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オーケストラ・アンサンブル金沢第258回定期公演PH
2009/03/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)パーセル/歌劇「ディドとエネアス(ダイドーとイニアス)」組曲
2)モーツァルト/ピアノと管弦楽のためのロンド ニ長調,K.382
3)ブリテン/ピアノ,弦楽四重奏と弦楽合奏のための「若きアポロ」op.16
4)(アンコール)バッハ,J.S./イギリス組曲第6番〜サラバンド
5)ディーリアス/小管弦楽のための2つの小品
6)ハイドン/交響曲第104番ニ長調Hob.T-104「ロンドン」
7)(アンコール)グリーグ/2つの悲しい旋律〜春,Op.34-2
●演奏
尾高忠明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)*1-3,5-7,小菅優子(ピアノ*2-4),マイケル・ダウス,江原千絵(ヴァイオリン*3),安保恵麻(ヴィオラ*3),ルドヴィート・カンタ(チェロ*3)
プレトーク:池辺晋一郎
Review by 管理人hs  
今年になってからのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,2月末のジャン=ピエール・ヴァレーズさん指揮による「フランス近代音楽特集」をはじめとして,これまで定期公演で取り上げられてこなかったような曲を含む,従来とは一味違ったプログラムが多くなっている気がします。特に「特定の地域」という切り口からOEKのレパートリーを拡大しようとする意図があるようです。ワーナーからのライブ録音CDシリーズとも連動しているのかもしれませんが,この流れは歓迎したいと思います。

今回は,公演チラシに「イギリス音楽の系譜」と書かれていたとおり,イギリスに関連する音楽の特集でした(ちなみに4月の定期公演は「一ひねりあるウィーン音楽特集」です)。「イギリスには,大作曲家がいない」という説があるせいか,これまでOEKはイギリスの音楽をほとんど取り上げきませんでしたので,その間隙を埋めるような形になります。指揮は,イギリスのBBCウェールズ交響楽団の首席指揮者として活躍されたこともある尾高忠明さん,コンサートマスターは,イギリス出身のマイケル・ダウスさんということで,今回のプログラムにぴったりです。

尾高さんは,過去,OEKの定期公演に何回か登場していますが,実は井上道義OEK音楽監督とは桐朋学園大学時代の同級生で,齋藤秀雄の弟子として机を並べて(?)勉強されていました(前回の定期公演のプレトークの時に井上さんが楽しい思い出話をされていました)。このお二人ですが,どう見ても正反対のキャラクターなのがとても面白いところです。井上さんがラテン的で派手な雰囲気があるのに対し,尾高さんは穏やかで温厚な感じがします。あくまでも先入観ですが,日本の指揮者の中では,イギリス音楽を最も得意とされている指揮者なのではないかと思います。

今回の演奏会ですが,パーセル,モーツァルト,ブリテン,ディーリアス,ハイドンとい並びでした。17世紀から20世紀までの作曲家の作品をカバーしていることになりますが,19世紀の音楽がすっぽりと抜けている辺りがイギリス的ともいえます。

最初に演奏されたパーセルの作品は歌劇「ディドとエネアス」の中から次の6曲を抜粋した組曲でした。
  1. 序曲
  2. 勝利の踊り(第1幕)
  3. 復讐の女神たちの踊り(第2幕)
  4. リトルネッロ(挿入反復句,第2幕)
  5. 水夫の踊り(第3幕)
  6. 魔女の踊り(第3幕)
ただし,それほど大掛かりな曲ではなく,OEKの編成は,弦楽器のみで,第1ヴァイオリン3−第2ヴァイオリン3−ヴィオラ3−チェロ2−コントラバス1+チェンバロ という室内楽に近い編成でした。6曲からなる組曲でしたが,各曲の長さは短く,初めてこの曲を聞いた私には各曲の区別がはっきり分からないぐらいでした。

尾高さん指揮のOEKの演奏は,古楽奏法を意識した感じではありませんでしたが(弦楽器の配置も対向配置ではありませんでした),響きに透明感と軽やかさがあり,大変優雅でした。各曲のタイトルを見る限りでは,ドラマティクに思えるのですが,感情の起伏は大きくなく,力んだ感じは全くありません。それでいて,落ち着いた音楽としてしっかりと聞かせてくれるのが尾高さんらしいところです。

