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オーケストラ・アンサンブル金沢第263回定期公演M
2009/06/26 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/セレナード第13番ハ短調,K.388(384a)
2)シュトラウス,R./ホルン協奏曲第1番変ホ長調,op.11
3)(アンコール)モーツァルト/ホルン協奏曲第3番 〜第3楽章ロンド
4)シュトラウス,R./メタモルフォーゼン(変容)
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
ラドヴァン・ヴラトコヴィチ(ホルン*2,3)
プレトーク:谷口昭弘
Review by 管理人hs  

ギュンター・ピヒラーさん指揮による,今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演は,前半1曲目は管楽器だけ,2曲目は協奏曲,後半は弦楽器だけ,という室内楽公演とオーケストラ公演が折衷されたような独創的な構成でした。いわば「団員の顔が見える」演奏会で,特に団員の顔を知っている定期会員にとっては特に楽しめる内容だったと思います。近年,井上道義音楽監督は,OEKの活動について「一人一人の奏者のやりがいが大きいオーケストラ」といったことを語られていますが,その言葉を反映したような公演でした。演奏会前日に,メインで取り上げる「メタモルフォーゼン」の曲目解説を指揮者自身が行う「講座」を行うなど,OEKの定期公演の今後の方向性一つを示すような定期公演だった思います。

最初に演奏されたモーツァルトの管楽器のためのセレナードは,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2という編成で,わずか8人による演奏でした。過去のOEKの定期公演の中でもこれだけ少ない人数による演奏はなかったのではないかと思います。それでいて,物足りない所は皆無で,むしろ広いコンサートホールの空間に管楽器の音が気持ちよく広がる気持ちよさを堪能することができました。

この辺になると,「もっとカンタービレ」シリーズで演奏される室内楽曲との線引きが難しいのですが,それでもピヒラーさんが指揮することで演奏全体のメリハリが,さらにしっかりついていたと思います。第1楽章冒頭のハ短調のユニゾンの響きが大変緻密だったのですが,オーケストラの響きに比べると大変軽やかで,定期公演の中で聞くととても新鮮に感じました。第2楽章の穏やかな歌も木管アンサンブルならではで,ゆったりとした気分に浸ることができました。

第3楽章のメヌエットは,カノンになっており,線と線が絡み合う知的な気分がありました。この演奏では,第1オーボエを加納さんが担当していましたが,瑞々しいけれども芯の強さのある音がとても印象的でした。第4楽章は短調の主題を変奏した後,気分が変わって晴れやかに終わるのですが(ピアノ協奏曲第20番の第3楽章のような感じですね),その気分の切り替えが非常に鮮やかでした。

全曲を通じて,くっきりとした音色とコントロールの効いたバランスの良さが素晴らしく,全体に溢れる知的な雰囲気とともに,聞いているうちに,頭の血のめぐりがよくなった気がしました(管楽器ということで,呼吸器系,循環器系にも良さそう?)。この公演の前にCDでも何回か聞いていたのですが,実演を聞いて,ますます好きな曲になりました。

#ちなみに我が家にあるこの曲のCDのメンバーなのですが,ホリガー(Ob),ブルンナー(Cl),トゥーネマン(Fg),バウマン(Hrn)...といった名手揃いの演奏です。よく見ると第2ホルンにヴラトコヴィチさんが参加していました。とても面白い偶然でした。

続いて,R.シュトラウスのホルン協奏曲第1番が演奏されました。今回の演奏会の楽器編成ですが,真ん中で演奏された協奏曲の時だけ,管・弦・打楽器が勢揃いし,普通のOEKの編成になっていました。こういうパターンも珍しいと思います。

さて,この曲のソリストとして登場したラトヴァン・ヴラトコヴィチさんですが,本当に見事な演奏でした。冒頭から,「よくまぁこれだけ気持ちよく鳴らせるなぁ」と思わせる気持ち良い吹きっぷりでした。神経質な感じが全然なく,安心して音楽に身をまかせることができました。小柄なピヒラーさんと比べると,かなり大柄な方で,演奏全体からも逞しさを感じました。それでいて荒いところはなく,どこまでも伸びていく高音の澄んだ響きも印象的でした。

