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オーケストラ・アンサンブル金沢第262回定期公演MH
2009/06/13 石川県立音楽堂コンサートホール
ベートーヴェン/バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲,op.43
ベートーヴェン/交響曲第8番へ長調,op.93
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調,op.92
(アンコール)ベートーヴェン/メヌエットト長調
●演奏
金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
プレトーク:響敏也

Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とベートーヴェン交響曲全集のCD録音を進めている金聖響さんですが,6月のマイスター定期公演では,今年,大阪のザ・シンフォニー・ホールで行っているチクルスに併せる形で交響曲第7番と第8番などが演奏されましたす。第7番については,既にCD録音は終わっていますので,この公演と並行して,第8番がライブ録音されたのですが,ソリストなしの公演ということで,「金聖響×OEKのベートーヴェン」を純粋に楽しむ公演になりました。

少々意外ですが,定期公演でベートーヴェンの交響曲が2曲演奏されるというのは,今回が初めてのことかもしれません。協奏曲を含めたベートーヴェン特集ならば,過去数回ありますが,ソリストなしでベートーヴェンの交響曲2曲というのは(カルロス・クライバーとかカール・ベームといった往年の人気指揮者の来日公演ではこういうプログラムがよくありましたね),金聖響さんに対するOEK側の信頼の強さを示すものだと思います。会場もほぼ満席だったと思います(3階席の方はよく見えませんでしたが)。

それと響敏也さんのプレトークの中で触れられていたことなのですが,今日はOEKの初代音楽監督の岩城宏之さんの命日でした。岩城さんが晩年に愛した第8番と,20年前のOEKの創設以来,岩城さんと共に非常に頻繁に演奏してきた第7番という組み合わせは,岩城さんを偲ぶにはぴったりでした。これは,意図的ではなく図らずもこういうめぐり合わせになったのですが,岩城さんも草葉の陰(?)から喜んでいらしゃることでしょう。

演奏会は,「プロメテウスの創造物」序曲で始まりました。この曲は,「田園」との組み合わせで,既にCD録音されている曲ですが,冒頭から大変ワイルドな感じの響きがしていました。グッと深く踏み込んでくるような出だして,大相撲の立ち合いであるとかプロ野球であるとか,プロスポーツの世界に共通するような,集中力の高さを感じました。

音が非常によく鳴っているように感じたのですが,これは,今回の楽器の配置にもよるのかもしれません。今回は通常の対向配置だけではなく,コントラバスをステージ奥に3本並べていました。ティンパニやトランペットもかなり前の方に来ていました。

        Cb
      Cl Fg
  Hrn Fl Ob  Timp 
    Vc      Va  Tp
Vn1     指揮者   Vn2


この形は,ブラームスの交響曲の時には見た覚えがありますが,ベートーヴェンでこの配置を取るのは初めてのような気がします。

「プロメテウスの創造物」序曲ですが,充実した和音の後,活力に満ちた速い部分が続きます。なぜか昔から,この部分を聞くとバス旅行をして,窓外に景色が次々流れていくような気分になるのですが(きっと実際にそういう時にBGMとして使われていたことがあったのだと思います),初夏に相応しい若々しい演奏でした。

次の第8番は,過去,OEKはいろいろな指揮者と演奏してきた曲です。第7番の方は岩城さんとセットになっているイメージがあるのですが,第8番の方は,岩城さんに加え,ピヒラーさん,キタエンコさん,尾高忠明さん,ティエリー・フィッシャーさん,山田和樹さん,そして,井上道義さんといった指揮者と演奏しています。

今回の金聖響さんとOEKの組み合わせですが,上述の配置もあって,冒頭から非常に剛性感のある演奏でした。しっかりと作られた時計,カメラなどのコンパクトな精密機器を手にしたときの感覚(何とも変な表現ですが褒め言葉です)に近い喜びを感じました。弦楽器のヴィブラートはほとんどかけておらず,どこか質実剛健な気分も感じさせてくれました。テンポはそれほど速くは無かったのですが,展開部の後半での畳み込んでくる迫力が聞きものでした。楽章の最後は,ひっそりとユーモラスに終わるのですが,特にコントラバスの音が弱音にも関わらずとてもよく響いていました。これが大変新鮮でした。

第2楽章は,メトロノームを思わせるインテンポで,穏やかに始まりました。演奏全体に余裕があるので,自然な温かみとユーモアも漂っていました。ノン・ヴィブラートのヴァイオリンの音もとてもすっきりと軽やかで,この楽章のイメージにぴったりでした。

