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オーケストラ・アンサンブル金沢第261回定期公演PH
2009/05/23 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/交響曲第1番ハ短調op.11
2)ハイドン/チェロ協奏曲第1番ハ長調Hob.VIIb-1
3)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調,BVW.1009〜ジーグ
4)ハイドン/交響曲第60番ハ長調Hob.I-60「うつけ者」
5)(アンコール)ハイドン/弦楽四重奏曲「皇帝」〜第2楽章(弦楽合奏版)
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:シュテファン・スキバ)*1-2,4-5
ジョルジ・カラゼ(チェロ)*2-3
プレトーク:広上淳一,岩崎巌

Review by 管理人hs  

「ラ・フォル・ジュルネ金沢2009」明け初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニー・シリーズには,広上淳一さんが登場しました。定期公演で交響曲を聞くのは,4月末以来のことですが,やはり,交響曲を核とした2時間の演奏会は,聞き応えがあると実感しました。

今回のプログラムは,メンデルスゾーンの交響曲第1番,ハイドンのチェロ協奏曲第1番,ハイドンの交響曲第60番「うつけ者」という渋いものでしたが,次のような点で,大変よく考えられた選曲でした。
  1. どの曲も調性がハ調系である点
  2. 実は,メンデルスゾーンの生年とハイドンの没年は同じ1809年であり,今年は,「生誕・没後200年」というメモリアル・イヤーである点
  3. どの曲もOEKの基本編成で演奏できる点
指揮者の広上さんが定期公演に登場するのは,前音楽監督の岩城宏之さんが亡くなられた直後の2006年6月以来で,通算3回目になります。広上さんといえば,井上道義音楽監督を超えるような「踊る指揮」を見せてくれる指揮者ですが,この一見地味目のプログラムから,OEKの魅力と曲の魅力を最大限に引き出してくれました。今回は,それに加えて,日本での本格的なデビューとなるジョルジ・カラゼさんという若手チェロ奏者の独奏も楽しむことができました。

最初のメンデルスゾーンの交響曲第1番をOEKが演奏するのは,2回目のことだと思いますが,OEKにぴったりの曲です。まず,編成がぴったりです。初期ロマン派の香りが漂い,シューベルトの初期の交響曲と共通するような雰囲気があります。この点でもOEK向けです。

第1楽章は,少し暗く,シリアスな表情で始まるのですが,バロック・ティンパニのからりとした音が,キビキビとしたビート感を作っており,爽快さも感じました。第2主題の方ものびやかでした。全体にがっちりとまとまった抑制された雰囲気もあったのですが,この辺は,今回ゲスト・コンサートマスターだったシュテファン・スキバさんの力によるものかもしれません(この方ですが,OEK公式サイトの情報によると,カールスルーエ・シュターツカペレのコンサートマスターとのことです)。

第2楽章は,大変穏やかなで暖かな気分がありました。情の深さがあると同時にホッとリラックスさせてくれるような脱力した感覚がありました。広上さんの作る音楽には迷いがなく,非常に純粋な感じがするのが素晴らしいと思います。第3楽章のメヌエットでは,充実のサウンドを聞かせてくれました。ダイナミックかつ堅固な演奏で,恐らく,広上さん自身の声だと思いますが,気合を入れるような唸り声が時折,聞こえてきました。その一方,中間部の静謐さも聞きもので,前後の部分と見事な対比を作っていました。

第4楽章は,再び暗い雰囲気になります。くっきりと悲しみが描かれる中,時折爆発的に感情が爆発するダイナミックな演奏でした。ここでは,クラリネットの遠藤さんの,広上さんの指揮がそのまま乗り移ったような見事なソロを楽しむことができました。一旦,カノン風の動きになった後,最後は祝祭的で華やかな気分で締められましたが,大変変化に富んだ楽章でした。

全曲を通して,古典派交響曲的な堅固なまとまりはあるのですが,力んだところが全くないので,音楽が自然に爽やかに大きく広がっていくようなところがあります。爆発する部分があっても,常に上機嫌な表情を湛えています。その辺が広上さんの指揮の魅力だと思います。

2曲目のハイドンのチェロ協奏曲第1番は,定期公演でも何回か演奏されている曲ですが,今回ソリストとして登場したジョジュジ・カラゼさんの演奏は,「お見事!」としか言いようのないものでした。この曲は,実は,ものすごい難曲なのですが,その難しさを全く感じさせない,あきれるほど鮮やかな演奏でした。

第1楽章の冒頭から,広上さんとOEKの作るサウンドには,全く曇りがなく,「これぞハイドン」といった気分がありました。カラゼさんの音も大変晴れやかで,見事な統一感がありました。速いパッセージや高音部でも安定感たっぷりで,どの部分をとっても明るくしなやかで前向きな気分を感じさせてくれました。表現は自信に満ちて,しっかりと完成されているのに,常に新鮮味を感じさせてくれるような演奏でした。過去,OEKはこの曲を何回か演奏していますが,その中でも最高と言っても良い演奏だったと思います。

第2楽章は,シンプルな歌に満ちた楽章ということで,ひたすら,その美音に浸りました。全体的に,すっきりとした感触があるのですが,カラゼさんのチェロの音自体のキメがとても細かいので,非常に上質な織物に触れたような聞き応え後に残りました。

