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茅葺き農家の囲炉裏ばたコンサート:チェロ独奏と朗読の夕べ
2009/01/24 湯涌・茅葺き農家旧野本家
1)多忠亮/宵待草
2)「パブロ・カザルスの日記」から(朗読)
3)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番ト長調,BWV.1007
4)リゲティ/無伴奏チェロ・ソナタ
5)宮沢賢治作「セロ弾きのゴーシュ」から(朗読)
6)シューマン/トロイメライ
7)サン=サーンス/白鳥
8)カタルニア民謡/鳥の歌
●演奏
福野桂子(チェロ*1,3-4,6-8),河端紀和子(朗読*2,5)
Review by 管理人hs  

”金沢の奥座敷”湯涌温泉では,毎年1月末に,氷室(ひむろ)と呼ばれる小屋に雪を詰め込む年中行事が行われていますが(この時期に詰めて,6月30日に開くことなっています),それに合わせるかのように,茅葺き旧農家の中でチェロの演奏と朗読を楽しむイベントが行われたので出かけてきました。チェロの独奏は,金沢蓄音器館のモーツァルトの弦楽四重奏曲シリーズでもお馴染みの福野桂子さんで,朗読は河端紀和子さんでした。

会場の旧野本家ですが,思ったよりも広く,金沢蓄音器館のホールよりも大勢人が入っていたかもしれません(和室だと椅子席よりも人数が入るともいえます)。ただし,この日は寒かったですねぇ。もともと夜の和室というのは寒いものですが,この日は格別寒く,襟巻をして,コートをひざの上に乗せて聞いていました(さらに,使い捨てカイロまで配給されていました)。こういう雰囲気自体,滅多に味わえるものではありません。寒さの苦手な方には大変だったと思いますが(チェロの福野さんも大変だったと思います),湯涌温泉ならではの面白い企画でした。

プログラムも良かったと思います。湯涌温泉といえば,大正時代に画家・詩人の竹久夢二が滞在した場所ということで,文学と音楽を融合させようという意図がありました。まず,この”夢二つながり”で,まず,湯涌温泉のテーマ曲と言っても良い「宵待草」が演奏されました。今回は非常に間近でチェロの音だけを聞くことになったのですが,畳の間で聞いたせいか,うるさく感じる部分はなく,正真正銘の室内楽となっていました。

続いて,河端さんが,往年のチェロの巨匠,パブロ・カザルスの日記中の,バッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜をバルセロナの店で偶然発見した時の文章を朗読した後,そのままチェロの演奏が始まりました。

今回演奏された第1番は,6曲の組曲の中ではいちばん演奏時間が短い曲ですが,それでも,プレリュード,アルマンド,クーラント,サラバンド,メヌエット,ジーグの全曲が続けて演奏されましたので,20分間ほど,部屋の中はバッハの世界に一転しました。

福野さんは,最初から最後まで,ほとんど目を閉じて演奏していました。楽器が身体の一部になったような演奏で,ぐっと迫ってくる低音から美しくのびやかな高音まで,安心して音楽に身を任せることができました。演奏には,決然とした立派さがあったのですが,それでいて,いかめしいところはなく,親しみやすさを感じました。サラバンドなどは,静かに民話を語り掛けるような雰囲気があると思いました。最初に河端さんによる朗読を聞いたせいもあると思いますが,チェロによる朗読という趣きがある演奏だったと思います。木でできた民家全体にチェロの響きが染み込んで行くような雰囲気があり,生々しさと同時に優しさを感じました。

その後,リゲティの無伴奏チェロ・ソナタが演奏されました。この曲を聞くのは,初めてのことでしたが,とても面白い曲だと思いました。リゲティはハンガリーの作曲家ということで,どこか東欧風というかアジア風の味がありました。音程を微妙に動かすような独特の演奏法もあり,黛敏郎の「文楽」という無伴奏のチェロなどと共通する,エキゾティックで前衛的なムードもありました。

後半の楽章での激しい演奏も,間近で聞いたこともあり迫力満点でした。ヤーノシュ・シュタルケルが演奏したコダーイの無伴奏チェロ・ソナタの歴史的録音について,「松脂(まつやに)が飛び散るのが分かる」というキャッチフレーズが有名なのですが,この演奏もそういう感じでした。

プログラムの後半は,再度,日本文学の世界に戻りました。チェロと日本文学といえば,やはり宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を思い出します。河端さんが,その中のシューマンのトロイメライが出てくる辺りを朗読した後(猫が「トロイメライ」ならぬ「トロメライ」を弾いて欲しいと言うあたり),この曲が始まりました。

トロイメライのオリジナルは,ピアノ曲なのですが,宮沢賢治自身が,チェロで演奏したのではないかと想像すると夢が広がりますね。無伴奏で聞くと,やはりどこかおとぎ話風に聞こえるのが面白いところです。続いて「白鳥」も無伴奏で演奏されましたが,こちらの方は,波を表すような,あのピアノの伴奏がないと「ちょっと寂しいかも」という感じでした。この童話については,名前はよく聞くけれども,実はちゃんと読んだことはなかったので,これを機会に読んでみようかなと思います。

最後に,アンコールとして,カザルスの演奏で有名になったカタロニア民謡の「鳥の歌」が演奏されました。この曲も通常は,ピアノ伴奏で演奏されますが,今回の演奏では,イントロでピアノが演奏する,鳥の声を模したようなちょっと寂しげなトレモロもチェロで演奏していました。この部分をはじめ,とても繊細な演奏でした。近くで聞くと,音のかすれやノイズも聞こえてくるのですが,これも味わいたっぷりで,「正真正銘のカザルス風」という感じでした。

この演奏会は,入場無料ということで,かなり小さいお子さんも聞きに来ており,途中,歓声が上がっていましたが,本来のホールでないこともあり,それほど気になりませんでした。畳の間での演奏会といえば,一昨年,蛍庵でヴァイオリンとピアノの演奏を聞いたことがありますが,「和洋折衷室内楽」というジャンル(?)には独特の面白さがあると思います。また機会があれば,聞きに来たいと思います。湯涌温泉に入った後,民家でライブを楽しむというコースなどあれば,なかなか面白いのではないかと思います。

PS.この演奏会の翌日,同じ場所で小室等さんのコンサートが行われるとのことです(”氷室”と”小室”の語呂合わせ?)。アコースティック・ギターによる演奏にもぴったりかもしれません。

(参考)
湯涌温泉観光協会
金沢観光協会の関連サイト


このような素晴らしい雰囲気でした。雪に覆われた独特の静けさが何ともいえません。

ライトアップされた茅葺き農家です。 また別の農家です。合計3棟をライトアップしていました。
遊歩道には「いざない雪灯り」が並んでいました。
帰る頃には,また別の灯りが点いていました。 帰り道です。金沢市内まで10キロほどあるのですが,この日は凍結しており,結構緊張しました。
(2009/01/25)

関連写真集


少々暗い写真ですが,旧野本家の前に掲げてあった演奏会の掲示です。


建物に入ると,関連イベントのチラシが置いてありました。このように多目的に利用できるのが,日本家屋の便利さです。


開演前の演奏会場です。座布団がカルタのように並んでいました。


支給された使い捨てカイロです。一瞬,「湯楽」かと思ったのですが,「温楽」でした。ちなみに,湯楽というのは,湯涌温泉の近くにある日帰り温泉の名前です。


藁で作られた民家や動物が置いてありました。


右から今回の公演のリーフレット,1月24日〜25日のイベント全体のチラシ,小室等さんのコンサートのチラシです。