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井上道義&オーケストラ・アンサンブル金沢21世紀美術館シリーズ music@rt seasonU vol.5: transcription トランスクリプション
2009/02/01 13:00- / 14:00- / 15:00- 金沢21世紀美術館 館内交流ゾーン
1)ハイドン/弦楽四重奏曲第77番ハ長調「皇帝」〜第3楽章
2)ジャック・ボディ/3つのトランスクリプション
3)モーツァルト/アダージョとフーガ ハ短調 KV546
●演奏
トロイ・グーギンズ,ヴォーン・ヒューズ(ヴァイオリン),田中茜(ヴィオラ),ルドヴィート・カンタ(チェロ)
ナビゲーター: 井上道義,ダンス解説:マルガリータ・カルチョーヴァ

※その他,別の回では,次の曲も演奏されたようです。
バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第5番から
ヘンデル−ハルヴォルセン/ヴァイオリンとヴィオラのためのパッサカリア   

Review by 管理人hs  
金沢21世紀美術館で年に数回行っている,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーによる室内楽公演シリーズを聞いてきました。今回は,井上道義音楽監督がナビゲータ役として加わっていましたが,。そもそも,このシリーズには,「井上道義&...」という肩書きが付いていますので,井上さんが登場するのが本来の姿なのですが,今回はいつもにも増してパワーアップしていました。井上さんは,時々,「指揮者がいるといないとでは演奏は違う」ということをアピールされていますが,イベント全体についても,MCがいるかいないかで,かなり雰囲気が変わります。まずそのことを実感しました。

今回は,弦楽四重奏の編成で,数曲演奏されましたが,このシリーズならではの一味ひねった内容でした。演奏会のサブタイトルが「トランスクリプション」という少々堅い言葉だったのですが,この言葉をキーワードとして,3曲演奏されました。

#私は14:00からの2回目を聞いたのですが,他の回ではまた,別の曲が演奏されたようです。

演奏に先だって,井上さんがこのプログラムの趣旨(というほど堅いものではありませんでしたが)について説明をしました。次のようなことを語っていました。

現在,写真家杉本博司のコレクションを集めた「歴史の歴史」展という変なタイトルの展覧会が行われているが,歴史というのは,経験である。人間は経験から離れられない存在である。たとえば,夢というのは経験の集積ではないか?いろいろなものを集めた杉本さんは,きっと不安だったのだろう。ここに来ているお客さんも何かを見つけようとしてここに来ているのだろう。過去のサンプルから学び吸収し,そして転化していく「トランスクリプション」が今回のテーマである。
OEKの公式ホームページに書かれていた紹介記事も参考にさせていただきました。その場では,なるほどと思って聞いていたのですが,振り返ってみると,かなり哲学的な話でしたね。

http://www.orchestra-ensemble-kanazawa.jp/news/2009/02/21_musicrt_1.html

#この写真を見ても分かるとおり,皆さんとてもファッショナブルでした。特にカンタさんのトロピカルな雰囲気のシャツには驚きました。

というわけで,今回は,オリジナルの素材を変奏したり,作り替えたり,繰り返したり,追っかけっこしたり...といった様々な「転化」をテーマとした曲が演奏されました。

最初に演奏されたのは,ハイドンの弦楽四重奏曲「皇帝」の第3楽章でした。ドイツの国家としても有名な曲ですが,この楽章は変奏曲形式ということで取り上げられたようです。井上さんが,演奏前に「眠くなりますよ」と語っていましたが,確かにゆったりとした気持ちの良い演奏でした。美術館内はとてもよく響くので,陶酔的な雰囲気もありました。最後の部分では,タイミングよく陽も差してきたので,ひなたぼっこをするような気分の演奏でした。

