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オーケストラ・アンサンブル金沢第259回定期公演PH
2009/04/21 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バッハ,J.S.(ウェーベルン編曲)/管弦楽のための6声のフーガ(リチェルカータ)(「音楽のささげもの」〜6声のリチェルカーレ)
2)シェーンベルク/室内交響曲第2番変ホ短調,op.38
3)スッペ/「ウィーンの朝,昼,晩」序曲
4)スッペ/喜歌劇「怪盗団」序曲
5)スッペ/喜歌劇「美しいガラテア」序曲
6)スッペ/喜歌劇「スペードの女王」序曲
7)(アンコール)スッペ/喜歌劇「軽騎兵」序曲
●演奏
下野竜也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
プレトーク:池辺晋一郎

Review by 管理人hs  
ラ・フォル・ジュルネ金沢の開幕まで10日を切り,石川県立音楽堂周辺が段々とお祭りムードに変わっていく中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニー・シリーズに出かけてきました。

今回の指揮者は下野竜也さんでしたが,珍しいことにソリストなしの公演でした。オーケストラの演奏会では,通常2曲目ぐらいにソリストが登場し,協奏曲を演奏するのが定番ですが,今回は全曲がオーケストラのみで演奏されました。OEKの公演で,ソリストなしの演奏会と言った場合,モーツァルトの3大交響曲であるとか,ブラームスの交響曲を2曲組み合わせるといったことが考えられるのですが,今回は,前半がバッハ/ウェーベルンとシェーンベルク,後半がスッペ,という非常に大胆な構成でした。ウィーンという場所によって統一感が取られていましたが,OEK定期会員と下野さんに対する信頼感があって初めて成り立つプログラムだと思います。この日の客席は,必ずしも満席ではありませんでしたが,OEKが,このような非常に冒険的なプログラムを用意するようになったことは,「進化」と言っても良いのではないかと思います。

今回の選曲ですが,大成功だったと思います。「下野さんはただ者ではない!」と思わせるような構成であり,演奏でした。前半ではオーケストラを抑制し,音の密度の高さを聞かせ,後半では,そのご褒美(?)のように緊張感を解き放つような爽快な音楽を聞かせてくれました。何よりも,どの曲についてもオーケストラの音が非常にクリアにしっかり鳴っているのが素晴らしく,神経質でピリピリした気分を予想していたシェーンベルクについても,血の通った温かみのようなものを感じました。

まず最初にバッハ作曲の「音楽のおくりもの」の中の6声のリチェルカーレをウェーベルンがオーケストラ用に編曲したものが演奏されました。この編曲については,ある年齢以上のマニアックな(?)クラシック音楽ファンにとっては,かつてNHK-FMで放送されていた「現代の音楽」という番組のテーマ曲と言った方がピンと来ると思います。私自身,この番組の内容自体をきちんと聞いた記憶はないのですが,テーマ曲として使われていたこの曲の冒頭部分の響きはしっかりと耳に残っています。夜,一人で聞いていると寒気がしてトイレに行けなくなるような独特のムードを持った編曲で,「現代の音楽」という番組の雰囲気を見事に体現していました(というよりは,この音楽の魅力が番組そのものだった気がします)。

そういう印象的な音楽を生演奏で聞けたのがまず嬉しかったのですが,演奏も素晴らしいものでした。OEKの編成は弦楽器は通常の編成でしたが,管楽器の方は各パート1名ずつという室内楽的な編成でした(バスクラリネット,イングリッシュホルン,トロンボーンなども加わっていました)。冒頭から,ミュートをつけた金管楽器が点描的にフレーズを受け渡していくのですが,その音のバランスの良さが最高でした。例えば,最初に出てくる楽器がミュートを付けたトロンボーンなのですが,勇壮なイメージとは全く別の精妙さがあり,音だけ聞いていると,何の楽器か分からないぐらいでした。一つのメロディラインを沢山の楽器が分担して演奏することで,一音一音に意味が込められたような気分になるのですが,それがギクシャクした感じにならず,自然な流れを持っていたのも素晴らしいと思いました。

