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かなざわ国際音楽祭2009:バッハ,シューベルトから高橋悠治へ
2009/07/01 金沢市アートホール
1)シューベルト/ノットゥルノ変ホ長調 op.148 D.897
2)ヴィラ=ロボス/ショーロ第5番「ブラジルの魂」
3)ハイドン/ピアノ三重奏曲第37番ニ短調 Hob.15/23
4)高橋悠治/老いたるえびのうた(室生犀星生誕120周年のために)(新作初演)
5)バッハ/クラヴィーア協奏曲第1番ニ短調 BWV1052
●演奏
高橋悠治(ピアノ*1-5,朗読*4)
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1,4-5),江原千絵(ヴァイオリン3-5),古宮山由里(ヴィオラ*4-5),ルドヴィート・カンタ(チェロ*1,3-5),今野淳(コントラバス*4-5)
Review by 管理人hs  

今年の7〜8月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の活動ですが,海外公演がないこともあり,例年以上に公演が多いようです。中でも,室内楽公演が目立ちます。この日は,作曲家としても知られるピアニストの高橋悠治さんとの共演で,「バッハ,シューベルトから高橋悠治」という標題どおりの多種多彩な(別の言い方をすれば雑多な)プログラムが演奏されました。

高橋さんと言えば,いまだに前衛的な現代音楽の旗手といったイメージを持ってしまうのですが,70歳を越えた現在,そういったキャッチフレーズなどもはや無関係となり,自分のやりたい音楽を飄々と演奏する,といったスタイルに変わってきているようです。その俗世間を超越したような雰囲気の中からユーモアが生まれたり,落ち着いた味わいが出てきたり,そうかと思えば,相変わらず前衛的で激しい音楽が出てきたり,ますます,音楽の幅が広がってきています。今回のプログラムからも,高橋さんならではのこだわりと遊び心を感じることができました。

最初に演奏された,シューベルトのノットゥルノは,演奏される機会は多くありませんが,シューベルト晩年の独特のムードを持った作品です。アビゲイル・ヤングさん,ルドヴィート・カンタさんというOEKの誇る脂の乗り切った奏者2人との共演ということで,たっぷりとした豊かな音楽を聞かせてくれました。高橋さんの方は,枯淡の境地という感じで,その脱力した演奏からは,どこか幻想的な気分が漂ってきました。

OEKの2人が退場した後,高橋さんだけがステージに残り,次のヴィラ=ロボスの作品がそれほどインターバルを置かずに始まりました。この人を喰ったようなマナーも高橋さんならではです。今回のプログラムの中では,この曲だけがピアノ独奏曲でしたが,陰影の濃さと根源的な強さを感じさせるような濃い演奏で,ラテン音楽の気分がしっかり感じられました。ヴィラ=ロボスのショーロ・シリーズでは,ギター独奏による第1番は聞いたことはあるのですが,ピアノ独奏による第5番も良いですねぇ。中間部で,ちょっと前衛的なジャズ風(?)になるあたりものも高橋さんらしいと思いました。

前半最後は,今年が没後200年のハイドンの三重奏曲第37番でした。ちなみにヴィラ=ロボスの方は没後50年,後半の室生犀星は生誕120年ということで,その辺に今回のプログラムの選曲の意図があったようです。何の脈絡もないけれども,悪くない取り合わせだと感じました。

ハイドンのピアノ三重奏曲を聞くのはラ・フォル・ジュルネ金沢でトリオ・ショーソンの演奏で聞いた第5番以来のことです(会場は同じ,アート・ホールでした)。ハイドンの曲は,聞く前は「地味かな?」と先入観を持ってしまうことが多いのですが,聞き始めると退屈することはありません。第37番の三重奏曲を聞くのも,もちろん今回が初めてのことでしたが,とても充実した作品でした。第1楽章は変奏曲のような感じで,短調で始まった後,最後は爽やかに終わります。深さを持った第2楽章,生き生きとした第3楽章と非常にバランスが良いのですが,高橋さんが加わると,どこか味わい深い感じになります。

ただし古典派のきっちりとした曲の場合,少しでも乱れがあると,粗として目立つようなところがあります。今回の演奏でも,一瞬ヨロリといった部分がありましたが,その辺が,ハイドンの音楽の難しさと言えそうです。

後半はまず,今回が初演となる「老いたるえびのうた」が演奏されました。これは,金沢三文豪のうちの一人,室生犀星の詩に高橋さんが曲をつけた室内楽編成の組曲です。次の6つの詩から成っており,高橋さんの素朴な朗読とシンプルで意味深な音が対話をしながら,独特の世界を作っていきます。各曲ごとに編成が異なり,ピアノが入らない曲もありましたが,文字通り「ピアノ弾き語り」ということになります。

