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東芝グランド・コンサート2009:セミョン・ビシュコフ指揮ケルンWDR交響楽団
2009/02/27 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シュマン/「マンフレッド」序曲
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲二長調,op.61
3)(アンコール)クライスラー/レチタティーヴォとスケルツォ・カプリースop.6
4)ブラームス/交響曲第4番ホ短調,op.98
5)(アンコール)エルガー/変奏曲「エニグマ(謎)」〜第9曲「ニムロッド」op.36
●演奏
セミョン・ビシュコフ指揮ケルンWDR交響楽団*1-2,4-5
ヴィヴィアン・ハーグナー(ヴァイオリン*2,3)
Review by 管理人hs  

前日のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期演奏会に続いての連日の演奏会通いです。この日は,毎年,この時期恒例となっている,東芝グランド・コンサートを聞いてきました。今年は,セミョン・ビシュコフ指揮ケルンWDR交響楽団の公演でした(ケルンWDR交響楽団というオーケストラは,以前はケルン放送交響楽団と呼ばれていましたが,近年はこちらの名称で呼ばれているようです。日本人奏者も数名在籍されています。)。

この日のプログラムは,シューマン,ベートーヴェン,ブラームスというドイツ音楽ばかりということで,このオーケストラにとっては,もっとも基本的なレパートリーなのではないかと思います。ビシュコフさんは,ロシア出身の指揮者ということで,もっと濃い演奏を予想していたのですが,非常に正統的で,どちらかというとスリムな響きを聞かせてくれました。特に前半の2曲では,トランペットやホルンなどは古楽器を使っていたようで,すっきりした味わいがありました。

最初のマンフレッド序曲は,実はほとんど聞いたことのない曲です。オーケストラの編成は,コントラバスが4人で,その他の弦楽器も人数を減らしていました。そのこともあり,透明で引き締まったサウンドを聞かせてくれました。室内オーケストラ風といっても良い演奏だったと思います。楽器についても,4人のホルン奏者のうちの2人は,上述のとおり古楽器を使っていたようでした(かなりくすんだ色の楽器でした)。

昨年の東芝グランド・コンサートには,同じドイツの放送オーケストラであるシュトゥットガルト放送交響楽団が登場しましたが,その時もノリントンさん指揮ということで,古楽器奏法を大々的に取り入れていました。フル編成のオーケストラが,古典派以降の曲を演奏するに古楽器を取り入れる傾向は徐々に広まりつつあるのかもしれません。

ただし,このマンフレッド序曲については,「ビミョーに暗い」という感じで,個人的には,どうもあまり好きになれません。ブラームスの悲劇的序曲についても同様なのですが,暗いなら思い切り暗い方が分かりやすいのかもしれません。

2曲目は,若手ヴァイオリン奏者のヴィヴィアン・ハーグナーさんとの共演でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。実は,ハーグナーさんが,どういう方なのか全く予備知識を持っていなかったのですが(プログラムも販売していたのですが,1部1500円ということで購入は見送りました。),非常に実力のある方だと思いました。ウェブサイト等でプロフィールを調べてみたところ,大きなコンクールでの受賞歴はないようですが,既にメジャーなオーケストラとの共演を数多く重ねている方です。そのキャリアどおり,ステージに登場した瞬間から落ち着きがありました。

ベートーヴェンの協奏曲はもともと派手なタイプの曲ではありませんが(実は,演奏曲名も勘違いしており,メンデルスゾーンの協奏曲が演奏されるものとばかり思っていました。いきなりティンパニの独奏が出てきて驚きました),非常に知的で抑制の効いた演奏を聞かせてくれました。クリーム色のドレスも上品で,すべてがしっかりとコントロールされていました。

テンポが遅めだったこともあり,「おとなしい演奏」という感じではありましたが,技巧的にも安定しており,細部までしっかり彫琢された彫刻を見るような演奏でした。特に高音の出し方が素晴らしく,ヒステリックに響くところが全くありませんでした。感情に任せて,思い切り歌うという部分がないので,より客観的で内容を感じさせるような演奏だったと思います。「音楽の内容」というのは曖昧な言葉ですが,ベートーヴェンの音楽に相応しい節度のようなものを感じさせてくれました。それでいて厳めしいところはなく,若々しく,親しみやすい表情も持っていました。

ビシュコフさんの指揮も落ち着きのあるものでした。この曲についても,シューマンの時とほぼ同じく中規模のオーケストラぐらいの編成でしたが,強音でビシッと音が決まる部分での縦の線の揃い具合が見事で,さすがドイツのオーケストラだと思いました。

第2楽章もきっちりと整った端正な演奏でした。ここでもハーグナーさんの安定した高音の美しさが印象的でした。第3楽章は,舞曲風になりますが,ここではティンパニとトランペットの音が印象的でした。トランペットは,シューマンの時とは違ってピストンの付いていない楽器を使っていました。ティンパニも硬めの音を出していましたので,かなり古楽奏法を意識していたのではないかと思います。この楽章になると,端正さの中から,微笑みがこぼれるような部分もあり,それがまた魅力になっていました。技巧に余裕があるので,すべてに安定感があり,そこから自然な遊びが出てくるような演奏だったと思います。

