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オーケストラ・アンサンブル金沢第250回定期公演PH
2008/10/31 石川県立音楽堂コンサートホール
1)舞囃子「高砂」
2)作曲者不詳/十字軍の音楽〜王の舞曲,王のエスタンピI,II,II
3)ヴィヴァルディ/ファゴット協奏曲変ロ長調「夜」RV.501,P.401 F.Vii-I
4)狂言「見物左衛門」
5)高橋裕/能とオーケストラのための「井筒」(委嘱作品,世界初演)
6)(アンコール)素囃子「獅子」
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*2,3,5
,柳浦慎史(ファゴット*3)
能楽:金沢能楽会*1,5,6,狂言:野村祐丞*4
  シテ:佐野由於*1,広島克栄*5,ワキ:苗加登久治*5
  後見:佐野由於*5,島村明宏*5
  笛:吉野晴夫*1,5,6, 小鼓:住駒俊介*1*5,6,大鼓:飯嶋六之佐*1,5,6,太鼓:麦谷暁夫*1,6
  地謡:高橋右任*1,5,島村明宏*1,高橋憲正*1,5,渡邊容之助*5,松本博*5
プレトーク:高橋裕,(途中から聞いたので)もう一方のお名前は不明

Review by 管理人hs  
この公演の立看です。

ラ・フォル・ジュルネ金沢では,「ルネ・マルタンさんも絶賛」という感じで能とクラシック音楽の共演が話題となりましたが,10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演では,これをさらに大がかりにしたような,室内オーケストラと能のコラボレーションが行われました。この”異業種交流”シリーズは,岩城さん時代からOEKは熱心に取り組んでいますが,井上音楽監督になってから,ますます,盛んになって来ている気がします。

今回の定期公演では,この能とのコラボ以外にも,演奏というよりは上演という言葉が相応しい作品ばかりが取り上げられました。ビジュアル系またはパフォーマンス系定期公演と言っても良いと思います。恐らく,これが井上音楽監督が目指す”新しいOEKの定期公演”の方向性の一つだと思います。今回初めて行う試みがあちこちに盛り込まれた,これまでに見たことのないような斬新な公演となりました。

最後に演奏された,高橋裕さんの「能とオーケストラのための「井筒」」をはじめ,全般に邦楽のテイストの方が強い公演で,「これがオーケストラの定期公演?」という方もあったかもしれません。唯一演奏された純粋な”クラシック”音楽のヴィヴァルディのファゴット協奏曲にしても,バロック音楽ですので,古典派〜ロマン派〜20世紀の音楽が全然演奏されなかったことになります。この辺の普通でない選曲もまた,指揮の井上道義さんの意図だと思います。

まず,OEK抜きで,舞囃子「高砂」が演じられました。「高砂」と言えば,「たーかーさーごーやーー,こーのーうーらーふーねーにー...」というおめでたい謡を思い出しますが,その詞を含む能です。ただし,能といってもシテ(主役)は,面を付けていませんでした。こういう上演形態は,舞囃子と呼ばれます。能のクライマックス部分だけを演じるダイジェスト版ということになりますが,あくまでもOEKの定期公演での上演ということで,あまり長くなることを避けたのかもしれません。今回の場合,日頃能を観る機会の少ないお客さんが多かったと思いますので,その点でも丁度良かったと思います。

今回のステージですが,能舞台を模した形になっていました(「井筒」の後の絵を参照ください)。本来は,シテとツレ(脇役)の2人が出てくるようですが,今回は能の後半部だけの上演でしたので,老翁役のシテだけが登場しました。正直なところ能の舞については,あまりにも動きが小さいので「?」という部分があります。それでも「住吉の神の舞」ということで,神秘性を感じさせてくれるものでした。

