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もっとカンタービレ第10回 ジョアン・ファレッタを迎えて
オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ
2008/11/26 石川県立音楽堂交流ホール
1)モーツァルト/クラリネット五重奏曲イ長調,K.581
2)ボッケリーニ/ギター五重奏曲第9番ハ長調「マドリッドの夜警の行進」
3)コープランド/バレエ組曲「アパラチアの春」
●演奏
ジョアン・ファレッタ指揮*3
ロバート・アレマニー(クラリネット*1),太田真佐代(ギター*2)
ヴォーン・ヒューズ*1,,山野祐子*2,坂本久仁雄*3,松田典子*3(第1ヴァイオリン),藤原朋代*1,原三千代*2-3,藤田千穂(第2ヴァイオリン),石黒靖典*1-2,古宮山由里*3,若松美穂*3(ヴィオラ),大澤明*1-2,福野桂子,富田祥*3(チェロ),今野淳(コントラバス*3),岡本えり子(フルート*3),西田裕美(クラリネット*3),中野陽一郎(ファゴット*3),松井晃子(ピアノ*3)
通訳:道井孝子

Review by 管理人hs  
この公演のポスターです。奥にあるのはクリスマス・ツリーです。そういう季節になってきました。
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の11月の定期公演は,月末のマイスター公演1回ということで,10月の定期公演からかなり間が空きました。私のような"超"の付くようなOEKファンにとっては,一ヶ月も間が開くと,どこか体のリズムが悪くなります。というわけで,今回の「もっとカンタービレ」シリーズは,室内楽公演とは言え,待望の公演でした。

この公演ですが,指揮者のジョアン・ファレッタさんが登場するのも楽しみでした。ファレッタさんは,アメリカのバッファロー・フィルの音楽監督をされていますが,バッファロー市と金沢市は,姉妹都市提携を結んでいますので,どこか親しみを感じます。ファレッタさん自身,近年多くのCDをNAXOSレーベルなどからリリースしている注目の女性指揮者です。

ファレッタさんは,最後に演奏されたオリジナルの13人による室内楽編成版の「アパラチアの春」にのみ登場しましたが,これが本当に鮮やかな演奏でした。室内楽公演というよりはオーケストラの定期公演と言っても良い内容で,「もっとカンタービレ」シリーズならではの和やかさと指揮者が入ることで出てくるピリっと引き締まった空気との絶妙のブレンドを味わうことができました。

ファレッタさんは,細見の方でしたが,その指揮の動作は明確で全く無駄がなく,演奏全体も知的で引き締まったものでした。それでいて,振り方がのびのびと大きく,シンメトリカルで安定感があるものでしたので奏者の皆さんは,大変演奏しやかったのではないかと思います。曲の前にファレッタさんによるトーク・コーナーもありましたが,語り口は柔かく,内容も大変明確で(私でもかなり分かる英語でした),人を引きつける魅力を持った方だと思いました。

この「アパラチアの春」という曲は,OEKの定期公演でも何度か演奏されたことのある作品ですが,今回の演奏を聞いて,音のクリアさと透明度の点から言って,今回の室内編成版の方が良いかもしれないと感じました。これは,交流ホールという演奏者を間近で見ることのできる場所で聞いたせいもあるかもしれませんが,各楽器のソロがくっきり浮き上がり,曲全体の輪郭がよりクリアに感じられました。今回のOEKのメンバーには,何故かエキストラの方が多く参加しており,ほとんど合同演奏といった感じもありましたが,若々しさに満ちた演奏で,大変レスポンスの良い演奏でした。定期公演を前にしっかりと信頼関係が出来ていると感じました。

冒頭の静かな部分から,いかにも”アーリー・アメリカン”という感じの懐かしさとモダンで合理的な感じとが同時に伝わってきました。今回の編成にはピアノが加わっていましたが,この音がサウンド面での核になっていたと思います。途中,20世紀音楽らしく,複雑なリズムが次々出てくるのですが,それを鮮やかにさばいていく様子も爽快でした。何よりもコープランドの音楽に対して,非常に強く共感しているのが伝わってくるのが素晴らしいと思いました。

