をしっかり楽しませてくれました(文章を書いているうちにもう一度聞きたくなってしまいました。)。

後半の最初の部分では,まず,明さんと真理子さんによるトークが行われました。この中では,真理子さんが明さんの作る音楽について,(1)孤独を感じさせる,(2)何かが生まれるような雰囲気を持っている,という2点を指摘していました。2曲を聞いた後では,「なるほど」と思いました。真理子さんは,OEKが設立された頃からの「応援団」ですが,「千住明の曲をOEKと演奏したいと願っていた」というコメントもOEKのファンとしては大変嬉しく思いました。

後半最初の曲もまた,「自分自身のために書いた曲」とのことでした。亡くなった友人を追悼する,祈りの音楽ということで"Prayer"というタイトルが付けられています。この曲も前半の曲同様,シンプルな構成でしたが,管楽器が加わったこともあり,"祈り”に加えて”希望”を感じさせる明るさがありました。

演奏会の最後は,近年の千住さんの代表的な仕事である,NHK大河ドラマ「風林火山」の音楽による組曲でした。ここまで比較的静かな曲が続きましたので,一気に音が爆発するような感じでした。トランペット,トロンボーン,ホルンなどの金管楽器が大活躍する荘重さが特に印象的で,前半とは一味違った職人的な音楽作りを聞かせてくれました。1年間続くドラマということで,200曲ぐらい書いたとのことですが,今回はその中から次の10曲が演奏されました。
  • 風林火山:メインテーマ
  • 侵掠すること火の如し
  • 我に力を
  • 村の足軽
  • 相克と謀略
  • 動かざること山の如し
  • 戦は我が人生の如し
  • いざ出陣!決戦の地へ
  • 散りふる花
  • 風林火山:燃ゆる日輪

タイトルからも分かるとおり,結構重苦しい曲が多かったのですが,私自身,このドラマは1回も欠かさずに見ましたので,大変懐かしくなりました。今年の「篤姫」とは全く反対の傾向の作品だったなぁと改めて思いました(ただし,これから「篤姫」の方も重苦しくなりそうですが...)。

最初のメインテーマは,特に懐かしい曲です。毎回,この曲の最初の部分で,山本勘助役の内野聖陽さんのナレーションが入っていましたので,頭の中で「迅きこと風のごとし...」とその語り口を甦らせながら聞いていました。この曲は,トランペットの高音が頻出する曲で,聞くたびにテンションが湧き上がる曲です。続く「次の侵掠すること火の如し」も金管楽器が大活躍していましたので,特にトランペット・パートの3人は大変な重労働だったと思います。

その後は,静かな曲やスケルツォ風の軽妙な音楽がいくつか入りましたが,「動かざること山の如し」になるとまたまたパワー全快となりました。この辺の曲をアレンジすれば,甲子園での応援用ファンファーレに使えそうな曲がいくつもあるような気がしました。「いざ出陣!決戦の地へ」などは,ホルストの「火星」のような雰囲気がありましたが,考えてみると,「火星=戦争の神」ということで,イメージにぴったりでした。

最後の曲の直前の「散りふる花」では,フルートの上石さんによる独奏が入りましたが,重厚な曲が続く中で非常に印象的でした。潔さを感じさせる横笛といったイメージがありました。そして,最後は,メインテーマを変奏したような「燃ゆる日輪」で重々しく締められました。

アンコールでは,やはり同じNHKの番組「ほんまもん」と「雪の女王」のための曲が演奏されました。この辺は,「演奏しないと帰してもらえない」曲ですね。どちらも真理子さんのヴァイオリン独奏の入る曲ですが,個人的には,特に「ほんまもん」のテーマが懐かしかったですね。演奏時間的に言っても,クライスラーの小品に通じるような親しみやすさがある曲です。

「雪の女王」の方は,速い3拍子系の曲で,キラキラとした音色が印象的でした。この日の真理子さんの衣装は光沢のある水色のドレスでしたが,この曲の氷のイメージにぴったりでした。

終演後は,CD購入者向けにサイン会を行っており,私も参加してきました。いつもにも増して,大勢の人が集まっていました。”千住兄妹を間近で見られる!”ということで,芸能人の記者会見的な華やかさがありました(やけに携帯で撮影をしている人が目立ちました)。

真理子さんと明さんは,共に音楽家ということで,一時期グループのように活動されていたことがあったそうですが,近年はそれを嫌って,別行動を取るようにしていたそうです。今回の定期公演での共演は,”特別”とのことですが,明さんと真理子さんのお二人の”芸術家魂”に触れることができた気がします。芸能人的なサービス精神と芸術家としての本心 ― 今回の定期公演では,この両面を味わうことができました。

今回を機会に,千住明さんには,OEK用のオリジナル作品を,是非,作って頂きたいと思います。もちろん,金沢を舞台とした映画のサントラ盤という企画があれば大歓迎したいですね。日本画つながりで言うと,石川県立美術館に流す音楽を作って頂くというアイデアはいかがでしょうか? (2008/10/26)

今日のサイン会と
音楽堂周辺の光景

千住明さんのサインです。「風林火山」には2種類のサントラ盤がありますが,完結編の方です。例のテーマ曲には内野さんのナレーション入りです。


こちらは千住真理子さんのサインです。少々失礼かとも思ったのですが,千住さんの実質的なデビューCDを持っていましたので(20年ほど前のものです)持参しました。収録されているのは,チャイコフスキーとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲です。


音楽堂は,11月2日と3日に行われる「アジア音楽祭かなざわ」のポスターが至るところに飾られていました。

正面です。


音楽堂内の廊下です。


音楽堂の外周部です。


JR金沢駅構内です。


金沢フォーラスには,タワーレコードがオープンしていました。


粗品のティッシュです。


品揃えはイマイチでしたが...3000円以上を開店記念に買ったところ,粗品のタンブラーをもらいました。

ちなみに横にあるのは,全く関係ありませんが,金沢駅で買った松任の円八のあんころ餅です。