演奏は,笛,小鼓,大鼓,太鼓の4楽器+地謡3人という編成でした。こちらの方では大鼓(おおつづみ)の「カーン」という冴えた音が印象的でした。

舞台転換のために10分の休憩が入った後,「十字軍の音楽」と題されたステージになりました。こういう企画は,OEKの定期公演では初めての試みだったと思いますが,オーケストラの演奏会の中に室内楽の公演が差し込まれた形になっていました。

燕尾服ではなく,私服を着た団員の皆さんが,野趣に満ちた,ちょっと不思議な編成の室内楽曲を4曲演奏しました。いずれも速い3拍子系の曲で,太鼓がリズムを刻む上にちょっとエキゾティックな音楽が流れるといった曲が中心でした。次の順に演奏されました。

 1曲目:王の舞曲 オーボエ:水谷,打楽器:渡邉
 2曲目:王のエスタンピI ヴァイオリン:松井,手回しオルガン:黒瀬
 3曲目:王のエスタンピII チェロ:大澤,コントラバス:ボカニー,打楽器:渡邉
 4曲目:王のエスタンピIII トランペット:谷津,藤井,ヴィオラ:石黒,打楽器:河野 → 途中から全員で

それぞれの編成は室内楽編成なのですが,曲ごとに,それぞれの奏者にスポットライトを当て,最後に全員が元気の良く合奏する形になっていましたので,やはりオーケストラ公演ならではの演奏ということがいえます。OEKの室内楽公演シリーズ「もっとカンタービレ」などに出てきそうな自由な発想が,定期公演の方にも進出してきた,という感じです。

楽器を持っていない井上さんは,最後の曲では足踏みを踏み鳴らし,それに合わせて,団員の皆さんが手を組んで謎の(?)ダンスを踊っていましたが(大澤さんとボガニーさんの重量級ダンスが凄かった),こういうアイデアもまた,ミッキー&OEKならではだと思います。

使われていた楽器の中では,スコットランドのバグパイプのような感じで,同一の音を通奏低音のように鳴らす素朴な手回しオルガンが異彩を放っていました。今回使っていたこの謎の楽器は,実在の楽器ではなく,勝手に作った楽器とのことです。この辺は時代考証的に問題はあるのかもしれませんが,井上さんが語っていたとおり,「これぐらいハメをはずしても問題ないだろう」と私も思いました。過去に思いをはせながら,新しい音楽を作るというのは,とても面白い試みだと思います。今回は,この楽器をオルガン奏者としてお馴染みの黒瀬恵さんが担当されていましたが,イスラム風の衣装を着ており,ビジュアル的にも演奏の核になっていました(ただし...この楽器は回せば一つの音が出るだけなので,私にも弾けそうです。黒瀬さんは,次のヴィヴァルディではチェンバロを担当されていました。)。

それにしても「十字軍の音楽」というのは,不思議な選曲です。井上さんの話によると,次のような観点・経緯から選曲したとのことです。
  • 今回のメインの曲の能「井筒」は,今から400年前の曲である。
  • それでは「井筒」よりも400年前の曲というのはあるか?
  • 探してもらったら,「十字軍の音楽」というのがあった!
  • 楽譜は当時なかったはずだが,翻訳(?)された楽譜ならある
こうなったら,次回は十字軍よりさらに400年前の音楽などに挑んで欲しいですね。ローマ帝国の音楽とか正倉院の音楽とか...「音楽でたどる世界史」という企画などどうでしょうか?

その後,今回唯一の普通の作品,ヴィヴァルディのファゴット協奏曲がOEKのファゴット奏者柳浦慎史さんの独奏とともに演奏されました。今回のプログラムの並びを見て,まず「能・狂言との付け合せになぜヴィヴァルディが?」という感想を持ったのですが,演奏を聞いてなるほどと思いました。能というのは究極の音楽ドラマというところがありますが,今回のヴィヴァルディの演奏もまた音によるドラマになっていました。

