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オーケストラ・アンサンブル金沢第253回定期公演PH ニューイヤーコンサート2009
2009/01/08 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/「エグモント」序曲,op.84
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番変ホ長調,op.73「皇帝」
3)(アンコール)リスト/ラ・カンパネラ
4)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調,op.92
5)(アンコール)吉俣良/NHK大河ドラマ「篤姫」〜メインテーマ
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,2,4,5,
アリス=紗良・オット(ピアノ*2,3)
Review by 管理人hs  
演奏会のタテ看板です。

お隣には例年通り,門松がありました。

お正月の飾りもすっかり恒例になりました。
館内の至るところにお正月の飾りがありました。

2009年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,井上道義音楽監督の指揮によるベートーヴェンで開幕しました。マイケル・ダウスさん時代を通じて,「ワルツとワインでハッピー・ニューイヤー!」というパターンが続いていましたので,”普通の公演”でのニューイヤー・コンサートというのは久しぶりのことです。

今回のプログラムですが,ラ・フォル・ジュルネ金沢(LFJK)2008を総括のするような内容でした。考えてみると,2007年後半から,井上道義さん指揮のベートーヴェンの交響曲を随分沢山聞いており,今回の第7番でほぼ「全集」を聞いてしまったような感じです(第8番だけは聞いていません。「田園」も聞いていませんが,これはつい最近,キタエンコさん指揮で聞きましたね)。この1年は,「熱狂の日」ならぬ「熱狂の一年」だったといえそうです。

演奏会は,エグモント序曲で始まりました。新年最初の音の迫力に「これだ!」と思いました。上手奥のコントラバスの方から音がぐっと盛り上がってくるような独特の力強さがありました。その後は,早めのテンポで決然とした感じの音楽が続くのですが,各楽器の音が非常にすっきりしており,古楽奏法を取り入れているような感じでした。重苦しい部分はなく,ラテン系のベートーヴェンという気もしました。ホルンをはじめとする管楽器の音も大変クリアに聞こえ,瑞々しい勢いを持った演奏でした。

続いて,注目の若手ピアニスト,アリス=紗良・オットさんとの共演で,「皇帝」が演奏されました。アリスさんとOEKは,過去にも共演を行っていますが,定期公演に登場するのは今回が初めてのことです。アリスさんは,昨年11月末にリストの超絶技巧練習曲集のCDをドイツ・グラモフォンからリリースし,その頃から,国内のクラシック音楽関係の雑誌は軒並みアリスさんのインタビュー記事を掲載しています。その意味で,今回の定期公演への登場は,非常にタイムリーで,話題性十分と言えます。

そのこともあり,この日は本当によくお客さんが入っていました。LFJK以来となる「ステージ席」も登場していましたが,演奏された曲もLFJKと同じ「皇帝」というのも何かの因縁かもしれません。このように手軽にステージ席を作れるのは,OEKが室内オーケストラであり,音楽堂の運営とOEKの運営とが一体になっているからなのだと思います。終演後のサイン会の時,「ステージ席は,とても面白かったです」と井上音楽監督に語っている人が何人かいましたが,この「金沢スタイル」は,今年のLFJK2009でも,目玉になる気がします。

この日は,NHKの全国放送収録用のテレビカメラが入っていましたが,「金沢スタイル」を中継できるのもPR効果があると思います。定期公演の後は,アリスさんとともに全国10カ所を回る長いツァーを行いますが,これもまたOEKにとってはPR効果があると思います。すべてがうまくつながっているなぁと実感した次第です。

さて,演奏の方ですが,長いツァーの初日であること,テレビカメラが入っていたこともあるのか,アリスさんは,かなり緊張されていたように思えました。ピアノのパートを弾いた後,必ずと言って良いほど頻繁にハンカチで手の汗を拭いており,聞く方としても,少々散漫な気分になってしまったのが残念でした。

この曲の冒頭は華やかな気分で始まりますが,OEKの演奏にもアリスさんの演奏にも力んだところが全くありませんでした。真っ向から大曲に向き合う,正攻法の雰囲気はとても良かったのですが,やはり,押し出しの強さや大船に乗ったような安定感という点では,LFJKでの小山さんの演奏には負けると感じました(ただし,LFJKでの「あの公演」は,連日並び疲れた後,ものすごい熱気の中,ただひたすらボーッと聞いてた至福の境地という特殊な演奏でしたので,比較のしようがないかもしれません)。