OEKの弦楽器の人数が通常編成となり,管楽器奏者が数名加わった後,ピアノの小菅優さんが登場し,モーツァルトのロンドが演奏されました。曲名を見ただけでは分からなかったのですが,聞いてみれば「ああ,この曲か」という曲でした(ただし,どこで聞いたのかは思い出せないのですが...)。もともとは初期のピアノ協奏曲の最終楽章用として書かれた曲ということもあり,とても可愛らしい曲です。まず,オーケストラのみでロンド主題が演奏されるのですが,OEKの音のまとまりが素晴らしく,微笑みがステージ上にこぼれてくるような,優雅で暖かな気分がありました。

それに応えるように小菅さんの明るいピアノの音が切れ味良く入ってきました。基本的にはしっとりと落ち着いた演奏なのですが,随所に若手ピアニストらしい瑞々しさが溢れていました。その後,ロンド主題を変奏するような形で進み,全体に漂うギャラントな雰囲気を維持したまま,多彩な表情を見せてくれました。古典的な端正さとダイナミックさを両立させた,とてもセンスの良い演奏だったと思います。

続く,ブリテンの「若きアポロ」は,弦楽四重奏とピアノと弦楽オーケストラのための曲で,編成的には,バロック時代の合奏協奏曲のような感じでした。それほど長い曲ではありませんでしたが,特にピアノのパートに華やかな技巧がちりばめられており,不思議なエネルギーを漂わせていました。特に最初の部分の演奏効果が目覚しく,エネルギッシュな音の動きが続くうちに,ステージ全体から光がパッと差してくるような明るさがありました。初めて聞く曲でしたが,オリジナリティ溢れる名作だと思いました。

モーツァルトでは,きっちりとしたまとまりの良い演奏を聞かせてくれた小菅さんですが,この曲ではヴィルトゥオーゾ風の切れの良い技巧をしっかりと見せてくれました。曲の最初の方は,チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の冒頭のように,低音から高音までダイナミックに手を動かしていましたので,「これでもか,これでもか」という感じで,乗りに乗った輝きのある音楽を堪能させてくれました。

このピアノを支えるOEKの伴奏の方も非常にエネルギッシュでした。マイケル・ダウスさんを中心とした弦楽四重奏の薄い音と,弦楽合奏の音とが重層的に動いており,独特の肌触りのある音色を作り出していました。この不思議なテクスチュアに浸るのは,とても気持ち良かったのですが,どこか落ち着かない異様な気分もありました。アポロという神話の世界をモチーフとしながら,現代的な感覚があったのは,やはり,どこか異様な気分を持った独特の響きによるのではないかと思いました。この日の定期公演もまたCD録音をしていましたが,この曲などは,是非もう一度聞いてみて,異様な気分に再度浸ってみたいものです

その後,盛大な拍手に応え,小菅さんのソロで,バッハのイギリス組曲第6番の中のサラバンドがアンコールで演奏されました。ちょっとクールな悲しみの表情と心に染み入るような叙情的な美しさが曲全体に漂っており,現代のピアノによるバッハ演奏の素晴らしさを堪能させてくれました。

後半は,ディーリアスの曲で始まりました。2曲ともOEKの基本編成でも演奏可能な曲で,「春を告げるカッコウを聴く」の方はCD録音も行っていますが,定期公演でディーリアスの曲が演奏されるのは,もしかしたら初めてかもしれません。この辺は少々意外というか盲点になっていた部分です。確かにディーリアスの作品は,曲の雰囲気が地味でライブで聞いても強い印象を残すことは難しいのですが,それだからこそ,飽きの来ない魅力があるとも言えます。今回の演奏は,これからOEKがディーリアスの世界に踏み込む第1歩となったのかもしれません。

「春を告げるカッコウ...」の方は,CDになっている井上道義さん指揮の演奏よりは,テンポが速く,さらりとした感覚がありました。音の動きもとても流動的で,地味だけれども生き生きとした気分がありました。カッコウの声は,クラリネットは遠藤さんが担当していましたが,音にデリケートな遠近感があり,ちょっと寂しげな風情がありました。なぜ,これまで取り上げて来なかったのだろう?と不思議なくらいこなれた演奏でした。

もう1曲の「夏の夜に川面で」(響敏也さんの解説に書いてあったとおり,一般的に使われている「川の上の夏の夜」という訳はこなれてない日本語ですね)の方は,あまり聞いたことのない曲だったこともあり,強い印象が残らなかったのですが,こちらもまたカンタさんのチェロをはじめとして,弦楽器が作り出す静かな響きのテクスチュアの上にソロ楽器が何かを描写するように点滅します。非常に絵画的な雰囲気がありました。もう少し,聞き込んでみたい曲です。

