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もっとカンタービレ第13回オーケストラ・アンサンブル金沢室内楽シリーズ
ミッキー×カンタ×ビッグバンド カンタービレ エキサイティングナイト!
2009/03/04 石川県立音楽堂交流ホール
1)アンドリーセン/呼吸組曲
2)バルトーク/コントラスツ
3)グルダ/チェロとブラスオーケストラのための協奏曲
3)(アンコール)グルダ/チェロとブラスオーケストラのための協奏曲〜序曲(一部)
●演奏
井上道義指揮*3,ルドヴィート・カンタ(チェロ*3)
岡本えり子*1,3,沢野茜*1(フルート),加納律子,近藤那々子(オーボエ*1,3),
木藤みき*1,3,遠藤文江*2,3,松永彩子*1(クラリネット),渡邉聖子*1,3,桂田菜保子*1(ファゴット),金星眞,世川望(ホルン*1,3),江原千絵(ヴァイオリン*2),倉戸テル(ピアノ*2),藤井幹人,北村源三(トランペット*3),西岡基(トロンボーン*3),高島章悟(テューバ*3),渡辺壮(打楽器*3),今野淳(コントラバス*3),谷内直樹(ギター*3)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)室内楽シリーズ「もっとカンタービレ」の第13回は,2月に行われた「これぞ室内楽」という公演とは打って変わり,これまでにない型破りの内容となりました。このシリーズは,毎回・毎曲,プロデュース担当が違っていることもあり,各回の雰囲の変化が非常に大きいのが特徴です。傾向としては,井上道義音楽監督がゲスト出演し,管楽器が加わると,「何が飛び出してくるか分からない!」公演になる確率が高いようです。

今回も井上音楽監督がMC役でしたが,「あっと驚くパフォーマンス」...という状況を通り越し,「なんじゃこりゃ?...だけど,面白すぎる」という状態になりました。この問題の曲は,後半に演奏されたグルダ作曲によるチェロとブラス・オーケストラのための協奏曲という作品でしたが,これについては後で触れることにしましょう(グルダというのは,名ピアニストとして有名だった,あのフリードリヒ・グルダです。)。この日は,このシリーズ始まって以来の大入りで,会場は超満員でしたが,それがまた,演奏のノリの良さを盛り上げていました。

前半は,まず,木管十重奏というのでしょうか,木管五重奏を2倍にした編成の曲が演奏されました(金管楽器のホルンが入っても,一般に木管五重奏と呼ばれています。)。曲名の方も変わっており,呼吸組曲という人を食ったタイトルが付けられています(ちなみに英語タイトルは,Respiration Suite for double wind quintetです)。作曲は,現代オランダの作曲家アンドリーセンです。

この曲が「呼吸」を題材にしているのは,肺専門学会の委嘱によって書かれたことによります。4つの楽章からなり,それぞれ「血と空気の対話」「深い海:サラバンド」「高地でのメヌエット」「なだらかに流れる空気」という標題が付いています。全体としては,サラバンドを含んでいるあたり,古典的組曲を意識しているようです。

少々つかみどころのない曲でしたが,「”深い海”では,やはり,息が長いなぁ」とか「”高地”だと,やっぱり,ピッコロということになるのか」という具合に,標題でイメージを膨らませて聞きました。個人的には,最後の楽章の規則的に空気が流れる感じがいちばん気に入りました。

この曲の選曲担当は,クラリネットの木藤みきさんでしたが,「この曲を何故選んだのか?」という井上さんの質問に対し,「昔,オランダで勉強をしていた時にこの曲の楽譜を買ったが,演奏する機会がなかったので,今回取り上げることにした」とのことです。このシリーズについては,交流ホールという場所の雰囲気もあるのか,「実験の場」という感じにもなっていると思います。今回は,10人のうちに半分がエキストラでしたが,これについても,「新しい息を吹き込んでいます」といったところがありました。そういう面も含め,いろいろな可能性やいろいろな方式を自由に試して欲しいと思います。

