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オーケストラ・アンサンブル金沢第256回定期公演PH
2009/02/26 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シャブリエ/田園組曲
2)サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調,op.61
3)(アンコール)イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番〜第3楽章プレスト
4)デュパルク/夜想詩曲「星たちへ」
5)グノー/交響曲第2番変ホ長調
6)(アンコール)ビゼー/劇音楽「アルルの女」〜アダージェット
●演奏
ジャン=ピエール・ヴァレーズ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6,吉本奈津子(ヴァイオリン*3,4)
Review by 管理人hs  
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK),2月の定期公演フィルハーモニー・シリーズには,おなじみのジャン=ピエール・ヴァレーズさんが登場しました。今回,演奏された曲は,「ヴァレーズさん担当」といっても良いフランス音楽ばかりでした。ただし,フランス音楽といっても,ラヴェルやドビュッシーといった印象派の作曲家の作品ではありません。シャブリエ,サン=サーンス,デュパルク,グノーという,やや保守的な作風の(別の言い方をするとややマイナーな)作曲家の曲を集めたプログラムでした。この選曲がお見事でした。軽視されがちな作曲家に光を当て,その良さを再発見させてくれるような内容だったと思います。

ラヴェルやドビュッシーの曲は,「ムニュムニュした感じ(青島広志さんがよく言っていますね)」でつかみどころがないような曲が多いのですが,今回登場した曲は,どの曲もメロディがはっきりした,聞きやすい作品ばかりでした。その辺が「現代」ではなく,チラシに書いてあるように「近代」ということになり,評価が少々低い理由なのかもしれませんが,古典的な形式感とフランス風のすっきりとした情緒が合体したような作風は,この時代の作品ならではの魅力を持っています。今回の指揮者のヴァレーズさんの「芸風」にもぴったりでした。

プログラム中では,グノーの交響曲第2番が定期公演で演奏されるのは2回目ですが(2000年にロジェ・ブトリーさんの指揮で演奏されています),それ以外の曲はOEKが演奏するのは初めてのことだと思います。OEKのレパートリーの拡大という意味でも有意義な公演だったと思います。

最初に演奏された,シャブリエの田園組曲は,以前,アンコールとして組曲中の1曲が演奏されたことがありますが,とても面白い曲だった記憶があります。今回の全曲演奏も大変楽しめました。

第1曲「牧歌」がトライアングルの音で静かに始まった後,のどかな牧歌の世界になります。ヴァレーズさんの指揮には,幾分,無造作な感じがすることがあり,時折,散漫な印象を与えることがあるのですが,今回のようなプログラムには,それが魅力になっていると思いました。2曲目の「村の踊り」は以前アンコールで演奏されたことのある曲ですが,遠藤さんのクラリネットの生き生きとした表情がとても印象的でした。3曲目の「木陰で」は,チェロなどの伴奏の音型が,静かだけれども生々しくしっかりと聞こえてきて,ライブならではの魅力を実感できました。最後の「スケルツォ・ワルツ」は,大太鼓なども入り,たっぷりと大らかにまとめてくれました。

2曲目のサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は,曲としては大変有名ですが,OEKが演奏するのが今回が初めてだと思います。ソリストは,吉本奈津子さんでした。この吉本さんのヴァイオリンが,今回の演奏会のもう一つの注目です。

吉本さんは,金沢市出身で,2007年度の第1回岩城宏之音楽賞を受賞された方です。その受賞記念公演以来の登場ということになります。この時演奏したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲では,非常に丁寧で感動的な演奏を聞かせてくれましたが,毎回非常に安定した音楽を聞かせてくれるのが素晴らしい点です。今回も最初の一音から非常にくっきりとした音を聞かせてくれ,一気に曲の世界に集中させてくれました。

吉本さんは,濃い紫の衣装を着ていらっしゃいましたが,演奏の方も大変密度の高いものでした。激しく演奏しているわけではないのに,音がしっかりと聞こえてくるのがとても良いと思いました。吉本さんの音には,”根本的な強さ”のようなものがあり,それが自然に聞き手の方に伝わってくるのだと思います。

ヴァレーズさんは,もしかしたらヴァイオリニストとしてこの曲を演奏された回数の方が多いかもしれませんが(その点では吉本さんにとっては,プレッシャーでもあり,安心でもあったと思います),OEKからとても軽やかで明るい音色を引き出していました。第1楽章は,じっくりとしたテンポ設定でしたが,響きに軽やかさがあったこともあり,停滞した感じはしませんでした。

第2楽章は,この曲の中でも特に魅力的な部分です。第1楽章とは対象的に,早目のテンポで,流れるようにスムーズな音楽を聞かせてくれましたが,ここでも吉本さんのヴァイオリンは,しっかりと歌い込んでいたので,味が薄くなることはありません。楽章の最後では,クラリネットと一緒になってフラジオレットで繊細な音を聞かせる「聞き所」が出てきます。この部分も絶品でした。夜の気分が幻想的に深まっていく...といったロマンティックで視覚的な情景を想起させてくれるような演奏でした。

この楽章は,昨年のいしかわミュージック・アカデミーの受講生による演奏会でも,聞いたことがあるのですが,やはりオーケストラ伴奏による「音のマジック」はさらに素晴らしいと思いました。