それに応える,OEKの伴奏の響きも大変がっちりとしており,ヨーロッパの山岳地帯(行ったことはありませんが...)の風景を彷彿とさせるような健康的な雰囲気がありました。

楽章の間のインターンバルはなく,そのまま第2楽章に入るのですが,ここでは,途中,本当に力強く歌い上げる部分の豪快さが絶品でした。実演で聞くと,「ぐっ」と力感がこもるのがとてもよく分かるのですが,「これぞホルン!」という響きでした。

第3楽章は非常に快速で,ノリの良いスピード感のある鮮やかな演奏でした。ヴラトコヴィチさんの演奏を聞きながら,いつの間にか全然別の世界に来てしまったなぁという気分になりました。「ホルンを演奏する人には全然悪人などいない?」と思わせるような(いや,実際そうに違いありません)上機嫌な音楽で,俗世間の悩みをしばし忘れることができました。

演奏後の拍手も大変盛大で,ヴラトコヴィチさんは,何回も何回も呼び出されていました。それに応えて,アンコールでは,モーツァルトのホルン協奏曲第3番の第3楽章ロンドが演奏されました。シュトラウスの作品自体,モーツァルトの曲を彷彿とさせる部分がありましたので,アンコールにぴったりの選曲でした。余裕たっぷりにサラリと演奏して,前半を大変気持ちよく締めてくれました。

#ちなみにこのホルン協奏曲第3番の最後の方でホルンが吹くメロディですが,「こんにちは赤ちゃん」(中村八大さん作曲の古い歌謡曲です...)とそっくりですね。

このアンコールが1曲入ることで,モーツァルト→シュトラウス→モーツァルト→シュトラウスという並びになり,プログラム全体の統一感がさらに高まったように思えました。

OEKの定期公演にホルンのソリストが登場するのは,久しぶりのことのような気がしますが(かなり以前,ベルリン・フィルに入る前のラデク・バボラクさんが来たことがありますが,この時はOEKとの共演ではなくフランツ・リスト室内管弦楽団との共演でしたね),この際,モーツァルトのホルン協奏曲集などもこのコンビで聞いてみたいと思いました。

後半に演奏された「メタモルフォーゼン」ですが,昨日の「メタモルフォーゼン講座」で音楽を少しでも頭に入れておいた人は,より深く聞くことができたのではないかと思います。第2次世界大戦末期,ドイツが連合国軍の爆撃にさらされ,ドイツの各都市が崩壊していく中で書いた作品ということで,基本的に大変重苦しい作品です。

メタモルフォーゼンというのは,一般に「変容」と訳されますが,最初に出てくる基本的なモチーフがその根本的な部分を残しながら,違った形で変容していくような作品です。「変奏曲とどう違うのか?」と尋ねられると私もよく分からないのですが,室内楽風になったり大編成のオーケストラ曲風になったり,より自由に展開されます。

私は昨日の講座に参加したのですが(主要モチーフがピヒラーさんの解説入りで2回ずつ繰り返して演奏された後,全曲通しで演奏されました。後述のとおりです),そこで出てきたモチーフの数々が,しっかり甦り,生き生きと変容し,最後は怒りから諦めへと推移していくような深くドラマティックな音楽を堪能できました。昨日以上に迫力のある演奏だったと思います。

今回の演奏の楽器の配置ですが,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリンという区分けがない曲なので(第1,第2どころか第10ヴァイオリンまであるようです),ヴァイオリンが下手側に固まり,その隣にチェロ,ヴィオラ。上手奥にコントラバスという形になっていました。対向配置でないのは久しぶりのことだと思います(演奏前,各奏者が自分で譜面を持ってきていたのもこの曲ならではで新鮮でした。全員がソリストなんですね)。

