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オーケストラ・アンサンブル第255回定期公演F
2009/02/08 石川県立音楽堂コンサートホール
音楽なぞ解き劇場:ぺらぺら「オペラ」笑劇場
第1部「オペラはどこから来たかしら」
1)出囃子(オーケストラ版)
2)ビゼー/歌劇「カルメン」前奏曲
3)ビゼー/歌劇「カルメン」〜闘牛士の歌
4)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜お手をどうぞ
5)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜酒がまわったら
6)プッチーニ/歌劇「ジャンニ・スキッチ」〜私のお父さん
7)プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」〜ある晴れた日に
8)サゲ囃子(オーケストラ版)

第2部 60分でまるわかり「フィガロの結婚」
9)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」(抜粋)
(序曲/5,10,20(スザンナ,フィガロ)/自分が分からない(ケルビーノ)/もう飛べないぞ蝶々さん(フィガロ)/愛の神よ(伯爵夫人)/恋とはどんなものでしょう(ケルビーノ)/スザンナ出ておいで(伯爵,伯爵夫人,スザンナ,ケルビーノ)/ひどいぞ,私をじらして(スザンナ,伯爵)/勝ったも同然だと?(伯爵)/待ち遠しいわ,愛しい人(スザンナ)/眼を開いて(フィガロ)/許せ妻よ(全員)
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:マヤ・イワブチ)
ナビゲーター:笑福亭松喬,脚本・構成:響敏也
製作:大阪音楽大学大学院オペラ研究室
木村孝夫(伯爵,バリトン*4,5,9),納谷知佐(伯爵夫人,ソプラノ*7,9),田邉織恵(スザンナ,ソプラノ*4,6,9),迎肇聡(フィガロ,バス*3,9),西村薫(ケルビーノ,アルト*9) 

Review by 管理人hs  
2009年最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタジー定期公演は,オペラと上方落語のコラボレーションという面白い企画でした。前半は,落語版「オペラ入門」,後半は落語版「フィガロの結婚」ということで,ナビゲーター役の笑福亭松喬さんが全編大活躍でした。OEKは,これまでも異業種との共演をたびたび行ってきましたが,エンターテインメントといった観点からすると,これまででもっとも成功したコラボだったとのではないかと思います。

うまく行った理由は,何といっても笑福亭松喬さんの力によります。松喬さんは,金沢ではそれほど知られていない方ですが,ベテランならではの話芸の世界に浸ることができました。非常にリラックスして楽しむことができました。

特に後半の「フィガロ」での登場人物の描き分け方がお見事でした。松喬さんの語りを聞いているだけで,オペラの楽しさが十分伝わってきたのですが,それに加えて,衣装を着た人物が続々と登場し,見事な歌を聞かせてくれるとなると,言うことはありません。ハイライト版オペラについては,どこか物足りなさを感じることがあるのですが,今回の場合,トーク自体が立派に完成された松喬さんの芸になっていたこともあり,大変聞きごたえがありました。

今回のステージですが,指揮者の隣の通常ソリストが立つ位置に指揮台をひとまわり大きくしたような,高座があり,その上に座布団と上方落語独特の道具である見台が用意されていました。上方落語独特の小道具である小型の拍子木ももちろん使っていました。ステージ後方は,歌手が登場して歌を歌い,演技をするスペースになっていました。ステージ前方がオーケストラピットということも言えます。両袖には西洋風の柱をイメージさせる大道具があり,ステージには演技に使うソファなどの小道具が用意されていましたが,全体としては,演奏会形式オペラに近い形でした。オーケストラの方は,金聖響さん指揮ということで,コントラバスが下手側に来る古典的な対向配置を取っていました。

さて,第1部「オペラはどこから来たかしら」ですが,通常どおりOEKメンバーが入り,指揮者が入ってきた後,序曲がわりに,何やら楽しげな鳴り物入りの音楽が始まりました。これは松喬さんの出囃子をオーケストラ用に編曲したものとのことです。松喬さんは,大阪センチュリー交響楽団とも同様の共演をされていますので,その時と同じものなのではないかと思います。こういうディテールにまで凝ってくれると嬉しくなります。

まず,マクラということで,お客さんの「レベル調べ(?)」の小咄が2つほどありました。このマクラの部分で,すっかりリラックスし,パチンと拍子木の音が入って,本論の「オペラ」の話になりました。

今回のシナリオは,前半・後半ともOEKの定期公演のプログラム解説でお馴染みの響敏也さんによるもので,オペラの歴史(関が原の頃です。歌舞伎とほぼ同じというのが本当に面白いですね),発声方法(遠くまで聞こえるような発声方法),アリアとレチタティーヴォ,ミュージカルとの違い(オペラはセリフもみんな歌う)などが分かりやすく盛りこまれていました。