続いては,ジャック・ボディというニュージーランドの現代作曲家が民族的な音楽を弦楽四重奏用に「トランスクリプション」した3つの曲が演奏されました。

最初の曲は口琴の音を弦楽四重奏に移した曲で,井上さんの動作から推測すると,第2ヴァイオリンのヒューズさん辺りが,何やら不思議な声を出していたようでした。キリなく続く曲ということで,ストップがかかった後,続いてマダガスカルの民族音楽を弦楽四重奏にしたものが演奏されました。オリジナルは,竹に自転車のブレーキ用のケーブル(?)を付けた楽器という訳のわからないものなのですが,演奏の方も非常に難しそうな感じでした。

一度演奏した後,「余りにも難しいので,みなさん非常にまじめな顔をしていました。指揮者がいたらどうなるでしょう」と言って,同じ箇所を井上さんの指揮付きで演奏しました。指揮といっても,井上さんはお客さんの視線の邪魔にならないように,どっかと床に腰を下ろして指揮をされていたのですが,確かに変わりました。こういう複雑な曲の場合,指揮がある方が,演奏全体に余裕が出来,その結果,表現の幅が広がるのではないかと思います。その後,「指揮者がいて変わるのは確かだが,良くなる場合もあれば,悪くなる場合もある」と意味深なことを語られていました。

3曲目は,7拍子のブルガリア舞曲をもとに作られた曲で,この日のメインといっても良い曲でした。運良くというか運悪くというか,OEKのコントラバスの客演奏者として,ブルガリア出身のマルガリータ・カルチョーヴァさんという方が来日されていたのですが,急遽お願いして,この舞曲のダンスを披露してもらうことになりました。かなりテンポの速い,フォーク・ダンスっぽい雰囲気のある曲だったのですが,マルガリータさんに加え,井上さんもダンスに加わり,大いに盛り上がりました。この曲もまた,何時間でも続く曲ということで,最後は,井上さんがカンタさんのすぐ傍で演奏の邪魔をし始めておしまいになりました。

この3曲を聞いて,クラシックというのも民族音楽の一種だなと感じました。井上さんが語っていたとおり,ベートーヴェンの交響曲第7番なども同じリズムの繰り返しが多いのですが,ある意味,音楽の原点が残っている曲と言えそうです。

その後,美術館という場所を意識して,ピカソのキュビズム風の作品について,「ピカソは実際にキュビズムを思わせる風景を見た経験があったから,そういう絵を描いたのだ」というお話をされました。これは山水画が実は中国に実在する,桂林の独特の景色に基づいているということと通じるものがあるのですが,大変面白い話でした。同じことを音楽に当てはめた場合,原点となる風景に当たる原点となる音楽といのもあるのかな?と思ったりしました。

演奏会の最後は,ラ・フォル・ジュルネ金沢のテーマも意識してか,モーツァルトのアダージョとフーガが演奏されました。この曲は,タイトルどおり前半が不安な気分に満ちたアダージョで,後半はそれから逃げよう逃げようとするフーガという構成になっています。「不安とそれからの逃避」という見方をしたことはなかったのですが,そう思って聞くと苦難に満ちた人生の縮図のように思えてきます。モーツァルトもすごい曲を書いたものです。

この日の井上さんは,トークあり,ダンスあり,指揮も少し...ということで,絶好調でした。音楽堂の中だけに留まりたくないという井上さんの真骨頂に触れることのできた,45分間でした。
(2009/02/02)

21世紀美術館写真集
この日の公演の案内です。

13:45頃に行ってみたところ,第1回目が丁度終わる所でした。館内のどこからともなく,弦楽四重奏の音が聞こえてくるのは,非常に魅力的です。ついつい音源を探りたくなります。

1回目と2回目は市役所側の交流スペースで行っていましたが,3回目は別の場所だったようです。

その後,しばらく,館内を散歩しました。

「タレルの部屋」です。金沢の冬には珍しく,青空が見えていました。


託児所前の展示です。とてもきれいでした。


「レアンドロのプール」付近です。相変わらず賑わっていました。


「雲をはかる男」付近です。ちょっと面白い構図になりました。


第2回の開演時間が近づいてきたの最初の場所に戻りました。演奏が始まると,見る見る聴衆が増えていきました。