第3楽章は,再度短調になり第1楽章のドラマティクな気分に戻るのですが,トロンボーンがコラール風のフレーズを演奏する辺りから,音楽がどんどん開放的になって行きます。吉本さんのヴァイオリンは,とても切れ味が良く,弾むような演奏を聞かせてくれました。音楽全体にも余裕があり,オーケストラと一体となって,非常に爽快な音楽を作り上げていたと思います。

お客さんも,もちろん大喜びでした。アンコールでは,イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの中の一つの楽章が演奏されました。これもまた,大変くっきりとした演奏で,自信に満ちた力強い演奏でした。

OEKファンにとって,吉本さんは,「私たちが発見したアーティスト」という意識が強いのではないかと思います。プロ野球チームに例えるとメジャーリーグから補強したのではなく,自分のチームから育った選手が,その期待どおりの活躍をしているという感じです。この感覚は,大変重要なことだと思います。もちろん既存の有名アーティストの演奏を聞くのは非常に楽しみなのですが,「金沢でアーティストを育て,発信する」ことは,もう一段階上の楽しみという気がします。そういう意味で,今回の演奏をCD録音することは大変有意義なのことだと思います。岩城宏之音楽賞の副賞ということだと思いますが,大変面白い発想のインセンティブだと思います。吉本さんは,2009年からオーストラリアのアデレード交響楽団のコンサートミストレスに就任されるとプログラムのプロフィールに書かれていましたが,今後の活躍に,これからも注目をしたいと思います。

後半,最初に演奏されたデュパルクの「星たちへ」という曲は,今回のプログラム中でも特に演奏される機会が少ない曲ですが,不思議な静けさに満ちた,隠れた名曲だと思いました。トランペットや打楽器が入っておらず,弦楽器を中心としたオルガンを思わせる静かな響きに包まれた曲です。その中からヤングさんのヴァイオリン,カンタさんのチェロなど,いろいろな楽器のソロが星のように明滅します。この曲などは,ほとんどCDがないので,CDが発売されたら,是非もう一度聞いてみたいと思います。

最後に演奏されたグノーの交響曲第2番は,古典派の交響曲的な雰囲気を持ちながら,気が付くと自然にフランス風味になっているような曲です。OEKが頻繁に演奏してきた,ビゼーの交響曲第1番などと似た雰囲気があります。考えようによっては,パロディを聞くような気楽さと楽しさがあります。

第1楽章の序奏部などは,ベートーヴェン風のところはあるのですが,それほど重くはなく,主部に入ると分かりやすいメロディが次々と流れ出てきます。ヴァレーズさんの指揮も,あまり締めつけるような感じはないので,本当に心地良い音楽になっていました。特に印象的だったのは,弦楽器の清々しさでした。コンサートミストレスのヤングさんを中心にキリッとした音を聞かせてくれました。

第2楽章も抒情的な楽章です。中間部でバレエ音楽風に軽快なリズムが出てくるのですが,その微笑をたたえたような音楽は大変親しみやすいものでした。第3楽章は,プログラムには「ベートーヴェン風のスケルツォ」と書かれていたのですが,それほどしつこく力んだところはなく,さっぱりとした感触の残る演奏でした。

第4楽章は,まさにビゼーの交響曲のような世界になります(プレトークでの響敏也さんのお話によると,ビゼーの方が影響を受けたというのが正解のようです)。フィナーレだからといって,不必要に大げさに盛り上げるところがないのが,ヴァレーズさんの指揮の粋なところです。曲の最後は,ちょっとテンポを落として,何となく「よっこいしょ」というような感じで終わっていましたが,そういった面を含め,愛すべき曲の愛すべき演奏という感じでした。

演奏会の最後の曲には(特にフル編成のオーケストラの演奏会の場合は),力が漲った大曲で締められることが多いのですが,今回のようにリラックスして楽しめる曲ですっきりと終わるというのも良いものです。室内オーケストラだから可能な,ある意味で贅沢な選択と言えると思います。

アンコールでは,ビゼーの「アルルの女」の「アダージェット」が演奏されました。弦楽器のみによる暖かな演奏で,ヴァレーズさんの指揮ぶりを見ながら「おじいさんのおとぎ話」といった雰囲気を感じました。昔を回顧するような甘さが絶品でした。

ちなみにこの「アルルの女」ですが,次回の井上道義さん指揮の定期公演の予告編にもなっています。その点でも気が利いた選曲でした。アンコール曲も含めると,シャブリエ,サン=サーンス,イザイ,デュパルク,グノー,ビゼーという6人の作曲家による6曲を聞いたことになりますが,これもオーケストラの定期公演としては,異例だと思います。

考えてみると,ヴァレーズさんとOEKのつながりも,非常に長いものになってきました。今回の演奏会全体を通じて,他の指揮者の時にはない,何とも言いようのない”味”がかもし出されるようになってきた気がします。世界的な不況の中,金沢がオーケストラを維持していることのありがたさ,その公演を継続的に生で音楽を聞けることの喜び ― こういったことを,”ヴァレーズさんの味”とにともに実感できた公演でした。

PS.この日のティンパニは,お久しぶりにトーマス・オケーリーさんでした。個々の団員に対して懐かしさを感じられるようになると,立派な(?)OEKファンと言えそうです。 (2009/02/28)

この日のサイン会
この日の公演の立て看板です。


吉本奈津子さんのサインです。パンフレットにいただきました。


ジャン=ピエール・ヴァレーズさんのサインです。スペイン音楽集のCDの表紙にいただきました。


首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんのサインです。