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オーケストラ・アンサンブル金沢第254回定期公演M
2009/01/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)リムスキー=コルサコフ/交響組曲「シェエラザード」op.35
2)プーランク/オルガン協奏曲ト短調
3)リムスキー=コルサコフ/スペイン奇想曲op.34
4)(アンコール)ビゼー/歌劇「カルメン」〜第1幕への前奏曲
●演奏
ドミトリ・キタエンコ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),黒瀬恵(オルガン*2),菅原淳(ティンパニ*2)

Review by 管理人hs  
ホール前のポスターです。

新年早々の長い国内旅行を終えたばかりのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK),1月末の定期公演マイスター・シリーズには,プリンシパル・ゲスト・コンダクターのドミトリー・キタエンコさんが登場しました。リムスキー=コルサコフの曲の間にプーランクのオルガン協奏曲が入るというプログラムは,室内オーケストラのOEKとしては,珍しいのですが,オーケストラとオルガンの充実した響きに満たされた,大変素晴らしい公演になりました。

今回のプログラムでまず,面白かったのは,シェエラザードが最初に演奏された点です。これは意表を突く構成でしたが,考えてみれば,スペイン奇想曲の方が賑々しく終わりますので,これで正解だったと思います。

OEKのシェエラザードといえば,岩城さんが車椅子で指揮した第200回定期公演(金沢の聴衆にとって,この公演が岩城さんを見た最期の姿となりました)を思い出しますが,今回のキタエンコさん指揮による演奏も,堂々たるものでした。岩城さんの演奏も,非常に立派なもので,何より感動的でしたが,今回のキタエンコさんの演奏からは,室内楽風な密度の濃さも感じられました。OEKの特性を生かした,完成度の高いシェエラザードだったと思います。

この曲は,大管弦楽で演奏される絵巻物といった印象のある作品ですが,今回のOEKの編成は,通常の40ほどの編成に,トロンボーン3,テューバ,ホルン2,打楽器各種にヴィオラ以下の低音の弦楽器を2名ずつ追加した編成で,それほど大規模ではありませんでした。冒頭のシャリアール王の動機も十分に力強いのですが,暴力的な感じはなく,4つの楽章を通じて,ロマン派の交響曲を聞くようなまとまりのよさを感じました。

上述のとおり,第1楽章から,大変じっくりとしたテンポで演奏されましたが,そのことによって,ソロを取る管楽器の音が非常に克明に聞こえてきました。弦楽器が少ない分,うねるような海の気分はそれほど感じられなかったのですが,OEKの各奏者たちが,セリフを次々と語っていくような面白さがありました。シェエラザードというのは,「千一夜物語」を語る姫の名前ですので,その面ではぴったりの演奏と言えます。

そして,”姫”役であるアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏もお見事でした(コンサート・ミストレスということで,まさに”姫”です)。OEKの演奏をずっと聞いている人ならば,ヤングさんの演奏の安定度の高さは「言うまでもない」ことなのですが,今回もまた「お見事」としか言いようのない演奏を聞かせてくれました。どこを取っても美しく,存在感のある音で,演奏のイメージをファンタジックなものに広げてくれました。常にヴァイオリンに寄り添うように登場する客演の篠原英子さんの表情豊かなハープも印象的でした。

今回の定期公演は,例によってCD録音も行っていましたが,キタエンコさんのシェエラザードであるとともに,ファンとしては,ヤングさんの名前がクレジットされるのも嬉しいですね(これまで,ヤングさんの名前が独奏者としてクレジットされたCDはなかった気がします)。このところ,コンサート・ミストレスとしてヤングさんが登場する機会が多いのですが,お客さんからも指揮者からも団員からも信頼度抜群のOEKにとっては,無くてはならない名リーダーになられたのではないかと思います。