次に,バルトークのコントラスツが演奏されました。この曲は,ヴァイオリンの江原千絵さんの選曲で,クラリネットの遠藤文江さん,ピアノの倉戸テルさんとの共演で演奏されました。同じバルトークのルーマニア民族舞曲などと同じ系列の曲だと思いますが,クラリネットのパートが,ジャズ・クラリネット奏者のベニー・グッドマンを想定して書かれていることもあり,少しジャズを意識したところがあります。

最初の曲は疲れた兵士の踊りということで,そんなに元気のある舞曲ではありません。前のアンドリーセンの曲よりも編成は小さいのですが,遠藤さんのクラリネットがとても表情豊かなこともあり,より色彩感を感じました。間奏曲的な第2楽章の後に続く,第3楽章は急速な舞曲になります。

この楽章の最初の方は,以前,NHKの芸術劇場という番組のテーマ曲として使われていましたが,独特の疾走感のようなものがあります。見ていて面白かったのが,ヴァイオリンもクラリネットも楽章の途中で楽器を持ち替えていた点です。ヴァイオリンの方は,冒頭の部分で,故意にチューニングが狂ったような音を出すような指示になっているようです。どこか,サン=サーンスの「死の舞踏」の冒頭部にも似た,悪魔的な雰囲気がありました。クラリネットの方は,A管からB♭管への持ち替えということのようです。倉戸さんのピアノの音もキレ味が良く,とても生き生きとした音楽でした。

プログラムのリーフレットには,この曲についての江原さんによる解説の文章が掲載されていました。バルトークの曲には,「黄金分割」のルールが取り入れられているとのことで,幾何学的な図形が描かれた資料が挟み込まれていましたが,空間的な比率を音楽のような時間芸術に盛り込もうという試みはなかなか面白いと思います。ただし,これは,バルトーク自身の意図というよりは,曲を分析してみると,たまたま,バルトークの曲の構成が黄金分割に当てはまったということなのかもしれません(また,普通に聞いている分には,どこが黄金分割なのか分からないと思います)。美しさや快適さを感じる比率には,普遍性があるということは,言えそうです。

この曲の前には,江原さんと井上さんのトークが入ったのですが,このやり取りも大変楽しいものでした。江原さんが井上さんに向かって,「今日は踊らないでくださいね」と語ったのですが...。

さて,問題の後半ですが,室内楽シリーズとは言えないぐらいの大勢の奏者がステージに乗っていました。11月末に行われたジョアン・ファレッタさんを指揮者に招いてのコープランドの「アパラチアの春」の時よりも多い,15人の奏者が登場しました。

今回の楽器編成もまた,独特でした。チェロが独奏ということは良いとして,ドラムスやギターが入る編成というのは,見たことがありません。テューバ,トロンボーン,トランペット,ホルンというOEKの編成にない大音量の楽器まで含むということで,主役のチェロと音量の小さいギターにはPAを使っていました。次のような編成でした。

   Tp   Tb   Tuba
   Fl   Cl  Ob  Fg  Hrn
                 Ds
    Vc       G     Cb
        指揮者

このグルダのチェロ協奏曲ですが,まさに音楽による幕の内弁当という感じで,第1楽章のロック風の音楽に始まり,オーストリア民謡風,アルプホルン風,前衛音楽風,メヌエット風,酒場風のバンド風...といろいろな音楽が続きます。それに,チェロのカンタさんがいろいろな技巧を凝らして,絡み合います。

中でも傑作だったのが,第1楽章のロック調の部分です。ロックといっても,どこかレトロな感じのロックで,クインシー・ジョーンズの「ソウル・ボサノバ」辺りを彷彿させるような,ユーモアがありました。その直後に,木管楽器を中心とした,オーストリア民謡を思わせるような可愛らしい音楽が「エンディングのお決まり」という感じで出てきます。ミスマッチなのだけれども,ついつい癖になってしまうような,何と言うか,「ツボにはまってしまった!」という感じの面白みがありました。このことが他の楽章にも言えます。作為的で,意図的な受け狙いなのですが,そこに嫌味がなく,「受けた!受けた!」とほくそ笑むグルダの表情が目に浮かんできます。

