OEKfan > 演奏会レビュー
バッハ無伴奏チェロ組曲を弾く(1)
2009/01/31 金沢蓄音器館
デュポール/21の練習曲集〜第7番
ドッツァー/113の練習曲集〜第24番
バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調,BVW.1009
バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調,BVW.1010
十代田光子/雪の夜
十代田光子/四月の風
十代田光子/木々の心
十代田光子/雲と月
(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番ト長調,BVW.1007〜メヌエット
●演奏
十代田光子(チェロ))
Review by 管理人hs  
金沢蓄音器館で行われた,元オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のチェロ奏者・十代田(そしろだ)光子さんによる無伴奏チェロソナタシリーズの第1回に出かけてきました。金沢蓄音器館では、モーツァルトの弦楽四重奏曲全曲演奏をはじめとして、いろいろなシリーズ企画を行ってきましたが,それにもう一つシリーズが加わったことになります。

オーケストラの定期公演もそうなのですが,シリーズ化することにより,お客さん自身が自ら進んで聞かないものまでセットで聞かせ,お客さんをさらに深い世界に誘おうという効果があります。この無伴奏チェロ組曲についても,「チェロの聖書」的な扱いはされていますが,全曲を実演でじっくりと味わう機会というのは,金沢では多くありません。私自身も,聞けば「これはバッハの無伴奏チェロ組曲だ」ぐらいは分かりますが,第1番のプレリュードとか第3番以外の曲については,一体何番なのか区別がつかないところがあります。今回も,モーツァルトの弦楽四重奏曲シリーズの場合同様,「無伴奏について,もう少し深く知りたいな」と,勉強するようなつもりで聞きに来ました。

# とはいえ,前の週の土曜日に湯涌温泉の農家で第1番を聞いたばかりだったので,2週連続で無伴奏を聞いたことになります。こういうのは以外に連続するものですね。

今回は,3番と4番が演奏されましたが,このシリーズの特徴は,バロック・チェロを使っている点にあります。バッハの演奏に先立って,ウォーミング・アップのような感じで,チェロのための練習曲集から2曲が演奏されたのですが,それを聞いた感じでは,どこか音量が小さく,くすんだ感じがしたのですが,その後の十代田さんの解説でバロック・チェロを使っていたからだ,と理由が分かりました。

今回演奏された練習曲については,チェロの学習者にはお馴染みの曲集なのだそうです。ピアノで言うところのツェルニーとかハノンに当たるのでしょうか,アルペジオの練習のような感じでしたが,デュポールの曲にはどこか哀愁があり,ドルツァーの曲には幅広い明るさがありました。聞く方にとっても良い耳慣らしになりました。

その後,バロック・チェロについての解説がありました。やはり,奏者による解説をマイクを通さずに聞けるのが,この蓄音器館での演奏会の良さだと思います。上述のとおり,耳で聞いただけでも分かったのですが,バロック・チェロの特徴としては,次のような点があります。

  • 楽器自体は現代のチェロと変わらない。違うのは,以下の点
  • エンドピンがない。そのため,ひざの間に挟むことになる。
  • 弓が違う。バロック・ボウと呼ばれるもので,カマスの頭(パイク・ヘッドと言う)のようにスマートな感じになっています。
  • 弦が違う。羊腸を使ったガット弦を使っている。そのため,弦の張り方がゆるくなる。その方が振動しやすいが大きい音は出ない。

こういた要素が合わさって,現代のチェロとは,違った質の音が作られることになります。これは,説明が反対ですね。バロック・チェロの音が本来の自然な音と言えます。現代では,1000人以上のお客さんが入る,コンサート・ホールでの演奏を想定する必要がありますので,バロック・チェロからモダン・チェロへの”進化”は,ある意味,必然と言えます(エンドピンの存在自体,強く大きな音を出すためには不可欠と言えます)。ただし,それによって失われたものもあるのだと思います。この金沢蓄音器館でのシリーズは,会場の狭さを逆手に取って,”失われたものを探す”企画と言えそうです。

さて,バッハの無伴奏チェロ組曲の演奏ですが,最初に演奏された第3番は,6曲の中ではいちばんよく聞かれる曲だと思います。冒頭部分から輝きがあって,堂々とした曲という印象があります(ベートーヴェンの交響曲の番号につられるせいか,この曲集についても,1,3,5といった奇数番の曲の方が有名になる傾向があるかもしれません)。