第2楽章もじっくりとしたテンポでソリスティックな演奏を楽しむことができました。この曲での木管楽器の第1奏者は,オーボエ:加納さん,フルート:岡本さん,クラリネット:木藤さん,ファゴット:渡邉さんということで,考えてみると全員女性でした。ファゴットのとぼけた味,オーボエの瑞々しさなど,それぞれに存在感を発揮していました。その他の楽器のソロでは,ホルンの金星さんの甘い高音もとても聞き応えがありました。

要所でトロンボーン,テューバ,トランペットも力強い響きを聞かせてくれるのですが,非常によく引き締まっていました。ゆっくりとしたテンポにも関わらず弛緩した感じがしなかったのは,この辺のメリハリが効いていたからだと思います。2楽章の中盤辺りになると,クラリネットを中心にエキゾティックなムードになります。この辺の濃い雰囲気はやはり,キタエンコさんならです。

第3楽章は,弦楽器の爽やかなカンタービレで始まります。これまでじっくりとした密度の高い雰囲気が続いていましたので,全く別の方向から風が吹いてきたような新鮮味がありました。中間部では,ここでも木藤さんのクラリネットが活躍しますが,リズムを刻む打楽器チームのデリケートかつ鮮明な演奏も心地よく響いていました。軽く力を抜くように終わる,楽章の締めの部分もとても粋でした。

そして,第4楽章です。やはり全曲のクライマックスはこの楽章にあったと思います。タランテラのようなリズムが気持ちよく,全楽器が一丸となって順調に航海を進めているような雰囲気がありました。「これでは難破しそうにもない」と思っていたのですが...楽章の終盤に向けて,やはり大いに海は荒れ始め,非常にドラマティックに盛り上がって行きました。

特に船が難破する部分でのティンパニの音が強烈でした。今回は,客演の菅原淳さんが担当していましたが,この部分では,菅原さんにスポットライトが当たったようなオーラを感じました。遠くから見ていると”仁王立ち”という感じで,歌舞伎のツケ打ち風の大仰さがあったのですが,一撃でドラマの決着を着けて,嵐が過ぎ去ってしまいました。その後,平穏な海に戻り,ヤングさんによる鳥肌の立つような絶妙のソロで終わりました。

トロンボーンなどを中心とした力強い響き,木管楽器を中心としたソロ楽器のフレーズのやり取り,弦楽器の爽快感,ヤングさんの存在感...そして,それらを一本にまとめたキタエンコさんの統率力,と役者が勢揃いしたような豪華さのある演奏でした。キタエンコさんの指揮ぶりには非常に落ち着きがあるのですが,音楽が進むにつれて,自然と熱くなって行くのがわかります。作為的ではない,自然にかもし出された「熱さ・濃さ・エキゾティズム」がやはり真の迫力を生むのだと実感しました。

というわけで,前半を聞いただけで,演奏会を一つを聞いたぐらいの充実感があったのですが,後半もまた楽しめる内容でした。

後半最初に演奏された,プーランクのオルガン協奏曲が定期公演で演奏されるのは,これが初めてだと思いますが,まさに石川県立音楽堂とOEKのためのような曲です。これまで演奏されて来なかったのが不思議なくらいでしたが,その期待どおりの充実感のある曲でした。

オルガン独奏は,恐らく,音楽堂のオルガンをいちばんよく演奏されているだろう,金沢市出身の黒瀬恵さんでした。黒瀬さんのオルガンとオーケストラが共演するのを聞くのは,数年前に金沢大学フィルの定期演奏会で演奏されたサン=サーンスの交響曲第3番(世界のナベアツに読ませたい曲名ですなぁ)以来のことですが,前半のシェエラザードに負けない充実感がありました。

黒瀬さんのオルガンの荘重な響きに始まり,時に甘美に,時に宗教的な気分を感じさせながら,じっくりと聞かせてくれました。この曲は,弦楽器の他にティンパニも入るのですが,前曲に続いて,ここでも菅原さんの存在感が光っていました。この曲での楽器の配置は,弦楽器の後方中央にティンパニ,その真上にオルガンということで,見ようによっては,ティンパニ中心の構図でしたが,演奏についても,弦楽器とオルガンの響きの中にくさびを打ち込むようなところがあり,曲の雰囲気を引き締めていました。