超高音が続出するようなチェロのカデンツァが出てきたと思ったら(さすがカンタさんという見せ場の連続!),ちょっとスペイン風味があるようなメヌエットになったり,全く飽きる部分がありません。そして,最終楽章は,ビアホールで演奏するバンドのような雰囲気になります。この部分も最高でした。

数年前,石川県立音楽堂でシューベルト・フェスティバルというのが行われましたが,その時に登場した,エーデルワイス・カペレの演奏を彷彿とさせる,ノリの良い行進曲でした。ベルアップしたのホルンの強烈な音,時々漏れ聞こえてくるギターの刻む軽快なリズムの音...ごちゃまぜの曲を締めくくるのにぴったりの音楽でした。

全曲を通じて,妙に俗っぽいけれども,その中に純粋に音楽を楽しもうという意図が素直に反映していて,聞いていて嬉しくなります。音楽全体としてのボリューム感もあり,通常の協奏曲としての聞き応えもしっかりとありました。最初にも書きましたが,この世界にはまると癖になってしまうような,不思議な魅力を発散している曲だと思いました。

この曲を提案したのは,もちろん独奏チェロ担当のカンタさんだったのですが,見た感じでは,指揮の井上道義さんがそれ以上に乗っているようなところがありました。両端楽章は,クラシック音楽の奏者にとっては,ちょっと恥ずかしくなるような音楽だと思いますが,井上さんは,しっかりとOEKメンバーを,そしてお客さんを乗せていました。

この「もっとカンタービレ」シリーズでは,これまでアンコールは行ってこなかったのですが,今回は,最初のロック調の楽章の一部がアンコールで演奏されました。この時は,もちろんお客さんの手拍子入りで,会場の気温が2,3度上がったような盛り上がりを見せてくれました(井上さんは足踏みもして欲しそうでしたが,あの階段状の交流ホールでやると本当に会場が揺れるかもしれません)。

この時は井上さんもノリノリで,江原さんの言葉を忘れて,ついに踊ってしまいました。客席最前列に座っていたお客さんの手を取って,アドリブ風のダンスを披露し,OEKの管楽器奏者の方を指差しながら,挑発するようなポーズを取ったり,この交流ホールならではの楽しいパフォーマンスの連続でした。

このステージでは,指揮者の井上さんの服装をはじめとして,OEKの奏者は,非常にカジュアルな衣装で登場しました。これもまた楽しかったですね。そのまとまりの無さがグルダの音楽のまとまりの無さにぴったりでした。

この曲でも1曲目同様,エキストラ奏者が多かったのですが,驚いたのは,元NHK交響楽団のトランペット奏者だった北村源三さんが加わっていたことです。昔からNHK交響楽団の公演のテレビ中継を見るたびにお顔を拝見していたので,とても懐かしくなりました。

その他,クラリネットの松永彩子さん,ギターの谷内直樹さん,フルートの沢野茜さんなどは,金沢で活躍されている方々が加わっていましたが,こういう形でのOEKとの共演はこれからもあっても良いと思いました。

この日の公演は,以上のように非常に独創的な内容で,ちょっとマニアックかな?と思わせるほどのプログラムでしたが,客席は驚くほぼの超満員でした。このシリーズの今年度最後の公演ということもあったと思いますが,このシリーズが定着してきたことを示していると思います。超満員の交流ホールでの熱狂ということで,昨年のラ・フォル・ジュルネ金沢の最終公演を思い出させる部分もありました。さすがカンタさん,さすがミッキーという公演でした。振り返ってみると,公演のサブタイトルの「ミッキー×カンタ×ビッグバンド カンタービレ エキサイティングナイト!」そのまんまの演奏会でした。 (2009/03/07)

関連写真集
この日の公演ポスターです。



2008年度の「もっとカンタービレシリーズ」のポスターです。一年間楽しませていただきました。