盛大な拍手に応えて,無伴奏ヴァイオリン曲のアンコールが演奏されました。ヴァイオリニストの演奏するアンコールといえば,バッハ,パガニーニ,イザイということが多いのですが,そのどれでもないので,一体誰の曲だろうと思って,ホール入口の掲示を確認したところ,クライスラーのレチタティーヴォとスケルツォ・カプリースという曲でした(掲示には,「レチタティーヴォとスケルツォ」と書いてありましたが,正確には,「カプリース」が付くようです)。

クライスラーのヴァイオリン曲で無伴奏の曲があるのは知らなかったのです,非常に聞き応えのある曲であり,演奏でした。考えてみると,カデンツァは,クライスラー作曲のものを使っていましたので,その点からも相応しい選曲だったと言えます。ハーグナーさんの演奏は,このカデンツァの部分でも,技巧だけが突出することなく,全体の一部となっていました。大変よく考えられた演奏だったと思います。

後半のブラームスの交響曲第4番は,フル編成となり,コントラバスなどは,倍ぐらいの人数になっていましたが,オーケストラ全体としてのバランスの良さは前半と同様でした。管楽器だけが突出することなく,音の溶け合い方が非常に良いと思いました(これは,石川県立音楽堂コンサートホールの響きの良さの証明でもあると思います)。

全体に間の取り方にゆとりがあり,落ち着きのあるテンポでしたが,重厚な演奏という感じではなく,明晰さを感じました。それでも,弦楽器の音には芯の強さがあり,弱々しい部分はありません。人数が増えた分,音の迫力がさらに増しており,バランスの良い響きが,前に飛び出してくるようなエネルギーを感じました。

特に第1楽章終盤の盛り上がりは見事でした。ビシュコフさんの指揮の動作は,かなり左右に揺れるのですが(最近よく聞く使われる言葉だと「ブレが大きい」ということになります),その動きに合わせて音楽のテンションも一気に上がっていました。今回は(外来オーケストラの時は,チケット料金を節約するためにいつもそうなのですが),3階席で聞いていたのですが,十分にその迫力が伝わってきました。特にティンパニの迫力が凄く,オーケストラの響きに魂を込めるような趣きがありました。

第2楽章は,ホルンのすっきりと,しかし,堂々としたソロに続いて,穏やかで広がりのある音楽が続きました。この楽章でも中間部で大きく盛り上がりましたが,各部分ごとのメリハリの付け方がビシュコフさんの作る音楽の特徴なのかもしれません。第3楽章は,トライアングルなども入る華やかな楽章ですが,音にまとまりがあり浅薄な感じにならないのがさすがです。何よりも冒頭部分をはじめ,”バチッ”と音が聞こえるぐらいに音が揃っているのが爽快でした。ビシュコフさんとケルンWDR交響楽団のつながりは,既に10年以上になるようですが,その密接さを感じさせてくれるような演奏でした。

第4楽章は,各楽器が順番に出てくるような変奏曲形式ということで,管楽器を中心に各奏者のソリスティックな活躍を楽しむことができました。特に中盤のフルートの独奏には,しっとりとした落ち着きと余裕があり,強い存在感を示していました。第1楽章同様,この楽章でも終盤の盛り上がりが見事でした。ここでは,アクセルを踏み込むようにテンポも速めており十分な余裕を残しながらも,興奮を高めていました。

アンコールでは,エルガーの変奏曲「エニグマ」の中の「ニムロッド」が演奏されました。穏やかな雰囲気から徐々に盛り上がり,壮大なクレッシェンドを聞かせてくれる曲です。充実感のあるスケールの大きな演奏でしたが,短い曲ということで,「いきなりクライマックス」という感が無きにしも有らずでした。この曲については,是非一度,本割のプログラムの方で全曲のクライマックスとして聞いてみたいものです。

ここ数年,金沢に来る外来オーケストラがブラームスの交響曲を演奏する機会が非常に多いので,たまには別の作曲家の交響曲を聞きたい気もしましたが,聞き終わってみると,「やはり良いなぁ」と毎回思います。それだけ,指揮者にも聴衆にも愛されている曲・作曲家と言えそうです。このケルンのオーケストラは,ショスタコーヴィチも積極的に取り上げているようなので,再来日の機会があれば,是非,その辺のレパートリーを聞かせて欲しいと思います。

(参考)私が実演で聞いたブラームス交響曲第4番の演奏の履歴を調べてみました。
  • オーケストラ・アンサンブル金沢第137回定期公演M 2003/03 岩城宏之指揮
  • 北ドイツ放送交響楽団演奏会 2003/05 エッシェンバッハ指揮
  • シュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団演奏会 2005/07 エッシェンバッハ指揮
  • 金沢大学フィルハーモニー管弦楽団第68回定期演奏会 2008年1月 山下一史指揮
  • 金聖響×OEKブラームス・チクルス第4弾CD特別公開録音 2008年3月 金聖響指揮
(2009/02/28)

関連写真集
この日の公演の案内です。



この日はサイン会は行われませんでしたが楽屋口で頂くことができました。

セミョン・ビシュコフさんのサインです。ベルリン・フィルを指揮された「くるみ割り人形」全曲のCDです。つい最近,タワーレコードから再発売されたものです。


ヴィヴィアン・ハーグナーさんのサインです。会場でCDを購入しようと思ったのですが,売切れてしまったので,持っていたメモ帳にサインしていただきました。