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オーケストラ・アンサンブル金沢第257回定期公演M
2009/03/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第100番ト長調「軍隊」Hob.T-100
2)ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調,op.26
3)(アンコール)パガニーニ/カプリース〜第13番
4)ビゼー/劇音楽「アルルの女」(抜粋)
5)ビゼー/劇音楽「アルルの女」〜ファランドールの終結部
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)*1-2,4-5,神尾真由子(ヴァイオリン*2,3)
プレトーク:井上道義,響敏也

Review by 管理人hs  

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,いつもにも増して聞き応えたっぷりの内容でした。井上道義音楽監督が登場する時は毎回「サービス精神たっぷり」ですが,今回は,そのサービス内容が特に充実していました。まず,井上&OEKにとって,これが無くては演奏会が始まらない”目覚めコーヒー”のようなハイドンの交響曲。井上さんの得意とするドラマ的要素を含む音楽のビゼーの「アルルの女」。そして,その間に注目の若手ヴァイオリニスト,神尾真由子さんがソリストとして登場しました。

いずれも,聞き応えのある演奏でしたが,今回はまず何と言っても神尾真由子さんでしょう。神尾さんといえば,2007年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したことで一躍有名になりましたが,もの凄い演奏でした。有無を言わさぬ圧倒的な演奏でした。この曲はロマン派のヴァイオリン協奏曲の代表作ですが,その魅力を最大限に引き出すような強く,熱く,激しい演奏でした。曲の冒頭のソロの部分からヴァイオリンの鳴り方が素晴らしく,自信に満ちていました。どこを取ってもテンションが高く,密度の高さを感じさせてくれる一方で,音楽に酔わせてくれるような大らかさもありました。

テンポはたっぷりとした感じでしたが,エネルギーが溢れているので,間延びした感じはしません。音色はもちろん美しいのですが,繊細というよりはよりアグレッシブで,随所に出てくる甘いメロディの部分などは,激しいヴィブラートで魂を揺さぶるといった趣きがありました。第2楽章がこんなに情熱的な曲だとは思いませんでした。そういう点で非常に濃い演奏だったと思いますが,その濃さがしつこくなり過ぎず,常に新鮮さを持っていたのは,やはり,若さの特権と言えます。

そして,井上&OEKの方も神尾さんに負けまいと,熱く強い音を聞かせてくれました。両者のぶつかり合いと相乗効果は聞き応えたっぷりでした。第3楽章のエンディングに向け,完全燃焼したような演奏だったと思います。

演奏後,非常に熱い拍手が続き,当然アンコールという雰囲気になったのですが,ここで珍しいことが起きました。井上さんが「神尾さんのヴァイオリンの弓が壊れそうです。しばらくお待ち下さい」とアナウンスしました。アンコールが演奏されることを予告したことになりますが,一旦拍手が止んで,アンコールを待つというのは,これまでに経験したことのないことでした。

「弓が壊れそう」というのも珍しいのですが,先ほどの激しい演奏を聞けば「あると思います」といったところでしょうか。アンコールで演奏されたのは,パガニーニのカプリース第13番でした。気のせいか,ヴァイオリンの音色のがさらに綺麗になり,透明感が増したような気がしました。曲の最初の部分の瑞々しさと中間部の鮮やかな技巧のコントラストとがくっきりと付けられた見事な演奏でした。

日本には素晴らしい若手女性ヴァイオリニストが沢山いますが,今時珍しい(?)巨匠風の演奏を聞かせてくれるという点では,神尾さんが,最右翼の奏者と言えるのではないかと思います。この日の公演は,CD録音と同時にテレビ収録も行っていましたが,どちらも楽しみです。

すっかり,神尾さんの演奏の紹介ばかり熱中してしまいましたが,その他のOEKの演奏も素晴らしいものでした。

最初に演奏された,ハイドンの「軍隊」交響曲は,井上さんがOEKを初めて指揮した1990年4月の演奏会でメイン・プログラムとして演奏されたことがあります。この時,井上さんの美しい指揮姿に「一目ぼれ」したことを思い出しますが,あれから20年近く経ってしまいました。当然のことながら,その時とは演奏の解釈はかなり違っているはずですが,常に上機嫌な気分のあるのことは一貫しています。井上&OEKの結びつきが強まるにつれて,新鮮さを増している点が素晴らしい点です。

当時と現在のOEKの違いとしては,やはり,古楽奏法を意識しているかどうかという点にあると思います。この「軍隊」では,バロック・ティンパニを使い,弦楽器の響きもすっきり目,弦楽器は対向配置でしたが,こういったことは,井上さん自身も含め,20年前のOEKとはかなり違う点だと思います。

