OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢プロデュース第2回金沢歌劇座オペラ公演
プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」
2008/12/11 金沢歌劇座
プッチーニ/歌劇「ラ・ボエーム」(全4幕,イタリア語上演,字幕付)
●演奏
現田茂夫指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
音楽監督:直野資,演出:直井研二
ミミ:田井中悠美(ソプラノ),ロドルフォ(詩人):西村悟(テノール),マルチェッロ(画家):今尾滋(バリトン),ショナール(音楽家):増原英也(バリトン),コッリーネ(哲学家):黒木純(バス),ムゼッタ:藤谷佳奈枝(ソプラノ),ベノア(家主)・アルチンドロ(高官):安藤常光(バリトン),パルピニョール(行商人):新海康仁(テノール)
合唱:金沢カペラ合唱団(合唱指揮:山瀬泰吾),児童合唱:OEKエンジェルコーラス(指導:山崎陽子,清水志津)
バンダ:石川トランペットソサエティ,金沢大学フィルハーモニー管弦楽団

舞台監督:黒柳和夫(金沢舞台),美術・照明:金沢舞台,金沢美術工芸大学,衣装:下斗米雪子(潟Gフ・ジー・ジー),メイク:エスパス・アレグレス,字幕:井上浩堂

Review by 管理人hs  
この公演のポスターです。
今年の3月に金沢歌劇座改名記念として行われた「カルメン」に続いて,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)プロデュース金沢歌劇座オペラ公演の第2回目となるオペラ公演が行われました。今回上演されたのは,プッチーニの「ラ・ボエーム」です。上演スタイルは,「カルメン」の時とほぼ同様で,東京芸術大学オペラ科に在籍する院生を中心としたキャストが主要な役を歌い,金沢美術工芸大学が舞台美術等に協力しました。石川県出身のバリトン直野資さんが音楽監督,東京芸術大学の直井研二さんが演出というのも前回同様で,大変オーソドックスな舞台を楽しむことができました。

「ラ・ボエーム」は,青春群像物ですので,若手中心のキャスティングが見事にはまっていました。多少,「地味かな?」という部分もありましたが,華やかな雰囲気のあるスター歌手にない親近感は,今回の上演の「セールス・ポイント」だったと思います。この作品は,「カルメン」ほどの激しさはありませんが,音楽による心理描写が素晴らしく,随所で「リアルな甘さ」と言っても良いプッチーニの作品ならではの感覚を味わうことができました。

第1幕は,かなり抑えた感じで始まりました。最初の方は,登場人物紹介のような感じで,次々と人が出入りするのですが,もう一つ弾んでいませんでした。なかなかドラマに入り込めず,聞いていてちょっとテンションが下がった部分もあったのですが,紅一点という感じで主役のミミが登場してくると,雰囲気がすっと明るくなりました。

1幕の後半は,このミミ役の田井中悠美さんとロドルフォ役の西村悟さんの2人の見せ場が続きました。ともに実際のご本人と等身大といっても良い歌を聞かせてくれました。「冷たい手を」と「私の名はミミ」は,連続して演奏されますが,こういう曲をドラマの流れの中で聞くと,「本当にオペラって良いものですねぇ」と言いたくなります。この部分まで,慌しいやり取りが続いていましたので,急にロマンティックな気分が広がり,パッと画面がクローズアップされたような感じになります。この感覚が最高です。

最初に歌われたロドルフォの「冷たい手を」は,大変しっとりとしたものでした。西村さんの声には,十分に輝きがありましたが,浅薄な感じがなく,心に染みる歌を聞かせてくれました。田井中さんの声も,常に憂いを含んでおり,可憐さと同時に結末を暗示するような薄幸感がありました。このお2人は,似合いの組み合わせだったと思います。息がピッタリでした。衣装こそ昔風でしたが,お二人の歌からは,現代の若者に通じる,素直さとスマートさを感じさせてくれました。

現田茂夫さん指揮OEKの演奏も,2人の歌にぴったりと寄り添うようなデリケートなものでした。歌うところはしっかり熱く歌っており,演奏全体に広がりを加えていました。低音楽器の音も予想以上にしっかりと効いており,スケールの大きさも感じました。

第2幕は,第1幕から休憩なしで演奏されました。ストーリー的には,第1幕と同じ日ですので,連続していても問題はないと思いました。ただし,暗転している時間がやや長く感じました。この辺はもう一工夫あっても良かったかもしれません。

その後,ステージがパッと明るくなると第1幕から一転して,ステージいっぱいに群衆が溢れていました。クリスマス・イブの雑踏の光景ということで今の時節にぴったりの光景です。この場では,地元の金沢カペラ合唱団やOEKエンジェルコーラスが登場し,舞台を華やかに盛り上げてくれました。「地元参加」というのが,OEKプロデュース金沢歌劇座オペラ公演シリーズの最大の特徴と言って良いと思います。

このオペラについては,演奏時間が比較的コンパクトなこともあり,4楽章から成る交響曲を思わせるところがあります。この第2幕は,さしずめ「第2楽章スケルツォ」といった感じです。その点からすると,幕全体として,もう少しくだけた雰囲気があっても良かったと思いました。しっかりと声は届いていたのですが,全体的にまとまりが良すぎた気がしました。

それでも,第1幕はステージ前半だけを使ったステージでしたので,奥行きと立体感のあるこの幕の舞台からは,躍動感と開放感が伝わってきました。舞台の袖から出入りする行商人のパピニヨールの声もイメージどおりで,そこに集まってくる子供たちも可愛らしくムードを盛り上げていました。

