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第8回北陸新人登竜門コンサート:弦楽器部門
2009/05/17 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ブトリー/Urashima:8世紀の日本の伝説による
2)クーセヴィツキー/コントラバス協奏曲嬰ヘ短調,op.3
3)ピエルネ/ハープ小協奏曲(ハープと管弦楽のためのコンチェルト・シュテュック)op.39
4)サン=サーンス/チェロ協奏曲第1番イ短調,op.33
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
岡本潤(コントラバス*2),平尾祐紀子(ハープ*3),香月圭佑(チェロ*4)

Review by 管理人hs  
毎年,4月上旬に行われていた北陸地方の新人演奏家発掘のための北陸新人登竜門コンサートですが,今年はラ・フォル・ジュルネ金沢明けの5月に行なわれました。今回は弦楽器部門で,次の3人の方が登場しました。

  • 岡本潤(コントラバス,石川県出身)
  • 平尾祐紀子(ハープ,石川県出身)
  • 香月圭佑(チェロ,富山県で研鑽を積む)

年度初めの何かと慌しい時期よりも,連休明けの方が落ち着いて楽しめるかもしれませんが,花見と合わせて楽しむというのも捨てがたいものがあります。

さて今回の弦楽器部門ですが,ヴァイオリニストが1人も登場しませんでした。石川県新人登竜門コンサート時代を含め,過去4回行われていますが,ヴァイオリニストが登場しなかったのは初めてのケースです。特に,コントラバスとハープのソリストが演奏会に登場するというのは,普通の定期公演でも珍しいことです。通常の演奏会とはかなり違った構成になりましたが,どの演奏も大変立派なもので安心して楽しむことができました。演奏された曲ですが,どれもそれほど演奏時間は長くはなく,楽章間の区別のないコンチェルト・シュテュック(小協奏曲)風の曲でした。コンパクトにまとまっている点で統一感があり,意外にバランスの良いプログラムだと思いました。

まず最初に登場したコントラバスの岡本潤さんが演奏したのは,クーセヴィツキーの曲でした。チャイコフキーやラフマニノフがコントラバスのために協奏曲を作ればこういう感じかな,という感じの親しみやすい曲でした。ホルンが冒頭,くっきりとしたフレーズを演奏するのですが,この部分の雰囲気がいかにもロシア風で,チャイコフスキーの交響曲あたりに出てきそうな感じでした(後から分かったことですが,久保田早紀さんの「異邦人」という曲の最初のフレーズともそっくりですね。この曲が出てから30年ほどたつとは時の流れは速いものです)。

ソロの部分ですが,以外に高音が多いと思いました。岡本さんの演奏は,音程が非常に良く,目を閉じて聞いているとチェロを聞くような見事さでした。第2楽章にも懐かしい表情があり,ラフマニノフ風の気持ち良さがありました。ここでは,「コントラバスの超高音」が出てきましたがも,これも見事に聞かせてくれました。第3楽章は第1楽章の再現のような感じでした。楽章の切れ目なかったので,単一楽章の再現部ともいえます。コントラバスという大きな楽器にも関わらずコンパクトな構成な曲だというのも面白いと思いました。

演奏全体としては,もう少し押しが強ければ...という気もしたのですが,これは私の聞いていた場所のせいかもしれません。今回は珍しく1階のサイド席で聞いたのですが,どうもソロの楽器の音が遠くに聞こえるのです(上の方に音が抜けていくような感じ)。ソリストの音を聞くには2階席の方が良いのかな,という気もしました。

今回登場した岡本さんは,かつて石川県ジュニアオーケストラのメンバーとして活躍されていたこともあるそうですが,この「ジュニア・オーケストラ」→「登竜門コンサート」というパターンは,OEKと音楽堂の活動の成果が根付いてきたことを示していると思います。ジュニア・オーケストラの関係者にとっても感慨のある演奏だったのではないかと思います。