第1楽章は,序奏部から大げさに構えたところはなく,音はすっきりとしていました。主部に入ってもさりげなく弾むような感じがあり,どこかユーモアがあり,常に微笑みをたたえたような音楽になっていました。特に呈示部の繰り返しが終わった後,展開部に入るところで大きな間が入りましたが,これが何とも言えず茶目っ気たっぷりでした。休符の間に指揮者がポーズを取るというのは見たことがありません(テレビ放送を意識していたかもしれませんね)。楽章終結部のキレの良い響きもOEKならではです。

第2楽章も,さらりとした暖かみのあるムードで始まりました。楽章前半では,木管楽器群の音色の心地良さが印象的でした。途中から,打楽器チーム(というよりは鳴り物という感じですね)が加わってきま。今回は,大太鼓を中心に見ていたのですが,ゲームの「太鼓の達人」同様,太鼓の部分を叩く「ドン」と胴体を叩く「カッ」の両方を使い分けているのがあることがよく分かりました。楽章最後の部分には,トランペットがマーラーの交響曲第5番のように信号音を演奏する部分がありますが,この部分では,トランペットの藤井さんが立ち上がり,スカッと決めてくれた。この辺もテレビを意識していた可能性はありますが,「見せる/魅せる」パフォーマンスというのも井上さんならだと思います。

第3楽章は,メヌエット楽章ですが,細かい音の動きが,これまで聞いてきた演奏とちょょっと違う感じでした。第2楽章にもそういう部分はあったのですが,「タラララ,ラ,ラ...」というフレーズの「タラララ」の部分の動きがとても速く「タゥラーララ,ラ,ラ...」という感じになっていました。この辺が装飾音的で,そんなに速いテンポだった訳ではないのですが,音楽がすっきりと軽やかに響く感じがしました。。

ちなみにOEKがギュンター・ピヒラーさんと録音しているこの曲のCDでは,この部分は「タラララ,ラ,ラ」と演奏していました。プレトークの時,井上さんが,是非聞き比べてみてくださいと語っていましたが,CD録音の多いOEKならではの楽しみです。

第4楽章もまた,流れるような速いテンポで演奏されました。ここでも時折,フッと間が入るのが,ハイドンらしいところです。この日は,前回の定期公演に続いて,トーマス・オケーリーさんがティンパニ担当でしたが,その硬質な音が音楽の骨格をしっかりと支えていました。最後の方では,大太鼓の「ドン」「カッ」にシンバルとトライアングルも加わり賑やかになるのですが,騒々しい感じはなく,とてもスマートで上品な華やかさを音楽に加えていました。

ハイドンについては「パパ・ハイドン」と呼ばれることがありますが,この日のハイドンは,シリアスになり過ぎることなく,現代的にシェイプアップされたスマートなパパという感じの演奏だったと思います。

演奏会の後半では,「アルルの女」の音楽が演奏されました。演奏会でこの曲が演奏される場合,第1組曲,第2組曲という形で演奏されることが多いのですが,この日は組曲版に含まれていない全曲版からの曲も加えた8曲が独自の配列で演奏されました。次のとおりです。
  1. 前奏曲(第1組曲1曲目)
  2. 牧歌(第2組曲1曲目)
  3. 間奏曲(第2組曲2曲目)
  4. メヌエット(第1組曲2曲目)
  5. メロドラマ(全曲版)
  6. 鐘(第1組曲4曲目)
  7. メヌエット(第2組曲3曲目)
  8. ファランドール(第2組曲4曲目)
組曲版の中では,第1組曲3曲目のアダージェットだけは演奏されていないことになりますが(それで前回のヴァレーズさんの定期公演でアンコールで演奏された?),実は,5曲目のメロドラマで使われていた音楽の中には「アダージェット」の音楽がしっかりと含まれていましたので,実質,第1組曲と第2組曲を混ぜて演奏したものと言えます。

演奏の方は,神尾さんのヴァイオリンにインスパイアされたかのように集中力抜群で,前奏曲の冒頭のユニゾンから,ピンと張り詰めた強靭さがありました。速目のテンポによるくっきりと引き締まった演奏は,「アルルの女」という戯曲が,実は悲劇であることをしっかりと印象づけていました。

OEKは,岩城さん時代から,室内オーケストラにも関わらずダイナミックな演奏を聞かせると言われてきましたが,この演奏もそのとおりでした。しかも,それだけではなく,曲全体に渡って,何とも言えない,明るいタッチとフランス風の香りのようなものが漂っていました。昨年ぐらいから,OEKはフランス音楽を積極的に取り上げていますが,この北陸地方の冬とは思えない,カラッとした爽やかさは井上/OEKのサウンドの魅力だと思います。

続く曲の中では,随所に出てくる,アルトサクソフォーンの甘〜い響きが実に効果的でした。今回は,昨年のウェルカム・スプリング・コンサートで井上/OEKと共演したこともある作田聖美さんがエキストラで参加していましたが,大半の曲で美味しいメロディを演奏しており,とても印象的でした。4曲目メヌエットなどは,オペラ・アリアを聞くような感じでした。