井上さん指揮OEKの定期公演では,3月に行われたドビュッシーの「おもちゃ箱」の公演の印象が強いのですが,その雰囲気を彷彿とさせるように夜から朝にかけての変化のドラマを聞かせてくれました。もともとこの曲の各楽章の指示に「眠り」とか「黎明の兆し」といった表示があるそうなので,「楽譜に「超」忠実」な演奏と言えます。第1楽章がゆったりとしたテンポで始まると,次第に会場の照明は暗くなって行きました(各奏者の譜面台にLEDランプのようなものが付いていたので何かあるな,とはすぐ分かったのですが)。曲のテンポ感と照明のデクレッシェンドがぴったりと一致していました。

その後,ちょっとおどろおどろしい感じの赤く幻想的な照明に変わった後,最後の楽章では,朝の照明に切り替わりました。恐らく,CDで聞いただけだと,普通の協奏曲だと思うのですが,ビジュアルな要素を強調することで,ヴィヴァルディ版「はげ山の一夜」になっていたのは驚きでした。この曲を選曲したのもすごいと思いましたが,照明のセンスもとても良かったと思います(プログラムにクレジットして欲しかったところです)。

そして,柳浦さんのファゴットもお見事でした。柳浦さんと言えば,ファゴットという楽器の持つイメージどおり,OEKメンバーの中でも父親的な存在感のある方です。恐らく,長年OEKを聞いているファンならば誰でも,そしてOEK団員の誰もがそう思っていると思います。そのことが演奏にも現れていました。全曲を通じて,大変しっかりとした堂々とした音楽を楽しませてくれました。ベテラン俳優のセリフまわしを思わせるような,味のある間の取り方も音によるドラマの気分にぴったりでした。

なお,今回の演奏でも前回の定期公演での「ペール・ギュント」同様,最終楽章で鳥の声の効果音を入れるなど,人工的な音を付け加えていました。映像の効果については面白いと思ったのですが,音の方についてはヴィヴァルディの楽譜にある音を以外を付け加えない方が良いと思いました。

後半は,「見物左衛門」という狂言で始まりました。この演目の意図ですが,西洋音楽で言うところの序曲の役割を果たしていました。「見物左衛門」という名前どおり,見物が好きな人物を描いた作品なのですが,最後に「音楽堂にコラボを見に行こう」といったセリフを言って,会場の空気を和ませた後,退場していました。能と狂言というのは,対になって演じられるものですので,能を題材とした音楽のための粋なイントロダクションとなっていました。今回の演奏会では,セリフの現代語訳や場面の説明についての字幕が両サイドに出ていたのですが,この狂言の最後の部分の字幕が「音楽DO!」という井上さん作の名コピーになっていたのも洒落ていました。

このステージは,野村祐丞さんの一人舞台だったのですが,とても大らかな雰囲気がありました。古い時代の言葉を使っているのでセリフの内容は完全には理解できなかったのですが,野村さんの声を聞いているだけで爽快な気分になりました。

最後の「井筒」は,通常の能にオーケストラが加わるような形でしたが,能単独で鑑賞するよりは,展開が分かりやすくなっていた気がしました。今回はステージの後半分にOEKが並び(狭いところに押し込められている形でしたが,こういうことができるのも室内オーケストラならではです),その前に仮設能舞台が作られていましたので,OEKがピットに入って,能を伴奏するような感じでした。そのこともあり,ちょっとしたオペラを見るような雰囲気がありました。

プレトークの時に作曲者の高橋さんが語られていたように,この「井筒」は,特にドラマの起伏の少ない作品ということで,音楽を付けるのが難しかったとのことですが,弦楽器の高音の弱音を主体としたイントロ部分を初め,能自体の雰囲気を全く壊すところはありませんでした。高橋さんは,前にOEKが能と共演した時の「葵上」も作曲されていますが,能を相当深く研究されているのだと思います。さらに熟練された音楽になっていました。

