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ラ・フォル・ジュルネ金沢「熱狂の日」音楽祭2008:ベートーヴェンと仲間たち
【002】 コラボレイト・コンサート:能舞とベートーヴェン
2008/05/02 19:00- 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調op.27-2「月光」
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調op.24
●演奏
藪俊彦(宝生流能楽師),田島睦子(ピアノ),
西澤和江(ヴァイオリン*2),ナビゲータ:古今亭志ん輔

Review by 管理人hs    
5月2日の公演内容をまとめたたて看板

公演リーフレット

終演後の邦楽ホール。コンサートホール同様,ベートーヴェンの垂れ幕が掛かっています。

ラ・フォル・ジュルネのシンボルのような赤い多角形の舞台が交流ホールに出来ていました。
ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)のプレ・コンサートも順調に進み,明日からは,いよいよ本公演になります。そのプレ・コンサート最終日の公演は,恐らく,東京のラ・フォルジュルネでは実現しそうにもない,金沢オリジナルの公演が行われました。

能とベートーヴェンの曲のコラボレーションという企画は,洋楽と邦楽のコラボレションという石川県立音楽堂のコンセプトどおりです。もっとも,邦楽ホールで能を演じること自体は珍しいことです。金沢市には能楽堂が別にあるので,初めてのことかもしれません。

今回の公演ですが,能楽師も演奏者もすべて金沢出身だということも,特筆すべき点でした。金沢らしさにこだわっているという意味では,今回のLFJKの目玉的な公演だったと思います。公演は邦楽ホールで行われたのですが,4月29日のオープニング・コンサート同様チケットは完売でした。今回もまた座席数を上回る大入りで,この公演への期待度の高さを反映していました。

演奏とパフォーマンスも期待どおりでした。今回演奏されたのは,ピアノ・ソナタ「月光」とヴァイオリン・ソナタ「春」の2曲でしたが,全楽章に能が入るのではなく,静かな楽章にだけ入っていました。つまり,「月光」の第1楽章と「春」の第2楽章です。能というのは独特の静けさと凝縮されたエネルギー秘めた小宇宙のような世界ですので,この形で良かったと思いました。

まず,「月光」です。緞帳が上がると,バレエの「白鳥の湖」が始まるような青白い照明でステージは照らされていました。田島睦子さんがゆったりと演奏する第1楽章の主題とぴったりマッチしていました。舞台袖のドアは開いていないけれども,藪さんは一体どこから登場するのだろう?と思っているうちに静かにステージ中央から競り上がって来ました。能と言えば,摺り足で入ってくるものとばかり思っていたので,ちょっと意表を突く登場の仕方でしたが,「邦楽ホールにはこれがあったか!」と納得しました。この邦楽ホールならではの演出でした。

演奏前に古今亭志ん輔さんの案内で,今回,藪さんは,能の「井筒」と重ね合わせて舞うということでしたが,涙を拭くようなシオリの所作など能の伝統的な様式美にベートーヴェンの曲の持つファンタジーとが混ざり,独特の世界を作っていました。ちょっと簡単に踏み込めないような神々しさを感じました。ただし,能が舞われた第1楽章の後,ピアノの音が消え切らないうちに拍手が入ったのは少し残念でした。藪さんはここで引っ込みましたので,気持ちは分からないでもありませんが,もう少し余韻を味わいたかったところです。

第2楽章と第3楽章は,田島さんの独奏でした。この部分では,ステージの照明は少し明るくなり,通常のピアノ・リサイタルのように結ばれました。第1楽章の幻想的な気分から,第2楽章でパッとが目が覚め,第3楽章でさらに元気に活動し始めるという構成になっていました。田島さんのピアノの音はとても軽やかで,能舞との対比の面白さを感じました。

後半の「春」の方は,西澤和江さんと田島睦子さんの二重奏でした。西澤さんは,金沢ではおなじみの方ですが,大変優雅なヴァイオリンを聞かせてくれました。最近,ベートーヴェンの「春」といえば,「のだめカンタービレ」に登場する「ロック調」の演奏がお馴染み(?)ですが,そういう世界とは別世界の大人の演奏でした。

演奏前の志ん輔さんの説明によると,「春」の方は,能の「羽衣」のイメージと重ね合わせるということでしたので,そのことを意識した演奏だったと思います。西澤さんの衣装も羽衣を思わせる薄いピンクで,演奏全体に上品さが漂っていました。第1楽章の冒頭から慈しむようにじっくりと演奏されており,ちょっともの思いに耽る春という感じでした。田島さんのピアノも,その気分にぴったり寄り添うデリケートなものでした。

第2楽章には藪さんの能が入りました。下手側から足音もなくスーッと入ってきて,西澤さんの平静さに満ちた演奏と一体になることで,空気が変わり,クリアなのに幻想的という気分になりました。ふわっとした浮遊感のある気分がを作っていました。そして,最後はまた,下手側にスーッと消えて行きました。

第3楽章は,前の楽章と鮮やかなコントラストを作っていました。繊細でキビキビとした音楽がサッと流れて行きました。そして第4楽章です。ここでも慌てるところはなく,春爛漫といった優雅さのある演奏になっていました。

全般に「羽衣」を意識したような優雅で大らかな演奏で,その中に所々,主張を見せるような演奏となっていました。西澤さんは,立ち姿からして,非常に堂々としているのですが,金沢的な(?)奥ゆかしさもあり,ますますスケールな演奏家になってきたと思います。

全体として,能の持つデリケートな気分とベートーヴェンの初期の若々しい音楽とがしっかり寄り添った演奏となっていたのが見事でした。来年以降もLFJKが続くならば,是非,こういう企画を続けていって欲しいものです。東京の方の音楽祭の名前は,「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」なのですが,よっぽど,金沢の方が「ジャポン」なのではないか?と思った公演でした。

PS.公演の後,交流ホールの方に行ってみると...ラ・フォル・ジュルネのシンボルのような,赤い多角形のステージが出来ていました。やっぱりこのステージがないとラ・フォル・ジュルネの気分にはなりません。明日から3日間,この赤いステージの上で次々とパフォーマンスが行われることになります。上の窓からものぞき込めますので,大いに盛り上がることでしょう。
(2008/05/03)


邦楽ホール
クロイツェル
邦楽ホールの入口にも看板が出ていました。


邦楽ホールの愛称はクロイツェルです。


マルチパス用のリーダーがここにもあり,「ジャジャジャジャーン」と鳴っていました。


邦楽ホールにはお茶席も設けられていました。これも金沢ならでは,邦楽ホールならではです。


いつのまにか,そこら中,黄色いポスターだらけになっていました。