幕の最後には,凱旋するような軍楽隊がOEKとは別働部隊で乱入してきす。私のイメージとしては,マーラーの交響曲にいきなり出てくるファンファーレ的な「違和感&高揚感」を期待していたのですが,この辺もちょっと収まりが良すぎた気がしました。また,軍楽隊にしては,見た目が若過ぎたかもしれません(金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の皆さんと石川トランペットソサエティの皆さんが参加していたようです)。ただし,バンダで地元団体が参加するのは是非続けて欲しいと思います。

この幕でいちばん印象的だったのは,藤谷佳奈枝さんのムゼッタでした。ミミとは対照的な外向的なキャラクターを見事に表現していました。鮮やかな赤の衣装だけでなく,声自体に鋭さと明るさがあり,この幕でいちばん輝いていました。その後に続く,主要キャストによるアンサンブルも聞き応えがあり,オペラ全体の中の「幸せの絶頂」感をしっかりと伝えていました。

第3幕以降は,さらに充実していました。第2幕の開放感から一転し,「第3楽章アダージョ」といった感じになります。この第3幕ですが,オペラを生で観ると,大体,こういう地味な部分が良いなぁと感じます。今回もそうでした。冒頭の雪景色を描写するような音楽もプッチーニならではです。雪の音楽といえば,「くるみ割り人形」の「雪のワルツ」の合唱の部分を思い出すのですが,この部分には,夢物語とは違う,リアルさとロマンが漂っていました。

「ラ・ボエーム」は,「起承転結」の構成がそのまま当てはまりますので,第3幕は「転」ということになります。第2幕までうまく行っていた関係が,「貧乏」「病気」といったキーワードとともに悪い方向に転換して行きます。幕の後半では,ミミ/ロドルフォ組,ムゼッタ/マルチェッロ組の両者とも別れてしまいます。この4人による四重唱は大変聞き応えがありました。ムゼッタ組の激しさとミミ組の切なさのコントラストが絶妙でした。特にミミとロドルフォの別れは情緒たっぷりでした。特に西村さんの声は,第1幕よりもよく出ているようで,痛切さが耳に残りました。しっかりと感情移入して観てしまいました。

余韻を残して幕が下った後,ここでもう一度休憩になりました。

この2人の関係は,第4幕になってさらに,切実さと悲しみが増していきます。セットが第1幕と同じものに戻り,その再現のような感じで始まった後,やはり第1幕同様,幕の途中からミミが入ってきます。第1幕を観たのは,ほんの少し前のことだったのですが,同じメロディが少し姿を変えて出てくると半年ほど前に聞いた曲のような(大げさか?)懐かしさを感じてしまいます。コッリーネ役の黒木純さんによる「古外套よさらば」も,大変しみじみとしたものでした。低音の充実感が素晴らしく,悲しいクライマックスへの序奏となる歌を聞かせてくれました。

ミミの死の場面はリアルでした。冷静に考えると「死ぬ前にあんなに声を出せるか?」ということになりますが,それでもリアルさを感じました。「分かっていても泣けてきた」という方は多かったと思います。これは何より,プッチーニの音楽の力だと思います。微に入り,細に入りといった感じで,涙腺を刺激するような音楽が続きました。ミミの死の瞬間に流れる管楽器の音など,ゾクっとしました。主役の2人を中心とした歌にも切実さがありました。最後の「ミミー」と歌うロドルフォの声にそれが凝縮されており,思い出すだけで涙が出てきそうな,儚さと切なさがありました。

今回の「ラ・ボエーム」は,歌舞伎で言うところの世話物的オペラの代表作ということで,特にOEKの演奏に向いた作品だったと思います。演出に全く奇をてらったところがなかったので,その分,地味な感じはしましたが,「しっかりと歌劇を観た」という実感が残りました。2008年は「カルメン」と「ラ・ボエーム」の2本が上演された訳ですが,今回の公演は,「金沢歌劇座シリーズ」の定例化をきっちりと方向付ける内容だったと思います。

PS.「定例化」されるようになると,「ちょっと変わった演出でも観たいかな」と思うのが人情です。そう思ったところで,「トゥーランドット」のチラシが目に入りました。金沢歌劇座シリーズ第3弾として井上道義さん指揮による「トゥーランドット」が来年7月に上演されるとのことです。演出が狂言師の茂山千之丞さんということで,一体どういう舞台になるのか大変楽しみです。ちなみに主役の二人は,エレーナ・バラモヴァさん,アレクサンドル・バデアさんのお二人です。バラモヴァさんの方は今年のカウントダウンコンサートに登場される方,バデアさんの方は昨年のカウントダウンコンサートに出演された方ということで,着々と準備は進んでいたようです。

PS.それにしても今回も3000〜5000円という価格は,オペラにしては破格の安さです。主催者の皆さんに感謝したいと思います。ただし,1回だけの上演というのは少々もったいない気もします。このシリーズをこのペースで続けることで「金沢オペラ」を根付かせ,将来的には「安価な公演を複数上演」という形に持って行けると良いと思います(何より「歌劇座」という名前に改称したからには,歌劇を何回もやらないわけにはいかないと思うのですが)。OEKfanでもしっかり応援して行きたいと思っています。

PS.この日の金沢歌劇座ですが...傘やらコートの置き場がなく,なかなか大変でした。石川県立音楽堂のシステムに慣れると,かなり不便に感じました。席の間が狭いのは仕方がないのですが...。
(2008/12/13)

関連写真集
金沢歌劇座の外観です。


こちらは,近隣の金沢21世紀美術館の夜景です。


公演パンフレットとチケットです。私は4000円の席でした。


来年7月に行われる「トゥーランドット」公演のチラシです。合唱団員募集とのことです。