今回の十代田さんの演奏は,その印象とは違ったものでした。我が家にあるCDでは,第1曲プレリュードの冒頭などは,「ドーシラソファミレ...」と力強く音階を下がってくるのですが,今回の演奏は,大変優しい感じで,どちらかというと枯れた感じのワビサビの世界といった感じでした。重音の感じも穏やかでした。

その後に続く舞曲系の曲もスケールが小さい感じで,より親密さを感じました。緩やかな舞曲のサラバンドでは,ノンビブラートで演奏されているようで(実は,この日はお客さんが多すぎて,演奏している十代田さんが全く見えなかったので,想像で書いているのですが),訥々とした素朴な語りをしみじみ聞くようでした。最後のジーグの小回りの聞いたキビキビとした感じも気持ちよいものでした。

休憩後に演奏された,第4番は,十代田さんが言われていたとおり,6曲中もっとも地味な曲かもしれません。プレリュードに出てくる音型からしてメロディというよりは,ゴツゴツとした分散和音という感じです。第3番よりは,やはり親しみにくい感じはあったのですが,そのとっつきにくさが,曲が進むにつれて,段々と温かみに変わってくるようなところがあるのが面白いと思いました。サラバンドなどは,3番よりも重音が目立ち,独特の揺らぎがありました。気持ちよく眠れそう(?)な曲でした。反対にブーレからジーグにかけては一気に演奏しており,勢いのある演奏でした。

#なお,今回配布されたリーフレットの曲名リストでは,両曲の5曲目の舞曲名を「メヌエットI・II」「ガヴォットI・II」と書いていましたが,両者とも「ブレーI・II」のはずです。

最後に十代田さんによる自作自演が行われました。インスピレーションを短い曲にまとめたもので,「雪の夜」「四月の風」「木々の心」「雲と月」というタイトルどおり,音による絵手紙集という感じでした。季節感のある題材ばかりでしたので「音による俳句」と言ってもよいかもしれません。いずれにしても,自分の感情を曲にできるというのは素晴らしいことです。シリーズ化して,どんどんためていくと面白いのではないかと思いました。

今回は,間近で聞いたせいか,ところどころ,音がかすれるような部分も耳についたのですが,エンドピンがないと,やはり,長時間演奏するときなどは疲れるのではないかと思ったりしました。その一方,十代田さんがバロックチェロについて,「体の一部のようで,かわいいと思う」と惚れ込んでいる様子を語っていましたが,そういう実感の篭もった演奏でした。

バロック・チェロについては,通常のホールで演奏するには,少々広すぎるところがありますので,金沢蓄音器館で演奏するのにぴったりといえます。今回は,キャンセル待ちのお客さんがでるほどの盛況でしたが,第2回以降にも期待したいと思います。

PS.NHKのハイビジョン(衛星放送)で放送している「名曲探偵アマデウス」という番組ですが,丁度,1月31日(2月1日)の放送分が無伴奏チェロ組曲でした。
http://www.nhk.or.jp/amadeus/
http://www.nhk.or.jp/amadeus-blog/400/15508.html
個人的に大好きな番組なのですが,まさにグッドタイミングでした。ちなみに「落語」との共通点に絡めながら,次のようなことを説明していました。第2回のネタにも使える部分があるのではないかと思います。

  • 1つの音に3つの声が隠されている。ポリフォニー音楽を分散させたものである。最低音については,チェロの豊かな低音だからこそ使える。ちなみに,落語も一人で何役も演じ分けている。
  • 重音を要所で使い,音楽の展開の目印としている。落語で使う「くすぐり」のようなもの。
  • 持続音(オルゲルプンクト)を生かしている。属音を響かせることで曲の緊張感を高めている。
  • 第6番については,横型のチェロを想定して作られた可能性がある。現代の楽器で演奏するのは至難の業である。
  • 古典はいろいろな解釈ができるものである。

こうやって書くと非常に難しいことを言っているように思えますが,それをコメディ&サスペンスタッチのドラマとして見せていることに毎回感心しています。
(2009/02/01)

蓄音器館周辺
を歩いてみました
蓄音器館のすぐ近くには,泉鏡花記念館とか,久保市乙剣神社であるとか,いろいろと見所がありますが,この日は歩いて帰りながら,いくつか看板を撮影してみました。

おでん屋さんです。


その向かいにある朗読小屋浅野川倶楽部です。


喫茶店の看板です。

タバコが吸えるのに「禁煙室」という名前が昔から気になっていました。

なかなか味わい深い町並みです。