落語には,「長屋の住人と何でも知っているご隠居の対話」というパターンが非常によく出てきますが,このスタイルは「オペラって何?」という入門的な説明を一人で行うのもぴったりです。これを現代的にステージ上でやると,専門家の先生にアナウンサーが質問するような形になりますが,落語でやる方がずっと簡潔で洒落ています。今回は,落語の間に,有名なアリアが5曲演奏されましたが,違和感なく語りと融合していました。

音楽の方は,オペラの代表ということで,まず,「カルメン」前奏曲が,OEKのみで演奏されました(この曲は,キタエンコさんが登場した1月末の定期公演のアンコールとしても演奏されましたので,今回の公演の予告編も兼ねていたことになりますね)。とても自然な流れのある滑らかな演奏でした。

アリアの部分は,大阪音楽大学大学院オペラ研究室の皆さんが歌われました。2年前にファンタジー公演で「コシ・ファン・トゥッテ」が上演されましたが,その時と共通の歌手も参加されていました。特に男声歌手については,やはりもう少し渋みであるとか,重みが欲しい部分もありましたが,どの方の歌も,癖の少ないまっすぐな歌で,若々しい朗々とした声を楽しむことができました。

オペラでは,ひそひそ話でも大きい声で歌う例として「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」,レチタティーヴォとアリアの例として同じく「ドン・ジョヴァンニ」の「シャンパンの歌」が歌われましたが,その後,「もっと”しゅっと”した歌はないのか?」と続いたのが面白かったですね。「しゅっとした」というのは,関西人以外にはニュアンスが分かりにくい言葉ですが,「垢抜けした」といった意味になります。「それでは」ということで,プッチーニの「私のお父さん」が田邉織恵さんによって歌われました。

田邉さんは,前回の「コシ・ファン・トゥッテ」公演ではデスピーナを歌われていた方ですが,今回も爽やかな情緒の漂うとても気持ちの歌を聞かせてくれました。続いて,「結婚詐欺にあって自殺する女性の歌(こういう悲劇的な題材がオペラには多いのです)」ということで,「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」が歌われました。納谷知佐さんの声は,ちょっとこもったような憂いのある声がとてもデリケートで,悲恋のヒロインの雰囲気がよく出ていました。ちなみに,この「蝶々夫人」のモデルは大阪のおつるさんがモデルとのことです。こういった蘊蓄については,響さんの執筆の解説を彷彿とさせてくれますが,落語的に言うと「さすがご隠居,何でも御存じ」という感じです。

最後に,すっかりオペラが好きになった熊さんだか八っつあんだかが,「オペラを上演する小屋を作って毎日見たい」というと,「それは過激だ→オペラはカゲキ」という,これしかないというオチが着いておしまいとなりました。その後,出囃子と同じメロディが出てきて,前半が終わりました。

後半は,「60分でまる分かりフィガロの結婚」でした。正確に60分だったか計っていなかったのですが,あれよあれよという間にオペラの世界に引き込まれてしまい,時間などどうでも良いという感覚になりました。落語の大作を1本見たような感じだったと思います。

こちらの方は,出囃子はなく,その代わりにお馴染みの序曲が演奏されました。金聖響さんらしく,ノンヴィブラートの演奏で,バロックティンパニを使用していましたが,過剰に力んだところはなく,それこそ,しゅっと風が吹抜けるような演奏でした。木管がクリアに浮き上がって来るのは,この曲を何回も演奏してきたOEKならではだど思います。

序曲の終盤で,松喬さんが入場した後,まず,「フィガロの結婚」が「オペラ・ブッッファ=お笑い歌劇」であるという説明がマクラとしてありました。ちなみに今回は字幕の他に落語独特の「めくり」も用意されていました。アリアのたびに黒子の人がめくって,曲名を示していましたが,「オペラ・ブッファ」のようなキーワードが出てきた時もめくっていましたので,和風プレゼンテーション装置という感じでもありました。この黒子ですが...意外な方が担当されていました。正解は最後にお知らせしましょう。

さて,オペラの方ですが,松喬さんが,関西弁で落語風にストーリーを説明すると,ステージ奥の舞台で,歌手の皆さんが,マイムをするように演技をする形で進行しました。前半同様,複数の人物を一人で語り分けるというのは,落語の専売特許ではあるのですが,松喬さんが語ると本当に生き生きと描き分けられます。この語りだけでも面白かったのですが,そのタイミングに併せて,衣装を着た歌手の方が動作を行うと,さらに面白さが増します。関西弁の吹き替えが付いた洋画を見るようなミスマッチの面白さがありました。