続く,ピエルネの曲は以前,定期公演で一度聞いたことがあります。平尾さんの演奏は,とても優雅で聞いている人を幸せにしてくれるような演奏でした。平尾さんは,白いドレスで登場されましたが,そのイメージどおりの気分がありました。とてもにこやかな表情で,たっぷりと,そして大変ニュアンス豊かに優しい音楽を聞かせてくれました。井上さんとOEKの演奏にもフランス風の品の良さが溢れていました。

第2楽章のゆったりとした気分から,軽快な第3楽章へ...と楽章ごとの変化もあり,ハープという楽器の多面性を感じさせてくれました。平尾さんは,上述のとおり,新人とは思えない落ち着いたステージで,聞いている方も非常にリラックスして楽しむことができました。OEKの上機嫌かつ軽快な演奏と相まって,聞いているうちに,段々と顔がほころんでくるよう曲であり演奏でした。

最後のサン=サーンスのチェロ協奏曲については,OEKは既に,遠藤真理さんとCD録音を行っていますが,今回の演奏もスピード感たっぷりで大変ノリの良い演奏でした。いかにも良い音が出そうな(?)体格の香月さんでしたが,演奏も安定感たっぷりで,楽器が身体の一部になったような自在さがありました。音にしっかり気持ちが篭もっているのも素晴らしいと思いました。第2楽章のデリケートさなど,曲の細部までしっかりと神経の行き届いた演奏だったと思います。第3楽章の高音のノリの良さもお見事でした。

香月さんは,大学院を修了されている方ということで,既に完成されたアーティストと言えると思います。堂々とした演奏もさることながら,なかなかユニークなキャラクターの持ち主でもあるので,今回の演奏会をきっかけに,これからますます存在感のある奏者として活躍の場を広げて行かれるのではないかと感じました。

この3曲に先立って,今年のOEKのコンポーザー・イン・レジデンスであるロジェ・ブトリーさんが,2005年にOEKのために作曲した「URASHIMA」という曲の再演もありました。その名のとおり,「浦島太郎」の伝説に題材をとった作品ということで,ステージ上の大きなスクリーンに「浦島太郎」のストーリーを示す絵を時折投影しながら,演奏されました。このサービス精神は井上道義さんならではです。

曲は,金管楽器と打楽器によるダイナミックで原色的な音がとても気持ちの良いサウンドを作っていました。時折,コンサート・マスターのブレンディスさんの艶やかな音が絡むのも印象的でした。

途中,投影されていた浦島太郎の絵ですが,かなり素朴な雰囲気で(誰が描いたのか気になるところです。),独特のムードを作っていました。ただし,客席の方は真っ暗というわけではなく,絵の方も静止画像が点いたり消えたりするような感じでしたので,ちょっと中途半端だったかもしれません。

また,浦島太郎の絵本の流れとブトリーさんの作曲の意図とが本当に一致しているのかも実はよく分かりませんでした。例えば,曲の最後の部分でドンと鳴ってスクリーンの絵も白髪に変わったのですが,本当にそういう流れでブトリーさんはこの曲を作ったのかは不明です。ただし,ビジュアル的な要素を加えることで,大変聞きやすくなったことも確かでした。

全曲の演奏が終わった後,今回演奏した3人のソリストが勢揃いしました。皆さん,いくらか初々しさを残しながらも,大変堂々とした演奏を聞かせてくれました。今回の演奏を聞く限りでは,今後,石川県立音楽堂で行われる各種公演を中心に,ますます活躍の場を広げられることは確実だと実感しました。もしかしたら,OEKのメンバーと一緒になって演奏をしたり,室内楽の公演を行ったりする機会も出てくるかもしれませんが,これからも,その活躍を見守っていきたいと思います。

(2009/05/19)



公演のポスターです。


ホール前では,まだモーツァルトがウィンクをしていました。


ホール内にもレッドカーペットがありました。青島広志さんの絵も残っていました。


交流ホールでは,邦楽の公演を行っていました。

さすがにJR金沢駅の方は,6月の百万石まつりの宣伝に変わっていました。