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ル・ジュルナル・ド・ショパン:ショパンの音楽日記
2008/11/28 東京オペラシティコンサートホール 
No.3 旅立ちの時:1828年〜1830年
1)ショパン/ポロネーズヘ短調op.71-3
2)ショパン/ポロネーズ変ト長調KK IVa-8
3)ショパン/ワルツ変ニ長調op.70-3
4)ショパン/マズルカハ長調op.68-1
5)ショパン/変奏曲「パガニーニの思い出」イ長調
6)ショパン/ワルツロ短調op.69-2
7)ショパン/マズルカヘ長調op.68-3
8)ショパン/マズルカイ短調(マズルカop.7-2初稿)
9)ショパン/マズルカニ長調KK IVa-7
10)ショパン/ワルツホ長調 KK IVa-12
11)ショパン/ワルツホ短調KK IVa-15
12)ショパン/ノクターン嬰ハ短調遺作「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」
13)ショパン/4つのマズルカop.6
14)ショパン/5つのマズルカop.7
●演奏
アンヌ・ケフェレック*1,12,13,アブデル・ラーマン・エル=バシャ*2-5,児玉桃*6,イド・バル=シャイ*7-11,フィリップ・ジュジアーノ*14(ピアノ)

No.4 2つの都:1829年〜1831年
1)ショパン/ノクターン変ロ短調op.9-1
2)ショパン/ノクターン変ホ長調op.9-2
3)ショパン/ノクターンロ長調op.9-3
4)ショパン/スケルツォ第1番ロ短調op.20
5)ショパン/12の練習曲op.10
●演奏
アンヌ・ケフェレック*1,ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ*2,4,5,アブデル・ラーマン・エル=バシャ*3(ピアノ)

Review by 管理人hs  
↑公演のポスターです。
関東地方への出張後,「ラ・フォル・ジュルネ:熱狂の日音楽祭(LFJ)」ですっかりおなじみとなったルネ・マルタンさんプロデュースによるもう一つの音楽イベント「ル・ジュルナル・ド・ショパン」を聞いてきました。「ル」とか「ジュ」とかが入っているネーミングからして”似ている”のですが,内容の方も似ています。

演奏会の単位は約1時間で料金は1500円から2000円。登場するアーティストは,ルネ・マルタンさんの選んだ実力者ばかり。そして,何より特定作曲家の作品を「全部やる」というスタイルが共通します。違う点は,ピアノ曲に特化している点,そして,晩秋に行われている点でしょうか。これは東京オペラシティという会場のせいもあるかもしれませんが,LFJのような熱狂はなく,じっくりと音楽を味わい尽くそうという落ち着いた気分がありました。

今回,私が聞いてきたのは金曜日の夜に行われたNo.3「旅立ちの時」,No.4「2つの都」の2公演でした。No.3は18:30開始,No.4は20:30開始ということで,2つ合わせても「少し長めの演奏会」といったぐらいでした。平日ということもあり,お客さんの入りはそれほどよくありませんでしたが,演奏のレベルの高さと豪華さには大満足でした。

#逆にいうと,LFJの集客力の高さは春の連休中という設定が大きいのかもしれません。

この豪華な気分というのは,何より1時間内に複数のピアニストが次々と登場する点にあります。ピアニストによるガラ・コンサートと言えます。それにホールの音響の良さと高級感のある雰囲気が加わります。クリスマス前の1ヶ月ということで,ホール周辺は美しくライトアップされ,非現実的な空間を美しく演出していました。

演奏会は,1時間×2回でしたが,間に約1時間の間がありましたので,演奏者によるサイン会を含めゆったりとした雰囲気を楽しむことができました。LFJが家族向けだとすればル・ジュルナルの方は大人向けと言えるかもしれません。その辺の雰囲気を含めながら,この2公演の内容について紹介しましょう。

「旅立ちの時」の方は,1828〜1830年の曲を集めたプログラムでした。「ジュルナル」という言葉どおり,ショパンの人生を年代順に輪切りにして,プログラムを作るという発想なのだと思います。祖国を離れる時期ということでマズルカやポロネーズなどのポーランドの音楽を中心とした内容でしたが,こういった作品を実演でまとめて聞く機会というのはそれほど多くないと思います。

最初に登場したのは,LFJでもおなじみのアンヌ・ケフェレックさんでした。今回登場したピアニストの多くは,ルネ・マルタンさんのプロデュースするラ・ロック・ダンテロン・ピアノ音楽祭にも出演されていますので,一種のピアニスト・チームを形成しているような感じです。

そのリーダー(?)格のケフェレックさんですが,熟成されたまろやかな音楽を聞かせてくれました。これはケフェレックさんに限らないのですが,このホールの音響は絶品です。ホールの形態は石川県立音楽堂コンサート・ホールと同じシューボックス型なのですが,ホールの幅がもう一回り狭い感じですので,リサイタルにもぴったりです。山小屋風というかサウナ風というか,床も壁も天井も全面が木で出来ており,天井が非常に高いのが軽やかで高級感のある音響の秘密なのではないかと思います。