最初は端正にいつくしむ様な感じで始まったのですが,それが次第に不思議な熱気に包まれてきます。途中,長調のメロディが出てくる部分では,すっと爽やかなロマンティクな風が吹き込むのですが,それが次第に暗いモチーフに飲み込まれてしまいます。特に中盤以降,「ターターター」という同音を3つ繰り返すモチーフが何回も何回も執拗に出てきて,これが「悲劇のモチーフ」という感じで迫ってきました。

このモチーフを中心に怒りを込めるように激しく盛り上がった後,すべてをスパッと断ち切るような,とても大きな間があったのですが(前日の講座の時よりもたっぷりと間を取っていたと思います),この凄味が強烈でした。ピヒラーさんは,指揮台の上で少し飛び上がるぐらいの動作を見せていましたが,その強い思いが音楽の強さにも繋がっていました。

最後は,曲の冒頭の気分に戻り,ベートーヴェンの「英雄」交響曲の第2楽章のモチーフがコントラバスに出てきます。この部分から曲の最後に掛けては悲しみをグッとこらえているような空気があり,静かに諦める気持ちを残しながら,強く悲しみを訴えかけてきました。

演奏全体を通じては,特にコンサート・ミストレスのヤングさん,カンタさんといった首席奏者たちの音が演奏の核を作っていたようで,団員による室内楽演奏活動を非常に積極的に行っているOEKの本領が発揮された自在な演奏になっていたと思います。その自発性をピヒラーさんがしっかりとまとめ,さらに強力なエネルギーを持った演奏を作り出していたと思います。

演奏後,長い間があって拍手が起こりましたが,その後,ヤングさんとピヒラーさんとがしっかり抱き合っていた姿が大変印象的でした。ヤングさんはいつもは,とてもにこやかなのですが,今回は,すっかりエネルギーを使い切って「呆然」といった感じでした。「感極まった」という感じにも見えましたが,それが感動的でした。

この日の公演は,演奏時間的にはそれほど長くはなく,20分の休憩時間を入れても9時前に終わっていたのですが,特に後半のメタモルフォーゼンに聞き応えがあり,「アンコールは当然なし」という感じでした。

このことに関連してですが,今回,関心したのは,お客さんの拍手の作法です。ヴラトコヴィチさんの演奏後の盛大さ,メタモルフォーゼンの後の重さ,管楽セレナードの後の暖かさ...各曲のムードにぴったりの拍手だったと思います。今年の「ラ・フォル・ジュルネ金沢」関連で,井上音楽監督が,金沢の聴衆の良さを褒めている記事を読んだことがありますが,それはリップ・サービスというわけではなく,OEKの歴史とともに着実に成熟して来ている気がします。そのことを実感できた公演でした。大満足の公演でした。

PS.今回の公演も全曲CD録音を行っていました。どれももう一度聞いてみたくなるような名演の連続でした。シュトラウス2曲とモーツアルト1曲で丁度CD1枚分ぐらいかもしれないですんw。ヴラトコヴィチさんの演奏の時は,パイプオルガンのステージからマイクのようなものを吊るしていたように見えましたが,やはりホルンのような「後ろ向き」の楽器の時は,ちょっと違う場所にマイクが必要なのかもしれません。

PS.恒例のプレコンサートでは,ヴァイオリンの原田智子さんがハープの上田智子さんと共演されていました。一部しか聞けなかったのですが,とても良い雰囲気でした。ゆった〜りとした時間が流れていました。再演を期待したいと思います。


■ピヒラーさんの「メタモルフォーゼン講座」
2009/06/25 石川県立音楽堂交流ホール

OEKの定期公演では,これまで,演奏会開始前のプレトーク,前日の「音楽堂アワー」で,ゲネプロの公開といった企画で定期公演をより深く楽しんでもらおうとしてきていましたが,今回の演奏会前日の「講座」というのは,初めての試みだと思います。せっかくの機会ですので,内容についてご紹介しましょう。