演奏会の最後は,ハイドンの「ロンドン」交響曲が演奏されました。今月は上旬に井上さんの指揮で「軍隊」を聞いたばかりですので,同窓の同級生指揮者によるハイドン聞き比べということになります。曲の性格の違いもありますが,全く別のオーケストラのように響いていたのが大変面白く感じました。

尾高さんの指揮は,非常に大げさに演奏されることもある第1楽章の序奏部から,全く力んだところがなく,全曲を通して「平常心」という感じの演奏でした。室内オーケストラの編成を意識してか,美感を損ねるような強調は全くありません。そうなると物足りなさが残りそうなものですが,反対にしっかりと落ち着きのある風格が漂っていました。無理のない熟成された美しさのあるハイドンでした。主部は大変すっきりとしていましたが,展開部に向けて次第に力感を増し,いつのまにかスケールの大きさを漂わせていました。その一方不必要な力が全く入っていない「軽み」もあるのが,ベテランならではと言えます。

第2楽章はゆったりとした気分で始まり,気品と優雅さがありました。フルートの爽やかな響きもハイドンならではです。ここでも次第にドラマティックに盛り上がってくるのですが,大げさになり過ぎることはなく,自然な風格を感じさせてくれました。第3楽章のメヌエットは力強い演奏で,全曲の中のアクセントになっていました。中間部などでは,自然なユーモアが漂っていました。第4楽章も大変親しみやすい演奏で,極端なメリハリは付けていませんでした。刺々しいところがなく,大らかさがあるのが,ハイドンの最後の交響曲の気分にぴったりでした。

今回の演奏は,全曲を通じ,非常に温厚で味わい深いものでした。力ずくで押すことなく,充実した音楽がホールに染み渡っていました。ハイドンの音楽は,一般に個性的と言われることは少ないのですが,演奏者によって表情が大きく変わるのが面白いところです。このところハイドンの交響曲を取り上げる機会の多いOEKの定期会員にとって,ハイドンの聞き比べというのは「会員特典」と言っても良いかもしれません。

アンコールでは,グリーグの「春」(一般的には「過ぎた春」「過ぎし春」などと呼ばれている曲です)が演奏されました。グリーグはイギリスの作曲家ではないのですが,ディーリアスと親交がありました。曲の気分にも共通する部分があるのではないかと思います。グリーグの名前はエドヴァルドですが,この名前これは元々はイギリス系で,子孫はスコットランド系とのことです。そう考えると,イギリスの指揮者やオーケストラが,昔からグリーグの曲を取り上げることが多いのも納得できます。

今回演奏された,「春」は,かなり以前,尾高さんがOEKを指揮されたときにもアンコールとして演奏したことがあります。恐らく,十八番なのだと思います。すっきりとしたテンポから,ほのかな悲しみがにじみ出てくる素晴らしい演奏だったのですが...この曲の最後の静かな部分でケイタイの呼び出し音がなってしまいました。これは最悪のタイミングでした。この時,流れてきた音楽がホルストの「木星」の中間部...「考えてみるとこれもイギリスの曲だなぁ」と変なところで感心しました。皮肉なものです。

何はともあれ,今回のようなテーマのはっきりしたプログラムは,良いですね。もちろん尾高さんの指揮するOEKを聞きたいという気持ちは大きいのですが,やはり,定期会員として,毎月音楽を聞いてると,過去に聞いたことのある曲よりは,新しいレパートリーを聞きたくなります。今後も今回のような形で,OEKのレパートリー拡大に期待したいと思います。 (2009/03/22)

PS. 今日はタワーレコードの袋を持った人が多いなぁ,と思っていたのですが,今回からロビーでのCD販売がヤマチクからタワーレコードに変わったようです。

関連写真集
公演の立看板です。


終演後,サイン会が行われました。

小菅優さんのサインです。とても横に長いサインです。


尾高忠明さんのサインです。


コンサートマスターのマイケル・ダウスさんと第1ヴァイオリンの山野裕子さんのサインです。


音楽堂の内外では,ラ・フォル・ジュルネ金沢2009の宣伝が増えてきました。

もてなしドームです。


別の角度から撮影しました。


JR金沢駅の改札付近です。


ボランティアスタッフ募集のポスターです。