続いて登場したアブデル・ラーマン=エルバシャさんもLFJでおなじみの方です。エルバシャさんの音はよりクリアで,全く甘いところのない,ちょっとクールなさりげなさが魅力です。民族舞曲独特の力強い打鍵も十分力強いけれども,全くうるさくなく,コントロールされています。変奏曲「パガニーニの思い出」では,おなじみのヴェニスの謝肉祭のテーマが出てきましたが,その繊細な響きはオルゴールのようでした。まさに「ピアノのタッチの魔術師」といっても良い方だと感じました。

次のワルツでは児玉桃さんが登場しました。この日,児玉さんの出番はこの曲1曲でしたが,少しくぐもったような音色がワルツの雰囲気によく合っていました。さりげなく,しかし自由に跳ねるような軽さも個性的でした。

続いて登場したイド=バルシャイさんは,その余裕のある響きが印象的でした。決して,前のピアニストが劣るわけではないのですが,後から後から出てくるアーティストがそれぞれ,違った音を聞かせてくれるというのが大変面白いところです。一種,競い合うようなところもあるのかもしれません。

バルシャイさんの演奏は強音と弱音のコントラストもくっきりしており,形のしっかりとした演奏を聞かせてくれました。その一方,ワルツの最後の部分でのパフォーマンスは,No.3の中でいちばん華やかなものでした。

その後,ケフェレックさんが再登場しました。まず,映画「戦場のピアニスト」で使われて以来,近年,非常に人気の高い遺作のノクターンがとてもゆったりとしたテンポで演奏されました。特に途中に出てくる非常に大きな間が印象的でしたが,過度に張りつめたところがないのは,ケフェレックさんらしさかもしれません。続く作品6のマズルカ4曲は,華やかさや明るい気分を取り混ぜながらストレートに聞かせてくれました。

演奏会最後のコーナーには,1995年のショパン国際コンクールで第2位(最高位)に入賞したフィリップ・ジュジアーノさんが登場しました(ちなみにこの時はスルタノフさんと2位を分け合い,宮谷理香さんが5位に入賞しています。)。マズルカ作品7の5曲が演奏されましたが,王道を行くような華やかさ,心地よさのある高級感のある演奏でした。

作品7の中では第1番の変ロ長調が有名ですが,最後に演奏された第5番は,やけにあっさりと終わりました。普通の演奏会ならば最後に持ってくる曲ではありませんが,こういうのも全曲演奏会ならではのことかもしれません。

最後に今回登場した5人のピアニストがステージに勢ぞろいし,終演となりました。その後,No.4の演奏会までしばらく時間がありましたが,全く退屈しませんでした。もともと,1時間を超過していたこともありますが,4人の奏者のサイン会があったり,グッズを眺めたり,ロビーに飾ってあった仮屋崎省吾さんの創作生け花を見たり(仮屋崎さんご本人も来ていらっしゃいました),あれこれしているうちに,20:00頃になりました。

No.4の方は,No.3の時とは違った座席でした。今回,出張に行く前にチケットを確保しておいたのですが,何とピアノの蓋の上のような場所,言い換えるとピアニストの顔が見えるような場所でした。ステージ上手側の2階席ということで,「ちょっと失敗したかな」と最初は思ったのですが,音楽が始まると全く問題はありませんでした。かえって,普通のホールでは体験できないような場所ということで,良い思い出になりました。

こちらのプログラムは,作品10の練習曲集が中心でしたが,それに先立ち,作品9のノクターン3曲が3人の奏者によって弾き分けられました。6人の奏者がいるからこそできる面白い企画と言えます。

最初に登場したケフェレックさんの演奏は,高音が本当に美しく,曲が形となって宙に浮き上がっているようでした。まさに存在感のある演奏でした。次の作品9の2は,ノクターン中もっとも有名な曲です。ここでジャン=フレデリック・ヌーブルジェさんが初めて登場しました。今回の6人のピアニストの中でいちばん若い方ということで,最初はあまりにも淡々としているかな,と感じたのですが,その美しさが次第に染み渡り,哲学的な静けさとなって響いていました。

作品9の3は,エル=バシャさんの演奏でした。丁度,前2曲を弾いたお二人の中間のような演奏で,キラキラとした音が印象的であると同時に余裕と落ち着きが感じられました。

その後は,ヌーブルジェさんのステージとなりました。スケルツォ第1番は,”完全なる嵐”といった趣きのある演奏でした。この日演奏された曲は,演奏時間5分以内の曲ばかりでしたので,特に聞き応えのある演奏でした。ステージのすぐそばで聞いたこともありますが,ピアノという楽器は,弦がハンマーで打たれて音が出ているんだということが実感できました。キレの良い強音には曖昧さがなく非常に爽快でした。対照的に中間部の弱音はしっかりと抑制されており,コントラストの妙を楽しむことができました。