全体的にじっくりとした感じで演奏され,バロック音楽風,というよりはバロック建築風のちょっとグロテスクな感じがあるのが面白いと思いました。オーケストラとお客さん全体を見下ろすように,上に伸びるパイプの列という光景自体がゴシック建築風でした。中間部の静かな部分も魅力的で,「オルガンの重低音」(オーディオ製品の殺し文句ですね)が静かに弦楽器と溶け合う様を味わうのは,ライブならではの楽しみです。

久しぶりに音楽堂のオルガン音を聞いたのですが,観音開きの扉の裏側に施された輪島塗もまた,この曲に豪華さを加えていました。この曲などは,音楽堂で演奏するOEKの看板曲として繰り返し演奏して欲しいと思います。

最後に演奏された,スペイン奇想曲も楽しい演奏でした。他の曲同様,冒頭からゆっくり目のテンポでしたが,その脱力した気分が,「ロシアからスペインに旅行に来ています。ワクワク」といった感じにぴったりでした。遠藤さんのクラリネットの闊達さ,ヤングさんのヴァイオリンの軽快さをはじめ,余裕たっぷりの演奏でした。

このリラックスした気分の中から所々聞こえてくる濃いスペイン情緒も大変魅力的でした。ホルンのたっぷりとした響きをはじめとして,シェエラザードの場合同様,ソリスティックな部分が大変充実していました。なお,この曲の木管楽器の第1奏者は,前半と総入れ替えになっており,次のとおりでした。オーボエ:水谷さん,フルート:上石さん,クラリネット:遠藤さん,ファゴット:柳浦さん。その他,加納さんがイングリッシュ・ホルンを担当してみました。

最後のアストゥリアのファンダンゴの部分では,打楽器チーム(まさにチームという感じだったと思います)の作る生き生きしたリズムの上に,豪快な響きが乗り,キタエンコさんの指揮も熱くなっていました。それほど,テンポアップしていませんでしたが,室内オーケストラとは思えない,カロリーたっぷりのフィナーレでした。演奏後,キタエンコさんは,「朝青龍か?」と思わせるようなガッツポーズを一瞬されていましたが(もちろん,品格のあるガッツポーズ),会心の出来だったのだと思います。

アンコールでは,個人的には,ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」のワルツを期待していたのですが,スペインつながりで,ビゼーの「カルメン」前奏曲が演奏されました。一瞬,意外に思ったのですが,これもまた,たっぷりとした大らかな演奏で,「キタエンコさんによるゴージャスでエキゾティックな一夜」をしっかりと締めてくれました。

2006年にOEKのプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任して以来,キタエンコさんがしばらく登場する機会がなかったのが寂しかったのですが,昨年後半から定期公演への登場の機会が増えたことは大変うれしいことです。この日は,井上音楽監督も金沢にいらっしゃったということですが,全く反対のキャラクターを持った名指揮者2人を擁していることは,OEKにとっては,幸運だと思います。キタエンコさんには,この路線でOEKのレパートリーを広げていって欲しいと思います。
(2009/01/31)

本日のサイン会

熱狂の日準備中


キタエンコさんのサインです。CDのジャケットには既にサイン済だったので,ディスクの方に頂きました。ワーナーから出ているショスタコーヴィチの組曲などのCDです。



オルガンの黒瀬恵さんとティンパニの菅原淳さんのサインです。



アビゲイル・ヤングさんのサインです。



会場は,着々と「ラ・フォル・ジュルネ金沢」の準備が進んでいました。


モーツァルトの大きなポスターがホール内に何枚も掲示されていました。お隣にあるのは,「モーツァルト・ピアノ・マラソン」のオーディションのポスターです。


この日のアンコールの掲示です。隣にあるのは北陸新人登竜門コンサートのオーディションのポスターです。



1階の入口付近にもモーツァルトがいました。



「青いモーツァルト」もいます。どこに行っても見られているようです。