その他,この曲で特徴的なのは,渡邉さんが腰にぶら下げて叩いていたプロヴァンス風の太鼓です。ファランドール以外でも独特の乾いた音を聞かせてくれました。ホルンの響きもとても柔らかく,前回のヴァレーズさんの定期公演に続いて,フランス風味が漂っていました。

5曲目のメロドラマについては,何故,通常のアダージェットではなく,全曲版の方を採用したのかはっきり分からないのですが,弦楽四重奏に近いような室内楽的な薄い響きを聞かせていましたので,よりOEKに合っているといえます。全曲の真ん中ということで,間奏曲・中休み的な位置づけだったと思います。1日にたとえれば,”お昼ねタイム(シエスタ)”と言えそうです。

6曲目の「鐘」は,「カリヨン」と表記されていることもありますが,スピード感たっぷりで,大変爽快な鐘でした。7曲目のメヌエットは,知らない人がいないフルートの名曲です。岡本さんのフルートは本当にやさしい音でした。8曲通して聞くと,「嵐の前の静けさ」「真昼の一瞬の静寂」といった意味づけをして聞きたくなってしまいました。

この曲については,フルートがずっと吹いているように錯覚してしまうのですが,中間部では,いろいろな管楽器が絡み合い,アンサンブルの妙を楽しむことができます。フルートと水谷さんのオーボエとのハモリなどは絶品でした。その後,作田さんのサックスと絡んだあと,再度,ハープとフルートだけになって終わります。最初と最後の印象だけで錯覚してしまうのかもしれません。

その後,ほとんど間を置かずに終曲のファランドールが始まりました。前奏曲のメロディが堂々と再現した後,プロヴァンスの太鼓が加わり,熱狂が増していきます。途中,トロンボーンが加わり,音楽が大きく膨らむ感じが最高です。この曲の編成ですが,ホルン4人,トロンボーン3人に加え,トランペットも4人に増強されていました(先日のもっとカンタービレ同様,元NHK交響楽団の北村源三さんも参加していました。)。この辺がこの曲の持つ明るさの理由かもしれません。

コーダの部分の激しいアッチェレランドは,この曲を聞く最大の楽しみですが,テンポが速くなってもしっかりと地に足がついており,大変堂々とした力強い締めとなっていました。8曲を一気に演奏することで,前奏曲の悲劇的な音に縁取られた,非常にドラマティックな音楽として全曲を楽しむことができました。

盛大な拍手に応えてのアンコールですが...またまた,我らがミッキーが踊ってくれました。ファランドールの最後の部分だけ演奏したのですが,井上さんが指揮をしながら,お客さんの方に向かい,足踏み手拍子を求めて始めました。それに応じて,会場に手拍子が巻き起こると,井上さんはさらにそれに応じるように,ステージ上で飛び跳ねていました。いやいや井上さんのエネルギーには感嘆するばかりです。OEKの定期会員にとっては,「井上さんを乗せて,一緒に楽しもう。それがライブだ。」という意識がかなり浸透して来ているのではないかと思います。今回もしっかり楽しませてもらいました。

OEKは,この後,神尾さんと一緒に東京と名古屋で同じ内容の公演を行うことになっていますが,果たしてダンスが登場するでしょうか?行かれる方はご期待ください。

PS.この公演ですが,以下のとおり石川県内ではテレビで放送されます。
   
   3月28日(土) 16:00〜 北陸朝日放送
   ※地デジの方では,ハイビジョン5.1チャンネルサラウンドで放送されるとのことです
    (そういえば,いつもと少し違うタイプのテレビカメラが入っていた気がします。)

なお,その翌日には,NHK教育(こちらは全国放送)でもOEKのニューイヤーコンサートが放送されます。

   3月29日(日) 21:00〜22:00 NHK教育「オーケストラの森」

どちらもお見逃し無く。  (2009/03/07)

関連写真集
公演の立看板です。


今回はサイン会は行われませんでした。行われていたら大変な長蛇の列になったことでしょう。

音楽堂内には,段々とラ・フォル・ジュルネ金沢関連の案内が増えてきています。

モーツァルト・ピアノ・マラソンの案内です。


3月15日のエキコン金沢の案内です。



井上さんがプレトークで紹介した,ピヒラーさん指揮OEKによるハイドン交響曲集のCDです。ピヒラーさんのサインが入っています。


このCDですが,実は金沢にある老舗CDショップのヤマチクさんが制作したものでした。

この演奏会当日,ヤマチクさんが営業を停止する,という地元の音楽ファンにとっては,「軍隊」ならぬ「驚愕」のニュースが報道されたのですが,その同じ日に,井上さんから「是非,このCDを買ってください」と紹介されるとは...何かの因縁のようなものを感じます。



CDに入っているヤマチクのロゴマークです。感謝の意味を込めて掲載させて頂きました。