  • 受話器のそばで(女ごのための最後の詩集,ヴィオラ独奏)
  • 告別式(女ごのための最後の詩集,ヴァイオリン×2,チェロ)
  • 老いたるえびのうた(遺作,ピアノ,ヴィオラ,チェロ,コントラバス)
  • 青き魚を釣る人(青き魚を釣る人,ピアノ,チェロ,コントラバス)
  • 愛魚詩篇(青き魚を釣る人,ピアノ,ヴァイオリン×2)
  • あんずよ花着け(小景異情六,ヴァイオリン×2,ヴィオラ,コントラバス)

高橋さんのナレーションについては,もう少しマイクの音量を上げても良いかな,という気もしましたが,そのボソボソとつぶやくようなところに,少々ひねくれたような感じが漂い,一種独特の世界を作っていました。

中には,渋すぎて「何だかよく分からない」という曲もありましたが,特に前半の曲には,飄々としたユーモアが漂っており,詩のイメージを広げていました。特にタイトルにもなっている「老いたるえびのうた」(犀星の遺作です)は,オリジナルの詩自体が,大変面白いと思いました。死の恐怖とユーモアが同居しており,聞きながら不思議と口元がほころんでしまうような作品でした。この曲は,ヴァイオリンなしの編成でしたが,ピアノとコントラバスが入ることで,ドキリとさせるような感覚や,ダイナミックさも出ており,聞き応えもありました。

「受話器のそばで」「告別式」という「女ごのための最後の詩集」から取られた詩も不思議な面白みがありました。曲としては,かなり前衛的な感じなのですが,それと絡み合うように,高橋さんが「五時っていいお時間ね...」と女性の話し言葉で”しなーっ”という感じで語ると,妙にぴたりとはまるのです。高橋さんのナレーションがとてもよく生きていた曲でした。最後の「あんずよ花着け」も印象的でした。これは大変は有名な詩ですが,その詩の持つリズムをそのまま音符にしたような面白さがありました。

最後に演奏されたバッハのクラヴィーア協奏曲第1番も「さすが」という演奏でした。この曲がピアノで演奏されることは近年少ないのですが,冒頭部など,ピアノとコントラバスを含むユニゾンで演奏されると室内楽編成とは思えない充実感が出てきます。金沢市アートホールは,非常に音がくっきりと聞こえるホールですので,6人の奏者が一体となった,力感のある音楽を楽しむことができました。高橋さんのピアノからは,骨のある頑固さと同時に,どこか無垢な気分を感じました。ところどころ,協奏曲的な部分も残しながらも,全体としてはピアノの音だけが,浮き出るのではなく,背後からしっかり骨のある響きで支えている感じの演奏で,とても室内楽らしいと思いました。

第2楽章は孤独感を痛切に感じさせてくれるような音楽で,弦楽器のノンヴィブラートの響きと高橋さんのシンプルなピアノの音による味わい深い対話を味わうことができました。第3楽章は,第1楽章同様に鮮烈なユニゾンで始まり,生き生きとした音楽を聞かせてくれました。即興的なジャズ・ピアノを思わせるスリリングなピアノは,高橋さんならではだと思います。

今回は,かなり渋い内容だったこともあり,会場は満席ではありませんでしたが,リラックスしながらもスリリングさのある多種多様のプログラムからは,「一体何が出てくるのだろう?」という知的好奇心を満たしてくれる雰囲気がしっかりと伝わってきました。今回のような,金沢ゆかりの文学と音楽のコラボレーションという企画については,是非,続編を期待したいと思います。コンサートホールを離れて,金沢市内の文学者縁の地で演奏するというのも面白いかもしれませんね。

同じ内容の公演は,7月5日に東京でも公演が行われますので,東京近辺の方は是非,お聞きになってください。

PS.この「かなざわ国際音楽祭」というシリーズについては,ネーミングも「?」ですが,どうもお客さんの反応が,今一つです。それと,今回は,「ドリンクサービスします」と案内しながら,休憩時間に全く用意がされていませんでした。お客さんの列を見て,慌てて飲み物の準備をしていましたが,今後の改善を期待したいところです。
 (2009/07/03)

関連写真集



今回のチラシとリーフレットです。チラシに書かれた高橋さんの似顔絵イラストは,なかなかユニークですね。高橋さん自身,お気に入りなのではないかと思います。