OEKの作り出すサウンドでは,途中,管楽器が合わさって作り出す笙のような音が邦楽の気分にぴったりでした。笛,小鼓,大鼓といった和楽器もオーケストラの音と違和感なくマッチしていました。最後の方に打楽器(多分,マリンバだと思います)が入り,ストーリーの中に出てくる鐘の音を表現していましたが,この辺の楽器の使い方もとても控え目でセンスが良いと思いました。

金沢能楽会の皆さんによる能は,恐らく,オリジナルどおりのものを演じていたのだと思います。最初の「高砂」同様,動作が非常に様式的なのでボーっと見ていてもなかなかその動作の意図を理解できないのですが,この曲では「高砂」の時とは違い,面をつけて演じられていたこともあり,舞台全体の空気が変わっていました。

それとOEKが演奏に加わっていたとはいえ,能の舞台が作り出す時間の流れは西洋音楽とは全く次元が違うものだと思いました。この「井筒」という作品は,能の中でも特に静かな作品のようですが,全編が弱音で演奏されているにも関わらず,しっかりとした一本の線がずっと続いているような滑らかさがあり,いつもの音楽堂とは全く違う世界に風景が変わっていました。小道具や背景のススキが作品のムード,そして現在の季節によくマッチしていました。

金沢能楽会は,100年以上の歴史を持つ団体で,OEKの大先輩になります。毎月のように定例会を続け,これまでに1,100回以上の公演が行われているということです。一度,本物の能を観てみたくなってきました。好みの問題ではあるのですが,私自身の感覚からして,恐らく,クラシック音楽愛好家が能を排除する理由はないと思います。共に抽象的なライブ・パフォーマンスで,そのため,鑑賞にはある種の「教養」がある方が楽しめるという性格があります。同じ金沢で活躍するアンサンブル(?)ということで,能楽とクラシック音楽との相互交流というのは,それぞれの客層を広げるという点でも意義のあることだと思います(本拠地も石川県立音楽堂と石川県立能楽堂ということで,わずか一文字(!)違いだし)。

演奏の後,カーテンコールになりました。幕はないので,下手から出たり入ったりすることになるのですが,恐らく,本物の能で,一旦引っ込んだ役者が舞台に戻ってくることはないと思います。この辺のしきたりは,OEKの定期公演ということで,西洋音楽式なのですが,シテの方が,お面を取って,すり足ではなく普通の歩調で出てくると一気にオーラが消えていました。これはとても興味深い現象でした。能というのは,やはりあの独特の動作と面が支えているのだと気づきました(それと,役者さんがお面を取って初めて,能は一種の女装なのだと気づきました)。

その後,アンコールがありました。さすがに能をもう一度演じるわけにはいかないので,和楽器4人による素囃子で「獅子」という曲が演奏されました。「イヨー」という掛け声を交えながらの激しい演奏で,各楽器が獅子のように吼えていました。

演奏会の最後では,OEKのメンバーと金沢能楽会のメンバーとがそれぞれ一列に並んでいましたが,これも壮観でした。いかにも金沢らしい光景だと思います。能とオーケストラの共演については,もう少し改善の余地があるような気はしましたが(それと,やはりもう少し”普通”のクラシック音楽を聞きたい気もしました),金沢ならではOEKならでは,そしてライブならではのチャレンジ精神に満ちた公演だったと思います。今回のような,オーケストラ公演の中の室内楽公演的な要素も含め,これから井上&OEKは,どういった定期公演を提案してくるのか,ますます楽しみになってきました。 (2008/11/02)

音楽堂周辺の光景
今回はサイン会はありませんでした。

音楽堂周辺はアジア音楽祭かなざわの準備が着々と進んでいるようでした。


金沢駅にはモーツァルトが早くも登場


前回の定期公演の時にもらってきたフリーペーパーを見ていると,井上さんとアリス=沙良・オットさんの対談記事が掲載されていました。

アリスさんは,ドイツ・グラモフォンからリストの超絶技巧練習曲集のCDを発売するということです。1月の公演&日本ツァーはOEKとの共演ということで,大変楽しみですね。