第3楽章は,意外にゆったりとしたテンポで演奏されました。ポストホルンをイメージしたトランペットの信号音もくっきりと聞こえてきました。第1楽章もそうでしたが,この楽章も繰り返しをしっかりと行っていたようで,このトランペットの信号音が何回も聞こえてきました。トリオの部分では,ホルンとクラリネットなどが絡む部分が聞きものなのですが,ホルンの演奏がかなり不安定に感じました(今回は,金星さんではなく,客演の方が演奏されていたようです)。細かいニュアンスを出そうとしていたのですが,伸びやかさも不足していたと思います。この部分はちょっと期待外れでした(CDではどのように収録されているのか,ちょっと気になります)。

第4楽章の主題は,細かい音型を弦楽合奏でくっきり演奏するのが,非常に難しい部分なのですが,大変精緻でスリリングな演奏だったと思います。最初の部分はひっそりと演奏した後,急に音がダイナミックに広がるのですが,そこからは,少し前のめりになるような感じの推進力のあるテンポで名人技が続きました。その上に,さらに管楽器の音が加わり,大変輝きのある喜びに満ちたエンディングになっていました。

後半に演奏された第7番の方は,さらに頻繁に演奏されている曲ですので,OEKの定期会員の大半にとっては,聞き所ポイントを待ち構えて聞くような,「通」のような聞き方になると思います。この曲の方は,さらに余裕たっぷりの演奏だったと思います。この演奏では,現在,OEKが受け入れているヴェトナムのホーチミン市交響楽団の5人のメンバーが弦楽器に加わっていました。各パート1名ずつ増強され,例えばコントラバスは4人になっていましたが,いつもにも増して伸びやかな演奏になっていたと思います。

第1楽章の序奏から弦楽器の細身の音を中心に明るく透明な響きが続くのですが,CDの演奏よりも,曲全体としての流れがさらに自然になっていた気がしました。例えば,「のだめ」で有名になった第1主題に入る直前の部分などもスピード感はあるけれども性急な感じはせず,スケールの大きさを感じました。呈示部の繰り返しも行っていました。

この楽章では,展開部の後半部から再現部になるあたりにいつも注目しているのですが,その部分の高揚感も最高でした。大変ノリの良い演奏で聖響さんの指揮ぶりと併せて,格好良さを感じました。コーダの部分のコントラバスの響きも大変充実していました。

第2楽章は,大変落ち着きのある演奏でした。充実した中低音の響きの上に,ノン・ヴィブラートで第1ヴァイオリンのメロディが出てくると,ちょっと現実離れしたような,虚無的な感じになります。それほど目立ちませんでしたが,ホルンもいつもと違った音色を出しており,自然な流れの中で,いろいろな仕掛けを凝らした演奏になっていました。

第3楽章は,繰り返しをしっかり行っていたようで,全体にキビキビとしたスポーティな演奏になっていました。軽快なステップが続き,第4楽章への準備体操といった趣きがありました。

第4楽章は,前半はきっちり,キビキビとリズムを聞かせ,どちらかというと冷静な音楽だったのですが,後半部は一気に燃え上がっていました。この日はバロック・ティンパニを使っていましたが,この部分での渡邉さん活躍は特にめざましく(”強打炸裂”という感じでした),輝かしいトランペットの音と共に音楽の興奮度を高めていました。

演奏全体としては,それほど古楽奏法は目立ちませんでしたが,この曲を何回も演奏しているからこその,安定感と思い切りの良さが随所にありました。「これがOEKだ!」という自信たっぷりの演奏だったと思います。

アンコールでは,ベートーヴェンのメヌエットが演奏されました。一般にト調のメヌエットと呼ばれている曲で,途中,木管楽器による変奏曲のようなリラックスした感じになります。晩年の岩城さんは,こういう小品をアンコールとしてよく取り上げていましたが,そのことを思い出しながら懐かしく聞きました。井上道義さんがこの曲をアンコールで演奏した時はメヌエットを踊って,最後にヤングさんの前に手を差し伸べていましたが,OEKの定番アンコールの一つと言えそうです。

金聖響さんとOEKによるベートーヴェンの交響曲シリーズは12月の第9で完結するとのことですが,どの曲にも前向きな勢いがあるのが良いですね。チクルスという名に相応しい演奏の連続です。次回の第9は,OEKが定期公演として演奏するのは初ということで,これにも大いに期待したいと思います。
 (2009/06/14)

本日のサイン会&
関連写真集


この公演の立て看板です。



公演の翌日,OEKは大阪公演ですが,その代わりにホーチミン市交響楽団の5人の奏者がJR金沢駅で行われるエキコンに登場します。


終演後,金聖響さんとOEKメンバーによるサイン会がありました。

第7番のCDのジャケットに頂いたのですが,ほとんど見えません。


左上から,ヴィオラの石黒さん,ヴァイオリンの松井さん,チェロの大澤さん,ヴァイオリンの上島さんのサインです。この日,プレコンサートでも演奏されていました。

今度,このメンバーは,富山市でショスタコーヴィチの弦楽四重奏の公演を行うようです。