エグモント同様,OEKの演奏は全般的に速めだったのですが,そのこともあって,ちょっとせかせかとして余裕がないように聞こえた部分もありました。その一方,叙情的にしっとりと聞かせる部分では,アリスさんは,非常に丁寧に演奏していました。楽章後半でのキラキラとした音にも渾身の演奏といった芯の強さがありました。

第2楽章の,控えめで,ちょっとためらいを感じさせるようなモノローグからは初々しさを感じました。OEKの演奏も室内オーケストラならではの親密さに満ちていました。それほど遅いテンポではないのにたっぷりとした深さがあるのもさすがだと思いました。

第3楽章は,井上さんのダンサブルな指揮に乗って,軽く明るい音楽が続きました。アリスさんの演奏はOEKの闊達さに比べると,繊細さと不安定さが同居しているような感じで,ちょっと慎重な演奏に思えました。OEKの演奏で印象的だったのは,ティンパニの音色です。この日はバロック・ティンパニを使っていましたが,曲の最後の部分のからっとした感じの音は,独特の味わいを持っていました。

アリスさんは,まだ20歳ということで,「皇帝」をまだ何回も演奏されていないと思うのですが,ご自身もインタビューで語っているとおり,今回,ツァーを重ねるうちに全然違った演奏になってくるような気がします。

アンコールでは,アリスさんの名刺がわりといっても良い,「ラ・カンパネラ」が演奏されました。この演奏は,完全に手の内に入った演奏で,ちょっとラプソディックな余裕さえ感じさせる自信たっぷりの演奏でした。ピアノの音量も協奏曲の時よりも大きく,突き抜けるような迫力が感じられました。手の動きの速さも凄く(「千手観音」とか「レレレのおじさん」の足の動きなどを思い出してしまいました(変な連想で失礼しました)。),まさに超絶技巧という感じでした。「鐘」のイメージどおりの硬質な高音も見事でした。

アリスさんの演奏で素晴らしいのは,聞き手を引き付ける魅力が全身から出ている点です。この日は,光沢のあるクリーム色のドレスで演奏されていましたが,上品でファッショナブルな雰囲気と初々しい親しみやすさとが同居しており,「応援したい」と思わせる空気を持っています。今回の演奏は,必ずしも本調子ではなかったようですが,非常にスター性のある演奏家だと思います。今回のOEKとの共演ツァーをきっかけに,これからも金沢を第二の故郷のようにして活躍して欲しいと思います。

演奏会後半は,ベートーヴェンの交響曲第7番が演奏されました。この曲は,以前は,「岩城さんの専売特許=OEKの十八番」として何回も演奏されてきましたが,井上道義さん指揮で聞くのは今回が初めてです。OEKにとって特別なこの曲をしっかりと引き継いで初めて「2代目襲名公演完了」と言えるのではないかと個人的に思ってます。

今回の演奏ですが,大変井上さんらしい演奏だったと思います。最初に演奏されたエグモント序曲の時同様,最初の音が,コントラバスの方からグッと盛り上がるように聞こえてくるのが実に雄渾でした。その後もキビキビと音を短めに切って速めのテンポで曲が進みました。

ドラマ版「のだめカンタービレ」のテーマ曲としてすっかり有名になった主部はフルートのソロで始まりますが,ここまでの厳しい雰囲気から一瞬春が来たような雰囲気になりました。岡本さんのフルートは新春気分にぴったりの演奏でした。その後も速めのテンポでしたが,常に演奏には余裕がありました。ぴりっとした緊迫感も継続し,辛口の大人の演奏といった感じもしました。特に楽章終盤での力強いリズムの饗宴や低弦の迫力がの大変印象的でした。

第2楽章は,さらりと流していているようでいて,ちょっと芝居っ気がある,井上さんならではの演奏でした。楽章は,低弦のしっとりとした歌で始まるのですが,この部分の音色が実に味わい深いものでした。中間部の優しくまろやかな雰囲気,さらにその後に続く緻密なフーガなどOEKの魅力に満ちた楽章でした。4つの楽章中では,いちばん静かな楽章ですが,それでもリズムがしっかり生きているのもさすがだと思いました。

第3楽章は,軽やかなリズムが快適でした。弦楽器の透明感が素晴らしく,大変心地よい演奏でした。スケルツォの名前どおり,さりげないユーモアが漂っているのも井上さんらしいと思いました。