そして最後に練習曲集作品10の12曲が一気に演奏されました。この曲集には,「別れの曲」「黒鍵」「革命」といった有名曲が含まれており,全曲録音CDもかなりありますが,実演で全曲が演奏される機会は意外に少ないのではないかと思います。私自身,生で全曲通しで聞いたのは今回が初めてのことでした。

これは本当にすごい演奏でした。CDではマウリツィオ・ポリーニの演奏が有名ですが,今回実演で聞いた迫力は,その比ではないと思いました(ポリーニの実演を聞いたら,さらにすごいのかもしれませんが)。第1曲の滑らかなアルぺジオの連続から,一気にヌーブルジェさんの作る曲の世界に引き込まれました。しかも色が曲によって違います。調性が違うせいもありますが,その鮮やかさの連続にも圧倒されました。有名な「別れの曲」など叙情的な曲は全般にさらりと演奏しており,感傷的な部分は全くありませんでしたが,しっかりと歌い込まれていたので物足りなさはありません。

8番ヘ長調については,過去,ぎごちないテンポで弾かれた演奏を聞いたことがありますが(きっと大変難しい曲なのだと思います),ヌーブルジェさんの演奏は,非常にスムーズで,これまたほれぼれとしました。そして,一気に駆け抜けるような「革命」で鮮やかに締めくくられました。

というわけで,念願の曲を,胸をすくような見事な演奏で聞くことができ大満足でした。会場も大いに盛り上がりました。ヌーブルジェさんは,まだ20代前半の方で,日本での知名度はそれほど高くないと思うのですが,今回をきっかけに一気に人気が高まるのではないかと思いました。

この日は6人のピアニストの演奏を聞いたわけですが,同じピアノで演奏しているのに,音色や雰囲気が全く別のものになるのが面白いと思いました。それでいて,どの演奏からも「ショパンのかおり」がしました。各ピアニストの個性と同時にピアノという楽器の面白さ,そしてショパンの偉大さを再認識することのできた演奏会でした。

PS.ラ・フォル・ジュルネ金沢に続いて,ル・ジュルナルも金沢で...というのは難しいと思いますが,今回登場した6人の奏者のうちの何人かとは,きっと金沢で再会できると思います。その日を楽しみにしたいと思います。

今回初めて,東京オペラシティ・コンサートホールに入りました。写真で紹介しましょう。
JR新宿駅です。東京オペラシティのある初台駅付近までは,駅一つだったのですが,まず,京王新線の新宿駅に行くのに一苦労でした。

京王新線の初台駅です,左へ行くと新国立劇場,右へ行くと東京オペラシティです。
オペラシティ付近には,とてもきれいなツリーがありました。大きな像があり,上を見上げている感じになっていました。
同じものを上から見たものです。
あまりにきれいだったので,もう一枚。 建物の中にも照明やツリーが沢山ありました。
階段にも照明がついていました。昔のMGMのミュージカル映画に出て来そうな雰囲気です。

この派手な階段を上るとオペラシティの玄関に着きます。 玄関です。タケミツ・メモリアルといった名前が正式名のようです。
開演まで時間があったので,いろいろと見て回りました。いきなり不思議な彫刻が立っていました。

建物の案内図です。リサイタルホールというのもあるようです。 玄関の扉が開いたところです。
ホールのロビーです。

仮屋崎省吾さんによる「ショパンに捧ぐ」と題された創作生け花が展示されていました。 そこにご本人が現れました。その他,ルネ・マルタンさんも来ていらっしゃいました。

LFJほどではありませんでしたが,いくつかオリジナルグッズを販売していました。

全公演のプログラムが掲示されていました。 終演後は,JR上野駅まで行き,寝台特急「北陸」で金沢に帰りました。相変わらず列車の写真を取っている人が数名いました。
(2008/12/01)

公演チラシとサイン会

今回の公演のチラシとチケットです。背後に写っているバッハの顔は,来年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのチラシです。やけに派手でした。


東京オペラシティのチラシです。三角形になっている天井が独特でした。


公演リーフレットです。演奏会ごとに配布されたものです。


両公演とも終演後,ロビーでサイン会が行われました。色紙になっているのは,今年OEKも参加した「ラ・ロック・ダンテロン」のCDです。左上から時計回りにケフェレックさん,バル=シャイさん,ヌーブルジェさん,ジュジアーノさんのサインです。

このCDは,MIRAREというレーベルから発売されているのですが,1枚購入したところ,もう1枚オマケにサンプルCD(下になっているもの)が付いてきました。


エル=バシャさんと児玉桃さんは,ラ・ロック・ダンテロンのCDには収録されていませんでしたので,リーフレットの裏に頂きました。