第3楽章は,一転して超快速になります。この技巧にも驚きました。全く危なげがなく,鮮やかさと同時に力強さを感じました。大変ノリの良い演奏で,音自体が生き生きと立ち上がっているような軽快さと凄さを感じました。まだ国内ではほとんど知られていないチェリストですが,すごいチェリストだと実感しました。

演奏後の拍手も大変盛大でした。この拍手を聞きながら,いろいろな言葉を尽くして演奏を褒めるよりも,OEKの定期会員の拍手がいちばん正確に演奏を評価しているなぁ,と実感しました。

アンコールでは,バッハの無伴奏チェロ組曲第3番の最終楽章のジーグが演奏されました。大変速いテンポで演奏された演奏で,一気に駆け抜けていくような鮮やかさがありました。もともと舞曲起源の曲ですが,とてもダンサブルで格好良い演奏だったと思います。

後半のメインの曲は,ハイドンの交響曲第60番「うつけ者」でした。この曲で締めようといのは,いかにも広上さんらしいところです。6楽章からなるちょっと変わった交響曲なのですが,最終楽章にすごい仕掛けがありました。パフォーマンス入りの交響曲といえば,ハイドンの「告別」交響曲を思い出しますが,インパクトの強さでは,この曲の方がすごかったかもしれません。

この「うつけ者」というタイトルですが,きちんとした日本語訳が定まっておらず,「うかつ者」とか「うっかり者」とかいろいろな呼び方がされているようです。広上さんがプレトークの時に言っていましたが,「おばかさん」というのが,ニュアンス的にもぴったりかもしれません(最近は,「クイズ・ヘキサゴンII」でお馴染みですが)。「うつけ者」だと,織田信長という感じですね。

第1楽章は,比較的普通の曲でしたが,弱音の後,いきなり金管楽器が炸裂したり,かと思えば,急に弱音になったりと大変ダイナミックでした。第2楽章は,とても優雅に始まるのですが,突然管楽器が急き込むように入ってきたりして,ハイドンらしいユーモア精神を感じました。広上さんの指揮もその辺を強調しており,自由自在にオーケストラをドライブしていました。

第3楽章は大変堂々としたメヌエットでしたが,中間部になると突如エキゾティックな雰囲気になります。その後の楽章も同様だったのですが,優雅さとワイルドさが(広上さんの足踏みの音も聞こえてきました)交錯しながら進む面白さがありました。第5楽章は,モーツァルトの「フィガロの結婚」辺りに出てきそうな,非常に美しく,デリケートなオペラ・アリアのような音楽でした。広上さんの演奏には,とても艶っぽい雰囲気がありました。

そして,最終楽章です。堂々とした音楽が始まった後,何と何と,今回のコンサート・マスターのシュテファン・スキバさんが立ち上がり,指揮者の広上さんの方に向かって,ものすごい剣幕で,何かを叫び始めました。広上さんは驚いたような仕草を見せ,音楽は止まり,弦楽器の皆さんがチューニングを始めました。それが終わった後,再度曲が始まったのですが,曲の途中で,弦楽器全員がチューニングをし直すというのはこの曲ぐらいでしょう。

この指示は,ハイドンの楽譜にも書かれているのですが,演出の方法は様々なようです。ゲスト・コンサートマスターのスキバさんは,年輩の白髪の男性奏者ということで,音楽を止める動作に迫力があり,真に迫っていました。今回のパフォーマンスの”役者”としてはぴったりだったと思います。演奏後,広上さんは,「びっくりしたなぁ(汗)」という感じで,おでこ付近をハンカチで拭く動作を見せていましたが,これもまた,良いオチになっていました。

その後,曲は,堂々と締めくくられましたが,こういう"劇場的交響曲”というのは,やはり,生で聞くと大変面白いですね。さすがハイドン,さすが広上さんという曲であり,演奏でした。

アンコールでは,ハイドンの弦楽四重奏曲「皇帝」の中の有名な第2楽章が演奏されました。通常の弦楽四重奏版とは違い,コントラバスを含む弦楽合奏で演奏され,大変壮大な気分がありました。

この日は,全国的に新型インフルエンザが流行しつつある中での公演ということで,ちょっと心配する面もありましたが,マスクをする人の姿もそれほど目立たず,通常どおりの雰囲気で演奏会を楽しむことができました。公演内容の素晴らしさに加え,この「普通に演奏会を楽しめた」という点が何よりも嬉しい演奏会でした。

PS. 広上淳一さんと言えば,大きな指揮の動作を見るのも楽しみの一つです。踊るような動作に加え,「指差し確認」のような指示を出したり,唸り声を上げたり...と非常に個性的でした。この広上さんですが,井上道義さんをサポートする形で,今年の夏に音楽堂で指揮の講習会を行います。
http://www.orchestra-ensemble-kanazawa.jp/news/2009/05/post_140.html

井上さんと広上さんが講師で登場するこの講習会は,いろいろな意味で,見もの(?)かもしれないですね。
 (2009/05/24)

本日のサイン会&
関連写真集

この公演の立て看板はなかったようです。その代わりにポスターを撮影してきました。


ラ・フォル・ジュルネ金沢2009おの看板がまだかかっていました。何となく名残惜しいですね。



終演後,広上さんとカラゼさんのサイン会がありました。