第4楽章も爽快なテンポによるポップな雰囲気のある演奏でした。その一方,コントラバスとティンパニが一体となったような強いビートも効いており,聞き応えたっぷりでした。楽章が進むにつれてスピード感を増し,各楽器の音もよく鳴り,最終コーナーを疾走するサラブレッドという感じの演奏となっていました。井上さんの指揮ぶりも「騎手」の動きのそのもので,コーダ直前までは平然と滑らかに棒を振っていたのが,最後の最後の部分になると,突如,鬼のように鞭を入れ,一気に興奮を高めていました。それでも,暴力的に荒れ狂うような野暮なところは無く,見事に計算された,とても格好の良い演奏になっていました。

井上さんは,演奏後のトークで,「コントラストがベートーヴェンの真骨頂」と語っていましたが,このドラマティックな突然の表情の変化は井上さんの指揮の魅力でもあると思いました。OEKはこの曲を本当に何回も演奏しているのですが,そのたびに良い曲だと思わせてくれるのは,さすがOEKです。そして,さすがベートーヴェンです。演奏後,井上さんは満員のお客さんに向かって,ガッツポーズを見せていましたが,この演奏で,しっかりと「2代目襲名」が完了したと思いました。

アンコールでは,昨年話題を集めたNHK大河ドラマ「篤姫」のテーマが演奏されました。ドラマでは,井上道義さん指揮のNHK交響楽団の演奏が使われていましたが,今回のOEKの演奏は,トロンボーンやテューバなどが入っていない代わりに,細やかな情感と詩情が溢れた演奏になっていたと思います。特にアビゲイル・ヤングさんを中心としたヴァイオリンの音の美しさと優しさが大変印象的でした。井上さんも本当に良い曲と巡りあったものです。今回のツァーでもアンコール・ピースとして使われると思いますが,お客さんは大喜びすることでしょう。この日は,上述のとおり,NHKテレビの収録が入っていましたが,このアンコール曲も放送されるのか注目したいと思います。

OEKは,毎年,この時期に,ニューイヤー全国ツァーを行っていますが,これだけ公演回数の多いツァーは今回が初めてです。寒い中大変ですが,アリスさんとともに,元気なベートーヴェンを聞かせて欲しいと思います。

PS.この日の様子は,3月29日(日)のNHK教育テレビ「オーケストラの森」で放送されるとのことです。番組の放送時間が1時間ですので,全部が放送されるわけではなく,「皇帝」か交響曲第7番の全曲+エグモントまたはどちらかの曲の一つの楽章ぐらいが放送されるのではないかと思います。サイン会のとき,ステージ席に座っていた人が「オーケストラの人と一緒に挨拶してしまいました」と嬉しそうに語っていましたが,そういう人が映っていないかチェックしたいと思います。

PS.昨年まではキリンビールがニューイヤーコンサートのスポンサーでしたが,今年は特にスポンサーは無かったようです。この点も例年と違う点でした。

PS..この日は新年最初の演奏会ということで,演奏会の前に山越石川県立音楽堂館長から新年のあいさつがあり,音楽堂の幹部の紹介がありました。その他,開演前にOEKの団員の皆さんが,入口付近でお出迎えをしてくださいました。プレコンサートの方は,最初の方は,聞き逃してしまったのですが,シュトラウスのワルツなどを管楽器を交えた大きめの室内楽編成で演奏されていたようです。これは是非聞いてみたかったです。

来年に向けての提案なのですが,ニューイヤーコンサートの方を通常の定期公演にする代わりに,「もっとカンタービレ:新年おめでとうスペシャル」のような室内楽公演を行い,シュトラウスなどの音楽を室内楽編成で交流ホールで演奏するというのはどうでしょうか?ドリンク・軽食持込可にして,陽気に楽しむ...とかいろいろなアイデアが考えられそうです。 (2009/01/09)

サイン会と
館内の風景

アリス=紗良・オットさんを間近で見られるということで,サイン会は長蛇の列になっていました。ドイツ・グラモフォンから発売された,リストのCDの表紙に頂きました。


おなじみの井上道義さんの豪快なサインです。


謹賀新年の看板の周りのサインもすっかり恒例となりました。謹賀新年の左の絵はもしかしたらアリスさんの作品かもしれません。


この看板の前でサイン会は行われました。


音楽堂のレセプショニストやチケットボックスの職員の皆さんも着物姿でした。記念撮影をされていたようです。カメラマンは...チェロのカンタさんでした。


音楽堂の隣には,NHKの中継車がとまっていました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢のチラシも入っていました。3月頃からチケットが発売されるようです。詳細なスケジュールなどもその頃分かるのではないかと思います。


今回のニューイヤーツァー用のチラシです。今回のツアーに参加する団員の顔写真などが掲載されていました。イ