前半に演奏された2曲の五重奏曲もこのシリーズならではの演奏でした。

モーツァルトのクラリネット五重奏曲には,ファレッタさんの旦那様のロバート・アレマニーさんがクラリネット奏者として参加しました。アレマニーさんも,見るからにエグゼクティブという感じの堂々とした雰囲気の紳士でしたが,演奏の方も慌てず騒がずの落ち着いた演奏でした。どの楽章も非常に遅いテンポで感傷的な部分が全くありませんでした。特に最終楽章の最終変奏直前の部分の深みは大変印象的でした。

交流ホールだと各楽器の音がよく聞こえるのですが,特に大澤さんのチェロがしっかりと歌っているなぁと思いました。もう少し微笑むような感じであるとか,ニュアンスの変化に富んでいても良いかなという部分もありましたが(それと,この曲の場合,もう少しホールに残響が欲しいと思いました),晩秋にふさわしい大人の演奏になっていたと思います。

2曲目はボッケリーニのギター五重奏曲でした。「マドリッドの夜警の行進」というサブタイトルの付いた曲ですが,1曲目とは反対に,夜のラテンムードを感じさせる作品でした。会場の照明も「裸電球風」の雰囲気になっていました。ただし,夜のラテンといっても怪しい感じはなく,素朴で健康的なセレナードのような作品です。もともとは弦楽五重奏(ボッケリーニらしくチェロ2本が入る五重奏です。この版ならば以前に聞いたことがあります)なのですが,今回のギター版も大変面白く,ラテンムードをさらに強調していました。

ロッシーニの弦楽のためのソナタと通じるテイストがあるのですが,時折ギターの伴奏音が軽やかに聞こえてくると,一般的なクラシック音楽とは一味違った気分になります。通常の弦楽四重奏の中に「おやっ,何だろう?」という感じで,同じ弦楽器とはいえ少し異質なものがさりげなく加わっているという雰囲気です。その点がギター五重奏版のいちばんの魅力です。

各楽器ともに見せ場のある曲でしたが,その中では特に第1ヴァイオリンの山野さんの積極性のある演奏と艶のある音色が印象的でした。もう一つの(というか最大の)聞きものは,第2楽章のクレッシェンドとデクレッシェンドです。「ペルシャの市場にて」「中央アジアの草原にて」といった曲同様,「近づいてきて,遠ざかる」という光景を描写しているのですが,まさに昔のマドリッドはこういう感じだったのだろうな,というリアルさを感じました。中盤のフォルテの部分で,各楽器が激しく音を掻きならす箇所が,やはりラテン的でした。

ギターは,金沢を中心に活動している太田真佐代さんでした。アコースティック・ギターの音量は他の弦楽器に比べるともともと小さいのでさりげなくPAを使っていましたが,もう少し音量を上げても不自然ではなかったと思いました。ただし,音量とは別にギターという楽器には存在感がありますので,ギターと弦楽四重奏の組合せも面白いなぁと感じた方も多かったと思います。今回の演奏を機会に「夜のラテン室内楽(ギターも含む)」といった曲をどんどん発掘していって欲しいと思います。

今回の「もっとカンタービレ」は以上のように大変充実した内容でした。このシリーズも回を重ねるにつれて,いろいろなアイデアがどんどん出てきており,ますます好調です。今回のように「オリジナルは室内楽」という曲を取り上げるのも面白いし,一般的に聞けないような組み合わせの室内楽を取り上げる企画も良かったと思います。OEKの名物企画になって来たと実感しました。

PS.ファレッタさんというお名前ですが,室内オーケストラにぴったりといった響きがあります。何故かなと考えていたのですが,「シンフォニエッタ」という語感と似ているからだと思います。「〜ッタ」という語尾になるとどこか可愛らしい感じになりますね。(2008/11/29)

関連写真集
早目に着いたので,会場をのぞき込んでみると,ゲネプロ中でした。


気のせいか,音楽堂内にポスターの掲示板の数が増えたような気がします。12月のボエーム公演とラ・フォル・ジュルネ金沢2009のポスターです。