さらに,歌を歌っているときに両サイドに出てくる字幕までもが非常にこなれた関西弁になっているのが驚きでした(この字幕も響さん作成によるものとのことです)。フィガロの歌が「行きなはれ,ケルちゃん」になり,伯爵が「堪忍してくれ」と言うと伯爵夫人が「まぁええわ」と答えたり,うまく関西弁にはまるものだと感心しました。実のところ,オペラの字幕は,読むのが疲れるので,これまでしっかり読んでこなかったのですが,今回の字幕は,しっかり読みたくなりました。かなり意訳している部分もあったのだと思いますが,これまで読んだことのあるオペラの和訳の中でいちばんしっくり来ました。

歌手では,アルトの西村薫さんが「ケルビーノ=ケルちゃん」として後半から登場しました。すっきりしているけれども暖かみのある声がこの役柄にぴったりでした。「恋とはどんなものでしょう」もとても瑞々しい歌でした。それにしても,フィガロがケルちゃんに向かって歌う「もう飛ぶまいぞ」が「もうあきまへんで」になるのが可笑しかったですね。金沢弁でやるとどうなりますかねぇ「もう,だちゃかんぞいや」ぐらいでしょうか?

伯爵夫人の方は,「愛の神」に向かって「手ぇ貸しておくれやす」と歌っていましたが,納谷さんの声は,前半同様,憂いのあるうるうるとした歌でした。「スザンナ出ておいで」では,モーツァルトのオペラのいちばんの素晴らしさであるアンサンブルをしっかり見せて,聞かせてくれました。コメディとしての見せ場がとても簡潔に表現されていました。

「勝ったも同然だ」で伯爵の立派なソロがあった後,舞台上の小道具の移動があり(黒子さんが活躍),照明を落とし夜の雰囲気になりました。スザンナの「待ち遠しいわ,愛しい人」の甘い歌は,静かな夜の雰囲気があり,個人的に大好きな曲です。田邉さんの歌も聞きごたえたっぷりでした。フィガロの「眼を開いて」というアリアは,”物陰でひっそり聞く”という設定の曲なのですが,それでも”歌う”というのがオペラ的です。

そして,最後に全員が登場して「許せ妻よ〜フィナーレ」となります。「堪忍してくれ」「まぁええわ」で何故か丸く収まるのですが,モーツァルトの音楽の魅力があるからこそ成り立つ部分です。伯爵の歌も伯爵夫人の歌もリアルな感情が籠っているからこそ納得できます。この部分がたっぷり歌われた後,全員の重唱による自在なアンサンブルになります。ここでも木管楽器を中心に音楽が軽やかに華やかに盛り上がり,喜劇の終幕に相応しい楽しさがありました。

というような感じで,洗練された「上方落語風オペラ」として見事に完成されていました。複雑なストーリーをカットしていたこともあり(人物もカットしていました),非常に分かりやすい「フィガロ」になっていました。終演後のカーテンコールも,実際のオペラとほぼ同じ形で,60分オペラにも関わらず,しっかりと総合的なエンターテインメントを楽しんだという実感が残りました。ちなみに,黒子役ですが,山腰石川県立音楽堂館長でした。音楽堂ならではの楽しい「内輪うけ」でした。

今回の「ぺらぺら落語」は,大阪センチュリー交響楽団での成果を再現したもので,関西の音楽界とのつながりの深い響さんあっての企画だったと思います。とりあえず,姉妹篇として「ドンならんな!」「こしあん取って!」も見てみたいのですが,そのうちに金沢初のオリジナル版にも期待したいと思います。松喬さんについては,今回のつながりをきっかけに,是非,邦楽ホールで本物の上方落語を披露して頂きたいものです。

PS.この日はプレコンサートとして,大澤さんのチェロ独奏で無伴奏チェロ組曲第1番の中の2曲が演奏されました。落語とバッハの無伴奏チェロ組曲については,つい先日,NHKの名曲探偵アマデウスという番組で取り上げていたばかりでしたが,「そのココロは?」「どちらも一人でやります」ということでぴったりの選曲でした。その後,松喬さんによるプレ小咄もありましたが,これも今回ならではの企画でした。 (2009/02/11)

この日のサイン会
この日の公演の立て看板です。


笑福亭松喬さんのサインです。とても丁寧にサインしていただきました。


金聖響さんのサインです。OEKと録音したベートーヴェンの交響曲第5番のCDです。


歌手の皆さんのサインです。左から田邉さん,納谷さん,西村さん,木村さんです。


裏のページに続いて...迎さんのサインです。