下野さんのテンポ設定はゆったりとした落ち着きのあるもので,きっちりと音符を積み重ねた音の細密画と言っても良い世界ををじっくりと聞かせてくれました。ただし,雰囲気そのものはそれほど神経質な感じはせず,温かみを感じました。これは,石川県立音楽堂の響きの良さと同時に下野さんのキャラクターを反映していたのだと思います。

続くシェーンベルクの室内交響曲第2番は,池辺晋一郎さんのプレトークによると,「OEKの編成にぴったりの曲」とのことでした。厳密には,打楽器が入りませんので,「ぴったり」とまではいきませんが,室内交響曲というタイトルからして,いかにもOEK向きです。

曲は2つの楽章から成っていました。シェーンベルクにしては珍しく変ホ短調という調性で書かれており,メロディを感じることができる曲です。第1楽章は,抒情的な雰囲気で始まり,どこかショスタコーヴィチの曲辺りを思わせる響きだと思いました。前のウェーベルン編曲のバッハほどには点描的な感じはしませんでしたが,各楽器が演奏するフレーズはやはり短めでした。そのこともあり,少々とっつきにくい感じはあったのですが,各楽器がしっかりと鳴っていたので,前曲同様に充実感を感じました。

第2楽章は,スケルツォ風の楽章です。一つとして同じ組み合わせがないような感じで次から次へといろいろな楽器がメロディを担当しますので,オーケストラのための協奏曲の室内オーケストラ版といった趣きもありました。音によるジグソーパズルといった,知的な面白さもあったのですが,最後の部分では再度深い情念の世界に沈み込むようなところがあり,とても変化に富んだ楽章となっていました。

この曲については,調性があるとは言っても,そこはシェーンベルクの作品ということで,少々難解な雰囲気がありました。CDや放送等を通じても,聞くのが初めてだったのですが,恐らく,もう少し繰り返し聞けば,また違った発見がある曲のような気がします。この日の公演は全曲,NHK-FM用の収録を行っていましたので,その時にでも是非聞いてみたいと思います。

さて,後半のプログラムですが,嬉しい誤算でした。スッペの序曲を演奏会の後半に4つ並べるというのは,誰も考えつかないようなアイデアだと思います。「スッペと言えば,「軽騎兵」序曲,「軽騎兵」序曲と言えば通俗的な曲,故にスッペは通俗的な作曲家」という感じの先入観によって,スッペは少々低く見られることのある作曲家ですが,それが大間違いだということを実感させてくれる演奏でした。工夫の凝らされた序曲を巧く並べることで,非常に多彩で充実したサウンドが連続し,一瞬も退屈する間がありませんでした。ウィーンの作曲家といえば,ヨハン・シュトラウスを思い浮かべる人が多いと思いますが,スッペについても同等に演奏されるべきではないか,と思いました。

下野さんとしては,序曲を4つ並べることで,交響曲の4つの楽章をイメージさせる狙いがあったのですが(公演前日の記者会見でもそのことについて触れられています),そのとおりの構成感を感じました。スッペの序曲については,終盤の盛り上げ方にどこか似たパターンがあるのですが,そこに至るまでのプロセスが4曲ともバラエティに富んでおり,創意工夫がされています。そういう意味でも統一感と多様性が合体した気分がありました。

スッペの音楽自体の面白さに加えて,素晴らしかったのが下野さんの指揮ぶりでした。下野さんだったからこそ,これだけの聞き応えのある音楽となったとも言えそうです。今回の4曲については,4つで1セットとして聞くこともできるし,1曲ずつ独立した曲としても楽しむことができます。今回の演奏でも各曲ごとに盛大な拍手が入っていましたが,それも当然という演奏の連続でした。

どの曲についても下野さんの統率力が素晴らしく,ビシっと音が引き締まっていました。「ウィーンの朝,昼,晩」の出だしから,その音の純度の高さにほれぼれとしました。非常に楽想が豊かで,次から次へと音楽が沸いてくるような盛りだくさんの曲なのですが,交響曲でいうところの第1楽章に相応しい,華やかで柄の大きな音楽を作っていました。この曲では,途中,首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんによる甘いチェロ独奏がフィーチャーされていましたが,こういう「注目ポイント」が各曲にあるのがスッペらしいところです。アビゲイル・ヤングさんがリードする弦楽器も,いつも以上に美しく,生気に満ちていたように感じました。