講座の案内ポスターです。当日のチケットを持っている人のみ聴講可ということで,チケットの販売も行っていました。 モニターには,ミュンヘン歌劇場の映像が投影されていました。 その他,過去のメタモルフォーゼンの公演パンフやスコアの展示も行っていました。こういうコーナーを作るぐらいならば,別の公演でも準備できるかもしれないですね。

  • 交流ホールに入ると,ステージ上には23人の奏者用の椅子と譜面台が用意してありました。「講座」ということで,ピヒラーさんが一人でお話をするのかと思っていたのですが,奏者が全員登場?
  • ホールのモニターには,ミュンヘン国立歌劇場の白黒写真が投影されていました(後でこの写真について説明がありました)。
  • 講座は,まず,元OEKのチェロ奏者でヴァイス・ジェネラル・マネージャーとしても活躍されたフロリアン・リイムさんの朗読で始まりました。第2次世界大戦終了間際の1945年,連合国軍によって,ドイツ主要都市が空爆され,大きな被害を受けたことがスライド写真とともに説明されました。全部モノクロ写真でしたので,映画「シンドラーのリスト」を観るような感じでした。
  • こういう状況で1945年3月に書き始められたのがメタモルフォーゼン。特にシュトラウスの活躍したミュンヘンを追悼する思いが込められています。
  • 80歳を越えたシュトラウスは,その後,スイスに移住し,この曲はパウル・ザッヒャーの指揮で初演されます。最晩年に書かれたもう「4つの最後の歌」ともに特別に重要な作品。
  • シュトラウスの書いた交響詩の多くとは違い,特定の物語はない。
  • 「変容」というのは,ゲーテの使った用語に基づいています。ゲーテは,基本は変わらないが形が変わっていく花をイメージしてメタモルフォーゼンという言葉を使っていますが,そのようにモチーフが変容していく曲。
  • 編成の特徴は,23人の弦楽奏者のための曲であること。第8ヴァイオリン奏者にも独奏パートがあるなど23のパートに分かれている。
  • 曲の最後の部分にベートーヴェンの「英雄」交響曲の第2楽章の葬送行進曲のテーマの引用がある。これには,「ドイツ文化の歴史よさようなら」といった思いが込められている。

ここで,ピヒラーさんとOEKメンバー(私服でした)が登場し,曲の最初から重要なモチーフを順番に2回ずつ演奏していきました。
  • ピヒラーさんは,リイムさんに話すときはドイツ語を使っていましたが,OEK団員に説明する際には,英語を使っていました。
  • 特に最初の方に出てくるモチーフが重要で,その後,それが変容していきます。例えば,冒頭チェロが演奏していたモチーフがヴァイオリンで演奏されると非常に甘い感じになる,といったことを具体的に聞き比べながら説明されました。
  • モチーフが繰り返されるうちにハーモニーが変わっていくことも紹介。
  • 楽劇「バラの騎士」の中で伯爵夫人が「亡くなりました」と歌うときのメロディを引用し,戦争の悲しみを表現している。
  • 室内楽風の部分からフルオーケストラの音に切り替わる部分を演奏
  • 戦争のような雰囲気の部分を経て,最初の部分に戻るが,すっかり違う世界に到達している。
  • 「英雄」のメロディは,「In Memoriam」と書かれたところでコントラバス3人によって演奏される。
  • ここで「英雄」のオリジナルとの聞き比べが行われました。ベートーヴェンの方はヴァイオリンがメロディを演奏し,コントラバスは伴奏音型を演奏。聞き比べてみると,両者が同じ調性で書かれていることがよく分かりました。

その後,ゲネプロと同様に,1回も演奏を止めずに全曲が演奏されたのですが,演奏の熱気のせいか,演奏後,室温が上昇したように感じました。
 (2009/06/28)

本日のサイン会&
関連写真集


この公演の立て看板です。


新規定期会員募集の看板です。年々,華やかな看板になっているようです。井上さんならではです。


終演後,ピヒラーさんとヴラトコヴィチさんのサイン会がありました。