続く「怪盗団」序曲は,初めて聞く曲でしたが,編成の中にギターが入るという独特の響きを持った曲でした。交響曲の第2楽章に当たる曲ということで,全体に落ち着いたのどかな雰囲気がありましたが,途中から,このギターとその上に乗るクラリネットの音が入ってきて,ちょっとひなびたセレナード風になるのが個性的でした。今回のギターは,金沢在住の太田真佐代さんが担当されていましたが,昨年11月に「もっとカンタービレ」シリーズでOEKメンバーと太田さんが演奏したボッケリーニの「マドリッドの夜警」の気分に通じる,「夜のラテンムード」がありました。ただし,最後は大きく盛り上がるのは,スッペ風と言えそうです。とても新鮮な曲であり演奏でした。

次の「美しきガラテア」序曲は,いろいろな曲想とともに,ワルツが出てくるということで,これもまた”3楽章風”でした。特に金星さんによるホルンのソロなどは,ちょっと「美しく青きドナウ」を思わせるところがありました。

最後は「スペード女王」序曲でした。考えてみるとこれが演奏会全体の”トリ”だった訳ですが,この曲で締められる定期公演というのも,大変珍しいと思います。そのトリに相応しく,OEKの編成もかなり大きくなっており,トロンボーン3本,テューバ,打楽器6人という”最後列”が特に充実していました。ここでも下野さんのオーケストラ・コントロールが素晴らしく,オッフェンバックの「天国と地獄」に通じるような快速のギャロップ風のエンディングの盛り上がりが見事でした。これだけ,鮮やかにしっかりと,しかも余裕たっぷりに決められると「お見事!」と言うしかありません。

演奏後は,「スッペ4連発で会場大満足」という雰囲気になり,盛大な拍手に応え,「こうなると締めはこの曲しかない!?」というあの曲が登場しました。トランペットのファンファーレが出てくると,会場内がちょっと”ざわざわざわざわ...”となったのも面白かったのですが...アンコールでは,スッペの代名詞「軽騎兵」序曲が演奏されました。

弦楽器の人数が少ないこともあり全曲を通じて,明るく澄んだサウンドが快適でした。下野さんの指揮にも作為が無く,演奏会を締めるのに相応しい大変気持ちの良い演奏を聞かせてくれました。対照的に中間部のクラリネットのソロが出てくる部分には大変深い情緒があり,その描き分けも大変鮮やかでした,

今回は,このとおり「ソリストなしの冒険的な定期公演」だったわけですが,物足りなさは全く感じませんでした。むしろ,純粋に音楽だけに集中できるような密度の高さを感じました。ソリストなしの演奏会といえば,カラヤン,ベーム,クライバーといった往年の名指揮者の来日公演などを思い出しますが,今回は,OEKそのものを聞くと同時に下野さん自身を聞く演奏会となっていたと思います。このことは,下野さんにとっても大変名誉なことだったと思いますが,そういう指揮者の下で演奏できたOEKにとっても大きな喜びだったのではないかと思います。演奏後の,OEKメンバーの雰囲気からもそのことを強く感じました。下野さんには,是非,再度,OEKに客演して欲しいと思います。 (2009/04/23)



石川県立音楽堂〜JR金沢駅周辺に掛けては,すっかり「ラ・フォル・ジュルネ金沢」モードになっていました。これは,別の日に撮影したものですが,その様子を紹介しましょう。

「熱狂」を待つ音楽堂・金沢駅周辺写真集
音楽堂の正面です。
JR金沢駅に向かう屋根はLFJKのロゴと,モーツァルトばかりです。 こちらにもモーツァルト

  JR金沢駅の床には,演奏される曲目リストが書かれていました。  音楽堂の方向を指しています。

  天井にもモーツァルト
  柱にもモーツァルト ミッキー&OEKがお出迎え 音楽堂の側面のロゴ

本日のサイン会&
関連写真集
公演の立て看板です。


入口にはラ・フォル・ジュルネの看板も出ていました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢のポスターにもいろいろあるようです。



今回は,終演後サイン会がありました。下野竜也さんのサインです。


OEKメンバーのサインです。左から石黒靖典さん,ルドヴィート・カンタさん,ヴォーン・ヒューズさんのサインです。